幕間その1〜ティルテが去ったその後〜

 ティルテが街を去ったその日、彼の知り合いたちの元に手紙が届けられていた。内容としては、別れを告げるものだ。



「……え?」



 ルナが小さく声を漏らす。そこにはこう書かれていた。



『ルナへ


 俺はこの街を今日には発つ予定だ。つまり、この手紙を読んでいる頃、俺はもういないだろう。

 そうそう、お前と初めて出会った時、最初は嫌がっていたけど、後からはしっかりと話を聞いて真剣に取り組み、今ではCランクにまでなったな。もうお前は一人前だ。

 ゲラーデルと共に励み、ゼファーやアリサを慕いながら、この街で冒険者を続けるのが良いと思う。

 お前の秘密については墓場まで持っていくつもりだ。だが、俺はとても良いと思うぞ。本当だからな?

 ……俺はあまり長々と話をするタイプではないし、そろそろ切り上げる。頑張れよ。


 ティルテより


〜追伸〜


 俺の目的が終わって、その時に秘密を打ち明けられていないなら……また、触らせて欲しい』



 と……。ルナが膝から崩れ落ちる。瞳から一雫が流れ落ちる。だがすぐに慌ててルナは立ち上がり、ティルテの泊まる宿へと向かう。



(嘘です! 嘘です嘘です嘘です嘘ですっ! そんなこと、あり得ないのですっ! ……ティルテ!)



 そんな事を考えながら街中を走り、ルナは昨晩己が訪れていた宿の前へと辿り着く。



「いらっしゃーー……ルナさん」


「ヴァレット、ティルテは? ティルテはどこです?」



 ルナのその言葉を聞いた瞬間、ヴァレットの顔がこわばる。ルナはそれを見て、全てを悟った。本当にもう、ティルテはこの街にいないのだと……。



「なんで、です? ティルテはなんで、何も言わずに出てったです? ヴァレットは、何か知ってるです?」



 ルナがヴァレットにすがりながら尋ねる。その瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちていた。ヴァレットはすぐにルナを裏へと移動させ、落ち着かせようとあれこれ模索した。



「……ティルテさんは、ある目的があるらしいです。そのために、今度は王都へと行くそうで……。ただ、その目標が終わったなら、またこの街に戻ってくるそうですよ!」


「……そうなんです? ……でも、私は待てねぇです。だから、追いかけてやるです! 王都だろうとどこだろうと、私はティルテの弟子です! 師匠についていく義務があるんです!」



 ヴァレットから告げられた真実も、今のルナには届かない。ただ盲信的にティルテのそばにいたい、その一心のみだ。



「ルナ、さすがにそれは僕でも止めるよ」


「っ!? ゲラーデル? なんでここにいるんです?」



 それを止めようと割り込んだのはゲラーデルだ。ルナがなぜここにいるのかと尋ねる。



「ふぅ、君と同じだよ」


「その封筒、お前ももらったんですね。それはそうと、なんでダメなんです?」



 ゲラーデルの手に存在する手紙を見てルナはそんな反応をして尋ねる。



「あのねぇルナ、ティルテさんは僕たちならこの街をこれからも守れると、そう信じたからこそ僕たちを残してここを発ったんだ。なら、僕たちがやることはここにいることだろう? 君だって、そのくらい分かってるはずだよ?」


「…………」


 ゲラーデルの言葉を、ルナも理解はしていた。しかしそれでは納得できないのが人の心だ。



「まぁ、そんなにティルテさんに会いたいなら一つ方法がある」


「っ!?!? な、なんです? 教えろです!」


「王都に向かうクエストを受けるとかなら大丈夫だと思うよ? あくまでクエストだからね。おっと、こんな所に王都に向かうクエストが……」



 ゲラーデルがクエストの紙をペラペラと見せびらかすように取り出す。



「これ、ハイゼさんに直接交渉して無理やり作ってもらったんだ。人数は最大5人まで可能……つまり僕、ルナ、ゼファーさん、アリサさんの4人は確定……後の1人はどうしようかな? このメンツだと登録したてのFランク冒険者でもいけると思うんだけど……」



 ゲラーデルはそれを言う際、わずかにヴァレットの方を見た。それだけで彼女は全てを察する。



「私も……冒険者登録してきます!」



 ヴァレットは即座にその場を離脱した。こうして彼らもまた、王都へと向かうこととなった。


***


 『アルドヘイド王国』の王城に『神子』はいた。この国に召喚された勇者のお供となるよう【唯一神】から告げられたからだ。



「勇者様ー! どこにいるんですかー?」



 その『神子』は今、危機に瀕していた。召喚された勇者が行方不明だったからだ。思い返せば、彼は最初から少しおかしかった。


 勇者が召喚されて一言目の言葉は「……きたこれきたこれ」だった。その後も彼はおかしい言動を繰り返した。



「はぁ、一体どこにいるのでしょうか?」



 と『神子』が呟いた時間と同じ頃、当の勇者は王城を抜け出して城下町へと出かけていた。無論誰にも告げていないので脱走と言っても変わりない。



「全く、まさか自分が異世界転移をする羽目になるとは……こう言うのは読んだり見たりするから良いのであって、決して自分自身で体験しようなんて思わないんだよ……」



 勇者は果物を片手に裏路地でそんなことを考えていた。彼は日本の平凡な学生だったが、ある日いきなり異世界転移に巻き込まれ、気がついたら勇者と呼ばれていたのだ。



「ステータスオープン、メニュー画面……出ねぇな。レベルのある異世界じゃないと……。俺の強さがどれくらいか指標があれば良かったんだが……」



 元の世界では何故か基本となっていた原理が通じず、勇者は途方に暮れていた。街を見廻りたかったのは、この世界の普通を知るためだ。


 文化レベル、言語、価値観など、街には己との差異を埋めるための知識が詰め込まれている。まぁ、予想した通りの中世風異世界だったのは幸か不幸か……。



「ん?」



 こちらを伺う視線があることに勇者はふと気づく。汚らしい格好をした子供だ。



(……王都って聞いてたけど、首都でもやっぱスラムみたいなもんはあるんだな……)


「食うか?」



 勇者が手に抱えていた袋に入った大量の果実のうち、一つを差し出す。これは帰ったら確実に怒っているだろう『神子』へのお詫びの品だったが、別に一個ぐらいなら……と勇者は差し出した。


 その子供……髪が短い男の子は、ゆっくりと勇者に近づき、そして……。



「おっと、刃物は危険だぞ?」



 後ろに持っていたナイフで勇者に斬りかかった。だが、仮にも勇者だ。彼はここにくるまでに、自分が元

の世界になかった高い身体能力を保有していると確認していた。


 子供の一撃を避け、逆にナイフの握られた手を掴むことで確信する。己は本当に勇者なのだと言うこと……。



「お、おい暴れるなよっ、危ねぇだろ? ……しょうがねぇなぁ。この袋ごと全部やるから大人しくしろ」



 男の子はそれを聞き暴れるのをやめる。



「まぁ、一つ条件があるぞ? お前の住処まで案内しろ。……って暴れんなよ、別に取って食ったりはしねぇって。ここは果実一袋で子供が人殺すような無法地帯だろ? なら俺がいた方が安全じゃん。お前が果実持ってたせいで他の奴に襲われるなんて後味悪りぃ可能性が少しでもあるなら、俺がそれを止めてやるよ」



 勇者はそう言って言い聞かせると、男の子は落ち着きを見せる。しかしその目は疑いの眼差しだった。



「疑ってんのか? なんならお前を痛めつけて吐かせることもできんだぜ? それをできるのにわざわざしないんだ。この言葉が真実じゃないとしても、お前は信じるしかないんだよ。おっけー?」



 勇者が尋ねると、男の子は手招きをする。



「全く、愛想のねぇ悪ガキだなぁ……」


「ガキじゃ、ない。一応女の子」


「え、マジで?」



 その後、勇者は女の子の家に果実を届けて王城へと戻っていった。無論、死ぬほど『神子』に怒られたが『勇者が子供1人救えないのが嫌だったんだ!』などと言い訳をすると、『神子』は逆に誉めてくれたそうだ。


 そして勇者も、『神子』も、そしてティルテも知らないだろう。彼らが数奇な運命を辿っていることを……。


***


 『楽園(エデン)』の『庭園(ガーデン)』にて、男は怒り狂っていた。



【はぁ!? ニンギュル死んでんじゃねぇか!? 勇者とのバトル期待してたのにちくしょおっ! どこのどいつだ!?】



 本当に、男は怒り狂っていた。彼の計画は勇者と魔獣ニンギュルの熱いバトルだ。それがどうだろうか?


 勇者を召喚しようとしてある失敗はするわ。心配で勇者の方を見ていたらニンギュルがいつの間にか倒されているわと、彼にとっては踏んだり蹴ったりな結末となっていたのだ。



【……まぁ、今は他にも楽しみができたし良いか……】



 男はそう言って、【神樹(ユグドラシル)】のみになった場所を見つめていた。そう、かつて【神樹(イスミンスール)】が存在していた場所を……。


 そしてティルテは知らない。いや勇者も、『神子』も、そして【唯一神】と呼ばれているこの男さえもまだ知らない。


 運命の歯車が徐々に、狂い出していることを……。

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