29話〜領主との話し合い〜

 冒険者ギルドから離れたティルテは、何かしらのお願いをしたいと言うこの街の領主の屋敷へと来ていた。


「ようこそいらっしゃいました、ティルテ様」


 そこにこの屋敷の執事の老人が現れ、ティルテにギルドの開示を求めてきた。ティルテが差し出した物を確認し、執事はティルテに改めてそう言った。


「こちらでお待ち下さい」


 執事はティルテを屋敷の応接間に案内し、その場を去っていった。

 5分ほどその場に設置されたソファーに座って待っていると、扉をノックする音が聞こえ、その後1人の男性が入ってきた。


「ふぅ、遅れてすまない。私がこの街の領主であり、伯爵位を持つ貴族の末席に連ねる者、ガーデルド・クローツェだ」


 その男性もティルテ同様ソファーに座り、自己紹介を始めた。仮にも伯爵位を持つ貴族の人間が、末席と己を卑下する発言にティルテは内心で驚く。

 体格は一般の冒険者より良く、肩幅はティルテの1.2倍はあるだろう。短く丁寧に切りそろえられた茶髪、そしてちょび髭が印象的だ。


「そうか、ティルテだ」


 一方ティルテは貴族相手にも物怖じせずに普段通りの態度を貫いた。人によっては斬り伏せられても文句は言えないだろう。


「……君は聞いていた通りの人となりのようだね」


 しかし、ガーデルドは愛想笑いを浮かべてそう言った。


「へぇ、どんな風に?」


「一言で言えば一匹狼タイプ。孤高の天才……あたりが妥当かな。相手がどの立場であろうとその態度は変わらず、自分の道を進む芯のある人間だと」


 ティルテが気になり尋ねると、予想以上に好感触に伝えていたらしいと思える返答がされた。


「ハイゼの言う通りだっただろ? 気に入らないならさっさとこの屋敷から追い出してくれ。俺もそれを望んでいる」


「そんな事はしないとも。君を呼んだのは私から依頼……いや、お願いと言った方が適任かな」


 ティルテはガーデルドにそう告げるが、彼はティルテの態度に一切機嫌を損ねることなく話を戻す。


「どう言う意味だ? お願いだと? ……貴族がか?」


「君が貴族にどのような印象を持っているかは知らないが、その通りだ。私がお願いする事は一つ、冒険者を出来る限りやめないでほしいんだ」


「断る。俺の自由を縛るな、奪うな。貴族に良い印象がない理由はそう言う権力で強制的に縛りつけようとする事が嫌いなんだ。俺にはやるべきことがある。だから俺はやりたいようにやる。そのためには冒険者を辞める事も視野に入れる」


 ガーデルドからのお願いも虚しく、ティルテは己の思いを告げてはっきりと断る。


「ふむ……そう言われると思っていたよ。なら、これはどうだ? 私からのクエストも君に優先的に回そう。それに武器や武具、消耗品なども私たちが支払おう」


「金はあまり必要ない。それぐらいは俺の実力があれば稼げる」


 しかしまったく諦めないガーデルドがティルテに貴族の力であるお金を見せた。しかしティルテはあまり興味を示すようなことはなかった。

 お金自体は興味があるのだが、わざわざ自分が稼げるお金を貴族に出してもらい、借りを作ることが嫌だったのだ。もう一つ理由はあるのだが、それについては割愛する。


「……もっと稼ぎたくはないのかい?」


「待て、ハイゼから話を聞いているんじゃないのか?」


「いや、君の人間性はある程度聞いてはいるが、実際に会った方が良いだろうと言われていてね」


 ガーデルドから聞かされた言葉にティルテも思わずガクリと崩れ落ちそうになる。話を円滑に進ませるためには情報の交流は必要不可欠だろう。

 だが、その手間をかける事でより長くガーデルドはティルテと喋ることができる。ハイゼはそこまで考えていた。


「……俺は金に興味はない。権力にも興味はない。俺には目的がある。それを達成するために必要なのは金ではなく、今以上の実力だけだ」


 ティルテほどの実力があれば、お金はクエストを受けていれば副次的に増えていくだろう。少なくともシーナたちを楽に養う金額程度は。


「……なら、手っ取り早くランクを上げるためにも私の支援を受けた方がーー」


「ランクにも興味はない。いくらランクが上がっても実力が上がるわけではない。貴族から施しは受けるつもりなどない」


 ガーデルドから告げられる支援の話をティルテは全て一刀両断する。 


「……ふむ、娘に頼まれていたが、これは無理そうだな」


「……娘? ……ちょっと待て! あんた……あの、冒険者ギルドの受付嬢の父親なのか!?」


 ガーデルドの呟きにティルテが驚きの言葉で反応した。


「!? ……娘とは言ったが、一体なぜそうだと気づいたのかな?」


 その言葉に体を軽く震わせてガーデルドは鋭い眼差しをティルテに向けてそう問うた。


「ギルドからあんたの依頼が来た時点、その時にハイゼが言った言葉である程度は察していた」


 ティルテが貴族に情報を売ったのかと尋ねた際、ハイゼは『いや、誓ってそんな事はしていないと宣言しよう。だが、それは私個人としてだ』と言っていた。つまりハイゼ以外の人物が告げたと言うことだ。


「俺が貴族と関わりを持たないようにすると知っているのは3人だけ。うち1人は関わっていないと宣言し、他2人はそんなことをしない。だから嫌がらせではない」


 ティルテは1ヶ月も経たずにBランクに昇格している。それを妬む声もあるが、ゼファーとアリサはそんな事をしないと断言できる。


「なら今回の出来事は俺の事情を知らない好意的な人物からと予想はつく。そこで一番はじめに上がったのが受付嬢だ」


 残りの候補は受付嬢ただ1人。だがその動機は何か。


「彼女はこう考えただろう。いずれSランク冒険者になるティルテさんを、一足早く貴族たちに紹介しておこう、と」


 冒険者にとって貴族に紹介されるのは一般的に誉あることだ。そしてそれ嫌がるティルテは例外である。

 その事実を知っているのが元候補の3人であり、唯一知らない受付嬢が犯人なのは明白だろう。


「まさか彼女の実家だったとは思わなかったが。だが、そう考えると納得できる部分が多い。Bランク冒険者の俺がこうしてあんたに会えているのもそのうちの一つだ」


 考えてみれば、ただの一受付嬢が貴族にコンタクトできる方がおかしい。全てが明らかになった時、ティルテの頭の中で疑問は解消された。


「ふむ、それだけの情報で……。すごいなぁ君は」


 ガーデルドは先ほどの眼差しを優しい印象のする風に緩め、改めてティルテを見つめてそう言った。


「すごくない。俺と関わりの少ないギルド関係の人物が少なかっただけだ。その少ない中の大人数は俺が貴族と関わりを持ちたくないと知っていた。消去法で簡単に導き出せる」


「それをそう考えられた時点ですごいよ」


 そんな世辞を貰うティルテだが、本人はそれを否定するように簡単だと言う。しかしガーデルドはそれすらも好意的に解釈した。


「褒めるな。これぐらいできて当たり前だ。受付嬢のご好意には感謝しかないが、俺にとっては悪手だったな。彼女の性格の根の部分も良かったと再認識させられたことで相殺しよう」


 しかしティルテにとって今回の件はただ面倒くさいだけの出来事だ。だが判断からお世話になってる彼女の顔を潰さないように親の前で宣言した。


「ふむ……。ところで私のお願いはーー」


「受けない。俺は俺の自由にやる。……ただ最低でも数ヶ月、もしかしたら何年も、一生を掛けても叶うかどうかわからない夢だ。すぐに辞める事はない、それで安心してもらえないか?」


 ティルテは先ほどよりも柔らかく、代替案を出すような雰囲気を纏わせて尋ねた。


「……分かった、こちらはそれで構わない」


 ガーデルドは諦めたように、しかし安心したようにそう言った。


「それと話は変わるが……娘のことはどう思っているのかな?」


「は? ……いや、ギルド職員としてしっかり働いているが?」


 ティルテは本当にいきなり話が変わった、しかも内容だけに驚く。

だがわざわざ仕事について親に話すような事もしないだろう。故にこれは間接的に娘のことを知りたいと言う親心からだとティルテは認識し、そう答えた。


「そうではなく……その、異性としては?」


 しかし、ガーデルドの求める回答とは違ったため、彼ははっきりと聞くべきことを明確にして再度尋ねる。


「悪いが無いな。あんたまさか俺と友好関係を結ぶために実の娘をーー」


 ティルテ自身もさすがに無いと思いつつもよぎった可能性を口に出す。


「違う違う! この質問は娘からするように言われたんだ。それでどうなのかな?」


 だが、それを言い終わる前にガーデルドが否定をした。ティルテも安心した表情を見せる。


「どうと言われても……まず、俺は彼女の名前すら知らない。話す内容はギルド関係の話のみ。これで異性としてどうと聞かれてもな」


「……ふむ、これはなかなか難しいな」


「何がだ?」


 ティルテから得られた情報を整理したガーデルドがそう呟く。しかしティルテにはそれすらも通じず的外れな答えだけが返ってきた。


「それはそうと、俺はもう用済みか? クエストを受けてある。さっさと帰りたいのだが」


「おっと、それは失礼をした。セバスチャン、屋敷の入り口までお送りしておくように」


「かしこまりました、旦那様」


 ティルテはギルド長のハイゼから受けたクエストを理由に退散を試みる。

 するとガーデルドはセバスチャンという名の、先ほどティルテをこの場所に案内した執事にティルテをお送りするように命令した。

そしてセバスチャンはティルテを屋敷の玄関口まで先導する。


「ティルテさん、旦那様のこと、嫌いにならないでくださいね? それとセルシアお嬢様の事もよろしくお願いします」


屋敷を出る寸前にティルテに、セバスチャンは主人のフォローをする。


「別に嫌いなわけじゃ無い。好きになれないだけだ。……セルシア、が受付嬢の名前だよな?」


「はい」


「分かった、セルシア・クローツェ……覚えておこう」


 ティルテはそう言って屋敷を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る