27話〜ミリアン・フィールベルン〜
「ティルテさん、なんかお客さんですよ〜? めちゃくちゃスタイルが良くて、メイド服を着た黒髪の女の人なんですけど……一体どちら様なんです?」
次の朝、朝食を食べていたティルテとシーナの元に、謎の来客が現れた。ヴァレットは疑わしそうにティルテを見つめていた。彼女の心は休まるところを知らないらしい。
「……知らないな。メイド服……? とりあえず会おう」
ティルテは食事の手を止め、己のことを呼ぶメイド服を着た女性の元に向かう。そこにいたのはメイド服を着用したミリアンだった。
「ずっと……ずっとお探ししておりましたよ……ティルテ様!」
彼女は顔をにやけさせながらそう言い、ティルテに飛びつくように抱きつく。
「ティティティ、ティルテ様っ!?」
ヴァレットはティルテが「様」と敬称を付けられていることに……ではなく、抱きついたことに素早く反応した。
「むっ……ミリアンか」
「はい! ずっとお探ししておりました!」
一方ティルテは動じることなく薄い反応を返す。
「ちょちょ、スト〜〜ップです! ティルテさんから離れてください!」
そこでヴァレットのストップがかかる。そしてヴァレットがティルテからミリアンの腕を剥がし距離を取らせる。
「はい? ……あなた一体誰です?」
ミリアンが明らかに不機嫌そうな声のトーンで問いかける。
「おい、2人ともーー」
「わ、私はこの宿を経営するお父さんの娘です! こ、こんな公共の場でイチャイチャするなんておかしいので離れさせてもらいました!」
ティルテは険悪な雰囲気を感じ止めようとしたが、ヴァレットの勢いに主張は掻き消された。
「それにしては……そちらも少々ティルテ様に引っ付きすぎでは?」
「こっ、これはそのっ……あなたがまた引っ付くかもしれません! ですのでこれは正当な行いです!」
ヴァレットはティルテの腕に抱きつくような体勢になっていた。彼女からは無意識にティルテを逃がさない、離さないといった感情が容易に読み取れる。
それを指摘したミリアン。だがヴァレットは図星を突かれたようで顔を赤くしながらも、苦し紛れの言い訳を捻り出してそう言う。
「2人とも、俺を無視して話を進めるのはやめてくれ。ヴァレット、とりあえず離れてくれ。……その、当たっているからな」
「え? ……うきゃあ〜〜〜!?」
ティルテはもう一度声を発して2人を止める。そして言いづらそうにしながら、ヴァレットに若干遠回しに伝える。
彼女は最初、なんのことかを理解しておらず、ティルテの向けられた視線の先を見つめていた。
そこには成長途中で決して大きいとは言えないヴァレットの胸の谷間に、ティルテの腕が挟み込まれていた。
ヴァレットは恥ずかしさのあまり変な悲鳴を上げてティルテの腕を素早く手放した。
「先ほどは飛んだ失礼を。改め、はじめまして、でございますね。ヴァレット様、シーナ様。私の名前はミリアン・フィールベルンです」
ヴァレットを宥めるのに少々を時間を労したが、落ち着きを取り戻した彼女は話し合いを場を設け出すように提案をした。
わざわざそんなことをする必要なんてないだろ、とティルテは感じたのだが、今のヴァレットにそれを言うことはキメラ、マンティコアを同時に相手にすることよりも恐ろしい行為だと反応が危険信号を発していた。
宿の一室を借り、ティルテ、シーナ、ヴァレット、ミリアンの4人が机に座り話し合いが始まった。
最初に口を開いたのはミリアンだった。彼女は着ていたメイド服のスカートを軽く掴み、ふわりとさせながら挨拶をする。
ティルテはこの部屋に来る途中で何故メイド服を着ているのかを聞いた際、彼女は虚(うつろ)な表情をして「何もありませんでした……」と呟いた。
だがある程度の想像はつく。設定上必要な服を揃える時に、運悪くハンナに捕まってしまったのだろう。
「ねぇねぇ、ミリアン‥‥お姉ちゃん? は、ティルの友達なの?」
「ミリアンで結構ですよ、シーナ様。それと、私はティルテ様のお友達なのではありません。私はティルテ様にお使えするメイドでございます」
「えと、じゃあティルテさんって一体……?」
シーナの質問にミリアンが答える。それを聞いていたヴァレット(ケルガーに言って無理やり休憩中)が、席に座るティルテに視線を向ける。
その視線の意味は分からないが、混乱、疑問、不安などが凝縮された視線だと言うことだけだ。
「ヴァレット、そのことは聞かないでほしい。……あまり、話したくないんだ」
「あ……そう、ですよね! 分かりました、もう何も聞きませんし気にしません!」
ティルテの訳ありそうな態度を見て、ヴァレットは慌てて訂正するようにそう言う。それを見て、ティルテは内心で安堵していた。
先ほどの態度はヴァレットならこれ以上何も聞かないと考えた上での行動だったからだ。
「 ……ですがティルテさん」
「なんだ?」
「ちょっと……ミリアンさんとの距離が近くないですか?」
ヴァレットからの意外な指摘にティルテも目を丸くし、改めて距離を確かめる。彼とミリアンに座る長椅子、その幅は約10cmだった。
「あら? そのようなことはありません。むしろこれでは遠いぐらいです。私はティルテ様を何からナニまでお世話する役目がありますので」
「えぇぇぇっっっ!?!?」
「ミリアン、ヴァレットに嘘を教えるな」
「ティ、ティルテさん! 本当なんですか!?」
「ほら信じた。嘘に決まっているだろ?」
「で、ですよね〜〜!」
(この子は思い込みが激しいタイプだな……)
ティルテは今の会話を聞き、そんな感想を抱いていた。そしてミリアンの今の会話は、彼女の性格的にどう考えても仕組まれたものだ。
おそらくはティルテとヴァレットの反応を見て面白がるための。ハンナにおもちゃにされたことのストレスを、ここで発散したと考えられる。
「ヴァレットお姉ちゃん、どうしたの?」
「シーナちゃんは知らなくていいことよ〜。絶対に知っちゃダメだからね〜」
「うん……?」
何のことかわからず疑問符を浮かべるシーナに、ヴァレットは慌ててそう言う。シーナもヴァレットの言う事はあまり理解していないが、返事をした。
「とにかくだ。ミリアン、お前は何しにここにきた?」
ティルテは話が逸れていたので軌道修正のために本題を尋ねる。
「それはもちろん、ティルテ様をお探しいただけでございます。今後は私はあなたのそばにおりますので」
「ななっ!?」
「そうか、助かる」
「ま、待ってくださいティルテさん!」
「どうした?」
ミリアンの答えにまたもヴァレットが驚く。一方ティルテは何の疑問を持つこともなくそう言うだけだった。
彼にとってはそれが普通のことだが、思春期のヴァレットにとっては大問題だ。すぐにティルテの名前を呼ぶ。
「だ、大丈夫なんですか?」
「何がだ? ミリアンがいると言うことはシーナをヴァレットに預ける必要が無くなったと言うこと。もうヴァレットに迷惑を掛けることも無くなった」
ティルテは常日頃から申し訳なく思っていた。今は追加料金を払っているから良かったが、その値段も彼女自身が決めた雀の涙ほどの値段だ。
最近彼女のため息の数も多くなっていることから、シーナのお世話が少しばかり原因になっていることは明らかだろう。
「違いますよ! 私はシーナちゃんが迷惑だなんて一度も思っていません! むしろ一緒にいたいです!」
「っ!? そ、そうなのか?」
「はい」
「……なら、今後ともよろしく頼む」
「はい!」
だが、ヴァレットの予想外の思いにティルテは動揺しつつも、今後とも付き合いは変わらないこととなった。
「ふむ……ヴァレット、部屋を今泊まっている所よりも大きくしたい。今後はミリアンも泊まることだしな」
「え"? ……一緒の部屋ですか?」
ティルテは現在泊まっている部屋よりも広い部屋をヴァレットに尋ねる。だが、その反応は今までに見たことがないほどだった。
現に彼女の口から最初に漏れ出た言葉が、その事を物語っている。
「ティルテ様、私は隣の部屋で構いません。さすがにヴァレット様が可哀想です」
「……あ、ありがとうございます……」
ミリアンからの素晴らしい援護によって、ヴァレットの心の平安は免れる。
「む? ……お前がそう言うならそうしよう。ヴァレット、頼めるか?」
「それは、はい。任せてください!」
ミリアンからの提案を受け入れ、改めてティルテがお願いをする。ヴァレットは元気よく返事をした。
「さて、ティルテ様。そちらのシーナ様とは一体どのようなご関係で?」
次にミリアンが、本来一番気にするだろう事を尋ねる。普通の人から見て、彼女はティルテを追っかけてきたら、何故か幼女を連れているのだから。
「拾った」
「左様ですか」
だが、昨日の間にその事を知っていたミリアンは冷静だ。あくまで確認のようなものであり、周りからの目を気にしての行動。
(そんなにあっさりと……? くっ、なんか負けた気がする……!)
だが、その事情を知らない(知るよしもない)ヴァレットが1人で衝撃を受けていた。
「ミリアン、俺は冒険者ギルドに行ってクエストでも受けてくるつもりだ。その間、ヴァレットと2人でシーナの面倒でも見ていてくれ」
「かしこまりました」
「任せてください!」
2人が元気よく返事をする。ティルテがクエストを急ぐ理由。それはミリアンも宿に泊まる以上、部屋の料金が高くなる。
そうなるとこれまで以上に稼がなければいけないからだ。だがその分ミリアンがシーナの面倒を見れるので、受けることのできるクエストの幅も広まることだろう。
「ヴァレット〜〜! 仕事しろ〜〜!」
「うわぁぁぁっ! ちょっとお父さん、いい所なのに邪魔しないでよ〜!」
「え、あ、すまん……」
そこにタイミング悪くケルガーが声をかけ、娘からの反乱にあえなく撃沈するところを確認した。
「シーナ、行ってくる」
「ん! 頑張ってねティル!……ちゅ」
ティルテが最後にシーナに告げた時、シーナはティルテに笑顔を向けてそう言いながら顔を近づけ、そしてティルテの頬にキスをした。
「なぁっ!?」
「まぁ……」
ヴァレットが大きく声を漏らし、ミリアンが口に手を当てて小さく微笑んでいた。
「…………行ってくる」
ティルテは無表情のまましばらく硬直していたが、やがてゆっくりと立ち上がり宿を出た。
「し、シーナちゃん……今のは?」
少しの時間を空け、ヴァレットが今の行動の意味をシーナに尋ねる。
「昔ね、よくお父さんとお母さんがやってくれたの! だからティルにもしてみたんだけど……。ティル、嬉しくなかったのかな?」
シーナは無邪気な笑顔でヴァレットにそう伝えた。彼女に一切の思惑はない。ただ自分がされて嬉しかったことをティルテにしただけなのだ。
無論ヴァレットもそれは理解していたが、精神的に幼い彼女はシーナをライバルにかぞえるかどうかを真剣に悩むこととなった。
「……そっか〜、大丈夫だよシーナちゃん。きっとティルテさん、すご〜く喜んでると思うよ」
「本当? なら良かった」
その心を押し殺し、ヴァレットはシーナにそう言う。この気持ちは本心だ。何故なら自分も同じことをされたらそう思うのだから。
シーナはヴァレットのその言葉を聞き、屈託のない顔をして笑った。その顔は本物の天使よりも天使をしていたと、ヴァレットは心からそう思った。
一方その頃……。
(……反則だろ、あれは……!)
ティルテは珍しく内心で同様を隠せていなかった。
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