45話〜魔獣ニンギュル復活〜
「一体なんだったんだ、今のは……」
突如発生した地面の揺れが収まると、ハイゼが辺りを警戒しながらそう呟く。
ビクンッ!
(今のは……ちっ!)
「どうかしたのかね?」
その次の瞬間、ティルテを不意の痙攣が襲った。しかしその現象の意味をティルテは知っている。故に舌打ちを心の中でした。
一方、知らないハイゼはティルテの不自然な動きに何かなくそう尋ねる。
「……最悪だぞハイゼ。……魔獣ニンギュルが目覚めた」
「なにっ!? ……先ほどの揺れはそのせいと推測すれば……」
ティルテは額から一筋の汗を流して告げる。ハイゼは信じられないと言った顔をしながらも考察を述べた。
「失礼しますギルド長! 『ニンギュルの森』に突如、15メートル以上はある謎生物が出現したそうです!」
その時、受付嬢であるセルシアがノックもせずにギルド長室の扉を開けてそう告げてきた。魔獣ニンギュルと思わしき目撃証言と共に。
「っ! 至急、冒険者たちを呼び出せ! それとこの街の領主であるガーデルド・クローツェ、君のお父さんもだ!」
「は、はい!」
ティルテの言葉が事実であると確信したハイゼは、思考を切り替え即座にセルシアに指示を出す。
「……なぁ、ハイゼ。ニンギュルを復活させるには生贄がいるって話だよな? なら、ルナはもう死んでいると考えるのが妥当か?」
「……そう、だろうね」
ティルテの震える、しかしそれを懸命に抑える声に、ハイゼは小さく肯定した。
「……ギルベルトと魔獣ニンギュルは俺が殺す、誰にもやらせない……!」
「……出来ればトドメは君に託せるように頼もう」
「分かった」
ティルテはかつて一度しか味わったことのない感情を声に乗せて呟いた。
ハイゼはその気持ちをある程度察して出してくれた案を、ティルテは冷たい一声で反応した。
***
冒険者ギルドの迅速な行動によって、この街にあるほぼ全員の冒険者が集まっていた。その中には、悔しそうな顔をするゲラーデルの姿もあった。
「ティルテさん、ルナはまだ見つからなかったよ。でも、2人で必ず見つけだしましょう」
「……そうだな」
未だ何も知らないゲラーデルの純粋な瞳に、ティルテはそっと目線を逸らしつつも建前上肯定をする。
「それよか俺たちを呼び出した訳を知りたいんだが……アリサ、何か知ってるか?」
「多分〜、あの地震が関係してる〜」
「だよなぁ」
同じく呼び出されたゼファーとアリサがそんな会話をしていた。
「さて、よく集まってくれた冒険者者君」
少し時間が経った頃、冒険者たちの前に立ったハイゼが初めにそんな挨拶をする。
「この中には既に事情を知っている者、何が何だか分からない者もいるだろう。しかし改めて説明しよう。……魔獣ニンギュルが復活したと……」
「なんだそれ?」
「はっ、嘘だろ?」
「確か昔は【神獣】とも呼ばれてたような……」
ハイゼの言葉に何人かの冒険者たちがそんなことを漏らす。知らない人から知っている人といることから、あまり有名ではないようだった。
「ニンギュルだぁ? アリサ解説頼む」
「ギルド長の〜、話聞け〜」
ゼファーもその1人だった。彼はアリサに質問をするが、今から話すだろうからと思われたのか適当にあしらわれていた。
「さて、その魔獣ニンギュルについては私よりも、この街の領主であるガーデルド・クローツェ殿に説明を任せたいと思う」
「……領主様の〜、話聞け〜」
アリサは若干恥ずかしそうにしながら訂正した。
「さて、ご紹介預かったこの街の領主をしているガーデルド・クローツェだ。端的に言うと、君たちには魔獣ニンギュルを足止めしてもらいたい」
「強さはどのくらいなんだ……です?」
ガーデルドからの突然の要請に、1人の冒険者が手を挙げて質問をする。
「便宜上はSランクだろうが、確実に他のSランクの魔物よりも強いと予想される」
「えっ、Sランクッ!?」
ガーデルドから告げられる衝撃の事実にさすがのゼファーも『嘘だろ……?』と呟いていた。
アリサも息を呑み、ゲラーデルはプルプルと腕を震わせている、がしかしそんな事を微塵も顔には出していなかった。
「魔獣ニンギュルは約500年前、現在の『ニンギュルの森』と呼ばれる場所で私のご先祖によって討たれた。死傷者は万を超えたと言われている」
「……」
その事実に、この場にいるティルテ以外の冒険者全員が絶句した。
「だが、安心したまえ。なんと王都にて勇者が召喚されたそうだ! そして今、こちらに向かう準備をしているとのこと。それまで耐え忍べば我々の勝利は確実だろう」
「勇者が!? まじかよ!」
ガーデルドは周りの雰囲気を下げてから上げた。印象操作の一種だ。後出しの方が印象には残りやすいだろう。
事実、他の冒険者たちも顔に光が灯りはじめる。
(ゆ、勇者だと……!?)
その中で1人、ティルテだけは顔色が寧ろ悪くなっていた。
***
その後、再び冒険者ギルドのギルド長室にティルテとハイゼはいた。
「さて、ティルテ君。……君の目的を、教えてほしい」
「断る」
唐突なハイゼからのお願いをティルテは一言で一蹴する。
「……私の目的はね、『暁の廃城』を潰す事なんだ」
ハイゼはそれを聞き、何事もなかったかのように自ら自身の目的を話し始めた。先ほどの質問の意味はこの話題を切り出すための糸口だったのだろう。
無論ハイゼも一切気にならないと嘘になるので、できれば知りたいとは思ってはいるだろうが。
「……そう、だろうな」
「おや、気付いていたのかい?」
「薄々は。……それがどうかしたのか?」
ティルテはそれを聞き、特に動揺もせずに肯定する。ハイゼはそれに意外そうな顔をしつつもにこりと笑った。
ティルテは寧ろそんな事をいきなり告げてきた事を不審に思い、逆にハイゼにそんな質問をする。
「君は魔獣ニンギュルの元ではなく、ギルベルトの元に向かうんだろう? ……だったら約束してほしい。その幹部の男から、ボスの情報を出来る限り書き出してほしい」
「……なるほど、やはりお前の目的は『暁の廃城』ではなく、そのボスか」
ハイゼから発せられる気迫に、ティルテは前から推測していた事を尋ねる。
「……その通りだ」
ハイゼは少し罰の悪そうな顔をしながらもそう答えた。
「ふむ、残念だが、俺はその約束は守れそうにない」
目を瞑り、下を向いて無情にもハイゼのお願いを断る。
「何故、かな?」
ハイゼは、少し理解できないと言った顔でさらに問い詰める。
ティルテでも彼を生かして捕らえることは難しいのか? または話を聞くことすら面倒くさいのか?
などと言った考えがハイゼの頭に浮かぶ。しかし、ティルテの理由はそのどれとも違う。
「……俺は、ギルベルトの元にはいかないからだ」
「は?」
ティルテはハイゼにそう宣言した。
***
ティルテがハイゼにそんな宣言をし、全冒険者が魔獣ニンギュルの元へと向かっている頃、1人の女性が裏路地を歩いていた。
ただでさえ人通りの少ない場所。さらに魔獣ニンギュルの出現で街の人々は家の中へと篭り、街はまさに人っこ一人いない状態にも関わらず、だ。
「そこのお嬢さん、一応ここには人を遠ざける魔道具を使用しているんですが……何故ここに?」
そこに現れる男。男は女性にまるでナンパでもするかのように気さくな笑みを浮かべて話しかける。しかし最後の質問の際、目は決して笑ってはいなかった。
「? あぁ、貴方ですか。己の実力も分からずティルテ様に喧嘩を売った愚か者と言うのは」
その女性を蛆虫でも見るかのような眼で、目の前に現れた男を罵る。男はとっさに女性のそばから離れた。
「へぇ、やっぱりティルテさんの知り合いなんですね。つまり彼はここに自分で来る価値すらないと……。全く、舐められたものですよ」
先ほどから微笑みをやめない男。名をギルベルトが、言葉に静かな怒気を乗せてそう漏らす。
「口を閉じなさいゴミ。ティルテ様に仇(あだ)なす者は全て、この私が代わりに殺して差し上げましょう」
ティルテを馬鹿にされたことで女性の目に明らかな殺意が宿る。
「舐めるないでくださいよ、高々メイド風情が」
ギルベルトが口元を歪めながら白い歯を見せ、短剣を手にする。
「ティルテ様の一のメイド、ミリアン・フィールベルン、参ります」
街の冒険者たちと魔獣ニンギュルとの戦いが始まる中、街の中で密かにこの世界で最強のメイドと事件の黒幕の殺し合いが始まった。
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