48話〜VS魔獣ニンギュル《後編》

 ティルテ。彼はルナが生贄として死んだと言う事実を知りながらも、冷静に振舞っていた。冷静さを失えば、仇を討つ機会までも失ってしまうと考えていたからだ。


 それに本来ならニンギュルは全て自分の手で殺したかったが、他の冒険者たちのいる前でこの力を解放すると言うことは、自分の存在をこの世界に知らしめることになってしまう。


 ティルテの目的に過度な名声はむしろ邪魔だ。だから彼は家族との関わり合い、過度な冒険者ランクの昇格を拒んでいた。


 しかしティルテは今、ゲラーデル以外の人を守れなかったことから全てを捨て去ることを決意した。これ以上、大切な人を失いたくなかったから。


***


「ティル、テさん?」


「【ゲラーデル、お前は逃げろ。あとは俺がやる】」



 自分とも普段のティルテとも違う、異質な雰囲気とオーラを漂わせ、無機質な声を上げる今のティルテに、ゲラーデルは驚きを隠せない。



「ティルテさん……ルナの仇、とってください」



しかしティルテから告げられた言葉を聞き、ゲラーデルはそう言い残して去っていった。


 彼はティルテの怒り具合と先程の発言から、ルナはもうこの世にいないことを悟ったのだ。



ギュギュッ!



 魔獣ニンギュルがティルテに反応を見せる。そして今まで見たこともないような速度でティルテに向けて前進を始めた。



「【魔獣ニンギュル、ルナの仇だ。……ぶっ殺してやる!】」



 平坦ながらも確かに怒りを感じさせる熱量の発声と共に、ティルテは地を蹴り空中へと浮かび上がる。



 ギュギュギュギュギュギュッッッ!!!



 ニンギュルがブヨブヨとした肉塊を柱のように伸ばす。それをティルテが凄まじい速度でいくえもの斬り裂き、バラバラとなった肉片は地面へと落下していった。


 そしてニンギュルに接近したティルテが無詠唱で《炎爆》の魔術を使う。


 小さな炎の球がニンギュルに向けて放たれ、ニンギュルに触れた瞬間に何百倍にも膨張。煙が晴れるとそこには抉れたニンギュルの腹部が見えた。


 しかし再生を始める。それをティルテは許さない。《氷膜》の魔術を発動させ、再生する肉塊を凍りつかせる。


 再生は……しなかった。



(【よし。次だ】)



 ティルテのそこからの動きは単純だった。剣で斬り裂いたり、《炎爆》で抉ったりして肉塊の量を減らし、そこを《氷膜》の魔術で凍りつかせて再生をさせない。


 しかしニンギュルも負けじと応戦する。先ほど放った赤い色のレーザーを乱雑に発射する。しかしそれらは森を消し飛ばすことはなかった。


 ティルテの《氷雪月花》の魔術を使ったからだ。《氷雪月花》は氷で一枚一枚出来た花びらが花開き、盾となって空中に配置されていた。


 そこにニンギュルの放ったレーザーはぶつかるが、《氷雪月花》はびくともしない強度を誇った。



(【はっ、はっ……このままいけば、勝てる】)



 ティルテは苦しそうに息を切らしながらも、魔獣ニンギュルを追い詰めていった。その結果ニンギュルの四肢は失い、残りは頭と胴体だけになっていた。



「【死ね。ルナの仇だ】」



 ティルテが言葉に怒りを込めながら握った剣で最後の一撃を決めようとした次の瞬間……。



『たす……けて……』


(【っ!? 今のは……がっ!】)


 ティルテの脳内に亡くなったはずのルナの声が響いた。それに驚き攻撃の手をやめた瞬間を狙い、ニンギュルは自身の牙で《氷膜》で覆われた自身の肉を喰らった。


 するとそこから再び再生を始め、肉塊を柱のように伸ばしてティルテを攻撃した。動揺から受け身も取れず吹き飛ばされたティルテは地面に激突する。



「【……ルナ、なのか?】」



 ゆっくりと体を起こしながら、自分の何倍もある魔獣ニンギュルを見つめてティルテは問いかける。返ってきたのは肉塊による攻撃だった。



「【ぐっ!】」



 辛うじてその一撃は避けるティルテだったが、突如後ろに衝撃を受けて転がる。肉塊の柱からさらに柱が生まれていたからだ。



 ティルテはその痛みに耐えながらも頭を回す。今のは幻聴なのかという問いに対して。そして落ち着き、一つの事実に気づく。……ルナの魔力を微かながら、魔獣ニンギュルの心臓に感じることに。



(【はは、冷静になっているつもりだったけど、ルナが死んだと聞かされて動揺していたのか。でも、まだルナをまだ助けられる可能性が……あるなら……!】)



 ティルテはルナを助け出すと、そう決心する。ルナは魔獣ニンギュルの核、つまり動力源となっているのだ。


 ニンギュルを殺せばルナも死ぬ。しかしその逆なら、ルナを助ければニンギュルだけが死ぬ。そうするためにティルテは頭を働かせる。


 その間にもニンギュルから放たれる肉塊の柱。そこからさらに枝分かれする小規模な柱。ティルテはそれを避けようとする。しかし……。


 ザシュッ! ズドドドドッ!


 ティルテの体を肉塊の小規模な柱が貫通し、膝を突く。つまりティルテは避けれなかったのだ。何故か? 彼の体はすでに限界を迎えていたからだ。



「【く、そが……】」


(【やはりこの肉体では精々1分が限度……。これ以上負担をかけたくはない。だが、今使わないでいつ使う!】)



 ティルテはさらに決意する。第一段階ですら肉体に負担を掛けているのだ。それ以上をこの肉体で使って持つかは分からない。


 だが、ティルテはその程度で大切な人を失うようなことはしないと決めている。二度と……。



「【神格設定、第二段階……限てーー】」


〈ティルテ! ……私と、〈契約〉、して!〉



 ティルテがさらにリミッターを解除しようとした瞬間、〈森精霊(ドライアド)》が現れてそう告げる。



「【なにを? ……ちっ!】」



 ティルテは突然現れそう告げた〈森精霊〉に気を取られるも、その変化で落ち着きを取り戻したのか肉塊柱の攻撃を剣で弾くことに成功する。



〈私と、〈契約〉すれ、ば……私の力、を……使える。ティルテの、役に立つ。だから、お願い! 私と、〈契約〉して!〉


「【……分かった。いや、こちらからお願いする。〈森精霊〉、俺と〈契約〉してくれ】」


〈……うん!〉



 ティルテが承諾をすると同時に、彼と〈森精霊〉の体を不思議なオーラが包み込む。ニンギュルからの攻撃が放たれるが、オーラが全て弾き飛ばした。



〈むぅ、無粋……。よし、できた。これで、完了……〉



 〈森精霊〉がニンギュルに文句を言いながらも〈契約〉を完了させる。それとと同時に、ティルテは〈森精霊〉との繋がりを確かに感じ取っていた。


 だが、次々とニンギュルから肉塊の小規模柱が放たれる。だが、ティルテは剣で自分に当たる柱を全て斬り落としていた。



「【……体力も回復している】」


〈うん。今のティルテ、私の力を……全て、使える。だから……そのおかげ〉


「【それは朗報だな】」


〈うん。力の、使い方……教える〉


「【いや、必要ない】」


〈……何故?〉


「【植物ならば、俺は他の追随を許さない】」



 ティルテは〈森精霊〉との押し問答を切り上げて宣言する。



「【植物よ】」



 ティルテが呟く。すると森に自生する木の一本一本がニンギュルの足止めをし、蔓が伸びて身動きを取れないようにしていた。



「【〈精霊眼〉。……やはりか】」



 ティルテは〈森精霊〉と〈契約〉したことで手に入れた力〈精霊眼〉を使用する。そしてルナが動力源としてだが、かろうじて生きていることを確信した。



「【返してもらうぞ、俺の弟子を】」



 ティルテが新たに生えていたニンギュルの四肢を、植物の力で引きちぎる。



〈すごい。手にいれたばかりの力、なのに……なぜ、そんなに使いこなせる、の? ……まさか、あなたの正体、は……!〉



 〈森精霊〉はティルテの正体を完全に見破った。しかしそれで心が離れる事はない。むしろ逆だ。〈森精霊〉はもっとティルテと一緒にいたいと思えるようになっていた。



「【魔獣ニンギュル、人間の勝手な都合で目覚めさせられて迷惑だろう。だが、お前がいると俺の邪魔になる。……さらばだ】」



 ティルテはそう呟きながら、剣を手に取り超高速で身動きの取れないニンギュルの心臓に向けて発射する。


 ニンギュルの肉塊にぶつかり、突き刺さる。それでは止まらず、心臓の中心部へと向けて突き進む。そしてまるで磔にされたような形で眠る裸のルナを発見する。



「【ルナ、今助ける】」



 ティルテはそう言ってルナを拘束する全ての肉片を除去し、抱き上げて脱出をする。させないために通った穴を塞ごうと肉塊が動く。


 だが、一度通った程度の強度しか誇らない肉塊にティルで止めるほどの強度は無い。早々にティルテはその場を脱出する。


 それと同時に、魔獣ニンギュルの肉塊は腐敗するように崩れ落ちていった。ティルテはそれを確認し、元に戻る。



(【……はぁ、疲れた。意識が、もう……】)



 ティルテは地面に降り立つも、それと同時に気が抜けたのか倒れそうになる。しかし眠るルナを1人放置してはいけない。師匠として、ティルテは意識を頑張って保った。



「ん……うにゃ? ……ティルテ、です? なんでこんなに顔が近く……。あと、なんで私はお姫様抱っこをされて…………です!? お、降ろせです! 恥ずかしいのですっ!」



 ルナは寝ぼけたような声を出していたが、途中から羞恥心に代わり荒っぽい態度を取ってしまう。ティルテは相手をする余裕もないのか、ゆっくりとルナを下ろす。



「……ルナ、良かった……」



 ティルテはそう言って倒れた。



「ちょ、ティルテ? どう言う事です? ……そういえば私、紅茶を飲んだら急に眠くなって、それで……」



 ルナは倒れるティルテを支えながら、自分がどうなったのかを次第に思い出していく。それと同時に理解しだす。ティルテが己を倒れるまでの期間を犯して助けてくれたことを……。



「ティルテ……ありがとうです。大好きですっ」



 ルナは涙を浮かべながら、頬を擦り付けてそう告げた。

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