38話〜認識の違い〜

 〈森精霊(ドライアド)〉と出会った次の日、ティルテは街中を歩いていた。別にたいした理由では無い。彼女との会話で聞いた特徴の男を探しているだけだ。


昨日の間にヴァレット、ミリアンには男が現れたら教えてほしいと告げており、今朝は冒険者ギルドにいたゼファーとアリサ、ゲラーデルにも同様のことを告げている。


 ギルド長であるハイゼにも伝える事はできるが、彼のような半分引きこもりに出会いがあるはずもない、そうティルテは判断した。



(男の正体は分からないが、危険な人物であることはほぼ確定している)


「ねぇティル、シーナもさすがに恥ずかしいよ〜?」



 ティルテがそう考えていると、手を繋いでいたシーナが顔を赤くしてそう言ってきた。最近シーナは人前で手を繋がる事を嫌がるようになってきていたのだ。


 ティルテとしてはシーナが誘拐されないかと心配なのだが、シーナ自身は恥ずかしいと言う感情の方が強いらしい。と言うか普通に考えてティルテが親バカすぎる反応を見せているだけだ。


この言葉を初めてシーナから告げられた時、ティルテは膝から崩れ落ちて柄にもなく頭を抱えて体育座りをしていた。



「だめだ。最近物騒だからな。シーナの安全は俺が守る」



 ティルテはそう言ってシーナの手を離そうとしない。別に普段ならこんな強引なことはしない……と言うかティルテの気持ち的にできない。


 しかし今は事情が違う。『ニンギュルの森』と呼ばれる場所に封印された【神獣】を復活させようとする変な人間がいるのだ。


 もしシーナに危険が及ぶと考えた場合、ティルテは自分を抑える自信がなかった。



「ぶぅ〜……シーナ、手繋ぐのは好きだけど、お外じゃ恥ずかしいのっ! ねっ、宿に帰ったらいっぱい繋ぐよ? あと、ギュッてしてあげる。……だめ、ティル……?」



 シーナが純粋な瞳をティルテに向け、両手で先ほどから繋いでいたティルテの腕を掴む。そして上目遣いで小首を傾げてティルテへと尋ねた。



(ぐっ、なんで素晴らしいご褒美なんだっ! ……だが……しかし……! ぐぅぅぅぅぅっっっ!!!)


「シーナ、お前がそう言ってくれて嬉しい。だが、それでもだめだ。シーナの好きなものならなんでも買ってやる。だからお願いだ……手を繋がせてくれ」



 ティルテの脳内でそんな議論が1人で行われたのち、脳内のテンションとは違う普段通りにそう答えた。


 その回答は端から聞くとどう考えても変態、ララコンの類だが、ティルテはとても真剣だった。



「ティルテ、養女とはいえ幼女に欲情はだめですよ」



 そこに変な語呂並べみたいな台詞で現れたのはルナだった。杖などの武器は持っておらず、今日は休みだと一目見てわかる格好だ。



「……丁度よかった。お前にも頼もうかと思っていたんだ」



 ティルテが今朝冒険者仲間に告げてきたことを伝えようと口にする。



「ふぇっ!? な、何言ってんです!? お、お前! 自分が何言ってんのか分かって言ってんです!?」



 するとルナは目を見開き、赤面させて大声で怒鳴り散らす。当たり前だ、自分に欲情していると思っているのだから。



「当たり前だ。お前じゃなきゃだめなんだ」


「そ、そんなこと言われたって、私には無理です!」



 ティルテがルナの方を向くと、彼女は片方の足を後ろに一歩下げて首を大きく横に振る。



「無理じゃ無い。ルナなら……俺の弟子ならこれぐらいできる」


「で、弟子は関係ねぇです! それにティルテはゲラーデルにできると思ってるんです?」



 ティルテとしては十日間とはいえ自分が育てた弟子だ。彼女がそれを関係ない、無理だと言う意味がわからなかった。


 しかしルナとしては自分に欲情してくるティルテに対して顔を赤く染めて怒っていた。


 その理由として弟子を出してくるのなら、ルナは躊躇なくゲラーデルに矛先を向ける。いくらティルテとはいえ、男にはできないと思っているのだから当然だろう。



「さっきしてきた」


「です!?」



 しかしティルテからの予想外、斜め上すぎる返しにルナの頭はオーバーヒートした。



「……なぁ、さっきからルナ、お前おかしいぞ」


「おかしいのはティルテです! いくら私が魅力的でも、欲情はだめなのです!」


「は? ……俺はただ危険な人物がいるからお前にも忠告しておこうと思ったんだが? シーナは危険だから離れないようにと……。お前、いったいどんな勘違いしてたんだ?」


「〜〜……ティルテの、馬鹿ヤローですぅぅっ!!!」



 目に涙を浮かべたルナは勘違いの恥ずかしさから、ティルテにそんな八つ当たりをして走ってどこかへと行ってしまった。



「……一体なんだったんだ?」


「ティルティル、ルナ……お姉ちゃん、追っかけないの?」



 シーナが服の裾を引っ張り問いかけてくる。



「シーナ、向こうから逃げたんだぞ?」


「でもでも、ルナお姉ちゃんがそれで危ない目にあったら?」


「……シーナの言う通りだな。追いかけるか」


「うんっ!」



 ティルテはそう言ってルナを追いかけた。……シーナをおんぶして。



「ティルのバカ……」



 シーナは不満げに小さく呟いた。


***


「ティルテの馬鹿ヤローです。変に期待した私が馬鹿みたいです。……でも、なんで私は変な期待をしたです……?」



 ルナは人通りの少ない道を歩きながらティルテの愚痴をこぼしていた。今は知り合いに会いたくない気分なのだ。



「と、とにかく後で謝っといーーあっ、す、すまねぇです」


「いや、大丈夫。そっちこそ平気?」



 ルナは自分の考えることに夢中になっており、周りへの注意が疎かになっていた。だから角から黒いフード付きのマントを付けていた男とぶつかってしまった。


 幸いお互いに怪我はなく、ルナもすぐに謝ったことから向こうもあまり気にしていない様子だった。



「もちろんです。それじゃあ失礼するです」


「……待ってください」


「なんです……?」



 ルナが愛想よく離れようとすると、突如男の態度が急変する。ルナは若干不安げに怯えながらも尋ね返す。



「ルナ、そいつからすぐに離れろ」



 その時、ルナを追いかけてきたティルテが2人の間に割って入る。とっさに男は後ろに下がり距離を空けていた。



「ふぇっ!?」


「ほう、Bランク冒険者のティルテさんですか」



 ルナはいきなり現れたティルテに驚きながら、そんな声を上げた。一方、男はティルテのことを知っている風な口調振りだった。



「その見た目……やはりお前が最近森の中を彷徨きまわっている奴か。何者だ? なぜ俺を知っている?」



 ティルテはシーナを地に降ろしてシーナとルナを庇うように前に立つ。その手は腰に下げた剣の柄が握られており、いつでも戦闘を行える態勢だった。



「ちょちょ、いきなり現れてなんです? 話が見えねぇです!」


「この男は最近『ニンギュルの森』を彷徨きまわっている怪しい男だ。さきほど伝えようとしたとこだが……運が良いのか悪いのか、早速出くわすとはな」



 ルナが慌てて説明を求める。ティルテは男から目を離さずに的確な情報を伝えると、男はニヤリと笑った。



「正解ですね。しかしティルテさん、私はあなたにも用があります」


「……どう言うことだ? と言うか先ほどの質問の答えは? 答えぬなら相応の対応をさせてもらうが」



 ティルテは一歩前に出て剣を抜く。人通りの少ない……いや、周りには一切の人の気配が裏路地だからこそ抜いたのだ。



「おっとすみません。私は『暁の廃城』本部から来ました」



 男は後ろに下がりながら両手を上げて自身の背後関係を喋る。



「『暁の廃城』……。俺を殺しに来たのか?」


「まさか、滅相もございません。むしろ逆……私はあなたの勧誘に来たのです」


「断る」



 コンマ1秒も開けることなくティルテは男の誘いを断る。当たり前だ。ティルテにとっての『暁の廃城』とはシーナを軟禁し、この街を襲おうとした犯罪者集団なのだから。



「いきなり酷いですね。……それにしてもあなたは珍しいお方だ。亜人族を|2人(・・)も連れているとは」


「っ……」


「え? え? な、なんでバレて!」



 男の言葉にティルテが眉をピクリと動かす。しかし見せた動揺はそれだけだ。


 逆に己が亜人族であるとバラされたルナは目を泳がし、口に出すほどの動揺を見せた。故に2人という単語はルナの頭から抜けていた。



「それがどうした?」


「えっ?」



 ティルテはそう返す。対してルナはティルテに意外すぎると言った目を向ける。この世界で人間の亜人族に対する差別は酷い。


 しかしそのせいで数は激減し、今では貴族たちの奴隷として道楽に使われているのが大半だ。


 それを人間の目の前でバラされたルナの心境は想像に難くない。しかもその人間は己よりも強い。

 これがティルテでなければルナの人生は終わっていた。



「……ふふっ。『暁の廃城』の一員以外からその言葉を聞くとは思いませんでしたよ。やはりあなたはこちら側に来るべきです」


「……お前が亜人族に寛容そうなのは、【邪神】を信仰しているからだろ?」



 男が片手を差し出す。ティルテはその手を少し見つめ、そんな質問をした。



「当たり前ではありませんか。【唯一神】と敵対する【邪神】。それらを信仰する者同士なのですから」


「……だよな。やはりお前らとは相容れない。俺にとっては人間も亜人族も同じ|人(・)だ。信仰している対象など関係ない。俺は人が好きだから困っている奴を助けただけだ。それが人間だろうと亜人だろうと関係なく……な」



 男の何も不思議に思わない眼を見たティルテはそう言って切り捨てる。


 彼らは【邪神】を信仰している人間。対してティルテは【邪神】など関係なく、ただ人が好きなだけの存在。

 相容れられるはずなどなかった。



「あなたは不思議な人だ。普通の人みたいに【唯一神】を信仰しているわけでも、我々みたいに【邪神】を信仰しているわけでもない。……実に興味深いですね」


「そうか。……それで、俺の勧誘には失敗したぞ。次は何をするつもりだ?」



 ティルテは男から向けられる好奇の眼差しを無視し、既に〈精霊〉から聞かされている事を尋ねる。


 ティルテは〈精霊〉の言うことを完全に信じたわけではない。故に彼は男に確認を取った。



「……【神獣】、いえ魔獣ニンギュルの封印を解き、この国を滅ぼすことですよ」



 男はティルテの質問にそう答えた。


「そうか、では止めさせてもらおう」



 男の質問を聞いたティルテは剣を構えた。

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