41話〜〈契約〉〜
ティルテがルナと色々衝撃的な出来事のあった次の日、ティルテは驚きの再会にも関わらずあまり絡みのなかったミリアン、シーナと共に街に出ていた。
「ふふっ、ティルテ様、いったい私をどこに連れていくつもりなんです? 私の調べによりますと、そう言った御休憩用の宿はあちらの方にーー」
「ミリアン、今はそんな冗談を言っている場合ではない。と言うかそんなことまで調べなくても良い。……今日はお前も連れて〈森精霊(ドライアド)〉に会いにいく」
ミリアンの冗談をティルテは真面目に受け答えしつつそう言った。
「〈精霊〉……。私も見たことはありませんでしたね。ですが所詮私たちよりは格下の存在ではありませんか……?」
「この世界での設定上は格上だ。それに今は約束しているからな。昨日は残念ながら守れなかったが、それで諦めるわけには行かない。今回は昨日の報告と、新しい情報が無いかを確かめにいくつもりだ」
ミリアンの〈精霊〉を見下すような言い草に、ティルテは約束をしたと告げる。約束とは基本的に対等に行われる物。ミリアンにそれ以上は何も言う資格はなかった。
「ようティルテ! それに嬢ちゃんも」
「ミハイルか。どうした?」
「久しぶり〜!」
街を出る所でミハイルが話しかけてきた。シーナは久しぶりだったようで元気よくはしゃいでる様子が見てとれる。
「いやなに、お前がまた違う女性を連れてるからな。こりゃあヴァレットちゃんに報告だ」
「隣の部屋に住んでいるぞ?」
「……んだよ。もう知っていたのか」
「おい、なぜ残念がる」
ミハイルがミリアンに目を向けながらそう告げてくる。しかし今回は運良く周知の事実だったため、修羅場は免れることができた。
しかしそれが面白くなかったのか、ミハイルは不貞腐れる。それをティルテが突っ込んだ。
「それでそちらの女性は? と言うか外に出るのにメイド服って……」
「ミリアン・フィールベルン。俺のメイドだ」
「だからメイド服を……ってティルテ、メイドなんて雇ったのか!?」
ミハイルがミリアンになんとも言えない視線を向けながらそう尋ねてくる。答えると彼は嘘だろ、と呟きながら驚きさらに尋ねてくる。
「いや、ミリアンは俺がこの街に来るまでは一緒に居たと言っても過言ではない」
「……な、なるほど。……でも、メイドさんを森にって危なくねぇか?」
「俺がいれば安心だ」
ミハイルの懸念をティルテは毎度のことのように否定する。
「それもそうだな。……その、なんだ。前回は怒っちって悪かったな」
ミハイルもすぐに納得した。
「いや、騙した俺も悪い。お前だけが謝ればいいって問題じゃ無いだろう。だが、ここはもうお互いになにも言わない……何もなかったことにしよう。お前と気まずいのは俺にも来る」
ティルテはそう提案する。しかしこれはどちらが悪いなどと断定する事はできない。
ミハイルの命を守ろうとしたが故に嘘をついたティルテと、嘘をつかれたことにショックを覚えるミハイル。
この提案を受け入れるかどうかで、2人の今後の関係は変わるだろう。
「お、そうなのか? ……じゃあそうするかっ。それじゃ気を付けろよ」
「任せろ」
ティルテの提案を即座に受け入れたミハイルとの仲は、初めて出会ったときと同じに戻っていた。
***
「シーナ、危ないから離れるなよ?」
「……シーナもう子供じゃないもんっ、あぶないことなんてしないよ」
『ニンギュルの森』に入ったティルテたちだが、その集団からシーナが少しばかり離れた。と言ってもティルテならば1秒あれば自分の元々居た位置に連れ戻すこともできはするが。
しかしそれでも危険な可能性はある。ティルテはそう思い注意するが、様々なことに興味を示すシーナの好奇心は抑えられないのだろう。
だが、シーナは頬を膨らまして不満を表し、ぶつぶつと文句を言いつつもそれに従ってはいた。
「そうだな、でもシーナがそうでも、危険な魔物は危ないことしかしてこないんだ。その中にはシーナの命が危険な間に合うこともある。俺はシーナが危ない目にあって欲しくない。だから、な?」
ティルテは諭すように不満そうなシーナへと歩み寄りながら言う。シーナと同じ目線まで体を落とし、目を合わせながら……。
「……じゃあ、ティルはシーナのこと、絶対に守ってね? 絶対だよっ? 約束っ!」
「あぁ、必ず守ろう」
シーナは目で訴えかけるようにお願いする。ティルテはそれに答えるように、シーナから差し出された小指に自身の小指を絡めた。
「ティルテ様、いくら何でもシーナを甘やかしすぎでは?」
「そんな事はない」
「こっちを見ていってください」
「…………」
「全くもうっ……」
ミリアンからされる指摘にティルテは気まずそうに目を逸らすだけだった。
「だが、シーナはまだ幼いし魔物は危険だ。……まぁ、俺たちがいれば何か起こる可能性のある街にいるよりも安全だ。それに今はギルベルトのやつもいる可能性は高い。それは避けたいだろ?」
ティルテは己(とミリアン)の実力と言う確実な証拠を武器に抵抗を見せる。
「確かにそうですが……。良いですかシーナ、もしもの時はティルテ様か私の言うことをしっかりと聞くのですよ?」
ミリアンは心にしこりを残したような感覚になる。しかしティルテの言葉に本気で抵抗する事はない。今の彼女にとってティルテは全てなのだから。
故にミリアンはティルテの願いを叶えるために協力する。そのために彼女は好奇心旺盛なシーナへとそう告げる。
「うん、ミリアンお姉ちゃん」
「それと何かあれば言うように。質問でも構いません。私が答えましょう」
「分かった〜」
シーナは目をキラキラと輝かせながらミリアンの言葉に返事をする。
彼女にとっては自分で見たりしたいなどの気持ちは強い。しかしそれ以上に、自分よりも物知り、賢いティルテたちに尋ねた方が良いのだと直感で感じているからだ。
「それはそうとティルテ様」
「なんだ?」
ミリアンはさらに話しかける。ティルテが『まだなにかあるのか?』と考えるが、彼女の先ほど、今までの指摘はほとんどが的を射ていた。だからティルテは尋ねる。
「ただ私たちがシーナを守るのでは意味がありません。彼女は幸いにもサキュバス族です」
「つまり?」
「魔術を教えるべきだと思います」
ミリアンは空気がピリッと痺れるような感覚に陥る。ティルテの圧が明らかに変わったからだ。
無論ミリアンの真の狙いは別にある。戦う術のないシーナをティルテ、ミリアンが守ると言うことは大幅な戦力ダウンを意味する。
それを避けたいミリアンは、守るべき対象であるシーナ自身にも守る術を教えるべきだと考えたのだ。
「……危険だから教えたくないのが本音だ。しかしそれシーナ自身が決めること。……シーナに後で確認を取ってみよう」
ティルテは苦渋を飲みながら、搾り出すように返した。それほどまでに彼はシーナを危険から遠ざけたかったのだ。
「ありがとうございます。それとついでなんですが、シーナは同年代の友達もおりません」
「……それがどうかしたのか?」
「この年の子供の成長を促すためにも、やはりこの街を出るべきかと……」
「俺たちではダメなのか? その根拠は?」
ティルテに子育ての経験はない。それに人の気持ちを把握する技術も拙い。彼からすれば全て良い環境を整え、自分が面倒を見ているのだから問題はない。そう言いたかったのだ。
「ミハイルさんもケルガーさんもこの街を通る商人の方も……非常に不服ですがハンナさんもそう言っております」
「ふむ……。なら、この街やその周辺ですることが無くなったら王都へといこう。『クローツェペリンの街』よりも発展しているらしいからな。そこでなら子供も多いはずだ」
「かしこまりました。ではいつでも発てるように準備しておきますね」
「頼む」
ティルテもさすがに知り合いほぼ全員にそう言われては返しようはない。彼らはティルテよりもよっぽど人を育てることが上手なのだから。
それを受け入れたティルテは王都に出発することを決める。シーナの友達作りに、ティルテ自身の次の目標としては良い場所だろう。
「ねぇねぇティル、〈精霊〉ってどんななの?」
興味がありつつも見たことのないシーナが早速ティルテに質問をする。
「〈精霊〉。亜人族が信仰しているこの世界の上位者だな。〈精霊〉ごとに特性があるらしく、〈森精霊〉は植物関係に適性がある」
「む〜〜、シーナよく分かんない」
頭に疑問符が浮かんでいるような仕草と表情を見せるシーナ。頬をぷっくりと膨らませて不機嫌さを露わにしているつもりなのが微笑ましい。
「ティルテ様、シーナには見た目を話す方がいいかと」
「そうか。羽の生えた小さな女の子だ」
ミリアンからの指摘にティルテは簡潔に分かりやすく説明をする。
「羽って、シーナみたいなの? 飛べるの?」
シーナはなぜか羽の方に興味を示し、自分の翼をジェスチャーで表しながら尋ねてくる。
「見た目は少し違うな。あと飛べるぞ」
シーナの翼は種族柄上、綺麗とは言いにくいだろう。黒色で暗い感じだ。その色合いや見た目も嫌われる一つの理由だと推測される。
一方、〈森精霊〉の羽は綺麗だと言っていい……むしろそれ以外の言葉が思いつかないレベルだ。
神秘的な見た目、色合いや質感など、まさに亜人族から信仰されているのもそれだけで納得できてしまうほどだ。
「じゃあ、シーナに飛び方教えてくれるかなっ?」
「それじゃあお願いしてみるか」
「うんっ!」
シーナは己が能力をまだうまく扱えない。故に深夜になれば自然とサキュバス族としての本能が昂り翼や尻尾などが生える。
しかし当然そんな状況では練習など出来るわけもない。だからシーナは翼に似た羽を持つ〈森精霊〉に惹かれていたのだ。
「……可愛い」
同性であるミリアンでさえも、シーナの純粋な反応を見て思わず口を漏らしていた。だが、それにはティルテも全面的に同感だったので何も言わなかった。
***
その後ティルテたちは再び〈森精霊〉と初めて出会った、『原初の樹』と呼ばれる樹の生える場所へと案内される。
するとシュルシュルと風が音を立てて目の前で台風のように発生する。
〈ふふっ、また、会えたね〉
風が晴れると、そこには以前と変わらない姿形の〈森精霊〉をティルテは目にする。
「そうだな。何か変わったこととかはないか?」
〈……特に、ない〉
ティルテは〈森精霊〉の若干嬉しそうな会話の切り出しに適当に答えつつ、追加の情報がないかを尋ねる。
しかし、『ニンギュルの森』に住み着いているだけの〈森精霊〉に期待した俺がバカだった、とこの時ティルテは思った。
「そうか、こちらはお前の言っていた男と交戦した。名前はギルベルト。あいにく取り逃してしまったがな」
「そう……。ところで、あなたの後ろにいる2人は?〉
〈森精霊〉はティルテの報告にはあまり興味を示さず、ミリアンとシーナの方に興味を示した。
「メイド服を着ているのがミリアン・フィールベルン」
「はじめまして、ミリアンとお呼びください」
ティルテから紹介されたミリアンは多少不服そうな雰囲気を放ちつつも、それらを一切顔には出さずに挨拶をする。
まぁ、思いっきり顔以外から出ているのが丸わかりなのが惜しい。
〈……わぁお、こっちもすごい……あなたほどじゃ、ないけど〉
〈森精霊〉はミリアンを一目見てそんな感想を呟く。おそらく【堕天使】であると、初見で気づいたのだろう。ティルテの正体にも予想だが、仮にも気付いたのだから。
「ねぇねぇ〈精霊〉さん」
次にシーナが話しかける。その目は〈精霊〉に興味を持っていた時以上にキラキラと輝いていた。具体的にはティルテが髪飾りをプレゼントした時ぐらいに……。
〈なに、かしら? って、こっちもまた、普通じゃない、存在を……〉
「別に問題はあるまい?」
〈森精霊〉の言葉に、ティルテはシーナが亜人族、しかもサキュバス族である事が知られたと考えた。
〈それは、そうだけど……。ねぇ〉
「なんだ?」
歯切れの悪い返事をした〈森精霊〉が、それとは別の用件でティルテに話しかける。それを肌で感じたティルテはその瞳を軽く細める。
〈森精霊〉は非常に言いにくそうな感じを出していた。
口を開こうとしては閉じてを繰り返し、やがては決心を決めたのだろう。キッと目力を入れ、ついに口を開いた。
〈その、一応を考えて、私と……〈契約〉を、してほしい〉
〈森精霊〉は頬をほんのり赤く染めながら、ティルテにそう告げた。
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