39話〜亜人族への想い〜

「おっと、この街中でやるつもりですか?」


「お前たちの方が先に街中で襲ってきたことが二回あるが?」


「その節は私たちの仲間が失礼を。一つは亜人を遠い貴族に売ろうとした裏切り者たち。もう一方は勝手に貴重な魔道具を持ち出し、《【堕天使】召喚》を失敗させたゴミ2人。処分していただきありがとうございます」



 男はシーナを監禁していたニンギュル支部の奴ら、それに魔物を操ってこの街を襲おうとした神父たちをティルテが倒した。そのことに頭を下げてお礼を言う。



「……お前たちは違うと言いたいのか?」


「はい、私たちは【唯一神】を崇拝するこの国を滅ぼしたいだけ。しかし勝手な行動をする輩は許しておけません。ティルテさん、あなたは『暁の廃城』に入る条件を十分満たしておいでです。今からでもどうです?」



 男がティルテを再び勧誘する。



「何度も言わせるな、断る」


「残念です。……それでは、組織の障害とならないように、ここで消えていただきましょう!」



 断ったティルテに男が接近する。短剣を左手で逆手に持ち、それをもう片方の手で押し込むような形での一撃だ。



「っ!」



 ティルテが男の一撃に合わせて剣の一撃をぶつける。ふわりと少し宙に浮かんだ男は、すかさず普通に持ち替えた短剣で横からの一撃を放つ。


 ティルテはそれを後ろに下がって回避。男はそれをみた瞬間、空ぶった短剣をティルテの心臓あたりに向けて投げる。


 ティルテは己の剣で短剣を弾く。短剣は男の頭上を飛び越え、さらに後ろへと弾き飛ばされた。



「シーナ、ルナ、後ろに下がれ!」


「うんっ!」


「あ、はいです!」



 一時的とは言え、男の手持ち武器を失わせたティルテは2人に指示を出して下がらせる。


 シーナは即座にティルテの言うことを聞く。一方ルナは反応こそ一拍遅れたが同じく後ろに下がる。


 当たり前のようにシーナの前に立ち、守る動作を見せてはいたが。



(本当ならすぐにでもこの場から離れさせたい。だが敵がこいつだけとは限らない。もし男の他の仲間がいたら、杖の無いルナには酷だ。ちっ……)



 ティルテはそう考えた。


(それにしてもこれだけの剣撃の音が響いたにも関わらず、人が通らなすぎる……)


「素晴らしい戦闘技術です。本当にもったいない……」


「そうかよ。それよりお前、人が通らないように何かしたな?」



 ティルテは己を褒める男に質問をする。



「はい、人間を無意識に遠ざける魔道具を使いました」


「……つまり、こちらも派手に動いていいと言うこと……」


「そうですね。ではこちらもっ!」



 男はあっさりとそれを認めた。ティルテはそれを聞き魔術を使用する方針に変更する。


 男の方も隠す必要性の無い事を気にする必要はない。腰から指の隙間にナイフを挟み、それらを一気に投げる。



「《反風》」



 ティルテが前に手をかざし、《反風》の魔術を発動すると、男から放たれるナイフの勢いは死に、辺りへと散らばる。


 しかしその間に男は左右の建物の壁を蹴り、上空へと飛び上がる。そして《反風》の魔術が終わるタイミングを狙い、一つのナイフを放つ。



「っ! 《魔力障壁》!」


ボガァンッ!



 ティルテはとっさに《魔力障壁》の魔術を発動させる。その直後、《魔力障壁》にぶつかったナイフに貼り付けられていた札が起動し、小規模な爆発を起こす。


 土煙などが発生し、視界が遮られる。ティルテと後ろの2人は幸いにも怪我はない。


 しかし、いつまで経っても男からの追撃はこない。やがて土煙が晴れると、目の前にはいなかった。ティルテはすぐに魔力の反応のする方へと視線を向ける。



「ふふ、さきの言葉に肯定したから警戒してましたか? 悪いですが勧誘を断られ、実力を把握したあなたにはもう用はありません」



 男は建物の屋根に登り、ティルテたちを見下すような位置取りをしながらそう告げる。



「逃すか、《氷弾》」



 ティルテは当たれば凍り、低体温症や霜焼けなど体力を奪える《氷弾》の魔術を放つ。

 しかし男は凄まじい速度で放たれる《氷弾》を軽く避けた。



「ではまた縁があればお会いしましょう……そうそう、ティルテさんには教えてませんでしたね。『暁の廃城』本部から派遣された幹部が1人、名をギルベルトと言います。それでは」



 男はそんな自己紹介でギルベルトと名乗り、終わると早々にその場を去っていった。



「……」



 ティルテは男が去るのを渋々見えなくなるまで見届けた。そして剣を収めて振り返り、2人の顔色を確認する。


 シーナはいつも通りだ。あまり危険だったと言う認識がないのだろう。


 逆にルナはティルテの挙動一つ一つにピクリと体を震わせていた。



「……場所を変えよう」



 ティルテはそう言って2人と共に自分の泊まる宿へと案内した。


***


 現在、ケルガーの経営する宿の借りている一室にティルテ、シーナ、ルナの3人はいた。


 ミリアンは社会科見学と言い、最近はこの街を歩き回っている。シーナは引き続きヴァレットも見てくれているので問題はない。


 ルナとしてはどこに連れて行かれるのか不安で仕方がなかっただろう。しかしそれ以上に、己の真実を知るティルテから目を離す方が怖かったのだ。


 その心境は行動にも顕著に表れており、それをみたヴァレットにティルテが年下を脅そうとしていると思い声をかけたぐらいだ。


 まぁ、さすがのヴァレットも冗談で言ったつもりだったが、ルナの反応を見て本気にしてしまったのは仕方がないだろう。その誤解もルナの説明でひとまず保留(解けてはいない)となっている。



「……何が、目的です?」



 最初に口を開いたのはルナだった。部屋の扉に近くで壁に立ちながらもたれかかっている。

 腕は体を守るように組み、足も前で交差していた。誰がどう見ても怯えている。



「別に目的なんてない」


「う、嘘です! だって私は……亜人、なのですよ?」



 そう言ったルナの瞳から涙が溢れようとしているのをティルテは見逃さなかった。



「それがどうした?」


「ど、どうしたってーー」


「シーナも、亜人だ」



 だからティルテはルナを安心させようとその事を告げる。シーナには事前に確認は取ってあるので問題はない。



「……え?」


「やはり動揺して聞いていなかったか。亜人族を2人、ギルベルトはそう言っていたはずだ」


「……あっ」



 ルナはあのとき動揺していたが、改めてその時を思い出してその通りだと声を漏らす。



「えっとね、ルナお姉ちゃんも亜人なの?」


「あ、えと……そう、です」


「じゃあ、シーナと一緒っ!」



 するとシーナが会話に入り、無邪気な視線をルナに向けながら尋ねる。ルナは遠慮気味に肯定すると、シーナは頬を緩めて喜ぶ。



「……ふふっ、あはははっ」



 シーナの様子にルナは一気に毒気が抜かれていく感覚がした。


 今までの自分の心配はティルテに対しては杞憂だったのだと。そのことを思い返すと自然と笑いがこみ上げてくる。



「ルナ、改めてはっきりと言わせてもらおう。俺はお前の情報を話したりも売ったりもしない。だからお前もシーナのことは黙っておけ、良いな?」


「はいなのです!」



 今の状態なら大丈夫だと判断したティルテがお互いの状況をまとめると、ルナは元気よく返事をした。ティルテは己の判断は間違いではなかったと確信した。



「……ところでティルテ」


「なんだ?」


「ティルテは確か、私が亜人と指摘されたときに知っていると言っていた気がするのです。……いつから気づいていたです?」



 ルナとしては是非気になる出来事を尋ねる。彼が気づいた理由を知れば今後似たようなケースにも対応できるかも知れないとルナは考えたからだ。



「……違和感を覚えたのは初めて会った時ーー」


「最初からです!?」



 予想以上に早くから気付かれていたことにルナが声を上げる。



「……あぁ、見た瞬間に《隠蔽》の魔術を頭と背中の下あたりに使っていることが分かった」


「!?」



 自分の最高の魔術を見ただけで見破られたことにルナは若干のショックを受ける。



「わざわざその部分を隠すのが必要な奴なんか亜人以外いないだろ。確信したのは修行の最終日、お前の頭を撫でたときだ」


「やっぱり当たってたです!?」



 ルナはあの時ティルテに褒められたことが嬉しすぎて、種族柄親しい人以外には決して触らせることのない頭を撫でてもらったことを思い出して赤面する。



「あんなにピクピク揺れてたんだ。むしろ当たらない方がおかしいだろ……」


「あぅう〜〜〜っ!」



 しかも感情が昂るとよく動く己の耳と尻尾の耳の部分が動いていることを指摘され、ルナは恥ずかしさから顔を隠して蹲ってしまう。



「……ううんっ。と、ところでティルテはなんで亜人と聞いてもそんなに平気なのです?」



 ルナは好奇心からティルテにそう尋ねる。ルナ以外の他の誰であってもそう思うだろう。それを直接尋ねる度胸があるかは別だが。



「……俺にとっては人間も亜人も同じ人。そう認識しているだけだ。それに……」


「それに?」



 ルナは亜人である自分を他の人間と同じように扱ってくれると言うティルテの言葉に、他からは見えない耳をピクピクと動かし、尻尾をブンブンと振っている。



「【唯一神】が気に入らない。……それだけだ」


「……でも、ティルテは『暁の廃城』じゃねぇです。どう言うことです?」


「『暁の廃城』に所属する人間はそれ以外の人間に敵意を向けてるからな。向ける対象が亜人が人間か、それだけの違いしかない。俺はどちらかに肩入れする気はない。守りたい人や物に肩入れする」


「ふふ、ティルテらしいのです。……その中に、私は入っているのです?」



 ルナが目を左右に泳がせながら上目遣いで問いかける。



「お前は俺の弟子だ。師匠として、面倒ぐらいは見てやる。……何かあったら遠慮なく頼れ」


「……ティルテ、ありがとうですっ」



 ティルテは微笑しながらそうルナに告げると、彼女はゆっくりと近づき、顔に笑顔を浮かべて笑いながらそう言った。

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