30話〜圧倒的な実力差〜

 ティルテが貴族の屋敷を訪れたのが午前中。そして午後現在、彼は受けたクエストを達成すべく、ニンギュル平原にて新人冒険者2人との顔合わせに来ていた。



「我が名はゲラーデル。現在のランクはEランクだが、いずれ最強のSランクへと至りし男の名だ。覚えておくといい」



 そう名乗った1人目の男の名前はゲラーデルと言った。アリサの髪は紅緋色だが、それ以上に純粋な赤い色の髪をしていた。

 体の大きさもゼファーほどではないが大きく、180cmほどだろう。

武器は普通の冒険者よりも防具を多く装備しており、さらに盾と片手剣だった。前衛タンク寄りだろう。



「……ルナなのです。ランクは同じくE……よろしくです」



 2人目はティルテと目線を合わそうとしない、ルナという名の少女だった。銀髪の髪は肩甲骨(けんこうこつ)辺りまでストレートに伸びている。

 武器はアリサと同じような緑色の魔石が埋め込まれた杖だ。



「今日から最低十日間、お前たち2人を教える事になったBランク冒険者のティルテだ」



 最後にティルテがそう言って自己紹介をした。



「Bランク? どうせコネのくせに……です(小声)」


「なんか言ったか?」


「別に。何も言ってないのです。あなたの聞き間違えです」



 その言葉にルナが小さく忌々しそうに反応を見せた。その言葉はティルテに聞こえていたが、あえて聞き流して尋ねると彼女は悪びれることもなく堂々と嘘を断言した。



「ティルテさんと言ったね。この僕に教えなど必要ない。いずれ最強のSランクへと至りし者なのだから」



 ゲラーデルは先ほどと同じ、明らかな自信過剰の言葉を言い放った。



「俺の教えを受ける気がないなら失せろ。その無駄にある自尊心が消えてしまわないうちにな」



 初対面から、しかも教えてもらう立場のくせに偉そうなことを言ったゲラーデルに、ティルテは不機嫌さを隠さずにそう告げる。



「おっと嫉妬かな? すまないねぇ、僕はいずれ最強へと至りーー」


「失せろ」


「……了解した。僕があなたの元で学ぶべきことなど一つもないだろうからね」



 ティルテからの有無を言わさない圧の乗った言葉に、ゲラーデル自身も不満げにしてその場を去っていった。



「……で、お前はどうなんだ?」



 その光景を見ていたティルテは残ったもう1人の冒険者であるルナに尋ねる。



「……一つ言ってやるのです。お前のようなコネでBランク冒険者になったような奴に、教えてもらう卑怯な手なんてひとっつも無いのです! ふんっ!」



 彼女はさきほどから辛うじて抑えていた敵意を剥き出しにして、ティルテに一方的に言い放ってゲラーデル同様に帰ってしまった。


***


「ハイゼ、あれは無理だ」



 ティルテは何処かへと去っていった2人には目もくれず、冒険者ギルドに直行するとハイゼに真摯に告げる。



「……まだ始まって1日目だよ? 何があったんだい?」



 いくら人間関係の構築が難しそうな性格をしているティルテとは言え、さすがにそこまではっきりと無理と言われるとは思っても見なかったのだろう。ハイゼも驚きながら事情を尋ねる。



「なるほど……」



 ハイゼはなんとも言えない表情を見せてそう呟いた。



「無駄に自信過剰男。それと話の通じない少女。あいつらは無理だ」



 ティルテはゲラーデルとルナの2人を簡潔にディスった表現で呼びながら再度ハイゼに告げる。



「なら、一度君の実力を見せつければ全て解決じゃ無いのかな?」


「今更だ。もう手遅れだろう」



 ハイゼが代案を出すが、ティルテは2人の態度からそう推測する。



「そんな事はない。もう一度だけ、ギルドの圧力で召集をかけよう。その際に実力を見せつけてやれば良い」


「……分かった」



 ハイゼのこれから行う行為にティルテは難色は示す。

 しかしハイゼ自身もクエストを達成させたいという願いがあり、さらに今朝の出来事であるお互いを利用するという約束を早速使ったのだと納得すれば、ティルテの心も少しは落ち着いていた。


***


「それで……この僕の貴重な時間を割いているんだ。非常に有意義な時間なのだろうね?」


「その通りなのです。出来れば一度も目にしたくなかったです……が、まぁ、今日はタイミングが良かったから、もう一回ぐらいは出てやるのです」



 ギルドからの圧力で再び同じ場所に集まった3人だが、一度解散したにも関わらず再度集められたことに対する2人の不満は大きい。

 ゲラーデルは相変わらず自分がすごいと思っている発言をしており、ルナはあくまで上から目線で愚痴をこぼしていた。



「はぁ……教えてもらう側のくせに、お前たちのその態度は気にくわん。だがまぁ、冒険者歴半月の奴に教えてもらう……ってのが嫌なのも理解した」



 ティルテは面倒臭そうに、だが仕方がないと諦めてそう言う。



「だから、今から戦闘を行う」



 教えるよりも実践の方が良いだろう。2人の目も少しばかり光が戻る。


「ほう? どの魔物と?」



 真っ先にゲラーデルが興味津々に尋ねる。



「ゲラーデル、お前は前衛での盾職だな?」


「……その通りだとも。だがそこらへんの攻撃をする前衛職よりは、攻撃面でも使えると自負しているね」



 しかしティルテはゲラーデルの質問を無視して質問で返す。ゲラーデルは若干ムスっとしながらも、そう答える。



「そしてルナ、お前は珍しいことに魔術を使う後衛職だな?」


「そうです! 私はすごいのです! 選ばれたのです! お前みたいなコネの成り上がり野郎なんて、絶対に認めないのです!」


(俺も魔術は使えるのだが……?)



 ルナは薄い胸を張りながら口元を綻ばせてそう言う。その言葉にはティルテに対して一切の尊敬はなく、それどころか憶測によるティルテに対しての名誉毀損の言葉。

 さらにはティルデの昇格を認めた冒険者ギルド、そしてギルド長ハイゼに対する微かな不満も見えた。



「そうか」



 ティルテはルナの言ってやった、みたいな感じのドヤ顔を無視して軽く受け流す。



「そして戦う相手だが……お前たち2人が手を組んで、俺と戦ってもらう」


「魔物ではなく? ……へぇ、僕を倒せるつもりかな?」


「舐めんな……です!」



 ティルテがそう告げると、途端に2人から殺気にも似た圧がティルテに向けられる。2人はプライドが高い。

それを否定するような言葉に怒りを覚えつつも、ゲラーデルは余裕を見せて、ルナは明らかに苛立ちを隠さずそう言い返す。



「別に舐めていない。お前たち2人ごときなら、俺1人で充分だ」


「……言いますねぇ」


「取り消すなら今のうちだぞ、です」



 しかしティルテは2人の言葉をしかと耳に入れつつも、さらに挑発……いや2人にとっては侮辱にも等しい言葉を投げる。

 さすがのゲラーデルも肩に力が入り疑わしそうに、ルナは猫なら尻尾が垂直になっているだろうと思えるほどに敵意を隠さず共に告げた。



「御託はいい。さっさと獲物を構えたらどうだ? それとも時間が必要か?」



 ティルテはそう言って腰に携えた鞘から半月ほど愛用している鉄剣を抜く。

別に銘がある剣でも何でもないただの店売りの剣だが、ティルテが何度も手入れした剣は、むしろ新品よりも良い得物に成長しているように感じるほどだ。



「とっととやるです」



 そう言ってルナは距離をとって杖を構える。



「まぁ、痛い目は見てもらいたいね。幾ら何でも僕たちを舐めすぎだ」



 ゲラーデルもルナほどではないものの距離をとり、盾と片手剣を抜いて構える。



「この石を上に投げる。地面にぶつかった時が開始の合図だ」



 ティルテの言葉に2人が頷く。それを確認するとティルテは軽く持っていた石を上に飛ばす。



 カツーー。


(消えーー!?)



 ティルテの飛ばした石が地面に着いた瞬間、その衝撃の音が鳴り終わる前にティルテは動き出していた。

 ティルテは地面に体重を乗せて蹴り出し、剣先を下に向けていた鉄剣を蹴り出すと共に大きく振り上げる。

 そのあまりの早すぎる動きに、ゲラーデルも消えたと勘違いしたほどだ。



ガギィンッ!


「ぐっ!」



 ティルテから繰り出された鉄剣の一撃を、ゲラーデルはとっさの感が働き盾で防ぐことには成功する。

 しかし細い鉄剣の一撃を受けただけで、ゲラーデルの片腕は痺れ、ほとんど使い物にならなくなる。


 しかし攻撃を受けたゲラーデルも、攻撃を放ったティルテ自身も知らない事だが、これだけで十分Cランク相当の戦闘能力はある。

 Bランクであるゼファーは小石一撃でティルテに負けたが、あれはゼファーが本当に優しくしようと油断して力を抜いていたからであって、本気ならば大剣で防ぐなどは出来た。



 ンッ。



 そしてティルテの飛ばした石が地面に当たる音が鳴り終わる。



「ふっ!」


「ごふっ!?」



 ゲラーデルの腕が痺れる一方、ティルテの方は何事もなかったかのように次の行動へと移る。

 盾によって軽く弾かれた剣を、わざと上へと放り投げて両手を開ける。

そして片足を軸にして一回転。その遠心力の勢いを受けたもう片方の足で、ゲラーデルの体を盾ごと吹き飛ばす。

 そして落ちてくる剣の柄を手に取り、次に後衛のルナへと向かう。



「な、何やってんです!?」



 ルナは今の一瞬の攻防でゲラーデルが負けたことに対して、思わずそんな言葉を口に出す。



「《焔纏》」



 そうしている間にティルテは鉄剣へと《焔纏》の魔術を発動させる。炎を纏った鉄剣の熱で、剣先にある地面の草が即座に燃えカスとなっていた。



「《水壁》です!」



 ルナはティルテが《焔纏》を使ったのを目視で確認する。その次の瞬間には《水壁》の魔術を発動させた。

 つい先程仲間がやられたことに驚いていたにしては驚異的な判断能力の高さだ。



「無駄だ」



 《水壁》は文字通り水の壁だ。たかが水と侮ってはいけない。もしティルテが使った場合、前回は間に合わなかったがキメラの一撃も防げる強度にはなる。

 今回は水にとって相性抜群の炎を纏っただけのただの鉄剣。本来なら楽に防ぐどころか弾き飛ばし、相手に隙を与えることもできる……はずなのだ。


 しかしティルテは現状ルナにとっての最適解を「無駄だ」と言い、まるで豆腐でも切るかのように《焔纏》の剣は《水壁》を斬り裂いた。



「ば、馬鹿なです!?」



 その本来なら有り得ない出来事にルナは動揺を口に漏らす。ティルテはその一瞬の隙をつく。

 しかしルナに隙が生まれるのも無理はない。本来はあり得ない事なのだ。あり得るとすれば、それは圧倒的な実力差があった場合のみである。

 


「終わりだ」



ティルテは《焔纏》を解除した鉄剣を、動きの鈍ったルナの喉元に向けて構えてそう言った。

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