3話〜ティルテ、幼女を服屋に連れて行く〜
『クローツェペリンの街』に入ったティルテとシーナの2人は、一番最初に服屋へと向かった。シーナの布切れ一枚の状態を、一緒にいるティルテが承認するはずなどなかった。
ティルテの服の裾を片手で軽くつまみながら、シーナは後ろから追いかける。
その2人の光景は周りの人間からは奇妙に、またシーナの格好は不快に見えたことは明白だ。
様々な視線が2人へと注がれる。だが、ティルテはそんな視線を全て無視し、少しだけ歩みを早めた。
もちろん、ティルテ自身はそんな視線など物ともしないだろう。だが……。
(シーナが人から向けられる視線が苦手なのは、出会ってからの道中の行動で知っているからな……)
ティルテはシーナの気持ちを考え、少しだけ歩みを早めたのだ。だがそれも、あくまでシーナがついてこれる速度に抑えて。
そのティルテが立ち止まる。急に止まったせいでシーナが少しだけ腰あたりにぶつかった。
しかし店の綺麗な外観を見て、口を開けて驚きつつも、にっこりと微笑んでいた。
カランコロ〜ン!
小さな鐘がそんな音を立てて、ティルテとシーナ、2人の来店を店に伝える。すぐに1人の女性店員が寄ってきた。
「いらっしゃいませ〜。本日はどのようなものをお探しで?」
「子供用だ。こいつに着せられる服があるか知りたい」
女性店員は愛想笑いを浮かべながらティルテを見て尋ねる。その女性店員はティルテの紹介でシーナの存在に気づいたようだった。
「かしこまりました〜。ですが少々お待ちを」
女性店員はそう言いながら、なぜか裏へと入っていく。ティルテとシーナは入り口近くで立ったまま待たされていた。
そして約一分ほどが経ち、先ほどの女性店員ともう1人、別の女性が出てきた。
栗色の髪はシーナほどではないがボサボサで、グルグルメガネを掛けていた。胸はEカップほどと普通以上に大きい。
「ほほぉ〜……ふんふん、なるほどなるほど〜」
その女性はティルテには目もくれず、シーナの方をじっと見つめてそう呟いた。シーナの顔が強張り、ティルテの後ろに隠れたことは仕方がないだろう。
だが、シーナはそこからひょこっと顔だけを出して、自身を見つめてくる女性を見つめ返していた。
「……うん、合格よ! 良くやったわ!」
「はい! ありがとうございます」
急に女性が女性店員にそう言いながら、片手で女性店員の肩を掴み、もう片手でガッツポーズをとる。
女性店員が「感激です!」と言っていた。その謎の光景を、ティルテとシーナはポカンとしながら眺めていた。
「ん? ……あぁ、説明が遅れたわね。私はこの服屋の店長をしているハンナと言うの。それよりもそっちの子、あなたの妹さん……とかかしら?」
ハンナと名乗ったこの店の店長が、再びシーナに視線を向けながらティルテに尋ねる。
その視線にシーナは再び怯えてティルテの後ろに隠れる。
(なんだこのやりとりは……)
ティルテは先ほどと同じようなやりとり、そして結果に呆れて頭に手を当てた。
「それをあんたに教える義理はない」
「じゃあ誘拐犯の疑いがあるとして兵士に通報しましょう」
「……分かった。詳しい事情は言えないが、俺がこいつの保護者だ。これで満足か?」
ハンナの思い切りの良さ、その結果の面倒臭さを考え、ティルテはすぐに折れた。
「え、親代わりなの?」
「……そうだ。文句あるか?」
驚いた様子のハンナに、ティルテは若干不機嫌になりながら反論した。だがまさか15、6歳ほどの青年が、7歳程度の少女の親代わりと名乗れば疑問に思うのも無理はないだろう。
「ううん、ちょっと驚いただけよ。その子に着せる服が欲しいんでしょ? でも、今の状態じゃ服は売れないわ」
「……? どう言うことだ?」
ハンナのセリフにティルテは疑問を抱く。服屋なのに服が売れないとはどう言うことかを考える。
(たしかにシーナの今の格好を良いとは言えない。だが、だからこそこうして服を買いに来たのだ。それを売れないとはどう言うことなのか……)
そんなティルテの悩みはハンナの次のセリフで解消される。
「まずは体を水で洗ってちょうだい。せっかく可愛くなるのに、着る体が汚れてちゃ、その子も服もかわいそうじゃないの。安心して、裏場のを自由に使っていいから」
ハンナは気さくに笑いながら親指で後ろを指差す。
(……そうだったな。一刻も早く服を着せたいと思っていたが、シーナも女の子だ。着れるならなんでも良い俺とは違う。そのことを失念していた)
「……そうか、助かる」
ハンナの商売人とは思えない言葉に、ティルテは多少戸惑いつつもお礼を言った。
だが、それなら自分の見た目にも拘ったらどうだろうかとも思ったが、珍しく口には出さないティルテだった。
「良いのよ。その子を着飾ることができるのなら、これぐらい屁でもないわ。……ぐふっ、ぐふふふふ! あへっ、あへへへっ!」
ハンナはそう言いながら口的を抑え、ニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべながら笑っていた。
その目はシーナへと向けられおり、シーナを着せ替え人形にして、自身の欲求を満たそうとしていることは明白だった。
それを見て、ティルテはさっきのお礼の気持ちを返して欲しいと真剣に思った。
「それじゃあ体を洗ってきて。その間に私たちでさいっこうに似合う服を選んでおくわ」
「そうか、助かる」
ハンナの気遣いにティルテは感謝を述べる。しかし先ほどの一件のせいで、絶対にありがとうとは言わなかった。
ティルテとシーナはハンナに案内されて裏へと招かれる。そこで桶にお湯を入れ、体を洗う布が渡される。ハンナに「使った残り湯と布は返してね」などと言われた。
(後でお湯は流しておこう。この布は……汚れたから捨てたと言うことにしておこう)
とティルテは考える。ふと、ティルテは自分の袖を引っ張る力があることに気がつく。
その力が加えられる方向を見ると、シーナが引っ張っていることに気がつく。
「どうした?」
「……一緒……良い」
ティルテがシーナに尋ねると、小さくそう呟いた。シーナのティルテの服の袖をひっぱる力が強くなっていた。
「……なにがだ?」
「……体、洗うの」
(……一緒に体を洗って欲しいと言うことか?)
シーナのセリフにティルテは少し考えるそぶりを見せ、言いたいことを理解する。
「えぇ! そんなずる……ダメですよ! 女の子と一緒だなんて!」
シーナの言葉を聞き、ハンナが発狂しながらそう言ってきた。その勢いに騙されそうになるが、ハンナ自身の欲望から生まれたセリフだということを忘れてはいけない。
「……シーナが一緒が良いと言ってる。だったら俺はその言うことを聞くだけだ」
「そっか〜、シーナちゃんて言うのか〜。ぐふふっ! ……って、名前を教えたからってそれとこれとは別問題。許さないわよ!」
(なんなんだこいつは?)
ティルテの反論にハンナが見当違いの方向で反応を見せる。ティルテはこいつとは会話が通じなくなると判断した。
「……一緒が、良い」
「……分かったわ、早く綺麗になってきてね」
だが、シーナのそのセリフでさすがのハンナも折れたらしい。名残惜しそうにシーナを見送った。
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