49話〜出立の時〜

「ぐっ……一体何が? ……あの後どうなった?」



 一番最初に目覚めたのはハイゼだ。すぐにあたりを見渡し、その光景に絶望をする。だが、街の方を見て安心をし、ニンギュルの姿を探す。



「……まさか」



 ハイゼはティルテの姿を思い浮かべた。


***


 次の日、生き残った冒険者たちで亡くなった冒険者たちの供養をすました。住民での死人が0人だった街の人々は喜んだ。



「ギルド長、ティルテはまだ目覚めてねぇんだろ? 大丈夫かよ」


「今はルナ君と宿の従業員、知り合いの人々が看病をしているらしい。それよりも今、私は君たちの方が心配になってるのだが……」



 ハイゼの言葉にゼファーがパリパリと頬をかく。今のゼファーの状態はお世辞にも良いとはいえない。腕と足が片方ずつ折れ、体には擦り傷が大量にできていた。



「ははっ、こんなもんなんでも無いっすよ」


「……アリサ君は幸せだねぇ」


「あ、アリサの奴は関係ないでしょ!?」


「君が彼女に覆い被さるように見つかったと聞いていたが?」


「ぐ、偶然でしょ?」



 ハイゼがニヤニヤしながらゼファーに詰め寄る。ゼファーは顔を赤くしながらも、口では否定をしていた。



「ふ〜ん、ちょっとは優しいとこあるなって〜、見直してたのに〜。そっかそっか〜、残念だ〜」


「アリサ!? い、いや今のは違うくてだな。その……」



 すると偶然入ってきたアリサが冷たく棒読みで話すと、ゼファーは焦ったように挽回をし始める。



「あはは、分かってるわかってる〜。ゼファーはツンデレだもんね〜」


「誰がツンデレだ!? どう考えてもツンデレはティルテの方がよっぽど適任だぞ!?」



 寝てる間にティルテがディスられていた。



「……まぁ、でも〜……ありがとうね〜、ゼファー」


「お、おう……?」



 そんな会話を繰り広げる2人を、ハイゼは本当に楽しそうに見ていた。


***


「……ティル、起きないね……」


「きっと大丈夫ですよ。ティルテさんですよ? シーナちゃんのためなら、きっとどんな事だってできる、あのティルテさんですよ?」 


「えぇ、ティルテ様がこの程度で目覚めないはずありません。もう少しすれば何事もなかったかのように目覚めるでしょう」


「まぁ、それについては完全に同意なのです。それよりも、ヴァレットさんがせっかく作った料理も冷めてしまうのです。……ティルテ、早く起きるのです。まだちゃんと、お礼も言えてないのです……」



 ティルテがベッドで眠る部屋にシーナ、ヴァレット、ミリアン、ルナの4人。そして……。



「ねぇルナ、やっぱりこのメンツの中って僕って場違いかな?」



 ゲラーデルの計5人がいた。



「……ティル!」


「……シーナ? それに、みんなも……。すまない、心配をかけたな」



 ゲラーデルの言葉が終わると同時に、ティルテが目を覚ます。ティルテは周りを見渡し、ルナが視界に入ると目を細めて笑顔を見せていた。



「ティルテさん、体は大丈夫ですか?」


「あぁ」


「気だるさなどはないでしょうか?」


「……不思議とない」



 ヴァレットとミリアンなどが、起きたばかりのティルテを気遣いさまざまな質問をするが、ティルテは特に問題がないようだった。



「それより皆がここにいるという事は、ニンギュルは死んだんだな」


「えぇ、ギルベルトの方は私が」


「そうか……」



 ティルテは一応確認のつもりで尋ねたが、望んだ答えだったので少しだけ嬉しさがでる。



「ティルテ、ちょっと話があるのです」


「ルナか。体は大丈夫なのか?」


「そ、それはこっちのセリフです! それはそうと……ありがとう、です。助けてくれて……その、感謝してもしきれないほどです……」



 ルナが改めてお礼を告げる。



「そんな事は気にするな。俺はニンギュルが俺の目的に邪魔だったから倒しただけで、ルナはついでだ。決して敵討ちをしようだとか、ここに住む人を守りたかった訳じゃない」


「……ティルテ、それは酷すぎるツンデレです」


「誰がツンデレだ。俺は俺の欲望のままに行動しているだけだ」



 ツンデレのルナにツンデレと言われるほど、今のティルテの発言と行動は噛み合っていなかった。



「ティルテさん、それよりもお腹空きませんか?」


「そう、だな。何か作ってくれているのか?」


「はい! 腕によりをかけて作った自信作があります!」


「では、それを頂こう。シーナたちの分も頼む」



 ヴァレットからの助け舟にてぃるては乗っかる。そして食事を頂き、すぐに別れの時間がやってくる。



「ティルテ……本当にありがとうです」



 ルナはそう言ってその場を去っていった。



「ティルテさん、あなたについては何も聞きません。この街を助けてくださりありがとうございました。それでは」



 昨日見た出来事について、ゲラーデルの心の中は色々なことが巡っているだろう。しかし彼はそれを全て打ち切った。


 ティルテが何者だろうと関係ない。自分にとってティルテは師匠であり、この街を救ってくれた最強の英雄なのだから。



「皆さん行ってしまいましたね……」


「そうだな。……ヴァレット」


「なんですか?」


「……俺たちは、この街を明日には出ようと思う」


「……え? どう、してですか?」



 ティルテがその想いを伝えると、ヴァレットは意図せず殴られたような表情を見せる。



「もう、最初から決めていたことだ。俺のこの街での目標は達成した。残念ながら期待していた収穫はなかったが……。次は王都に向かうつもりだ」



「そう……なんですね。ティルテさん、こっちをみてくれませんか?」


「どうしーー」



 ティルテの言葉はそこで無理やり遮られた。ヴァレットの唇が、ティルテの口を塞いだからだ。



「……ティルテさん、好きです。1人の異性として、あなたのことが……。私のこと、忘れないでくださいね。そしてその目的が終わったら……また、会ってください。そして、私と……けっーー」


「ヴァレット……俺のことをそんな風に思ってくれているのは嬉しい。でもダメだ。……俺と君とじゃ、存在が違いすぎる。……だから、すまない」



 ティルテはヴァレットの言葉を遮り、告白の断りを入れる。ティルテは最後までその言葉を聞いていたら、「はい」と返事をしてしまうと思ったからだ。



「存在とか、よく分かりませんけどティルテさんはティルテさんですよね? そんな断り方なら、普通に振ってくれた方が良かったです……」



 だが、ティルテにとっての真実も普通の人間であるヴァレットには届かない。



「ヴァレット、さきほどからの聞いていれば、幾ら何でもティルテ様に失礼です。ティルテ様の立場からすれば、言えない事情があると考え、大人しく手を引くのが普通でーー」


「ミリアン黙れ。ヴァレットは悪くない。……俺が中途半端だからいけないんだ」


「ティルテ様、もしやと思いますが……それはあり得ませんよ。あってはならないことです!」



 ミリアンの発言をティルテは遮り、自分を責める発言をする。だが、その言葉の意味をミリアンは察する。そして辞めさせようとする。



「……ヴァレット、俺の目的を達成したら……また、会おう」


「っ……信じて、良いんですね?」


「あぁ、約束する」



 だがティルテは止まらない。



「ティルテ様? 本気ですか?」


「当たり前だ」


「それでは……あの人はどうなるんですか?」


「……彼女はもういない……。だから決着をつけて、俺はリスタートする」


「それがティルテ様の意志ならば……。私もついていきます」



 ティルテの宣言に、ついにミリアンは折れた。



***



〈ティルテ、本当に、良いの? ヴァレット以外の、誰にも告げず、この街を、去るなんて……〉



 宿にて、ティルテと〈契約〉した〈森精霊〉が尋ねる。



「力を二度も使ってしまった。ゲラーデルには見られもした……。それに目的に関する収穫もない。これ以上ここにいる必要はない」


〈……【神界】へ、至る場所?〉



 ティルテと〈森精霊〉が初めて出会った時に口走った言葉を尋ねる。



「あぁ、魔力が濃くて探すのに手間取っていたが、正体はニンギュルの神格だった」


〈……その神格、どうしたの?〉


「……今は俺の中に吸収されてる。もしもの時に使えるように……な。……だが、俺は必ず【神界】へと戻る。絶対にだ!」



 ティルテは〈森精霊〉すら怖がる声質で静かに叫んだ。


***


 次の日の朝、ティルテはヴァレット以外の誰にも告げずにこの街を去るための荷造りを終えた。



「ねぇティル、みんなとはお別れなの?」


「そうだ、ヴァレットともな」


「……うん。でも、ティルはいつまでも一緒にいるよね?」


「……あぁ、ずっと一緒だ」



 シーナに寂しい思いをさせているのはティルテもよく分かっている。だが、ティルテの目的のためなら彼はそれを厭わない。


 それに、この街にはシーナと同年代の友達もいないのだ。長い目で見れば、彼女にとってこの方が幸せだろう。


 ティルテはそう考えてシーナ、ミリアン、〈森精霊〉の4人で『クローツェペリンの街』から、王都へと向けて旅立って行った。

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