40話〜動き出した運命の歯車〜
その後、ティルテはルナとは軽い会話をしていた。そして小一時間ほど経ち、ルナの泊まる宿まで送ろうと考えたティルテは2人に一言告げてヴァレットの元へと向かう。
彼女は裏へと回っており、周りに人はいない。話しかけるには丁度良いタイミングだろう。
「ヴァレット、ルナを送って帰るから……どうした?」
「別に、何でもないですよ……」
ヴァレットは明らかに不機嫌だった。いや、怒っていると言っても良いかもしれない。話しかけるティルテとは目も合わせずにそっぽを向いていた。
「……っ! ルナには何もしてないぞ?」
「…………」
ティルテはルナを部屋に上げる際のヴァレットの対応からそう懸念していると判断して告げるが、ヴァレットからの反応は薄い。
「……ずるいです。私が最初だったんですよ……? ティルテさんは私のこと、どう思ってるんですか……?」
「……どう、とは?」
ヴァレットの稀に見る真剣な眼差しを向けられ、ティルテも多少動揺する。
「その、異性としては……」
ヴァレットは目を逸らし尋ねる。顔どころか耳まで真っ赤だった。
「……シーナを含まないのなら、今まで出会った女性の中では2番目に好きだ」
「2番……その、一番は……? やっぱりミリアンさんですか?」
ヴァレットから見るミリアンのティルテに対するあのお慕い様は、どう考えても普通の主人とメイドの域を超えている。部屋は別だが、そう考えるのもおかしくはないだろう。
「まさか、ミリアンは明確な順番を付けられるほど親しくはない」
「え、でも……私と出会うよりも前から、ずっと一緒にいたんですよね?」
「人を好きになるのに時間など関係ない」
「そ、そうですよねっ!」
ミリアンがそうではないと言う安心感、己がティルテに出会って1日で惚れた事実が重なり、彼女は大袈裟にティルテの意見を肯定する。
「あ、ルナさんを送ってあげるんでしたねっ、気をつけてください。ではっ」
「あぁ……」
ヴァレットの嬉しさから早口で言いながらその場を去っていった。
ティルテはなぜそんな風になっているのかを理解しておらず、あまり要領の良い返事の仕方ではなかった。
(って、そう言えば結局一番って誰だったんだろう? でも今更聞くのもなぁ……)
その後ヴァレットはティルテがルナを送っている最中、つまりは自分が仕事をしている際にそんな事を思い出して後悔していた。
***
その頃、今日出会ったギルベルトを警戒してルナを送っていたティルテは、無事彼女の泊まる宿が目に見える辺りまで辿り着いていた。
「ティルテ、今日は色々ありがとうですっ!」
「いや、気にするな」
初めて出会った時とは比べ物にならないくらい親しげな笑顔を浮かべながら、ルナはティルテにお礼を告げた。
だが、ティルテとしては己を頼れと言った以上当たり前のことをしているだけなので謙遜する。
「あ〜……その、ちょっとこっちに来いです!」
ルナは辺りを見渡しあまり人通りがないことを確認すると、さらに人目につきにくい路地裏へとティルテを誘導する。
「なんだ?」
「良いから来い……じゃなくて、来て欲しいのですっ」
怪しがるティルテにルナは顔をほのかに赤く染めながら、焦ったそうに手招きを繰り返す。
そしてティルテがそばまでくると、ルナはゴクリとツバを飲み込み、ゆっくりと己に掛けていた魔術を解除する。
すると露わになったのは、ルナが亜人としての象徴である耳と尻尾だった。毛並みは髪色同様に銀……いやそれよりも薄い色をしているので、白銀と呼んだ方がいいだろう。
毛を一本だけ掬い上げれば、それはまるで透明なように透けて感じることもできるレベルだ。
「……ど、どうです?」
ルナはティルテに尋ねる。その時、彼女は無意識に耳をピクピクと、尻尾を左右に反応させていた。
「触っても?」
「ふぇっ!? ……あ、でもティルテになら良いのです」
スッとルナは頭を下げる。ティルテはゆっくりと手を伸ばす。
「……ひゃっ……ふっ……う、んっ……。く、くすぐったい……ですっ」
「フサフサ、そしてサラサラだ。いつまでも触っていたい」
ティルテとしてはただの興味本位と触り正直な感想を言っただけだが、ルナの反応を見ていると何故かいけない事をしている気分になっていた。
「ふぅ、ふぅ……ま、毎日丁寧にケアしてんだから当たり前です」
ルナは息を荒くしながらプルプルと震えていた。しかしそれを我慢して強がるようにドヤ顔を見せる。
しかしティルテの触り方が良かったのだろう。すごい顔になっていた。ティルテはそっと手を離した。
「……でも、他の人に触らせたのは、今日が初めてです。喜んでもらえて良かったです」
「そうか、ありがとうな」
「はいです!」
ルナからの告白にティルテが無難な返しをすると、ルナは笑顔を浮かべてそう返事をした。
「そうだルナ、お前にこれを渡しておく」
ティルテはそう言って前回ミハイルにも貸した魔道具を取り出す。
「ふぇっ!?」
その魔道具を見たルナが驚きの声を上げる。当然だ。見た目はただのブレスレット。つまり説明も何もしていないルナからすると、ティルテから贈り物と認識できるのだから。
「腕につけておけ。必ず肌身離さず持っておくように。これが俺の手が届かない間、代わりになる」
ティルテは至って真剣な顔でお願いする。このブレスレット型の魔道具は、怪我に対して《魔力障壁》を自動で張ってくれる機能を持つ。
魔術師であるルナならば何回でも使えるだろう。これさえあればもしティルテと離れていても、ティルテの代わりにこの魔道具がギルベルトのような者が現れたときにも守ってくれる……はずだ。
「ティティティ、ティルテの代わり!?」
「あぁ。良いか、必ず付けておけ」
「は、はいでしゅ……」
だが、当然詳しく説明しない(本人はしたつもり)のでルナは思いっきり勘違いをする。だが、その態度に嫌悪感はなく、むしろ好意的な感じだったとだけ示しておこう。
「……じゃあ、またな」
「ティルテ……ばいばい、です」
「あぁ」
手を振るルナに、ティルテは手を振り返しながら宿へと帰っていった。
そしてその日を最後に、ルナの消息は途絶えた。
***
そこはかつて、ティルテが存在していた世界。そこに存在する『楽園(エデン)』と呼ばれる場所。
そのうち一つに存在する『庭園(ガーデン)』と呼ばれる場所に、1人の男がいた。
【はぁ、暇だ……】
男は紅茶のような飲み物を口に含み飲み干してならそう呟いた。彼の手から離れたカップの置く音が返事の代わりをする。
男はチラリと横目で『庭園』を見渡す。そこに咲くのは様々な宝石で出来た、色とりどりの花。草木はエメラルドで構成されており、一つ一つに神々しさを感じさえした。
そしてそのまま正面を見る。そこには【神樹(ユグドラシル)】、【神樹(イスミンスール)】、それともう一本、別の名を持つ【神樹】が存在していた跡地が見えた。
【くっそぉ、あの2人は殺した。でもーーティルテーーはどこに行ったんだぁ? あいつさえ確実に消せば俺はこの『楽園』を完全に手中に収められるはず……。だが、今も2人の派閥の【天使】どもが抵抗を続けているんだよぁ】
男は殺した女の方の人相を思い浮かべながら悪態をつく。かつて感情を持たないと言われた生きる樹、つまり【神樹】に感情と言うものを吹き込み、自我を確立させた少女。そしてその弟に、自我を得た【神樹】。
【はぁ、暇だ……】
男は今までの考えを打ち消すように過去の出来事を忘れ去る。しかし、男の気分はこの後に起こる出来事で一気に昂ることとなる。
【……おっ、俺のペット復活しそうじゃん! 確か下界で封印されてたはず……そうだ、勇者を召喚しようっ! んで、そいつらを戦わせるっ! 面白そぉっ!】
男は意味の分からない言葉を叫びながら、何処かへと行ってしまった。残されたのは飲みかけの紅茶だけだった。
***
『アルドヘイド王国』。ヴァレットたちが生きる国の名前だ。その国の王都と呼ばれる最大の発展都市の1か所には、『聖神教』の教会本部が存在する。
その『聖神教』の中で崇拝されているが【唯一神】である。そしてその【唯一神】から告げられる神託を授けられる存在を『神子』と呼んだ。
「主よ、今日も我らに愛しき慈悲を……」
その『神子』と呼ばれる存在は毎日このように祈りを捧げていた。両腕を上げて膝をつき、しゃがむ体勢で。
【魔獣ニンギュルが、目覚める……。勇者を、召喚せよ……】
するとどうだろう。『神子』は今までも【唯一神】の声が聞こえることは一度たりともなかった。しかし今、『神子』の耳にははっきりとお告げが聞こえたのだ。
と言っても【唯一神】の声が聞こえることなど滅多にない。過去一度たりとも【唯一神】の声を聞くことができなかった『神子』もいるぐらいなのだ。
しかし、【唯一神】のお告げは基本的に人間にとって有害なものばかり。つまり平和の証でもあるわけだ。
「……今、確かに……?」
(魔獣キンギュル……。確か『クローツェペリンの街』の近くに存在する『ニンギュルの森』の地にて封印されし伝説の魔物。……こうしてはいられない! すぐに勇者を召喚しなくては……!)
『神子』は即座に判断して動き出した。そして数日後、勇者と呼ばれる存在がこの地に降り立った。
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