9話〜ティルテ、Bランク冒険者との決闘に小石で勝利する〜

 冒険者ギルドに、15歳程度の1人の少年、過去のティルテが入ってくる。周りの視線を少しばかり集めながら、その少年はまっすぐに冒険者ギルドのカウンターへと向かっていく。


「ようこそ冒険者ギルドへ。クエスト依頼ですか?」


「冒険者登録を頼みたいのだが」


 周りの冒険者たちが少しざわめく。ここにいる全員が少年のことを依頼主と勘違いしていたからだ。


「……冒険者登録ですね。登録料として銀貨一枚が掛かります」


「あぁ」


 受付嬢も少し驚きの顔を見せ、間を開けながらも話し始める。ティルテが懐から銀貨一枚を出す。


「はい。ちょうど頂きました。それではお名前をどうぞ」


「……名前か?」


 受付嬢の質問に、ティルテが少し渋る様子を見せた。


「はい……」


「……ティルテ。それが俺の名だ」


 受付嬢がその反応に少し不自然さを抱きつつも、その名前を記入していく。


「ティルテさん、ですね。……ではこちらが冒険者カードとなります。最初はGランクからのスタートです。あちらのボードにあるクエストを受注して頂き、クリア達成を繰り返せばFランクに昇格できます」


 受付嬢がティルテにギルドカードを手渡す。そこにはティルテという名前とGランクと書かれた物だった。

 そして受付嬢が示す方向を見ると、何人かの冒険者たちがボードの前で話し合いをしていた。どのクエストを受けるかを考えているのだ。


「クエスト達成の際は依頼主に冒険者ギルド印のハンコを押してもらってください。討伐系のクエスト、もしくは獣や魔物、薬草などの買取はあちらのカウンターにお越し下さい。私どもが鑑定させていただきますので」


 そして受付嬢が次はクエストの説明をする。


「ーー。以上が冒険者ギルドでのルールです。破った場合は罰金と永久追放処分となります。分からないことがあれば逐一私たちに聞いてください。質問はございますか?」


「ない」


 一通りの説明を聞き、ティルテは即答でそう言った。


「分かりました。冒険者は常に命の危険と隣り合わせの危険な職業です。自分の実力に合った行動を取るようにしてください。どうかご武運を」


「あぁ」


 最後に受付嬢はアドバイスをして、ティルテの冒険者登録は終わった。


「おいおい、いつから冒険者ギルドはガキの遊び場所になったんだ?」


 だが、穏便に終わらない出来事が起きる。そう言ったのは、先ほど冒険者ギルドに入ってきた身長190センチほどで筋肉質の男性冒険者、ゼファーだった。


「誰だ?」


 ティルテが目を細め、不快そうに呟く。


「……おい、どう考えてもお前より俺の方が先輩なんだ。せめて「誰ですか」くらい言えないのか?」


「ほう、それはすまない。てっきりただ初心者に絡むだけの嫌な奴かと。だがたった今冒険者になった俺に対して馬鹿にするような態度はなんなんだ? 少なくとも俺はそんな奴に敬う言葉遣いと態度は絶対にしない。敬われたければ敬われる態度を示せ」


 ゼファーが立ち上がり、ティルテの元まで歩きながらそう言う。しかしティルテも負けじと言い返す。

 ティルテのその行動で、周りの空気が変わった。


「……あまり粋がるなよガキ。お前にはまだ冒険者という職業が早すぎたことを、身を持って教えてやろうか?」


 ゼファーがその反論に苛立ちを覚えつつティルテに尋ねた。


「ふむ、それはちょうど良いな。先輩冒険者の実力を知る良い機会だ。ちなみにランクは?」


「……Bランクだ。その言葉、後悔するなよ?」


 ゼファーの凄みに一切のひるみも怯えも見せずティルテが尋ね返す。その行動にゼファーも面食らいつつも告げる。

 そして自分に粋がるティルテに釘を刺す。


「あぁ」


「ちょっ、ティルテさん、危険すぎます! 今すぐ謝ってください」


 だが、ティルテはまたも真顔で返答した。すると見かねた受付嬢がカウンターからも出て、2人を仲介するように間に入りティルテに告げる。


「駄目だ。俺は冒険者になる理由がある。俺は真剣だ。それをあいつは馬鹿にした。先にイチャモンを付けてきたのは向こうだ」


 ティルテにはやるべき事がある。その目的のためには今は冒険者になる事が最優先だった。

 それを邪魔されたとあっては引く理由などない。


「それでもです! 冒険者になったばかりのティルテさんでは絶対に勝てません!」


「ふむ、たしかに客観的にはそうだな。……だが、ランクが絶対とは限らないぞ?」


 それでも止めようとする受付嬢の立場になってティルテは考えた。その部分には納得しつつも、ティルテは己が勝利を疑わない。


「ほぉ、威勢だけは良いな。こい、裏にある修練場で決闘だ」


 そのセリフを聞き、ゼファーがニヤリと口元を緩める。そしてギルドの裏を指で刺しながら向かっていった。

 ティルテも同様に向かう。受付嬢は「もうっ!」と言いながら付いて行った。それに続くように、他の冒険者たちも続く。


「さぁさぁ、新人のティルテかBランク冒険者のゼファー、どっちに賭ける?」


 とある三人の冒険者が決闘で賭け事をしていた。


「んなもん賭けになりゃしねぇだろ」


 細身の冒険者が呟く。


「俺、銀貨一枚だけティルテに賭けようかなぁ?」


「まじかよ、じゃあ俺はゼファーに銀貨一枚だ」


 太めの冒険者の言葉を聞き、細身の冒険者が賭け事に乗る。


「……はぁ、さすがに賭ける人数が2人じゃ賭けにならねぇな」


 賭け事を仕切っていた冒険者が周りを見るも、その2人以外には誰も乗らなかった。

 冒険者たちの中では勝敗は決まっている上、勝ったとしても銀貨一枚をみんなで割ったところではした金だからだ。


「ま、そりゃ賭けるまでも無いからなぁ。今回は分けるのも簡単で助かるが」


 勝った方に銀貨を全部渡せば良いだけだからだ。


「お前は本当に良いのか?」


「賭け事は娯楽だぜ、娯楽。出来るだけ楽しめりゃ良いんだよ」


 細身が心配そうに尋ねるが、太めが笑いながらそう言った。


「そうかい。銀貨一枚御馳走さん」


「おいおい、やる前から演技でもねぇ事言うなよ」


「おっと、失敬失敬」


 細身のジョークに太めも乗る。この会話も賭け事の一環として楽しめる。彼らの中で、賭け事は勝つか負けるかだけではない。

 コミュニケーションの一環なのだ。


「俺の名前はゼファー、この大剣を使うつもりだが……そっちは何を使うつもりだ?」


 一方、彼らのような人たちが周りから見守る修練場の広い広場では、ゼファーもとティルテが向かい合っていた。

 そしてゼファーが大剣を抜き構える。しかしティルテが何もしないので疑問に思い尋ねたのだ。


「ふむ、お前を相手にするのに武器は必要ないな」


「……もしかして魔術師か?」


「……一応使える」


 ティルテの相手を舐めるような発言。ゼファーが眉間にシワを寄せながらも尋ねると、ティルテは少し間を開けて答えた。


「なるほど、たしかに珍しい力だ。そうなるのも理解は出来る。……だがな、舐めるのも良い加減にしろ。せめて杖を待て」


 ゼファーはティルテが珍しい魔力持ちだからこんなにも態度がでかいのだと考えた。

 しかし武器を持たない少年を攻撃しようと思える人間ではなかった。


「必要ないと何回言わせるつもりだ?」


「……そのプライド、へし折ってやるよ」


「出来るものならな。それに……魔術は使わん」


「……そりゃ舐め過ぎってもんだぜ!」


 しかしゼファーなりの気遣いも、ティルテには響かない。それどころか、ティルテをイラつかせることになってしまった。

 その返しにゼファーも怒りが込み上げる。2人の気持ちは完全に戦闘モードだった。


「あぁもう! ティルテさん、怪我しても知りませんからね!? 勝敗はどちらかが降参を認める。もしくは意識を失うまでです。魔術でも回復不可能な傷を合わせた場合、冒険者ギルドからの永久追放です。よろしいですか?」


「「あぁ(おう!)」」


 受付嬢がこの決闘の審判を執り行う。決闘のルールを説明し、2人が了承した。


「それでは……開始!」


ドサッ。


「……え?」


 受付嬢の開始合図とともに、ゼファーが倒れた。そのあまりに不可解な行動に、受付嬢は声を漏らす。

 周りの人間は全員が声を出すこともできず、口だけが空いていた。


「俺の勝ちだろ?」


「……しょ、勝者はティルテさんです」


 見た限り一歩も動かず勝負を決めたティルテの言葉に、受付嬢は動揺しながらもそう宣言した。


「……なぁ、今何が起こった?」


「わかんねぇよ。気付いたらゼファーのやつが倒れてて……あいつがやったんだよな?」


 周りの冒険者たちがボソボソと小声で話し出す。それほどこの結果は予想外だったからだ。


「あの、ティルテさん!」


「……なんだ?」


「ぜ、ゼファーさんに一体何をしたんですか?」


 そんな中、審判をしていた受付嬢が修練場を去ろうとしていたティルテに確認を取る。


「普通、わざわざ自分の手の内を明かそうとするか? まぁ、そいつみたいにわざわざ絡んでくる奴らもいるかもしれないし、手段ぐらいは教える」


 ティルテは嫌々ながらもそう言いながら、地面に落ちた石のかけらを手にして、壁に向けてコインを弾くように飛ばす。

 次の瞬間、とてつもない勢いで壁にぶつかった音が鳴る。


「こんな感じで相手の顎を狙って脳を揺らした。あいつも数分で起きる。……これで良いか?」


「……あ、はい……」


 あまりに衝撃的な発言に受付嬢が目を丸くしながらも、ティルテは構うことなくその場を後にした。


***


「……ん? あれ、俺は確か……」


 冒険者ギルドのベッドでゼファーは目覚める。横には受付嬢が居た。


「あ、ゼファーさん、どこか痛いところはありませんか?


「ちょっと顎がズキズキするだけだ。それよりも……そうか、俺はあのガキ……いや、あの冒険者に負けたのか……」


 はぁ、とため息を吐きながらゼファーは落ち込みの表情を見せる。


「まぁ、ティルテさんは規格外でしたから。今回はあなたの見る目が間違っていたようですね」


「そうだな。見た目で判断しちゃいけない……冒険者に成り立ての新人が最初に掛かる罠に、まさか今頃自分が掛かるとは情けねぇ」


 ゼファーが己の行動の過ちを認める。彼は冒険者ギルドにいる時は、無知無力な子供たちが過ちを起こさないように見張っていたのだ。

 今回も青年に差し掛かり気味の少年が、冒険者と言う命と隣り合わせの危険な職業を選ぼうとするのを咄嗟に止めるために、あんなことを言ったのだ。

 たとえ、自分が嫌われる結果になったとしても。


 彼の見た目と口調は思い上がった初心者冒険者たちの良い抑止力となる。今回みたいな決闘も過去に何回かあったが、ゼファーは一度も負けた事がなかった。

 そして一度負けた相手は彼を認め、冒険者という職業を改めて再認識されられるのだ。


「……俺の威圧に怯えを見せなかった時点でやめときゃよかったぜ。あいつは絶対大成する。この俺を倒したんだからな」


「ふ〜ん、本当にやられたんだ〜」


 ゼファーの呟きを、部屋に入ってきた1人の女性がニヤニヤと笑うようにそう言ってきた。


「アリサさん、体調は大丈夫なんですか?」


「なんでお前ここにいんだよ」


「もう魔力酔いはマシだよ〜」


 入ってきた女性の名をアリサ。ゼファーとパーティを組む魔術師だった。

 前回のクエストで魔術を使い過ぎてしまい、魔力酔いと呼ばれる症状に陥っていたのだ。

 酒に酔った二日酔いに似ていると、彼女ら魔術師は言う。


「それよりも〜、ゼファーがやられるって一体どんな子なの〜?」


「見た目は少年だが、ありゃ強いぜ。俺が一撃しかも一瞬だったからな」


「……まじで〜?」


 アリサは目を丸くしてゼファーの顔を伺う。その表情が嘘ではないことを物語っていた。


「本当ですよ。小石を顎に当てられてゼファーさんが倒されました」


「「まじで!?」」


「……なんでゼファーさんも驚いてるんですか?」


 受付嬢が何気なく呟いた言葉に2人が食い気味に驚く。


「そりゃああれだよ、てっきり凄い魔術で何かしたのかと思っていたんだが……」


「ちょっとちょっと〜、その子魔術師なのに、戦士のゼファーに一対一で勝つってどんだけ〜」


「……おいおいまじかよ。あの一瞬で修練場の地面を砕き小石を生成。それを弾いて俺の顎に命中させたってのか? ……あのガキ、化け物じゃねぇか」


 ゼファーがあの時の状況からティルテが取った行動を割り出し、愕然とした。アリサも顔を固くしていた。


「とりあえず、今回はゼファーさんはティルテさんが帰ってきたら謝るべきですね」


「だな。あいつには悪いことをした」


 その後、無事『ニンギュルの森』から帰還したティルテに、ゼファーはアリサと共に謝罪をした。

 ティルテもまたそのような意図があったと気づかなかったこと、軽い脳震盪を起こしたことを謝り、これからも続けてほしいことを申し出た。

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