28話〜冒険者始めてわずか約半月、有望な新人冒険者の育成を頼まれる〜
「あ、ティルテさん! ちょうどいいタイミングです」
ティルテが先ほどの悶々とした気持ちに整理をつけて冒険者ギルドに入ると、いつも担当をしている受付嬢がそう言って近づいて来る。
「何かあったのか?」
「はい、ギルド長からティルテさんにお呼び出しです。詳細はギルド長自らが」
(何か知られたくない情報が入ったのか? 俺にだけ伝えると言うことは俺に関すること、もしくは危険なクエストのどちらか……)
ティルテは一瞬で熟考(じゅっこう)をしてそう結論づけた。
「そうか、ありがとう」
「いえ、仕事ですので当然です」
ティルテがお礼を述べると、受付嬢はそそくさと去っていった。彼はそれを見送りつつ、もはや案内の要らなくなったギルド長室へと繋がる道を歩き、ギルド長室へとノックをして入る。
「やぁ、昨日ぶり。よく眠れたかい?」
当然のようにギルド長室にはハイゼがお茶を用意して待っており、会話のきっかけのようにそう尋ねた。
「あぁ、さっさと要件を言ってくれ」
「おっと、君はそう言うタイプだっね」
ティルテは無駄な会話をしないようにハイゼにそう告げる。ハイゼは愛想笑いをしながらその言葉を受け流す。
「では早速……君に有望な新人冒険者の育成を任せたくてね」
「……は?」
ハイゼから告げられた衝撃の一言に、さすがのティルテも余裕を崩しそんな声を漏らす。
「ふむ、聞こえなかったかな? ではもう一度言おう。……君に有望な新人冒険者の育成を任せたくてね。ギルド長直々のクエスト依頼さ」
「断る」
「そう言わないでくれよ」
改めて告げられたハイゼからのクエストはティルテが苦手とする多人数、しかも自分が教える側という依頼内容だった。
即座に向いていないと判断したティルテは断りの言葉を入れるが、ハイゼが手で静止するようなジェスチャーをしながらそう言う。
「……あんたは俺が本当に人に教えられると思っているのか? 己の命を守る方法を教える師匠が、俺のようなら実力だけのやつに務まると?」
ティルテは断るために、己が引き受けられない点を自分で上げて再度尋ねる。
「いや、もちろん最初から務まるとは思ってはいないよ。でも、そこが君の弱点でもある。……君は何でも1人で解決しようとしてしまう癖があるんだ。なまじ強いが故に、ね」
ハイゼはティルテの意見を聞き首を縦に振って肯定しつつ、その欠点を挙げて指摘した。
「俺はそれでいける」
「だが、人数は1人よりも多い方がいいだろう?」
それは事実だ。短いながらも今までの功績だけを見るならば、ティルテはこの世界でもトップクラスの実力の持ち主だろう。
無論ハイゼもその事は理解している。だがあえてそう尋ねた。
「いや、少なくともここでなら俺の実力について来れない人は足手まといだ」
「なら、足手まといにならないように己の手で育てればいい。これは君の弱点を克服する計画でもあるのだよ?」
当然、ティルテは当たり前の事実を言い返す。Bランク冒険者にそれ以下のランクの冒険者が居たところで、それはほぼ護衛クエストと同一の物となってしまうだろう。それぐらい冒険者としてのランクは重要なのだ。
だがハイゼはその返しすらも予知しており、己が言いたかった言葉を言った。
「……弱点を補わせて、俺の実力をさらに高めさせるつもりか? あんたは俺なら今のように気付くと考えた。つまり育成の話は建前……あんたは俺に恩を売らせたい訳だ」
ティルテはハイゼの言葉の意味に気づく。お前の弱点埋めてやるからこっちの強化も担当しろ……そう言いたいのだと。
「ふむ、否定はしないよ。でもその理由もあるとだけは伝えておこう。……君がこの街の冒険者でいる限り、私は君を利用する。君も私を有効活用したら良い」
そのことに気づいたティルテにわざわざ否定するつもりなど微塵もないハイゼは、目の前にいる実力が上のティルテに向けてそう言い切った。
「……はぁ、報酬は?」
だが、今回はティルテが折れた。元々冒険者ギルドに登録している以上、ハイゼ直々のクエストを断るなどほぼあり得ない行為だろう。
諦めたティルテは報酬の話を始める。ティルテは目的のため以前に、まずは自分、シーナ、ミリアンが安心して暮らせる分のお金が必要だ。
最初にそのことを確認するのは当然だろう。
「1日金貨一枚だよ。これは1日の終わりに支払おう。期間は……そうだな、最低でも10日。それ以降は、私がCランク冒険者としての実力を持っていると認めるまで……でどうかな?」
(破格だな。最低でも金貨十枚)
金貨はこの世界のでの最高額の通貨だ。ヴァレットの宿はサービス的には比較的安価だが、それでも銀貨一枚。
通貨価値は銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。つまりはヴァレットの宿に100日間滞在できる分の料金なのだ。
「分かった。……だが、やり方は俺の自由にさせてもらおう。そのせいでその有望な新人が逃げたとしても俺のせいにはするなよ?」
「ほどほどにね」
「知らん。耐えられるかどうかはそいつ次第だ」
ティルテは己の方針に一切の手を抜くつもりはない。もし逃げるのなら、それは指導係に任命したハイゼの責任にするつもりだ。
それに逃げなければ、確実に強くはなるとティルテは確信している。
「そうそう、それともう一つ要件があるのだが」
「……まだあるのかよ。それでなんだ?」
ハイゼから告げられた事実にティルテは不快感を露わにしつつも、この際と思い尋ねた。
「『クローツェペリンの街』の領主様が、君をご指名だよ。良かったねぇ、ギルド長と領主、この街のトップ2人に同時に指名を受けるなんて」
突然ハイゼから告げられた衝撃の事実に、さすがのティルテも固まる。この街の領主の貴族位は伯爵。地方を任されるほどの大貴族だった。
「……俺はBランク冒険者だぞ? なぜ貴族から指名される? ……ハイゼ、お前俺の情報を売ったのか?」
ティルテは不信感を表情に全面的に出しながら尋ねる。それぐらい、ティルテにとって貴族と関わる事は嫌だったのだ。
別に貴族自体が嫌いなわけではなく、その影響力が嫌いなのだが、ハイゼは前者だと勘違いしている。
「いや、誓ってそんな事はしていないと宣言しよう。だが、それは私個人としてだ」
だが、ハイゼもわざとティルテの機嫌を損ねたわけではない。むしろそんなことをするメリットが全くと言っていいほどティルテには感じられない。
「……あんたとゼファー、アリサ以外……。ほるほど、大体検討はついた」
しかし先ほどの発言でティルテはおおよそを理解する。これはハイゼにとっても想定外だったことなのだ。
「へ、へぇ……この情報だけでかな?」
ハイゼはティルテの発言から、すぐに理解に達したと確信する。そのことに少しばかりの動揺を見せた。
「あぁ。それと俺は貴族と関わるつもりはない。その依頼は絶対に受けないぞ」
「いや、詳しくは本人の方から確かめてほしいが、依頼ではないらしい。クエストでもないよ」
(冒険者にクエストを要求しない? なら尚更おかしい……)
「どちらにしろ何にしても俺は断る」
ハイゼの言葉に逆に不信感を抱いたティルテはそう告げる。
「悪いがそれはできない。君のためにも、僕個人としてもね。断ればこの街どころかこの国に居られなくなるだろう。君はそれでも良いのかい?」
「……クソだな」
だが、ティルテの嫌いな貴族の影響力による弊害を盾にハイゼは誘導尋問をする。ティルテは一言、そう呟いた。
「……先にどちらを受ければ良い?」
だが、さすがにそのような出来事は避けたいティルテがまたもや折れた。そして領主からの呼び出し、もしくは冒険者育成のどちらから手をつければ良いのかを尋ねる。
「まずは領主からにしようか」
「……最悪の気分だ」
当然ハイゼからは領主の方が優先度が高いと言われる。それに対してティルテはまたもや愚痴をこぼした。
「私としては君が依頼を受けてくれて上機嫌だよ」
「お前は本当に性格が悪いぞ」
「性格が良くてギルド長は務まらないよ。あの冒険者たちをまとめるんだからね」
「否定はしない」
冒険者たちは命をかける職業柄、あまり大人しい人物はいない。この街はゼファーのような優しい性格がトップクラスとして存在しているからまだマシな方だろう。
酷いところは冒険者ギルドが『暁の廃城』と通じており、そのギルドも裏切られて潰された所もある。
「だがそれとこれとは関係なく、俺はお前が嫌になった」
「おや? もしかして好意的に思われていたのかな?」
「少しな。というか自分で恩を売っておいてそれを言うのか?」
「そういえばそうだったね」
ハイゼは感情を一切揺らさずに淡々と返事をする。
「お前と話すとさらに機嫌が悪くなりそうだ。さっさとその領主とやらの所へ行ってくる」
それが嫌になったティルテは領主に会いに行くのことを決意する。彼の心情としてはどちらも嫌だが、現在嫌な気分になるのとそれが解放されること、どちらを選ぶかなど考えるまでもない。
「気を付けたまえよ」
「俺に勝てる相手などそうは居ない」
ハイゼが微塵もそう思っていない事を口に出す。だがそう分かっていても、ティルテは返事をする。
「そう言う問題じゃないよ。君がシーナちゃんに感じているような思いさ」
「俺とシーナの戦闘力を鑑みてその同列視か。舐められたものだな。と言うか俺の思いとお前のその人を簡単に切り捨てることも厭わない冷酷さを同じにするな」
「さすがにそれは言い過ぎたね。でも似たようなものさ」
「……行ってくる」
ティルテは不機嫌になりながらその場を去った。
***
「ふぅ……」
ハイゼはティルテが去ったことを確認すると、緊張の糸が切れたようにため息をついた。
「本当、とても活躍してくれた君には悪いことをしてると自覚しているさ。すまない。……でも、君がいると本当に都合が良いんだよね」
ハイゼはティルテには決して言わない謝罪を口に出し、一通の手紙を手に取って読み始める。
最後まで読み終わると、彼は頬を緩ませて笑った。
「……ほら、簡単に釣れた」
ハイゼがそう呟いた。そこにはこう書かれていた。
『暁の廃城』に『クローツェペリンの街』に対して穏な動きあり。おそらく二つの支部が壊滅した理由についての解明だろうとかが予測される。
派遣されるのは『暁の廃城』でもトップクラスの実力者。目標は十中八九ティルテである……と。
ハイゼが釣れたといったのは『暁の廃城』の事だったのだ。
「……私の『暁の廃城』を潰すという目的のために、君にはこの街に留まり続けてくれないと……ね」
彼は不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。
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