11話〜ハルカラ草採取クエスト、『ニンギュル平原』に現れたディノウルス変異種〜

「お、ティルテと嬢ちゃんじゃねぇか」


 関所の兵士ミハイルが、『クローツェペリンの街』をクエストで出るティルテとシーナに話しかける。


「えと……おはよう、ございます」


 シーナは昨日一度会っているミハイルとは最初から距離が近かった。


「ははっ、ちゃんと挨拶できんのか。ティルテはどうだ? 変なことされなかったか?」


(また似たような質問を……)


 ミハイルがシーナに尋ねる。ティルテが朝のヴァレットとのやりとりを思い出す。


「ん! シーナの体、いっぱい触ったり、一緒に寝たりした」


「ティルテ、ちょっと向こうで話そうか。お前の貞操観念はどうなってんのかきっちり教えてもらおう」


 シーナの発言で空気が凍り、ミハイルがティルテの肩に手を回す。普通の人間なら逃げられまい。


「はぁ、そのネタはもう飽きた」


「なんだよ、もう同じことされてんのかよ。どうせ体洗ってやったり、1人を怖がってる嬢ちゃんに添い寝してやったんだろ?」


「そこまで分ってるなら最初からやめろ」


 ティルテのため息を見たミハイルが残念そうな表情で、まるで見てきたかのように事実を言い当てる。


「ま、冗談はともかく……クエストに嬢ちゃんを連れて行くのか?」


「宿に篭りっきりで1人街中にいるより、俺がそばにいた方が安全だ。それに『ニンギュル平原』での採取クエストだぞ。万に一つもない」


「確かにな。気を付けろよ」


 ミハイルも一応確認のつもりで尋ねた質問だったが、ティルテは予想通り、シーナに危険が絶対に及ばない範囲のクエストを受けていた。

 ミハイルは安心して2人を見送った。


***


 『ニンギュル平原』とは、『ニンギュルの森』の隣に位置する広大な平原だ。草が生茂り、シーナのふくらはぎの半分を隠すほどの長さを持つ。


 そしてたまに『ニンギュルの森』から三等域の弱い魔物が現れることもある。

 ただし、ここ生息しているのは基本的に獣と呼ばれる動物だ。魔物と獣の違いは、体内に魔力を有しているか否かである。


 今回ティルテとシーナが探すのは、『ハルカラ草』と呼ばれる花で、白、赤、黄、紫など様々な色がある。

 今回指定された花弁の色は白。花言葉は『純愛』。

花束を作りたいとの要望から、プロポーズの意思がひしひしと伝わってくる。


「シーナ、あまり遠くには行くなよ。……そうだな、俺から50m以上離れるな」


 いつ獣や魔物が襲ってくるかわからない。魔物なら魔力を持っているので大丈夫だが、獣は肉眼で捉えなければ発見できない。

 だが、その代わり人に害を成す獣は大抵体は大きい。発見さえできれば後は簡単だ。


「は、離れないよ! シーナ、子供じゃないもん! ……あ、じゃあティル……ちょっと、くっついても、良い?」


 顔を赤くしながら反論するシーナ。しかしゆっくりとティルテのそばにまで歩み寄ると、袖を掴みながら上目遣いで尋ねた。


「だめだ。クエストの邪魔になる」


 普通の親ならここは笑顔で「良いよ」と答えるだろう。しかしティルテは違った。


「っ! ……ティルのいじわるっ! もう知らないっ!」


 ティルテの言葉を聞き、シーナは少し傷ついたような表情を浮かべ、叫んで少し離れた所へと走っていってしまった。

 しかし足元の見えない場所だ。小石にシーナはつまづく。


「あっ」


「大丈夫か? ちゃんと足元には気を付けろ」


「……あ、ありがとう……」


 ティルテが急いでこけそうになっているシーナの体を支え、きちんと再び立たせて注意した。

 シーナは意外そうな顔をした後、顔を背けながら小さく呟いた。

 そして今度はゆっくりと歩きながらティルテから離れた。


(ふむ、シーナも最初に出会った頃とは態度が雲泥の差だな。これも俺に慣れたと思うべきか……? しかし何が原因で離れたんだ?)


 とティルテは考える。そして白い花弁のハルカラ草を数輪見つけては、丁寧に摘んでいく。質によって応相談とクエストには書いてあったからだ。

 ここで依頼主の好感度を上げておくと、指名依頼と呼ばれる物をされることがある。

 その名の通り、依頼を特定の冒険者に任せる物だ。値段は普段よりも高くなるが、その分信頼が生まれるので時々ある。


 そしてティルテはすぐに五十輪の白花弁の『ハルカラ草』を集め終わる。

 ティルテが集まるのにかかった時間は30分ほど。本来は何時間もかけて探す作業だが、ティルテにとって植物の採取クエストは転職と言えるだろう。

 ティルテは『ハルカラ草』を集め終わると、少し離れたところにいるシーナの方へと向かう。


 シーナは蹲って何かをしていた。そろそろ帰るぞと言おうとしてティルテが近寄ると、気づいたシーナがはっ、とティルテの接近に気づき、急いで手に持っていた物を隠す。


「……そろそろ帰るが、まだここにいたいか?」


 ティルテはそのことに触れないように、しかしシーナの何かしらの作業が途中ならば帰るとは言いづらい。彼はシーナに委ねる形で尋ねた。


「……うんう、シーナ、あとちょっとだけ、ここにいたい」


「そうか。終わったら知らせてくれ」


 シーナは若干の迷いを見せながらもそう決断した。ティルテはシーナの意見を聞きそう告げると、少し離れたところで地面に寝転がる。

 そよ風が優しく体を突き抜ける。暖かい日差しがティルテを照らす。

 昨日の一件と悪夢ともいえる夢を見たティルテに、午後のこの時間は至福の時間ともいえる。気づけば、ティルテの目は閉じていた。






ドッドッドッ! ピクっ!


 何かが近づく足音が、地面を通してティルテへと伝わる。魔力を感じないことから、おそらく獣であることがうかがえる。急いで飛び起き、周りを確認。

 するとこちらへと近づいてくる、三頭のニンギュル狼を発見する。


 ニンギュル狼とはその名の通り、この辺りに生息するだけのただの狼だ。生息地が『ニンギュルの森』『ニンギュル平原』に近いことからその名称がついている。

 討伐ランクは単体だとFランク、群れだとEランクに相当する。しかし、群れにしては頭数が少ないことから、ここにくるまでに何かしらの出来事があって頭数が減ったのた。


「あ、ティル! えっとね〜」


 シーナは何かを作ることに集中しており、ニンギュル狼には気づいていなかった。しかしその態度から、ちょうど作ったものが完成したことが分かる。


「シーナ、俺の後ろに下がってろ」


「え? うん? ……ティル、どうしたの?」


 ティルテがシーナを守るように前に出て、弓を構える。射程はおよそ400メートル。使う矢尻は鉄製。対してニンギュル狼は約500メートル。あと少しだけ距離が足りなかった。

 だが、ニンギュル狼は幸いにも自分からまっすぐ突っ込んでくる。


(……あぁ、そう言うことか)


 ティルテはニンギュル狼の背後に位置する『ニンギュルの森』。そこから魔力を感じた。

 ニンギュル狼はそいつから逃げるために走って逃げていたのだ。


 ティルテが矢を3本放つ。逃げるのに夢中になっていたニンギュル狼三頭を矢で撃ち抜くことくらい、ティルテにとっては造作もないことだ。


(無益な殺傷はするつもりはなかったが、興奮状態でシーナを襲うかもしれないからな。それよりも……)


ギュルァァァァァァッッッッ!!!!!


(確か三等域最強と呼ばれるディノウルス……だったな)


 身長、体長ともにティルテの同じ1.5メートルほど。鋭い牙を持ち、主に肉を好む。

 そして濃い緑色の鱗を持ち、『ニンギュルの森』で狩人のように獲物を襲う。注意しなければ気づくことなく襲われて死ぬ。


(別名……初心者殺し)


 討伐ランクは群れのニンギュル狼よりも高いDランク。しかしそれは未発見の状態からだ。

 発見した場合、素の戦闘能力は群れのニンギュル狼と同等。ニンギュル狼が逃げる理由は思いつかない。


(……魔力が通常個体よりも強い。なるほど、変異種か。しかも暴走している)


 ティルテが弓を構え、矢を放つ。ティルテは1秒に一回矢を飛ばせる。また飛ばせる本数は最高飛距離を維持して5発までだ。

 当然、ティルテは五発の矢をディノウルスへと向けて放った。しかし鱗によって全ての矢は弾かれた。


(……なるほどこれが変異種か。普通のディノウルスなら今ので仕留められたはずだが……。なら)


 変異種。体内の魔力が暴走することで生まれる。普通の個体よりも凶暴化しているので、元のランクよりもワンランク上に繰り上げられるほど危険だ。

 つまり、DランクではなくCランクに討伐ランクは上がる。この変異種ディノウルスの場合、実際の実力はDランク程度だが。


 ティルテが今度は三本の矢を持ち、矢に魔力を込める。魔力を込めた矢は耐久力、矢尻の鋭さなどが上がるからだ。


「《風纏》」


 魔術を使い、三本の矢に風を纏わせる。これで放たれる矢の速度が上がる。それだけでなく回転もつけることで、貫通力もあげるようにしてある。


 その二つの工程を挟み、ティルテが再び矢を放つ。両足の付け根あたりに二本。もう一本は胸のあたりに。

 しかし、ディノウルスは痛みはしたものの、絶命には至らなかった。


(……ふむ、いつもディノウルスの首を切っていたからな。もしや心臓の位置が違うのか?)


 ティルテはそう考えながら、次は一本の矢で同じ工程を繰り返し放つ。

 矢は動かず暴れるディノウルスの脳天を貫いた。


「シーナ、無事か?」


「ん。ティル、守ってくれて、ありがとう」


「当然のことをしたまでだ」


 シーナは少し怯えつつも、ティルテにお礼を言う。彼からしたら当然の行動だったが。


「……えっとね……これ!」


 シーナがモジモジとしながら、さきほどまで背中で隠していた物をティルテの前に出す。

 出てきたのは、色とりどりの『ハルカラ草』で出来た花冠だった。シーナが使っていたのはこれだったのだ。

 それは決して上手く出来ているとは言えない代物だった。しかし、ティルテの目にはそれが本物の冠よりも綺麗に見えた。


「……それがどうかしたのか?」


「あげる!」


「そうか、ではもらおう」


 ティルテはシーナが作った花冠を大事に受け取るが、受け取った後にどうすれば良いのかを迷う。


「……頭、つけるの」


「……こうか?」


「ん!」


 シーナはニコニコ笑顔を浮かべながら、花冠を頭に乗せたティルテを見ていた。


「……ありがとうな、シーナ」


「えへへ〜」


 シーナのその笑顔に、ティルテはシーナの頭を撫でた。シーナはティルテの膝に抱きつきながら、それを喜ぶように受け止めた。

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