43話〜ハンナ再び〜

 〈森精霊(ドライアド)〉と別れたティルテたちは、街に戻りハンナの服屋へと向かっていた。



「……ぶぅ……」


「シーナ、ふてくされてはいけませんよ?」


「シーナふてくされてないもんっ」



 シーナはふてくされていた。その理由はおそらく、ティルテにお姫様抱っこをされているからだろう。



「むしろ私からすればご褒美なのですが……」


「うるさいミリアン」



 アホなことを呟き擁護する姿勢を見せるミリアンを、ティルテは冷たくあしらう。



「……ついに、たどり着きましたね」


「徒歩で十分ぐらいだぞ?」



 怯えながら大袈裟にそんな事を言うミリアンにティルテが突っ込む。



「……私は今、とてつもなく緊張しております。魔獣ニンギュルと一対一をしろと言われたとしても、ここまで緊張はしなかったでしょう」


(……ハンナ、うちのミリアンに一体何をしたんだ……?)



 【堕天使】であるミリアンにここまで言わせたハンナに、ティルテは少し恐怖を覚えた。そして店の扉を開ける。



「いらっしゃーーハンナさんっ! 来ました奴です!」


「おのれこの女たらしめっ! シーナちゃんと言う天使だけでは飽き足らず、お姉さん系メイドのミリアンちゃんに、ツンロリ美少女のルナちゃんにまで手を出すとはっ! 死ねぇぇえぇぇぇっっ!!!」


ズドーンッ!


「……なんだ一体?」



 女性店員の挨拶を合図とする、ハンナの飛びかかりからの突撃。それをスッと後ろに引いて避けたティルテは思わずそんなことを呟いた。


***


「いや〜すまないすまない。君が羨ましすぎてつい、ね」


「はぁ……それよりもシーナの服をお願いしたい。ご覧の有様だ。縫い直せるか?」



 頭に手を伸ばして申し訳ないと言ったポーズで、申し訳なさそうにハンナは謝る。


 ティルテはため息をつき切り替え、今も着ているシーナの服の穴を見せる。



「あぁ、これぐらいならすぐに出来るわよ、ねぇミリアンちゃん」


「そ、そうですね……」



 何故かハンナはミリアンに同意を求める。ミリアンは怯えながらも肯定していた。



「……一体、ミリアンに何をしたんだ?」


「別に何もしてないわよ? ちょこ〜っとお着替えさせただけかしら」



 ティルテが興味深そうに尋ねると、ハンナはちろりと



「い、嫌がる私に……無理やり服を……っ!」


「…………おつかれ」



 ティルテはミリアンがハンナに着せ替えにされたことを悟って、優しく肩に手をかけた。



「私は逃げていいですか?」


「……うん」



 涙を浮かべて尋ねてくるミリアンに、ティルテはソッと首を縦に振った。



「あら、逃がしませんよ?」


「ひぃっ! てぃ、ティルテ様ぁぁ〜〜〜っ!」


「やめてください」


「あ痛ぁっ!」



 逃げようとしたミリアンに対し、その行き先に先回りをした笑顔のハンナが立ち塞がる。それを女性店員がチョップで仕留めた。


 ミリアンはまるで【唯一神】を崇める神父のような表情で女性店員を拝めながら去っていった。……どう考えてもキャラ崩壊してる。


***


「さて……ハンナ、あんた元冒険者だろ?」


「あら、どうしてわかったのかしら?」



 ミリアンが去った後、ティルテはハンナにそんな事を尋ねる。彼女は隠す様子など微塵も見せずに思った経緯を尋ね返してきた。



「仮にもミリアンを逃さないようにしておいてよく言う。あの動き、あれはどう考えてもゼファーと同等以上はある」



 ハンナのゴキブリのように異常な速さ。ティルテはそれを正確に見抜いていた。あれは決して己が欲の力だけではない事を。



「へぇ〜、鋭いのね。ハイゼから聞いてるわよ、期待の新人として……ね。あ、ちなみに私は元Sランクよ」


「だろうな。……今、ハイゼと呼び捨てにしたのか?」



 ハンナが元Sランクと知ってもティルテは同様などしない。それ相応の実力を、彼女は見せているのだから。


 しかし、そんなティルテにも引っ掛かりを覚えたことがあり、それを尋ねる。


 彼の頭の中にあまり考えたくない予想が浮かぶ。初老と呼べる年齢のハイゼを呼び捨てにできる元Sランク冒険者。つまり彼女もまた……。



「そうよ、何か問題でも?」


「……一体あんた何歳ーー」


「ぶ・ち・こ・ろ・す・わ・よ♪」


「……了解した」



 ハンナの異様な変わり身に身の危険を感じたティルテはそんな風に漏らすしかなかった。



「それじゃあ早速始めるわよ。……さぁ、シーナちゃん……はぁはぁ……ふ、服を、脱いで頂戴……そ、それともお姉さんがーー」


「ぶち殺すぞ」



 はぁはぁと息を上げ、目をシーナとは違う感じでキラキラさせているハンナにティルテは容赦なく脅しをかける。



「……も〜、冗談よ。それより、ちゃんとシーナちゃんの事を大切にしてるのも分かったし」


「……嵌めたな?」



 ハンナはケラケラと笑いながらティルテを見据える。彼女はティルテの反応でシーナがどんな扱いを受けているかを確かめたのだ。


「別にそんなつまりはなかったんだけどね」


「知ってる。あんたのさっきの表情はガチだった」


「そそ、それは演技よっ?」



 ティルテからの指摘にハンナの目が泳ぐ。嘘をついていることは明らかだろう。



「店長嘘つかないで早く仕事をしてください」


「あ、待って……いや〜〜〜! もっとシーナちゃんを愛でていたい〜〜〜っ!!!」



 ハンナのストッパーの役割を果たしているだろう女性店員が、彼女をズルズルと引っ張っていった。



(助かった……)



 ティルテもそう考えてしまった。


***


「……ところでシーナ」


「……なぁに?」


「そろそろ機嫌を治してくれると助かるんだが」



 シーナはここに来てから服を直している今の今まで機嫌を損ねていた。ハンナはそれを一目見て察したのだろう。ミリアンばかり構っていたのがその証拠だ。



「やっ! ティル、シーナは怒ってるんだよっ! シーナ、おんぶは嫌だって言ったもん……」


「……そうしないと、背中の翼や尻尾で空いた部分を見られた可能性もある。あまり人の目には晒したくない」



 シーナは子供扱いが嫌なのだ。自分が年齢的に子供だということはわかっている。だが、それでも育ててくれるティルテたちに迷惑は掛けられないと、そう幼いながらも考えていた。


 ティルテは子供扱いとなるおんぶが嫌なのではなく、おんぶ自体が嫌いなのだと勘違いをしている。故に互いに論点がズレたまま、話は進行していた。


 ここにミリアンがいれば、おそらく察することはできただろう。……これはハンナのせいだ。



「じゃ、ハンナさんたちは……?」


「必要最低限のリスクだ。いずれはここを去る。服を直す者一名程度ならどうとでもなる」


「……ぶぅ……」



 ティルテの穴を突こうとしたシーナだが、ティルテにそう反論されてはふてくさせるしか無かった。



「そうだ、シーナは最近何して遊んでるんだ?」



 このままではまずいと思ったティルテが露骨に話題を変える。



「ナニして?」


(後でミリアンは殴っておくか)



 シーナもそれに乗っかる。それと同時にミリアンの死亡が確定した。



「へくしゅんっ! ……誰か私のことを噂してますね、まさかハンナさんが……」



 その頃別の場所にいたミリアンは、背筋をゾワゾワさせながらそんな事を呟いていた。



「ほら、ヴァレットやミリアンと普段していることとか……」


「えっとね〜、ミリアンお姉ちゃんとはおべんきょ〜! お姉ちゃんも知らないこととか多いの。だからシーナと一緒におべんきょ〜してるの」


(へぇ、あいつもちゃんとやってるのか……。確か俺用の教材となる資料も残しておいたはず。通りで理解が早いはずだ)



 ティルテは己が『ニンギュルの森』を探索している間、ミリアンたちの行動は知らない。言うべきことなら彼女の方から告げてくるだろうと考えているからだ。



「そうか……。他には?」


「えっとね、他にはーー」



 シーナはそれは嬉しそうに、ティルテに普段の出来事を話し始めた。


***


「直ったわよ」



 しばらくしてハンナが縫い直したシーナの服を持ってそう言いにきた。



「早いな、助かる」



 ティルテはお礼を言い、財布から代金を取り出そうとする。それに待ったをかける人物がいた。



「良いのよこれぐらい。それとシーナちゃんに似合うと思って特注で作っておいた服もあるんだけーー」


「買った」


「毎度あり〜」



 ティルテが払う大金が増えた。



「……ふむ、最高か?」


「最高ね」


……ガシッ!


 ティルテとハンナの思いが初めて重なった瞬間だろう。2人は両手を握りしめ合っていた。


 その理由は簡単だ。先ほど購入したシーナ専用の服を、彼女が着ていた……それだけ。


 だが、ティルテとハンナはそんなシーナの姿に神々しささえ感じていた。完全に今の2人の知能指数は猿以下だろう。



「シーナ疲れた」



 それに対してシーナは冷静に冷めた気持ちでそんな事を呟いたことで、それを聞いたティルテがシーナを連れて宿に戻ることで長い1日は終わった。

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