42話〜シーナの成長〜

〈あっ……わ、私とあなたが繋がれば、連絡も、しやすい。その、どう……?〉



 〈森精霊〉は慌てて噛みながら説明をする。そして目を泳がせながらもチラチラとティルテの方を見ながら尋ねる。



(悪くない、〈森精霊〉の力を借りられる。メリットも十分ある提案だ。しかし、それ以上にデメリットの方が大きすぎる。人間でありながら〈精霊〉と一緒にいられたところを見られた場合、俺、もしくは知人が亜人族と見なされるだろう)



 ティルテはその事を提案された瞬間に考え始め、すぐにその結論へと至る。彼の心の中で答えは決まっていた。


 ティルテは身内に危険が及ぶのを望まない。だからティルテは〈森精霊〉との〈契約〉を断る……そうするつもりだった。


 しかしここで先ほどのミリアンからの進言を思い出す。シーナ自身にも己を守れる力があったほうが良いと言われたことを。



「……ひとつ、こちらから提案をしよう」


〈なぁに?〉



 ティルテが人差し指をピンと立ててそう言う。〈森精霊〉は不思議そうな顔で眉間に小さなシワを作り、コテンと首を傾げる。



「……〈契約〉自体はしよう。だが、する相手は俺じゃない。シーナだ」


「え、シーナが……?」



 ティルテは〈森精霊〉にそう提案する。その言葉にシーナが思わず疑問を漏らす。



〈……確かに、その方が都合がいいのは、分かる。人間は、とても面倒くさい生き物……〉


「だろ?」



 〈森精霊〉はシーナの方に一瞬顔を向ける。そして不服そうな表情で、虚な瞳で空を見上げて呟く。ティルテもそれに乗りかかる。



〈でも、私はあなたとしたい……あなたじゃなきゃ、いや〉



 だが〈森精霊〉はティルテへと近づき、その手の指を取る。そして懇願するように、悲痛な叫びを上げた。



「……なら悪いが、俺は〈契約〉はしない。諦めてくれ」


〈……残念。でも、あなたが嫌がる事は、しない……。でも、また何かあれば来て。こっちも、報告があるかも、だから〉



 ティルテから〈契約〉を断られた〈森精霊〉はシュンと落ち込みを見せる。そこから見える悲しげな表情は、本当にティルテ本人と〈契約〉を結びたかったことが窺えた。


 だが自分の提案を断られたにも関わらず、〈森精霊〉は健気にも笑顔を浮かべて自分のもとに訪れるように言う。



「分かった。それと次に……一番重要な話だ」


〈っ! なんで、それを最初に言わない……?〉



 ティルテは返事を返し、目つきが明らかに鋭くなるほど真剣な表情で告げる。〈森精霊〉もティルテから何かを感じたのだろう。もっと早く言って欲しかったと、そう聞き返す。



「すまない。それでだが……シーナに、翼での飛び方を教えてほしいんだ」


〈……なんで、それが一番重要……?〉



 ティルテの先程の口ぶりから紡がれた言葉だと信じられないほど重要と思えない言葉に、〈森精霊〉も思考を一瞬止めてしまう。


 しかし、意を決して〈森精霊〉はティルテにそう返す。……それが限界だったのだ。



「シーナに関する事が一番に決まっているだろ?」



 だが、〈森精霊〉のそんな葛藤の末に搾り出した問いに、ティルテはさも当たり前のように毅然とした態度で答える。



〈……あなたは、本当に変わっている。……そっちの子が、話しかけようとしてきたことって、もしかして

、そのこと?〉


「そうだ。だが、〈契約〉をしない以上図々しくお願いできる立場ではないがな。その上で頼む……」


〈〜〜〜〜っ!〉



 〈森精霊〉は頭痛を感じて額を片手で押さえる。まぁ、結局教えると言ってしまったのは、〈森精霊〉本来の性格が優しかったからに他ならないが。


***


〈いい? その翼は、生まれた時からあなたの物。つまり、手足と同じ。だから、使い続ければきっと、鳥のように飛ぶことができる……〉



 〈森精霊〉は呆れていたが、教えるとなればきちんと真剣にシーナにそう教えていた。



「うんっ! それでそれで、シーナはどうすれば良いの? 〈森精霊〉さん」



 シーナは目をキラキラとさせて尋ねる。



〈まず、あなたはサキュバス族としての力を、全く扱えていない。だから、力の強まる夜にしか、あなたは翼が生えない。……まずは、その力を自分の意思で、開放する……そこから〉


「シーナ頑張るっ」



 具体的に何かをする、と言うわけではなく、とても抽象的な物だ。練習するにしても、サキュバス族はシーナ以外はここにはいない。


 故に、羽を持つ〈森精霊〉基準でしか教えることはできなかった。練習方法も何もないのだ。シーナが力を扱えるようになるのはまだまだ先の話だろう。……同じサキュバス族が居なければ、の話だが。


「ティルテ様、質問があります」


「なんだ?」


「〈森精霊〉との〈契約〉ですが、ティルテ様は一生しないおつもりですか?」



 ミリアンがティルテにそう尋ねる。



「……俺のここでの目的が全て終わった時になら、〈契約〉しても良かったかも知れん。だが、今はまだその時ではない。デメリットの方が大きすぎる。……それに目的が終わってから〈契約〉をしよう、なんて言えるわけがない。一度向こうからの誘いを断っているんだぞ? ……しないのではなく、できないと言ったほうが正しいだろう」


「しかし、彼女はどんな理由があるかは知り得ませんが、ティルテ様と〈契約〉をしたがっているご様子でした。相性もティルテ様とは最適かと。……目的が達成された暁には、再びこちらから頼み込むのも視野に入れるべきでは……?」


「……分かった。考えておこう」



 ミリアンからの正論に、ティルテはそう返すしかなかった。しかし、その態度はあまり乗り気で無いことは明らかだったが。



「そういえば、お前は俺がルナやゲラーデルに修行をつけている間に何をしていたんだ?」


「主にこの世界についてに知識を得ておりました。それとシーナと遊んだりもしました」


「……シーナってどんな遊びをするんだ?」



 ティルテはふと気になったのでそんな質問をしたが、予想通りの回答が返ってきた。


 しかしその内容を改めて自分に当てはめて見直すと、シーナについてあまり知らない方に気づき慌ててミリアンにすがるように尋ねる。



「ふふっ、それはご自身で確かめた方がよろしいかと思いますよ」


「ミリアン、意地悪だな……」


「ティルテ様自身ももう少し交流を待つべきかと。このままでは私やヴァレットの方に懐いてしまうのも時間の問題です」


「なん、だと……っ!?」



 ティルテが愕然とした表情でミリアンを見る。最近のティルテは以前に比べて感情表現が豊かになっている事に、ティルテ自身は気付いていない。



「冗談ではありませんよ? シーナは賢い子ですから、ティルテ様が自分を養うために仕事をしていると知っております。ですがこれが他の子なら、自分を放置していると考えられてもおかしくありませんので」


「……帰ってからは出来る限り遊びに付き合おう」


「その方がよろしいかと」



 ティルテはそう決意した。



「……なぁミリアン……やはり、お前も毒されているな? 会ったばかりのお前なら、シーナを気遣うように言うはずなどない」



 先ほどまでの会話とは一線を画す雰囲気を醸し出しながら、ティルテはミリアンに鋭い視線を向けて尋ねる。


 しかしその視線には若干確信を持てておらず、不安の感情も感じられた。



「……その、ようですね。この世界に召喚された当初は『このような下等生物がティルテ様のおそばに……?』などと考えておりましたが、今ではシーナを……そう、愛おしく感じてしまっております」


「超わかる」



 ミリアンが今も〈森精霊〉からの教えを素直に聞き、それを実践しようとしているシーナを微笑ましく見ながら呟く。ティルテもそれに同意した。



「ティルテ様ってシーナの事になると、語彙力が一気に退化しますね」


「なん、だと……っ!?」


「……そう言うところです」



 一切自覚していないティルテだった。


***


それからしばらく時間が経った。シーナが〈森精霊〉に教えを乞うている間、ティルテは仮眠を取っていた。彼も疲れているのだ。



「ティルっ!」


「……どうしたシーナ?」



 ティルテが薄らと目を開けると、元気よくから名前を呼ぶシーナが目に入る。体を起こして尋ねた。



「見ててっ……どうっ?」



 シーナはそう言ってティルテの前で目を瞑り、力むように両手を胸の前で握りしめる。すると数秒後、シーナの背中から普段は深夜にしか見せないサキュバス族の翼が生えていた。


 シーナはその事を手を後ろに回して自分に確認し、ティルテの元へと駆け寄って感想を求める。



「……あぁ、生えてる」


「でしょ〜? シーナ頑張ったのっ」



 ニパッと笑みを浮かべてシーナはティルテの腰に抱きつく。ティルテはそんなシーナの頭を優しく撫でた。



〈……ティルテ……この子、もしかしたら、すごい才能……かも〉


「あぁ……」


(シーナ、この子は一体何者なんだ……?)



 〈森精霊〉が目を見開きシーナを褒める。シーナに才能があった事が嬉しいのか、2人して普段よりも若干テンションが高かった。


 だが、ティルテは優しい瞳の奥にそんな事を思案していた。彼女が『暁の廃城』に捕まっていた事実は久しく無い。


 まぁ、それは一支部の暴走だったと後で判明するのだが、シーナの背景についてはそのこと以外は一切知らない。



「ところでティルテ様、シーナの服が破れておりますのが」



 その思考はミリアンから告げられた結構字面にするとやばい発言で打ち切られた。



「あ……これは仕方がない、ハンナのところに行くか」


「……正気ですか?」



 見ると翼をはやしたからだろう、シーナの翼が生えていた位置には穴が開いていた。これで人前に出すのは憚られる。


 まぁ、夜に着ているパジャマについてはそんなに気にすることはないのでそのままにしてあるが。


 だが、服を直すために服屋の店長であるハンナのもとに行くと告げると、それにミリアンが何色を示した。『正気かこいつ?』と言わんばかりの表情で。



「……あぁ、そう言えばお前と顔見知りになるのか。そんなに怯えるなんて何があったかは知らんが、別に危険なわけではあるまい?」


「物理的には……ですね。精神的にはくるモノがあります」



 ティルテから聞かれた何気ない質問に、ミリアンは目を合わせず若干震えながら答えた。その回答内容に、ティルテも眉を潜める。



「シーナに危険は?」


「……無いかと」


「なら行こう。〈森精霊〉、すまないがもう遅い。また進展があればここに来よう」


〈分かった……また、会いに来て、ね〉


 〈森精霊〉へ別れの挨拶をして、ティルテたちはその場を離れた。

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