37話〜〈森精霊〉〜
ティルテは『ニンギュルの森』へと潜っていく。
(この森も『クローツェペリンの街』付近は一等域の半分まで探索した)
この森はなぜかは分からないが魔力が集中的に集まりやすい傾向がある。特に一等域ではそれが顕著になる。
それ故にこの場所ではティルテの魔力感知もあまり上手くいかない。それでもさすがに近くまで来れば違いを感じ取ることは可能だが……。
だからティルテはこうして己が足を使って森を探索している。
(もう、『クローツェペリンの街』を拠点にして出来る範囲は少ない。冒険者を辞めるつもりはないが、どこか別の場所に移り住む可能性も考慮しなくてはな……)
ティルテは襲いくる2匹のバルドスネイクスの噛みつき攻撃を木を蹴りかわしながらそんなことを考えていた。
そして意識をせずとも槍を手に持ち、尻尾の横薙ぎの攻撃をジャンプして避け、そのまま重力に己の体重をしっかりと乗せて突き刺し、上へと振り上げる。
尻尾の大部分を半分に斬られた1匹のバルドスネイクスの動きが止まる。もう虫の息だ。
そしてもう1匹のバルドスネイクスに対して、ティルテは振り上げた槍に《風纏》の魔術を提唱して纏わせ、そのまま投げ放つ。
そして虫の息だったバルドスネイクスにとどめをさして戦闘を終了する。
「さて、行くか」
2匹のバルドスネイクスの討伐の証である牙を抜き取り、ティルテは何事もなかったかのようにさらに奥へと歩みを進めた。
そして二等域を突破したティルテは今までで一番奥深くまで来た場所に再び足を踏み入れていた。
(ここから先は俺も知らない領域だ。Aランクの魔物は今の俺でも多少手を焼く。前回みたいなことはあり得ないが、手を組まれると非常に厄介だ。警戒していこう。もし現れるなら……樹林竜が楽か)
ティルテは一等域へと足を踏み入れながらそんなことを考えていた。Aランクの魔物は数自体は少ない。
しかし今はこの森で最強のキメラ、マンティコアが居なくなってしまったのだ。生態系に多少の影響も出ているだろう。
そしてティルテにとって一番楽なのは、樹林竜で間違いない。ティルテと樹林竜は相性が最悪(樹林竜にとって)なのだから。
ビリビリッ!
そんな事を考えていると、突如ティルテの体全身を駆け巡るほどの圧がこの辺り一帯を包み込む。
「なんだ……?」
(……森の雰囲気が変わった。何かある……いや、何かがいる!)
ティルテは即座にそう判断して剣を鞘から再び抜いて構える。すぐに魔力の反応を探るが、この森全体が魔力で覆われており、別の個体を判別するのは至難の業だ。
「《探知》」
ティルテは魔力反応から《探知》の魔術に切り替える。《探知》は地形を把握する魔術だが、もし巨大な魔物がいるならば《探知》で把握した地形に変化がでる可能性は高い。しかし……。
(……《探知》にも引っかからない。くそ……!)
ティルテは辺りを警戒しつつ、己の眼と感覚のみで先程の圧の原因を探る。そして1分ほどが経った。しかし、それ以降何も起きることはなかった。
「……何だったんだ……?」
〈こっちに……来て〉
「っ!? ……誰だ!」
ティルテが警戒を解いた瞬間に、可愛らしい少女のような声が辺り一帯に反響するようにティルテの耳に入る。
再び警戒し、声を荒げて先程の声の主を問いただすが反応は無かった。
しかし次の瞬間、ティルテの目の前で奇妙な出来事が起こる。木や草などが不自然に動き始めたのだ。
木は隣の木と枝同士をくっつけて、まるでトンネルのような物を作り出す。
(……来いってことか……)
植物を操るなんて珍しい能力。それを持つ、この先にいる者の実力は生半可なものでは無いだろう。
だが、ティルテはある一つの事実を理由に進む事を選択する。
ティルテが歩くと、地面に生える草すらも生き物のように動き回り、ティルテの行く道を開ける。
そうして数分間森の奥へと進んでいくと、彼は一本の大樹に出会った。
大樹の見た目はどう考えても最低樹齢2、300年は経っている。深緑色の苔は生い茂り、地面が何百年と雨などによって削られたのか、根本は露出し地面に僅かな空洞が出来ていた。
それだけではなく、魔力が青緑色に可視化できるほどにあたりに漂ってもいる。
(……もしかしてこれがこの森で『原初(げんしょ)の樹(き)』と呼ばれる存在なのか?)
ティルテはヴァレットが少し前に話していた話を思い出してそう考える。明らかに一等域に生える他の樹木とは格が違う存在感に、ティルテは己の考えが合っているか興味が出た。
「なぁ、俺を呼び出したのはあんた……で良いんだよな?」
と、ティルテは呼び方に困りつつも樹木に向かってそう尋ねる。すると樹木は目の眩むほどに青緑色に発光し始めた。
ティルテは両手で目を隠し、薄く目を開けて警戒する。そして光が収まると、そこには1人の少女がいた。
〈……待ってた、ずっと……〉
ティルテの掌に乗れる身体のサイズをし、背中から薄く半透明の羽を生やした褐色の肌に若緑色の髪色の
少女は、その小さな口を開きティルテにそう告げる。
「……俺を、〈精霊〉がか?」
ティルテは目の前の少女にそう告げる。そう、彼女の正体は〈精霊〉だったのだ。それも何百年と生きる〈大精霊〉だろう。
そんな〈精霊〉がよりにもよってティルテの元に現れたのだ。〈精霊〉は本来、異種族である亜人たちとしか契約しない。
それなのに彼女はティルテを呼んだ。ティルテは目を細めて〈精霊〉を警戒する。
〈うん……あれ? おかしい、なんで人間? 私たち、〈精霊〉。だから、人間とは関われないはず……なのに、なんで?〉
精霊は眉を細めてそう呟く。多くの人間は勘違いしているが、亜人が信仰しているのは【邪神】ではなく〈精霊〉だ。
〈精霊〉は亜人から信仰されている。故に人間は〈精霊〉と契約することも、姿を見ることさえも難しい。
しかし今、目の前で起きている状況は〈精霊〉にとって想定外の出来事だった。それもそうだろう、目の前にいるのは人間の姿をしたティルテなのだから。
「……なぁ、俺を呼んだ理由は?」
〈……やっぱり、おかしい。……もしかして、亜人の血が混ざってる?〉
「おい、会話しようぜ?」
ティルテは〈精霊〉に尋ねるが、彼女はそれを無視してそんな考察を考えつき呟く。
〈……なるほど、理解した。……あなたは人間ではなかった……〉
そして〈精霊〉はティルテに向けて衝撃の事実を言い放つ。
「っ!? お前、俺の何をみた? 答えろ」
〈別に、ただ私の〈精霊眼〉、それであなたを見た、それだけ〉
その言葉にティルテは豹変して〈精霊〉を脅す。〈精霊〉はその態度には表情筋1つ動かさず、己の指で己が眼を指して告げる。
「それで、何を見た?」
〈……何も見えなかった……。あなたは、人間でも、亜人でもなかった……予想はーー〉
「それ以上口に出すなら『原初の樹』を燃やす」
〈……分かった、謝る〉
〈精霊〉がティルテの正体を口にしようとした瞬間、ティルテは《焔纏》の魔術を詠唱して『原初の樹』へと近づける。
〈精霊〉はあまり取り乱すこともなく、すぐに頭を下げた。
「いや、求めているのは謝罪じゃない。これ以上俺のことを詮索するな。たとえ〈精霊〉と言えどな」
〈うん……。そういえば、聞いてなかった……〉
「何を?」
〈あなたの、呼び方……〉
「……ティルテだ、そっちは?」
ティルテが〈精霊〉に警告すると大人しくしたがった。そしてふと思い出したように尋ね、ティルテはそれに応じて問い返す。
〈……あなた、名前が、ある……。私は、〈森精霊(ドライアド)〉。名前は……ない〉
〈精霊〉は〈森精霊(ドライアド)〉と名乗る。それは〈精霊〉上の分類で、主に植物を司る存在だった。
「了解だ〈森精霊〉。それで、俺を呼び出したのは何故だ?」
〈この場所、来れる人、珍しいから。それに、知りたいことも、あった〉
「知りたいこと?」
〈うん、最近この森で、変な人間がいる。あなたではない、また別の人間〉
「……それがどうかしたのか?」
ティルテは自分も変な人間扱いだったことに少し不満を抱きつつも、話の腰を折らないために尋ね返す。
〈……その人間は、おそらく、封印を解くつもり。だか、止めなきゃいけない〉
「封印? なんの? それが解かれるとどうなる?」
〈この森に封印されている、魔物……。とても強い、だから、それが解かれると困る。……森も焼かれ、人も、一杯死ぬ〉
「分かった。その人間は俺が止めよう。特徴とかはあるか?」
人が死ぬ、その言葉を聞いた瞬間ティルテは即決する。この森から一番近いのは『クローツェペリンの街』、一番被害を受けるのもそこだろう。
シーナ、ヴァレット、ミハイル、ゼファー、アリサ、受付嬢……セルシアの6人の顔を思い浮かべる。彼らが住む場所を守らないなど、今のティルテにはあり得ない行動だ。
〈見た目は、黒いマントを被っていて、よく分からない。でも、男性だとは分かった。……その人間も、とても強い。さすがに、あなたほどではないが……〉
「それが知れれば十分だ」
見た目に関しては怪しい以外の特徴は無い。しかし実力に関しては己が上回っていることが分かれば十分だろう。
〈そう……なら、頑張って。信じてる〉
「そうか……。そうだ、一つ聞きたいことがある」
〈なぁに?〉
「……お前は【神界】へと至る道を知っているか?」
真剣な顔で無表情な〈森精霊〉へとティルテは尋ねる。何故そんなことを尋ねるのだろう? と普通の人は思うだろう。
思えばティルテはおかしい。何故【唯一神】の名前を尋ねたのだ? 何故【堕天使】であるミリアンをメイドにしているのだ? など疑問に思うことは多い。
〈……残念だけど、知らない。……でも、神に関することなら、一つ知ってる〉
しかし〈森精霊〉は己の〈精霊眼〉から得られた情報で、ティルテの正体をある程度察していた。しかしそれでも分からないことはある。
だが、今の〈森精霊〉にとってそんなことはどうでも良いこと。重要なのはティルテが力を貸してくれるかどうか、それだけだ。
「それは?」
〈……この森に封印されている魔物……それは、かつて【神獣】……そう呼ばれた、魔物〉
【神獣】。それは神と認められるために必要な要素である神格を持っているかどうかで決まる。その【神獣】が、この地に封印されていると彼女は言った。
「……なるほど……だからこの森の魔力が濃いのか」
〈うん、私がいるのも、あると思うけど……〉
「情報感謝する……じゃあな」
〈うん。また、会いに来て〉
ティルテが去ろうとすると、〈森精霊〉はその小さな手を振ってそう言う。
「気が向いたら」
ティルテは〈森精霊〉にそう告げてその場を離れた。
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