1話〜出会い〜
まだ空に太陽が浮かぶ頃、1人の青年……いや、少し顔立ちは幼く童顔で、背の高い少年と呼んでも差し支え無さそうだ。
しかし彼の年齢を考えるとそうは呼べない、1人の青年がいた。
辺りは草木が生い茂っており、時間帯は昼間にも関わらず暗い。
また、地面は決して舗装されているとは言い難く、砂利などが所々に転がっており、人が無我夢中に全力で走ったら絶対につまづくだろうと思えるほどガタガタだ。
その青年の周りを10人を超える人間が取り囲んでいた。1人はボロボロの服を着ており、また1人は頭に赤いバンダナを巻いている。
服装は人それぞれ違ったが、全員に共通している事、それはナイフなどの武器を手に持っていること。
彼らはこの国を悩ませる巨大組織、『暁の廃城』の『ニンギュルの森』支部の一員だ。
彼らは現在、この青年が1人でこの『ニンギュルの森』の街頭沿いに現れたのを襲い、身ぐるみを剥ぎ取って青年を奴隷として売るつもりだった。
「野郎ども、かかれぇ!」
「「「うおぉぉぉっ!!!」」」
バンダナを付けた頭領らしき男の掛け声に呼応し、他の盗賊たちも掛け声を上げながら青年へと一斉に掛かる。
「……面倒くさいな」
青年は小さく呟き、腰に下げた鉄剣を鞘から引き抜く。今の青年に仲間は居ない。
この人数を相手に1人で戦うつもりだ。何も知らない盗賊から見れば、格好の獲物に見えただろう。だが、それは間違いだったと後で気づく。
「……こ、こいつ化け物か!? 十人超えてんだぞ!? ぜ、全員で一斉に掛かれぇっ!」
バンダナを付けた盗賊団の頭領は動揺を隠しきれず、声を震わせて団員に命令する。
何故か? 青年が次々と盗賊団員を斬り殺していく光景が目の前に広がっていたからだ。
そして驚くことに、その全てが首への一撃で決まっていた。
頭領の指示が広まり、青年と盗賊団員が互いに一度距離を取る。そして人数を揃えた盗賊団員が、一斉に青年へと向かって飛びかかった。
「はぁ、無駄だぞ?」
青年は気怠そうに呟き、一斉に掛かる盗賊団の総攻撃を防ぎ続ける。
それだけではなく、攻撃を受け流して同士討ちを狙わせ、隙が生まれた所には確実に息の根を止めさせる一撃を放っていた。
「おいおい嘘だろ。こりゃあ大損だな」
その光景を、少し離れたところから木の上に隠れていた盗賊団の一味の弓使いが観ていた。
だが少ししてゆっくりと弓を引き、青年へと狙いを定める。弓使いの実力は確かで、たとえ今のような乱戦だろうと、仲間に当てるようなヘマはしない。
「さて、面白いもんも見れたしそろそーー」
弓使いの言葉はそこで終わった。青年が盗賊団の包囲網から一瞬抜け出し、その手に構えられた弓から矢を放ったからだ。
放たれた矢は見事に弓使いの脳天を撃ち抜き、体勢の崩れた弓使いは木の上から頭から落ちる。
遠距離から援護を失った大半の盗賊団員たちは、青年には一太刀も攻撃を浴びせることなく、斬り殺された。
だが、この頃にはバンダナを付けた頭領と共に、一部の盗賊団員は青年から逃げ出していた。
(はぁ、はぁ……いったいどうしてこうなった!? あんなガキ一匹殺さず逃げ出すなんて……。この事が上に知られたら俺は……!)
バンダナを付けた頭領の男は、『ニンギュルの森』支部のアジトが存在する蔓草に覆われ、魔物や獣でも気付かれにくい洞窟に向かって逃げており、そして辿り着く。
彼らは両手を膝に当てて、大きく息を吸ったり吐いたりして体力の回復を待っていた。しかし、そんな隙を与えるほど青年は慈悲深くなかった。
「見つけたぞ。手間をかけさせるな」
頭領の後ろから声が聞こえた。急いで振り返ると、そこには先ほど逃げだした自分が青年が立っていた。
頭領は理解してしまった。あの人数を相手に1人で勝ち、早めに逃げ出した自分たちに追いつける、正真正銘の化物と。襲う相手を間違ってしまったことを。
「っ! ぎやぁぁぁっ! な、なんでここに!?」
だが、理解はしていても頭領からはとっさにそんな言葉が口から出る。
「お前に教えてどうなる。俺を殺そうとしたんだ。当然殺されても、文句は言えない」
そう言って青年が一歩一歩ゆっくりと近づく。逆に盗賊団はジリジリと一歩ずつ下がることしかできない。
今の人数以上があっさりと負けたのだ。彼らに全員が玉砕覚悟で突っ込む勇気などあるわけもない。
「……そ、そうだ! この洞窟には色々奪った金貨なんかが沢山ある。それを半分渡すから見逃してくれないか?」
頭領が諦め悪く、青年に向けて杜撰(ずさん)な交渉を開始した。そんなことを言ったところで、青年にとっては盗賊団員たちを全員殺したあとで奪えば良いの話だろうに。
だが、その言葉を聞いた青年は立ち止まる。頭領が青年は金に目が眩んだと思った瞬間、青年は背後へ向けて弓を放った。
次の瞬間、ドサリと何かが落ちる音が聞こえた。落ちた正体は人、それも盗賊団のもう一人の弓使いだった。
頭領は今死んだ弓使いが青年を後ろから狙撃しようとしているのに気づき、無駄な交渉で時間稼ぎをしようとしていたのだ。だが、青年には通じなかった。
「……死ね」
青年はそう呟き、逃げ惑う盗賊団員全員の首を、手に携えた槍で突き刺して殺した。
***
「さて、この魔力……。普通じゃないな」
青年は盗賊団員の遺体から金目の物を全て奪い、次に盗賊のアジトに溜め込まれた金目の物を全て袋に入れる。
青年が金貨などを入れているのは特別な袋だ。この世界では通称、魔道具と呼ばれている。
青年が持つこの魔道具と呼ばれる袋は幾らでも物が入いり、中に入った物の時は止まると言う効果を持つ。
名前を付けるとすれば《無限袋》と呼ばれる魔道具であり、この世界では国宝級の代物であった。
金目の物を回収し終えた青年は盗賊団のアジトのさらに奥まで歩き進む。だんだんと明らかに異常な臭いが奥から漂ってくる。
だが、青年が感じた魔力もまたこのアジトと言う名の洞窟の奥に存在している。
青年は顔をしかめながら奥へと進むと、そこには20程度の人がいた。
具体的にはボロボロの布切れ一枚だけを羽織った男性、女性、子供が一斉に牢屋に閉じ込められていた。
皆が虚な表情をしており顔色、血色、お腹をさする手の動きなどから、食事もあまり与えられていないことが見て取れた。
「おい、あんたらは元から奴隷か? それとも捕まったのか?」
青年が鉄格子にもたれ掛かるように座っていた男性の1人に尋ねる。その男性は、声かけられて青年の存在にようやく気づいた様子だった。
「……誰だ、あんた?」
かすれた声で青年へと尋ねる男性。
「ただの通りすがりの冒険者だ。もう一度聞く。ここにいる奴らは奴隷か? それとも捕まった連中か?」
青年は少々不機嫌な受け答えをしつつも、もう一度同じ質問を尋ねた。
ただ、青年は質問に答えられなかったから不機嫌なのではなく、こんな事をしていた盗賊団に憤りを感じているだけだった。
「……俺たちは全員捕まったのさ。村をこの盗賊団が襲ってきてな。もうすぐ全員で奴隷市場行きだよ」
青年の質問に自傷気味な声を出して男性は答える。だが、彼の考える出来事は起こらないかも知れない。
その理由は青年が奴隷か、捕まった者かの違いを尋ねたからだ。この回答次第で、今後の身の振り方が決まる。
捕まった者ならば、運が良ければ親族が引き取りに来る可能性がある。だが運が悪ければ新しく奴隷となり、その場合、一定額が青年の元に入ってくる。
元々が奴隷ならば、今回の場合は相続先が居ないので、再び奴隷市場で売られるだろう。その際、一定額が青年に入るが、捕まった者の場合よりはかなり低くなる。
「安心しろ。盗賊団は俺が全員殺した。『クローツェペリンの街』まで送り届けてやる」
青年の一言に沈黙が流れ、やがて牢屋越しに喜びの声が上がる。涙を流して、知り合い同士で抱き合う者もいた。
その後、青年の剣による一撃で鉄格子が破壊され、その間から牢屋を続々人々が抜け出していく。
「ありがとう……! ありがとう……!」
と、青年の手を握ってお礼を言って来る人たち。
「悪いが入り口で待っていてくれ」
だが彼は一切表情を変えず、青年が助けた人々に指示を出す。
「そうだ、奥にまだ1人ーー」
「分かっている。そっちの方にも行ってくる」
村人が思い出したように喋り出そうとしたが、青年は最初から気づいていたので途中で話を静止してさらに洞窟の奥へと進む。
なぜもう1人いるのかを言わなかった理由だが、村人も衰弱していて忘れていたのだと言うことを青年は理解していた。
(この魔力持ち、ほぼ確実に盗賊の仲間ではないな。かなり弱っている)
青年は洞窟の入り口からこの魔力持ちの存在に気づいていた。
一般的な人間で魔力持ちは珍しいと言われている。と言っても、同じ冒険者であるならば結構ありふれたものと認識されているが。
正真正銘、洞窟の奥までたどり着く。青年は頑丈そうな鉄の扉を剣の一撃でこじ開け中へと入る。
そこには両手首に鎖で繋がれた幼女がいた。濃い紫色の髪をしており、体はまだ小さく身長は130センチほど。
だが、その見た目とは裏腹に不自然に胸だけが大きい。おそらく、これをロリ巨乳と言うのだろう。
紫色の髪はボサボサで、服は先ほどの村人たちと同様に布切れ一枚。見るからに弱っている体だ。
そして何より心が弱っていた。魔力も回復していないので、ちゃんとした環境ではなかったことは想像に難くない。
幼女が死んだ魚のような目でこちらへ視線を向けてくる。
「……通りすがりの冒険者だ」
青年がそう言うが、幼女は何も言わない。何も反応しない。
「……とりあえずその鎖を斬るぞ」
青年は今何を話しても無駄そうと考え、鞘から剣を抜き、幼女に警告をする。
青年は反応のない幼女を意識しながらも、剣を振るう。その放った鉄の剣での一撃は鎖に……弾かれる。
(……硬い。……だが……)
青年が集中し、呼吸を整えるように息を吸って吐く。そして目を開き、再度剣による一撃を放つ。
すると先ほどとは違い、幼女の両手を縛る鎖が斬られる。幼女は目の前の光景を疑い、あり得ないと言わんばかりに目が大きく開かれる。
「《
次に青年はそう唱えて幼女の手首に片手をかざす。すると、赤く腫れていた幼女の手首がどんどん色白に、本来の肌の褐色を取り戻していく。
手をかざす行動に最初は怖がるそぶりを見せた幼女だが、己の傷が治っているのがわかると途端に大人しくなった。
青年が使った幼女の傷を治した技。これはこの世界では一般的に魔術と呼ばれているものだ。
魔術とは、己が体内に宿る魔力を使い、常識では起こり得ないことを可能とする技能の事である。また、魔力は大気中にも存在してもいる。
「とりあえずお前もこい」
青年は傷の治った幼女にそう言いながら手を差し出す。青年としては傷は治したのだから、すぐに手を取るはずだと考えていた。
だが、幼女はその手を取らなかった。……怯えていたのだ。今いるこの場所から動く……つまりは離れることに。
青年は戸惑う。こんな状況は初めてだったからだ。だが、無駄に動揺したとしても意味がないと判断し、普段の自分を通すことにする。
「……分かった。とりあえず後ろについてこい。街まで案内してやる」
そう言って青年は入り口へと戻っていく。幼女はなんのつもりかとっさにその背中に続こうとして正面から倒れる。
幼女はずっと座りっぱなしだったのだ。足に力が入らなくても無理はない。
(しまったな)
青年は自分の失敗をそう捉える。だが、1人で歩けないのは困る。この幼女は青年と手を取るのも嫌がったのだ。
青年もそれはわかっているからこそ、1人で歩かせようした。そして今もとっさに動かなかった。
「……はぁ、乗るか?」
青年はため息をつきながらも、おんぶの体勢をとる。手を握るのも嫌がったので、青年は格好だけでもして見せるつもりだった。
だが予想に反し、幼女はゆっくりだが青年へと近づき、そしておんぶをしてもらうために後ろから手を回した。
青年は多少驚きつつも、幼女をおんぶして洞窟の入り口へと歩いた。
幼く年端もいかない幼女には不自然に大きな胸が、青年の背中へと押しつけられる。だが、その青年は無表情だった。
「頭はぶつけないように気を付けろ」
青年がそう言うと、幼女は首をコクリ動かして頷く。
(……こいつ、もしかして声出ないのか?)
今までの受け答えで一言も喋らない幼女にそんな事を考える青年だったが、その予想は外れる。
「……な、まえ……」
「ん? なんだ?」
幼女がゆっくりと、小さく、だがはっきりと声を出したのだ。
「……名前、なんです……か?」
幼女は青年に名前を尋ねた。これが2人の初めての会話のきっかけとなった。
「……ティルテだ」
青年はティルテと名乗った。これが長い長い付き合いとなる2人の、最初の出会いだった。
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