10話〜冒険者ギルド長ハイゼ〜
「って事があったんだよ」
ゼファーがティルとの出会いを語り終えた。
「……つまり、ゼファーさんが悪かったってこと?」
「そりゃあ、俺だよ。ティルテの野郎に喧嘩を売ったのはこっちなんだから」
シーナはしっくりしないような顔をしながら尋ねると、ゼファーがすぐに非を認める。
「……でも、ゼファーさんはティルのことを思ってのなんでしょ? だったらティルももう怒ってないよ? だってティル優しいもんっ」
「……はは、確かにそうだな」
「うんっ!」
シーナの励ましと笑顔を向けられ、ゼファーは笑いながらそう返した。
「なんの話をしていたんだ?」
「あ、ティルっ!」
ちょうど良いタイミングで戻ってきたティルテを見つけたシーナが、ティルテの腰に飛びつく。
「ただいまシーナ。出来る限り早く終わらせたつもりだが待たせたか?」
「うんう、ゼファーさんにね、ティルのお話してもらってたの」
その頭を撫でながらティルテが尋ねると、シーナはキャッキャっと嬉しそうに話した。
「……あの話だな?」
ティルテはすぐになんの話かを理解する。
「あぁ、俺の黒歴史だ」
「いや、結果としてはそうかもしれないが、考えは理解できた。納得もな。あの時の俺が強過ぎただけだ。気にすることはない」
ゼファーの自分の行いに対する過小評価を聞き、ティルテがフォローした。
「強過ぎたなんて嫌みかよ」
「ただの事実だ。俺は客観的に見て実力を一流と自負している……」
「けっ、そこまで言うたぁいっそ清々しいね」
ゼファーはティルテの発言に軽い嫌みを言いつつも、それが事実なのでまた返しにくい。また、ティルテはこの発言を悪いと思っていない事。
ティルテは素でこう言うやつだと言うことを、この短い期間の間に嫌と言うほど理解していた。
「それで話はなんだったんだ? 極秘なら言わないでくれよ」
「いや、たいした話じゃない。口止めもされなかった」
ティルテはそう言って、先ほどまでの出来事を話し始める。
***
コンコン
「入りたまえ」
ティルテがギルド長室の扉を叩くと、奥の部屋にいるギルド長が許可を出す。40代半ばに差し掛かり気味の初老の男性だった。
「失礼する」
ティルテが部屋に入ると、奥に部屋に座ったギルド長が手招きをして、ソファーに座るように言われた。
「それで話とは?」
「ふむ、何か急いでいるようだね。でもまずは名前から教えよう。私はハイゼ・アグラス。では早速だが本題に入ろう」
ティルテの様子にギルド長ことハイゼが本題を切り出し始める。
「まず、昨日君が盗賊から助けた人たちは、大半が無事に他の村や街に住む親族に引き取られたよ」
(昨日の出来事をもう把握しているのか)
ハイゼの発言にティルテが少しの驚きを覚えつつも、引っかかる言葉を追求する。
「で、大半ということは何人かは引き取り手がいなかったんだな?」
「その通りだ」
「……それは残念だったな」
ティルテは助けた人たちが奴隷になると聞かされ、気分が悪くなった。しかしその人たちを再び助けようとは思わない。
ティルテは自分が助けられる範囲を弁えているからだ。最初、シーナはミハイルに頼まれたから引き取ったに過ぎない。
彼に頼まれなければ、ティルテはシーナを引き取るようなことはしなかっただろう。
だが、頼まれた以上ティルテはそれを貫く。自分が助けられる人間なら助ける。
自分にできることを見極め、その限界までは頑張る。ティルテとはそう言うやつだった。
「これは報告のようなものだね。次に、君にBランク冒険者の称号を与えたい」
「待て、俺は昨日Cランクになったばかりだ。昇格するノルマをほとんど達成していない。組織の長としてどうするつもりだ?」
組織の規律を長自ら破るような行動を、ティルテとしては見逃せない。もちろんティルテも嬉しいことは嬉しい。
だが、都合の良さに疑いたくなるのも真理だ。
「ははは、君の実力では一気にAランクにしたいぐらいだがね。流石にAランクともなれば他の街や王都のギルドとの連携があってね」
「話を聞け。わざわざ反感を買う行動はーー」
「君の実力はここにいる冒険者の大半が分かっているよ。だから安心したまえ」
ティルテとしては自分から面倒ごとを引き寄せるつもりはなかった。ゼファーの時は面倒だったからすぐに片付く決闘に乗ったに過ぎない。
こんなに簡単に昇格してしまうと、周りの冒険者たちからの嫌がらせを受ける可能性もある。ティルテはそのことを危惧していた。
だがハイゼの発言を聞き、相応の実力を見せた自分なら反論する奴らも少ないかと思い返す。
「……分かった、その件は納得しよう。それで次はなんだ?」
「次が最後で本題だ。君が昨日潰した盗賊団、あれは『暁の廃城』だね?」
ハイゼがティルテに尋ねる。だがあいにく、ティルテはいちいち自分を襲ってきた相手の素性など調べていなかった。
また襲ってきたら、その都度対処すればいいだけだったからだ。
「知らん。襲ってきたから返り討ちにして、追撃したらアジトを見つけ、ついでにいた村人を助けただけだ」
「それは知っているとも。この街の兵士が詳細を書いた紙を持ってきてくれたからね。だが、問題はその後だ。『暁の廃城』の支部を潰したんだ。今後、君に組織からの刺客がつく可能性がある。君の危険性を捉えて、最低でも監視ぐらいは確実だろう」
ハイゼはティルテが『暁の廃城』と呼ばれる組織に手を出したあとの報復を恐れていた。
「つまり、襲ってくる人間全てを潰せばいいんだろ?」
「そう簡単な問題じゃないよ。君以外の人間に危害がいく可能性もある」
「なら、その元凶の『暁の廃城』を潰せばいいのか?」
ティルテのあまりに信憑性のない問いに、さすがのハイゼも一瞬言葉に詰まる。
「……はは、それができれば苦労はしないよ。この国の力を持ってしても未だに壊滅してないんだ。君1人の力では無理だよ」
「まぁ、俺と俺に関係する奴らに被害が出なければ問題はない。もし被害が出たなら潰す」
「……君がそこまで言うなら少し期待はしてみよう。だが、決して油断はしないでくれたまえよ。君はこの街の冒険者ギルドでも最強レベルなんだ」
ハイゼとしても、組織の監視程度にティルテが負けるとは思ってはいない。しかし、それは一対一の場合。
向こうが大人数で人質を取り、ティルテに毒などを盛ったとしたら、いくらティルテでも勝てないだろうと考えている。
「それは知っている。周りの人間の腕前を見たが、この街で俺に敵う人間は居ない……いや、1人いるな」
「ほう? それは誰かな?」
ティルテの自信過剰とも取れる発言を聞き流し、ハイゼが尋ねる。
(さて、彼のお眼鏡に叶う人間とは一体……)
「……あんただ。あんたなら今の俺でも一分間なら、まともに戦うことはできるだろ?」
ティルテがハイゼに向けて人差し指を指す。その行動にハイゼが目を丸くした。
「……なるほど、相手の実力を正しく見ることはできるみたいだね。でも、自分の実力を見誤るのはダメだよ?」
ティルテの言う通り、ハイゼは強い。彼はこれでも元Sランク冒険者なのだ。
しかしハイゼでも、自分が負けるとはっきり言われるとは思っても見なかった。
(ティルテは強い。しかし幼い。その慢心は良くないよ……)
ハイゼがティルテを諭すようにそう言った。
「いや、間違っていない。あんたが俺の実力を正しく測れていない時点で、俺の方が強いことは分かりきっている」
しかし、ティルテはさらに言葉を続ける。
「……ふむ、そう言うことにしておこう。話はこれでおしまいだ。ちゃんと気を付けたまえよ」
ハイゼが少々強引に話を終わらせ、ティルテを追い出すように促す。
「あぁ、当然だ。失礼する」
ティルテもそれを感じたり、そして一刻も早くシーナの元に向かいたいがために二、三言で別れを済ませて部屋を出た。
「……はぁ……はぁ……なんだ、あの化け物は」
ティルテが部屋を去った後、ハイゼはソファーの背もたれにもたれかかり、ため息をつき小さく呟いた。
(目を合わせただけで分かった。私では絶対に彼には敵わない……。しかも、彼にはまだ隠している力があるように見える。そう、私の感覚が告げている)
ハイゼはそう考えていた。しかしその感情を押し殺し、まだ若いティルテが増長しないように釘を刺したつもりだった。
しかしティルテは己の実力をきちんと見極め、自分に勝てると言い切ったのだ。
(……案外、彼なら『暁の廃城』も潰してしまうかもな……)
ハイゼはそうなることに大層期待しながら、ギルド長としての仕事に戻っていった。
***
「ーーだな。つまり昨日助けた村人のその後。Bランクに昇格。『暁の廃城』の逆恨みに気を付けろと忠告。この三つを言われた」
「いやお前、『暁の廃城』のアジト一つ潰してたのかよ」
ティルテがギルド長ハイゼに言われたことを簡略化して説明すると、最初に帰ってきたのがその感想だった。
まぁ、普通の人間ならそこに食いつくのが常識だ。『暁の廃城』とはそれぐらいに恐れられている。
「あぁ、口止めはされなかったが、無闇に言いふらすような真似はしないでくれよ?」
「わかってるって。知ってるのは俺、本人であるティルテ、嬢ちゃん、受付嬢さん、んで任命したギルド長だけだ」
ティルテが忠告すると、ゼファーは当然と言った顔でそう言う。他の人に関してもわざわざ言う人はいない。
幸い、近くには冒険者たちも居なかったので、これなら安心だろうとティルテも考える。
また、他人の冒険者ランクを気にする奴は基本いない。ライバルとかならばまた別の話だが。
ランクはクエストを受けた際などにバレる。ティルテの昇格も、クエストを受ければ自然に広まっていくだろう。
「……と言うことは、嬢ちゃんもそれ関連か?」
「あぁ、関所に勤める兵士のミハイルという奴。あいつには借りがあったんだが、何故かシーナを引き取ることを要求してきた。その時に仕方がないから引き取った」
ゼファーがシーナを連れている理由を盗賊団絡みだと判断する。ティルテはそれに肯定した。
「なるほど、ティルテの柄じゃないとは思っていたが、そんな事情が……」
「あぁ」
ゼファーが感心したように頷く。
「それとシーナのことを預かってくれたことは感謝する。助かった」
ティルテがお礼を言った。普段の態度とのギャップに受付嬢だけが密かに驚いていたが、周りの人間は誰も気づかない。
「良いってことよ。それよりこのあとどうすんだ?」
「シーナを連れて採取系のクエストにでも行くつもりだ」
「シーナちゃんも? 危険じゃないですか?」
ゼファーの当然の質問にティルテが答えると、受付嬢もまた当然心配をしてきた。
「この街にいるより俺と行動を共にした方が安全だ」
「う〜ん、否定しづらいのがまた……」
しかしティルテの発言に、受付嬢も苦笑いを浮かべる。
「シーナはどうする? 嫌なら宿に置いていくつもりだ。ヴァレットにお小遣いでもあげれば暇な時に面倒を見てもらう約束ぐらいは……」
ティルテはヴァレットがお金を欲してしていた事を思い出す。お金が欲しい理由は主にティルテを意識しての美容関連なのだが、当然ティルテが分かるはずもない。
「……や。シーナ、ティルと一緒が良い」
「む、そうか? ……ならそうするか。クエストを探してくる」
シーナの発言にティルテが多少驚き、依頼の貼られたボードに向かう。
シーナと同伴でも危険の無いクエストを探してくるつもりだ。
「とりあえずこれにするつもりだ。日帰りで行けるし安全だろ?」
ティルテがボードから取ってきた依頼の書かれたクエスト の内容を見せる。
『『ニンギュル平原』に咲く『ハルカラ草』で五十輪の花束を作りたいのでお願いします。
依頼料:花の質により応相談』
「そうですね……これくらいなら」
「決まりだ」
「ゼファー、またな」
「おう! 一応気を付けろよ」
自身の選んだクエストの受付嬢の了承も得たティルテが立ち上がり、2人が軽い別れの挨拶を済ませる。
「当たり前だ。いくぞシーナ」
「……ん」
こうしてティルテとシーナは冒険者ギルドを後にし
た。しかし受付嬢の目には、ティルテとシーナの距離が先ほどよりも開いている気がした。
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