44話〜魔獣ニンギュル復活へのカウントダウン〜

 次の日、ティルテは冒険者ギルドに向かっていた。シーナの服を買ったことで、王都に向かう予定だった資金にもつい手を出してしまったからだ。



(くっ、シーナが可愛すぎてつい衝動買いを……!)



 そんな事を苦悩しながら冒険者ギルドに入る。



「あっ、ティルテさん!」


「ゲラーデル、どうした?」



 ティルテが入って早々、血相を変えたゲラーデルがギルド内を急ぎ足で走りながら寄ってきた。



「ルナが、ルナが昨日から行方不明らしいんだ」


「……なんだと?」



 ゲラーデルが動揺からか若干息が荒くなりながらそう告げた。ティルテも眉をピクリと動かし、怒気を発生させながら驚きを見せる。



「《探知》…………。くそっ、見つからない」



 ティルテは即座に《探知》の魔法で冒険者ギルドを中心とした魔法を発動させる。それと同時にルナの魔力を探し出すが、反応は無かった。


***


「セルシア、どう言うことだ?」



 ティルテは詳しい話をゲラーデルから聞き出そうとしたが、彼自身も先ほど受付嬢から聞いたので詳しい事は知らないと言う。


 そこでティルテはゲラーデルに話をしたセルシアに食い気味に尋ねた。



「簡単に説明すると昨日の夜、ルナさんの泊まっていた宿の店主から連絡があったんです。彼女が行方不明だと。私たちでも昨日探しましたが、知り合いにも一切消息は明かしておらず、忽然と消えたようなんです」



 セルシアはティルテが聞きにくるのを予想していたのだろう。詰まることもなく、淡々と話した。



「仮にもルナはCランク冒険者だ。魔術師だけどティルテさんに体術も鍛えてもらっていた。そんな彼女が抵抗も何も出来ずに消えるなんておかしい……!」



 その言葉にティルテも頷く。だが、それはルナの実力を信じたからではない。今一番ルナを襲った可能性が高いのはギルベルトだろう。


 彼なら本気のルナを葬るなど容易い。だが今はティルテが《魔力障壁》の魔術を施した魔道具を付けているはずだ。


 それなのに彼女は何も残すことなく消えていた。つまり彼女が交戦することなく、自分の意思で何処かに消えた可能性も存在することとなる。


 もしくは……《魔力障壁》すら意に介さないほど強大なナニかしらの力を得た可能性……。


「待てゲラーデル、何故ルナが自分の意思ではなく、第三者の手による者だと判断したんだ?」



 そこでティルテはゲラーデルにそんな質問をぶつける。



「何故って……ルナがティルテさんに一言も告げずにどこかに行くなんてあり得るわけないじゃないか」



 ゲラーデルは信じられないと言った表情でこちらを見ながらそう答えた。横をチラリと見るとセルシアも驚いて……いや、呆れていた。



「……? そうなの、か……」



 ティルテはそう返すしかなかった。



「僕はルナのことを探すよ。ティルテさんはどうするつもりだい?」


「当然俺も探す」



 ゲラーデルからの質問に返答する。



「あ、待ってください。ティルテさんはギルド長に呼ばれています」


「俺が? ……一体何の用で?」


「すみませんが、私では分かりかねます」



 そこにセルシアからハイゼが呼んでいるとのお達しが告げられる。ルナの命に関わる可能性もあるのに、すぐに動けないと告げられたティルテは怒りを瞳に宿す。


 しかしハイゼがそのことについて、ティルテに個人的に告げなければいけない情報の可能性も考え尋ねると、セルシアは申し訳なさそうに頭を下げる。



「いや、こちらこそすまない。ゲラーデル、先に探しておいてくれ。俺も後で追いつく」


「了解したよ。昨日のうちに宿屋とその周辺は探したらしいから、僕は門の兵士たちに聞き込みをしてくるつもりさ」


「助かる。すぐに追いつく」



 ティルテはセルシアに八つ当たりをしても意味が無いと考えて謝り、最初はゲラーデルに任せる形でハイゼの元へと向かった。


***


「何の用だハイゼ」



 急ぎの用事がある時に限って自分を呼び出したハイゼに、ティルテは苛立ちを隠さず尋ねる。



「やぁ、事情は聞いているよティルテ君。早速だが本題に入ろう。……『暁の廃城』の幹部がこの街に入り込んだらしい」



 ハイゼは腕を前で組み、とても重要な雰囲気を醸し出しながらティルテにそう告げた。



「あぁ、一昨日戦ったぞ」


「え? 一昨日に? ……結果は?」


「逃げられた。それ以外にないなら俺はもう行く」



 ティルテはハイゼに対してフォローを一切することなく、はっきり淡々と答えて扉から出ようとする。



「ま、待ちたまえ。その詳しい情報を教えてくれないか?」


「はぁ……名前はギルベルト。フード付きの黒マントを羽織っていた。武器は短剣。強さは最低でもゼファーは殺せる」


「なるほど、感謝する」


(今さらっと自分もゼファーを殺せる実力があると言ったよね?)



 食い下がるハイゼにティルテはため息を吐きながらも答える。その答えにハイゼはそんな事を考えていた。


 しかしそれは事実だ。ゼファーを殺せるレベルのギルベルトを追い返した。つまりはそういう事だろう。



「ところでティルテ君、ルナ君のことだがーー」


バン!


「ルナに何があったか知っているのか? 今すぐ答えろ」



 ハイゼの口から漏れ出たルナの名前にティルテは即座に反応し、椅子に座るハイゼの机を両手で叩きながら、鋭い目つきと殺意を見せて尋ねた。



「怖い顔だ。それと質問の答えだが……否だ。しかしそれに関連するかもしれない情報はある。いや、先程の情報提供で関連する可能性はほぼ100%になったがね」


「ハイゼ、さっさと手短に話せ」



 勿体ぶるようなハイゼの言葉にティルテは冷たい一言を叩きつける。それを受けたハイゼは机の引き出しから手紙を出す。



「この手紙は何だ?」


「今朝、ここギルド長室の机に置かれていてね。届け人として君の名前が書かれていた。それと横にこれも」



 そう言ってハイゼが同じ場所から出してきたのは黒い布の切れ端と、それに包まれた一房の銀髪だった。



「なるほど、ギルベルトは殺す」



 ティルテは小さく呟く。しかしその言葉には先ほどまでとは比べ物にならないほどの怒気が込められていた。


 その黒い布の切れ端はギルベルトが着ていたマント。それと銀髪はルナの髪だったのだから。



「やはりルナ君の髪で間違いないようだね。それで手紙には何と?」


「待て、今から読む」



 ハイゼの質問を手で制し、手紙にゆっくり目を通しはじめる。そして直後にこの手紙、その筆跡は少なくともルナでは無いとティルテは確信する。


彼女とゲラーデルの筆跡は修行を受ける相手として名前を知る際、直筆の名簿を見ていたのだから。となるとこの筆跡はギルベルトと考えるのが必然だろう。



(またこの名前か……)



 読み進めているうちに、ティルテにしては珍しく感情をあらわにし、顔をしかめたりもした。そして読み終えた手紙と共に持っていた腕を下に下ろし、天井を見上げて考え事をする。



「……ハイゼ、一つ聞きたいことがある」



 やがてティルテは口を開く。



「……【神獣】、いや魔獣ニンギュルについて知っていることを全て話してもらおう」


「……ほう、魔獣ニンギュルとな……」



 ティルテの言葉でハイゼの目の色が変わる。2人の間に沈黙が流れ、やがて諦めたかのようにハイゼが尋ねるように呟いた。



「それは構わないが……それならこの街の領主ガーデルドの方が詳しいよ。彼は何と言っても【神獣】と呼ばれた魔獣ニンギュルを倒した、この『クローツェペリンの街』に伝わる英雄の子孫だからね」


「……それじゃ時間が足りないんだ」



 驚きの言葉を言うハイゼだが、それ以上にティルテの焦るような声と様子への変化の方が目を引く。



「どういう事だね? それといい加減手紙の内容を教えーー」



 ティルテはハイゼから催促されたので、手紙をぶっきらぼうに机の上に置く。ハイゼはそれを手に取り目を通す。



『やぁティルテさん。君がこの手紙を読んでいると言うことは、私の目標は半分達成されていると言うことだよ。あぁ、目的というのは『ニンギュルの森』に古に封印された魔獣ニンギュルを復活させることなんだ。これは前回街を騒がせた神父とは違って、『暁の廃城』の正式な任務だよ。さて、君の周りに何か変化があるだろう? そう、亜人の子が1人消えているはずさ。彼女には悪いけど魔獣ニンギュルへの生贄になってもらわなきゃいけないんだ。よって彼女を拐わせてもらおう。そして目覚めさせた魔獣ニンギュルで、『聖神教』を信仰するこの国を滅ぼすのが目的さ。さて、ここまで教えたのは君が本当に惜しいからなんだよね。この手紙を読んで仲間になりたいと思ったなら、君と私が出会った場所に来て欲しい。待っているよ。ギルベルトより』



「…………っ。こ、この内容は本当かい?」


「嘘だと思うか?」



 ハイゼは信じられない、しかしあり得ると言った表情を浮かべて尋ねる。ティルテははっきりとは答えず、逆に訊ね返した。


 ティルテは知っている。彼らのような奴らは必ずやると。神父など同じ奴らを嫌というほど知っているのだから。



「いいや……。分かった、僕の権限を全て使ってガーデルドを呼び出そう。その代わりと言ってはなんだがーー」


「分かっている。ギルベルトは殺す。ニンギュルは倒す。ルナも助ける」



 ハイゼがティルテと交わした、互いを利用し合う約束を盾にティルテに力を貸すように説得を試みようとする。


 だがティルテはハイゼが全てを言い終わる前に、ハイゼの要望以上の回答を述べた。



「……ははっ、これほど君が頼もしいと思ったのは初めてだよ。まずはガーデルドを呼ぼーー」



 ハイゼはニヤケ顔を隠さずティルテに熱い視線を向けていた。だが、そうして喋りましている途中で彼の話はまたもや中断された。


 ……『クローツェペリンの街』全体に、『ニンギュルの森』を中心とした地面の揺れが起きたからだ。



***


 ティルテがギルドを訪れる少し前の『ニンギュルの森』。その一等域の中心部にギルベルトはいた。


 そこには周りを古びた神殿、その中心に祠(ほこら)が建てられた場所がある。ギルベルトは祠の前に描かれた魔法陣の上に、眠っているルナを寝かす。



「ふふっ、さぁ目覚めなさい魔獣ニンギュル」



 そしてギルベルトが呟くと同時に魔法陣が輝き出す。その次の瞬間に突如現れた漆黒の闇が、魔法陣の上に寝かされたルナを、ゆだくりと包み込んでいった。


***


〈ティルテ……。お願い……早く、来て。また、この街が、危険にさらされる。……そんなの、嫌……。街を……私を、助けて……っ!〉



 その同時刻、怯えた様子で〈森精霊〉は祈るように呟いた。

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