46話〜VS魔獣ニンギュル《前編》〜
ハイゼとの話し合いを終えたティルテは急いで宿へと戻った。
これから一時間後、『ニンギュルの森』に留まり続ける魔獣ニンギュルを討伐することが急遽決定したからだ。
「ミリアン」
「なんでしょうか?」
ティルテは部屋に戻るとミリアンに声をかける。彼女はシーナと遊んでいる最中だった。先ほどの地震での被害はないようだ。
「今から俺の伝える場所に行ってほしい。そこに魔獣ニンギュルを起こした黒幕がいる。『暁の廃城』についての情報は聞き出してから痛めつけて殺せ」
「了解です」
ティルテはシーナに会話が聞かれないように部屋から出て、簡潔にそう告げる。事前に前情報は話してあるので、これだけでミリアンは理解できるからだ。
ミリアンはシーナに断り、メイド服のまま指定された場所へと向かっていった。
「ティルテさん、今回も大丈夫ですよね?」
ミリアンが出かけるのを見届けたあと、タイミングを読んだヴァレットが心配して声をかけて来た。
「ヴァレットお姉ちゃん、ティルはさいきょーなんだから大丈夫だよ? ねぇティル?」
それに反論したのはシーナだった。彼女はヴァレットがそんな事を言ったことに頬を膨らませていた。
「……すまないシーナ、それは分からない」
だが、自分を擁護するシーナの言葉を、ティルテは否定してしまう。それが事実だったから。
「え、なんで? ティル、シーナのこと助けてくれたよ? ティルは誰にも負けないもんっ。だから、大丈夫だよ」
しかしシーナはそれすらにも反論をする。シーナの信じるティルテを否定することは、例えティルテ本人であってもダメだからだ。
「そうですよティルテさん。あなたが勝てると信じられなくても、私は勝てると信じてますので!」
ヴァレットもシーナ同様、ティルテ本人だろうとティルテを否定することは許さないと考えて励ましの言葉を送る。
「2人とも……ありがとうな。それと、行ってくる」
「「行ってらっしゃい!」」
ティルテは微笑しながら2人に告げ、声援を受けながら『ニンギュルの森』へと向かった。
***
この街にいるほぼ全ての冒険者たちが、『ニンギュルの森』に集結していた。だが、ニンギュル以外の他の魔物たちも存在する。
その魔物たちを倒しながらニンギュルを攻撃できる者など、この街でもティルテ、ハイゼ、ゼファー、アリサぐらいだろう。
それ故ハイゼの指揮で冒険者は、魔獣ニンギュル自体がその場を移動するまで、『ニンギュル平原』での待機を命じられていた。しかし……。
「う、動き出しやがった!?」
「こっちに来るぞ!」
何故か冒険者たちが集まった瞬間に、魔獣ニンギュルはこちらへと動き出した。この理由を、ティルテ以外の人物は知る由もないだろう。
(やはり、俺に引き寄せられている。【神獣】と呼ばれただけあって神格もある。……勝てるのか?)
ティルテは魔獣ニンギュルを睨みつけながらそう思案する。だが、その考えは即座に切り捨てる。ここに来る前ヴァレットたちに言われた言葉を思い出したから。
「総員、警戒態勢!」
ハイゼの大声の指示に、冒険者たちの意思が固まる。この街を守ると言う、強い意思が……。
それに良い知らせもあった。魔獣ニンギュルがこちらに近づいていきたせいか、他の魔物たちが魔獣ニンギュルを避けるかのように行動しはじめたのだ。
これで弱い冒険者たちも、魔獣ニンギュルの足止め、討伐に専念できるだろう。
オ、オォォ、ォォォォォッ!!!
不気味な雄叫びを上げながら、魔獣ニンギュルが街の方、正確にはティルテへと向かっていく。
「……近くで見るとグロいな」
ティルテですら、植物に乗っ取られたかのような姿をした樹林竜を見てもそんな感想は抱かなかったのだ。
魔獣ニンギュルの見た目は酷いの一言だった。体長は15メートルと巨大で、森に生えた木をその巨体で押し倒していく。
「はぁっ!」
最初に仕掛けたのは冒険者たちのリーダー的ポジションに位置するゼファーだった。大剣を大きく横に振りかぶり、全体重と遠心力を使った渾身の一撃。
相手が巨大で鈍足なニンギュルだからこその大技。その一撃は間違いなく魔獣ニンギュルへと与えられた。
見た目にも分かる通り、大剣によって付けられた傷は斬れ込みが入っていた。しかし、それらは数秒後にはグニョグニョとした肉塊がうごめき、その部分を修復していった。
「この巨体なのに再生だと!?」
ゼファーも思わず口からそう漏らす。あの一撃を数秒で治されるのだ。最高の一撃の結果に対する絶望は、半端じゃないだろう。
「《炎弾》〜!」
ゼファーが引くと同時にアリサが《炎弾》を放つ。斬系統の物理攻撃が効かないのなら魔法が有効だろう。アリサはそう判断をしたのだ。
「……嘘、でしょ〜?」
アリサの《炎弾》もゼファー同様、ニンギュルの足に小規模なクラーターを作ったが、すぐに再生されてしまった。
「ハイゼ、このメンツじゃ絶対に勝てないぞ?」
ティルテが小声で告げる。
「分かっているさ。それでもやらないよりはマシだろう? それに我々の目的は足止めだ、撃破じゃない」
「なら、ハンナぐらい連れてきたらどうなんだ? 同じ元Sランク冒険者なんだろ?」
「し、知っていたのか……」
「教えてもらった」
「なるほど。それと彼女は索敵などを担当していたからね。身のこなしは良いが、火力に欠けるんだ」
「いないよりはマシだろ?」
「彼女はもしもの時の奥の手なんだ。私たちが全滅した時の、ね」
ハイゼの悲しそうな声を聞き、ティルテはそれから何も言わなかった。
「はぁ、それにしても見てるだけってのは辛いな」
「まずはゼファー君とアリサ君に任せる、そう決めたのは君じゃないか」
「あんたもそう望んでただろ?」
「まぁね」
ティルテとハイゼの作戦はこうだ。ゼファーたちと過半数の冒険者が魔獣ニンギュルに攻撃して体力を削り、その後ティルテとハイゼ、それに少数精鋭のCランク冒険者たちで決着をつける。
それで決まらない場合はスイッチで、再び休みを取っていたゼファー部隊が戦い、その後ハイゼ部隊が代わりに戦う。つまり2チームでの交代戦と言うわけだ。
それから一時間近くゼファーたちは善戦した。しかし倒し切ることはできなかった。しかし今はまだあまり絶望は見えない。
ハイゼがいるからだ。たとえ一時間近く大人数で攻め続けた結果がほぼゼロだとしても、彼は存在自体が希望となる。
「ふっ!」
ハイゼが凄まじい速度で足を切り裂いていく。そしてゼファーでも成しえなかったこと、足首を切り落としたのだ。
「どうかな?」
その時初めて、魔獣ニンギュルはハイゼたちを敵だと認識した。雄叫びを上げ、足首からの再生が始まる。
だが、再生の速度は切り傷よりも明らかに遅かった。傷口をくっつけるのではなく1から生やす場合、再生速度は落ちると判明した。
「さてさて、ティルテ君は……!?」
ハイゼは一仕事が終わったような顔をしながらティルテを探し、そして目を見開く。……ティルテが空に飛んでいたからだ。
「しゅっ!」
ティルテは浅い呼吸を繰り返しながら、己の剣を持ってニンギュルの体を切り裂いていく。《飛行》、それがティルテの使った魔術だ。
ティルテが地面に着地すると同時に、ニンギュルの体から大量の体液が噴き出される。剣に《風纏》の魔術を使い、体内からの破壊を試みたからだ。
「ティルテ君、君は空も飛べたのか?」
「ただの《風纏》の応用だ。使いこなせば出来る」
「そ、そう言うレベルなのか……?」
ハイゼは疑いの目を向けているが、当然嘘だ。誰も使えない魔術は危険と判断される可能性もあるため、ティルテはそう告げていた。
最近、アリサがルナとの試練の際、《風纏》でゆっくりと着地した姿を見ていたハイゼはやがて納得したように去っていった。
(それにしても目覚めたばかりだからか? 圧倒的に弱すぎる。大した反撃もしない。……何か狙っている可能性もあるな)
ティルテは一抹の不安を感じながらも、再び攻勢へと転じる。そうしようとした瞬間、ニンギュルから発せられる凄まじいほどの圧を肌で感じ取る。
だが、ティルテ以外にそれに気づいている者はいなかった。
「ハイゼ、避難指示を出せ! 何か来るぞ!」
「っ! 全員退却!」
ハイゼは初めてティルテが見せた動揺に何かを感じとり、慌ててそう指示を出す。だが、他の冒険者たちはそうもいかない。
なんだと辺りを警戒しながら、ゆっくりとダラけるように逃げていた。無論ゼファー、アリサ、ゲラーデルが一番積極的に逃げていたが。
それを見た他の冒険者たちも、慌てて急ぎ足となる。だが、時は既に遅かった。
「伏せろっ!」
ギュギュギュギュギュギュッッッ!!!!
ニンギュルが大きく口を開き、そこからとてつもない魔力の込められたレーザーが発射された。
ニンギュルの攻撃が終わると、辺りは木々が切り倒され、地面は抉られて……いや、溶けていたと言うほうが正しいだろう。
そしてゼファー、アリサ、ハイゼたちの消息は不明となった。
「てぃ、ティルテさん……?」
そして唯一意識を保っていた冒険者のゲラーデルがそんな声を漏らす。何故か? ティルテが一番近くにいたゲラーデルの前に立ちはだかり、障壁を張る魔道具で守ったからだ。
「……よくも、よくもやりやがったな。ルナの命を犠牲にしただけでは飽き足らず、他の知り合いを狙うとは……! ぶっ殺してやるっ!」
ティルテは怒りに震えながら叫ぶ。そして……。
「【神格設定、第一段階……限定解除っ!】」
再びあの力を解放した。
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