2話〜シーナ〜

 『ニンギョルの森』はこの辺りでは危険な地域に属する。危険な魔物や獣が跋扈ばっこしているからだ。

 と言っても森の入り口辺りは武器を持った者ならば、油断でもしない限りは安全だと言える程度だろう。


 『ニンギョルの森』は小国程度の大きさの大森林で、中心部へ行くほど危険な魔物や獣が出る。

 奥深くから一等、二等、三等と三域に分けてあり、冒険者にとって非常に分かりやすい性質の森と言えるわけだ。


 現在、ティルテと盗賊団から逃げさせた村人たちは森の街頭沿いを歩いていた。

 元々ティルテが襲われた場所自体は比較的魔物たちの襲撃に関しては安全なところだった。

 しかし盗賊団のアジトは森の一等域と二等域の境あたりに存在していたので時々、魔物、獣の襲撃があった。


 だが、ティルテはその存在をいち早くキャッチして、1人のけが人も出す事なく再び街頭沿いへと戻ってきていた。

 ちなみに森の中でおんぶは手が塞がり武器が使えないので、幼女に肩車をしていた。そしてその時、ティルテは弓を使っていた。

 だがもしもの時のために、ちゃんと腰に鉄剣は用意してあったが。


 村人たちは衰弱しているようだったが、盗賊のアジトには水と食料も残されていた。それらを村人に食べさせて、強制的に『クローツェペリンの街』へと移動を開始する。


「おい」


「は、はい。なんでしょうか?」


 しばらくしてティルテが先ほどの男性に声をかける。男性は少しだけ緊張を見せ、おんぶされる幼女に一瞬目線が行きながらも返事をする。


「この子、そちらの村の子供じゃないんだな」


 ティルテは幼女の素性を男性に尋ねる。その時幼女によって、ティルテの首に掛けられる力が強くなる。


(……怯えている?)


 とティルテは考えた。もっとも、その理由は聞かないが。


「はい。一応全員に聞きに回りましたが、顔も見たことが無いと」


 男性は申し訳なさそうにして首を横に振る。だが、ティルテはこの子が村人だと思っていた訳でも、期待していた訳でも無い。

 ティルテの中では、最初の対応で村の子供でないことはほとんど確定していたからだ。


「そうか。もうすぐ街に着く。とりあえずお前たちを送り届けはするが、そこから先はお前たち次第だ。せいぜい親族が迎えに来ることに期待しておけ。それが無理なら良い客に貰われるようにな」


 ティルテは子供たちからは盗賊たちから助けたと思われている。だが、現実は甘くない。

 十日間の勾留ののち、引き取り手のない者は奴隷として売られる。

 村人の身元をティルテは確認していたが、引き取り手がいない限り、奴隷になるのが早いか遅いかの違いでしかない。


(……この得体の知れないガキもだ)


 ティルテはそう考えながらおんぶをしている幼女に意識を向ける。

 別に対して重くはないが、普通の人間ならしばらく乗せていると腰を痛めるだろうぐらいの体重がかかっていた。


(別に魔術で治しても良いが、それぐらいは歩いてくれ。そこまで施す義理はない)


 ティルテはそう考えていた。幼女はティルテの頭の耳の上辺りを両手で掴んでいる。

 そして見た目にしては大きな胸がティルテの後頭部に押し当てられていた。だが、ティルテは無表情だった。


(……第一、足の疲労も治したのになんで俺におんぶをさせている? まさか効果が足りなかったとかか?)


「おい、もう1人で歩けるだろ?」


 ティルテは幼女に尋ねるが、幼女は一瞬の間を開けて首を横に振るう。だが、やはり怪我は治っているはずだ。

 何が幼女を意固地にさせるのか、ティルテは分からなかった。

 

「……そうか」


 ティルテはこれ以上言っても無駄だと考え再び歩き出す。


(なんなんだこのガキは。何がしたいんだ? ……まぁ、それは良い。それよりもなんでこいつだけ別の部屋にいたのか……。魔力持ちはたしかに危険だが、こんなガキならそんなに恐れる必要性はないはず。……いや、このガキには何かがあるのか?)


 ティルテは幼女の行動が理解できなかった。だがすぐに頭を切り替え、新たな問題へと足を伸ばす。

 魔力持ちは魔術が使えるとはいえ、こんな小さな女の子ではたかが知れてる。

 ならそれとはまた違った理由があるはずだとティルテは考えた。


(……危険ではないとして……なら鎖をつけた理由が……。ふむ、とりあえず何がかは分からないが、普通の魔力持ちではないと認識しておこう)


 ティルテは幼女への認識を無害から警戒へと改める。しかし当の本人である幼女は、あたりの景色を見渡して目をキラキラとさせていた。

 その姿はまるで田舎から都会に出て来た田舎者。もしくは初めて見た魔術に興味をそそられる子供のような表情をしていた。


(こんなただの街頭沿いの何が良いんだか……)


 ティルテは幼女の姿をそう捉えていた。もっとも、その理由を聞いたりはしない。

 別にこのまま送り届ければ、ティルテとはすぐにお別れになるからだ。

 ずっと名前を聞かずに「おい」などと呼んでいるのも、先ほどの怯えた仕草の原因を聞かないのもそれが理由だ。


 そうこう考えているうちに、ティルテと幼女と村人たちは『クローツェペリンの街』まで辿り着いていた。

 魔物たちの襲撃から守るための防壁で街全体を囲み、街頭沿いの道の終点にある関所から人が行き来をしている。

 関所の入り口は二つあり、少しばかり馬車での行列ができている入り口と、まばらに人が行き来する入り口があった。


 街に入る際には通行税が掛かるが、冒険者であれば行き来の通行税は免除される。また、当然街の人間の行き来も免除対象だ。

 よって、彼らはまばらに人が自由に行き来する入り口を使う。

 逆にこの通行税は主に商人、移民たちに掛かる税金だ。そのような身分の持ち主が馬車などが並ぶ方に並んでいるのだ。


 ティルテは当然、自由に行き来できるガラガラの方へと向かう。

 だが、そのまま通るわけではない。関所に勤める兵士たちに、村人たちの申告をしなければならないからだ。


「ん? あんたか……って、また連れて来たのか? 本当にお人好しだな」


「知らんな。さっき盗賊に襲われた。アジトを突き止めた際、捕まっていた者が勝手について来ただけだ」


「はいはい、そう言うことにしておくよ。それに、今回はそっちの嬢ちゃんに随分懐かれてるじゃねぇか。良かったな」


「ミハイル、そんなことは別にどうでも良い。さっさと彼らを保護してくれ」


 ティルテは先ほどまでの出来事を関所の兵士であるミハイルに伝えると、一時的に村人たちは保護される。そこから引き取り先を探すのだ。

 だが、ティルテの役割はそこで終わりではない。ティルテの証言が本当なのか、もしそうならアジトの場所などの詳しい話もしなければならない。


 ミハイルの言葉通り、ティルテは時々今回と似たようなことを行っている。この関所の兵士であるミハイルには、ティルテのことは顔も名前も覚えられてしまっていた。


 だが、ティルテはそんな事はどうでも良いと考えているので別に支障はなかった。

 それよりもさっさと解放されたいので、腰を下げて幼女に降りるように促す。


「…………おい、街についたぞ。さっさと降りろ」


 ティルテは幼女にそう告げるが、一向にティルテからは降りなかった。

 それどころか、両腕でティルテの首に無理やりしがみつき、絶対降りないと言う意思表示をし始める。


「おい、良い加減にしろ。ここにいればお前の家族と会える可能性はある。なのに俺に無理に付き纏われても迷惑だ。分かったらさっさと降りてくれ」


「……や……」


 ティルテは子供に対してはきつめにお願いをした。だが、幼女は少しの沈黙を挟み、微かにだが嫌だと、否定の意思を見せた。


「……は? おい、ふざけるのも大概にーー」


「や! ……や……」


 ティルテは幼女に「ふざけるのも大概にしろ。なんでそこまで嫌がる? 理由はなんだ?」と言おうとした。だがそれを言い終わる前に、幼女が今まで聞いたことのないほど大きな声を出して拒絶した。

 そして次に小さく、か細く、悲痛な、今にも泣き出しそうな声で嫌だと訴えかけた。


「おいおい、嬢ちゃん嫌がってるじゃねぇか。何が原因だ?」


 その光景を見かねたミハイルがティルテに近づき尋ねる。ティルテは「……はぁ」とため息を一度した。


「分からん。降りろと言っているが一向に降りない。同じ村の者ではないが、盗賊に捕まっていたことは事実だ。ここに引き渡すつもりだったが……」


 ティルテはミハイルに説明をし、最後に顔で幼女の方を指す。「こうなった、どうにかしてくれ」と言わんばかりの顔だった。

 ミハイルは少々呆れつつも、幼女と同じ目線までしゃがみ込む。


「嬢ちゃん、とりあえずティルテの奴が困ってるんでなぁ、降りてやってくれねぇか?」


「…………どこか、いかない?」


「行かねぇ行かねぇ。な?」


「……あぁ」


「……うん」


 ミハイルの説得で、幼女はとりあえずティルテのおんぶから降りた。


「それで……なんで嫌なんだ? 教えてくれると助かるんだけどなぁ」


 ミハイルは再び目線を合わせ、にっこりと笑顔を浮かべながら幼女に尋ねる。


「…………お、おとう、さん……おかあさん……ふたり、とも……い、いない。……シーナ、1人は……やっ」


 幼女から告げられる衝撃の事実にミハイルの笑顔が崩れる。幼女の言葉。それが意味することは、ほぼ確実に引き取り手が現れず、奴隷に身を落とすと言う意味だったからだ。


「……うぅ……ふっ……ひっぐ……ふぇぇ……」


 ポロポロと幼女の目から涙が溢れる。父親と母親のことを思い出したのだろう。

 幼女は泣かないように堪えようとする。だが堪えきれず、嗚咽が漏れて出ていた。その姿を見て、ミハイルの心は決まった。


「ふぅ……。よしティルテ、お前この子のこと引きとれ」


「は!? ……本気で言ってるのか?」


 ミハイルの言葉にティルテは珍しく大きく声を張って驚き尋ねた。


「当たり前だろ。……この前の借り、この件でチャラにしてやるよ」


「どう考えても釣り合っていない気がするが……。それに、このガキが俺のことをどう思ってーー」


「あのなぁ、そんなにぴったりと引っ付かれて、離れるのも嫌だって駄々こねるぐらいだぞ? 流石にわかるだろ?」


「知らん。こいつが俺と一緒にいたいと直接聞くまで、俺は引き受けんぞ」


 ミハイルとティルテは幼女の処遇で言い争う。だが、別にティルテは幼女が嫌なわけではない。

 先ほどまでは訳が分からない存在だったが、今は親無しのガキという認識に置き換わっていた。

 ただ、本当に自分と一緒にいたいのかを聞きたかっただけだ。


(もしミハイルの勘違いで、このガキが無理やり俺と一緒になることは不幸だ)


 ティルテはそのために、幼女から直接答えを聞きたかったのだ。


「……で、どうなんだ? お前は俺と一緒にいたいのか?」


 ティルテ自身も肩膝をついてしゃがみ込み、幼女と目を合わせて尋ねた。


「……一緒……が、良い……」


 声を絞り出すように幼女はティルテの目を見て答える。ティルテは目を瞑り、その結果をしかと受け止める。


「ほらなやっぱり」


「ミハイルうるさいぞ」


 ティルテは茶化すミハイルを黙らせて、再び幼女の目を見る。


「……そうか、分かった。今日から俺たちは一緒に暮らす」


「……うんっ……」


 その事実を告げると、幼女は二パッと笑いながら先ほどよりも元気よく返事をした。

 それはティルテが最初に出会った死んだ目の幼女とは、比べ物にならないほど可愛かった。そして、ティルテが初めて見た幼女の笑顔だった。


「とりあえず……名前はなんだ?」


( これから先もずっとガキと呼ぶのは面倒だ。せめて名前ぐらい分からなければ色々支障が出る)


「…………シーナ」


 小さくボソリと、だがティルテの耳にははっきりと聞こえた彼女の名前。


「……そうか。ミハイル、あとはよろしく頼む」


「あいよ〜。……ティルテ、シーナちゃんのこと、優しくしてやれよ?」


「……善処する」


 ミハイルと別れる際、2人はそんな会話をした。


「……ついて来い……シーナ」


「……うんっ……」


 そんな会話をしながら2人は街の中へと入っていった。


(やっぱり歩けたじゃないか……)


 ティルテは心配しつつも歩き出したシーナにそんな感想を抱いた。

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