36話〜2人の祝賀会〜

 ゲラーデルとルナはCランク冒険者としてギルドカードを書き換えて貰った後、ティルテにお前たちに用があると誘われて付いて来た。その頃には手続きなどで日は沈み始め、夕方になっていた。



「……ティルテさん、僕たちは負けたはずなんだが?」



「そうなのです。なのになんで……ティルテが泊まっている宿屋に来てるです?」



 そう、2人がティルテに誘われてたどり着いた先は、ヴァレットの父親ケルガーが経営する宿屋だった。



「2人が勝ったら好きなだけ奢ると言った」


「その通りです。でも私たちは……負けたです」



 ティルテが2人と約束した事を言い出す。ルナもそれに同意しつつ、達成できなかったことを悔しそうに呟いた。



「そう、負けたな。……つまり、|好きなだけ奢る(・・・・・・・)ことはない。だが、それとは別に昇級祝いだ。三品まで奢ってやる」


「っ!? それ、本当です?」



 ティルテの言葉にルナが反応する。側から聞けば屁理屈にも聞こえるかもしれないが、ルナはティルテのその行動が何よりも嬉しかった。

 彼女に負けたのに奢られるのか、と言った卑屈な精神は持ち合わせていなかった。



「あぁ」


(それ、ほとんど好きなだけ奢ると変わらないのでは……?)



 ゲラーデルも同様で、ティルテの照れ隠しのような行動に苦笑いしつつそんなことを考えていた。



「ティルテ、ありがとうですっ!」


「感謝するよ、ティルテさん」


「そう言ってくれると助かる。それじゃあ入ろう」



 2人から告げられる、今日何度目かも分からないお礼にむしろ申し訳なさを感じつつも、そう返して3人は宿へと入っていった。



「いらっしゃ……ってティルテさんですか。それじゃあお帰りなさいですね! あれ、そちらのお二人はどちら様ですか?」



 宿に入るといつも通り早速ヴァレットが出迎えから始まる。今回は普段いないゲラーデルとルナが居たので、ティルテが少しだけ説明をする。ただの冒険者仲間だと。


 その後席に案内され、俺とルナが隣、ルナの前にゲラーデルが座る形となった。ヴァレットにそれぞれが注文をし、改めて周りを見渡すといつも通り人も入っており、繁盛しているのがよく分かる。



「ルナ、どうしたんだ?」


「別になんでもないのです……ふんっ」


(……? …………?)



 ティルテはルナの様子が若干不機嫌そうに見えたので尋ねるが、彼女本人は何もないと告げる。ゲラーデルの方を見るが、両手を上げて首を傾げるポーズを取ったことから彼も何も分からないらしい。



「ティル! おかえりなさいっ」


「おかえりシーナ、元気にしてたか?」



 するとシーナが宿の奥から現れ、笑顔で挨拶をしながら何事もないようにティルテの膝の上に座る。



「ティルテさん、その子は?」


「名をシーナ、俺が育ててる」


「えぇ!? ティルテがその子をです!?」


「そうだ」



 ティルテがゲラーデルの質問に答えると、何故かルナがとても驚いていた。



「……もしかしてティルテの子供ーー」


「いきなりそこに飛ぶか。当然違う……まぁ、事情があるんだ」


「っ……了解だティルテさん、それ以上は何も聞かない。シーナちゃんと言ったね、僕の名前はゲラーデル、いずれ最強になる男さ」



 ルナはみんなとは違う感性なのか、いきなりシーナの事を子供なんて言うおかしい反応を見せる。

 しかしティルテの言葉にゲラーデルは違和感を感じつつも、何事もなかったかのように自己紹介をする。



「ゲラーデルさん……最強って、ティルよりも……?」


「ぐふっ、痛いところを突くねぇ。だが、答えは『はい』だ。いずれティルテさんも超えてみせるさ」



 シーナは純粋な瞳でゲラーデルを見つめながら、結構えげつない質問をする。だがゲラーデルは本人がその場にいながらも圧倒的な向上心を見せて見せた。



「ティルは負けないよっ、だって最強だもんっ!」


「ふふ、なるほどティルテさん、これからはライバルだね」


「そうだな。負けんぞ?」



 だがシーナは頬を膨らませて怒り、ゲラーデルに反論する。それを見たゲラーデルはティルテにライバル宣言をする事で決着をつける。

 シーナ自体はあまり納得はしていなかったが、これが一番いい終わり方だろう。



「……と、とりあえず私も自己紹介をするのです。ルナです。よろしくです」


「うんっ、よろしくルナ|ちゃん(・・・)」



 ルナも慌てて自己紹介をするが、なんとシーナはルナをちゃん付けしたのだ。まぁ、そうする理由もある程度は察しがつくだろう。



(シーナ、なんだか天然毒舌になってないか? ミリアンの人に対する口は確か悪かったが、それが当たった可能性も……。もう少し一緒にいる時間を増やそう)



 ティルテは真剣にそんな事を考えていた。



「……今ちゃん付けしたです!? どう見てもシーナの方が年下なのです! ちゃん付けはやめて欲しいのです!」



 ルナは少しの間口を開けて放心していたが、慌てて否定する。その勢いはティルテが今まで見た中で断トツの一番だった。



「うん。ルナ……お姉ちゃん?」


「疑問系です!?」


「シーナ、ルナも一応歳は上だ。付けてあげなさい」


「ティルがそう言うなら……ルナお姉ちゃん」


「……もう良いのです。どうせ私は子供っぽいのです」



 ルナはティルテの『一応』とシーナの言葉にいじけながら涙を浮かべていた。

 だが、その涙はティルテの修行を受けていた時の同じ種類だと直感で感じたティルテは無視を……それはさすがにせず、すっとハンカチを渡した。



「ふふふっ、ティルテさんたちの知り合いって本当に個性的な人たちが集まりますよね」


「ヴァレットも含めてな」


「私も含むんですか!? 私普通の町娘兼この宿の看板娘ってだけですよ?」


「身分じゃない。性格の話だ」


「ティルテさんたちの集まりの中じゃ一番マシだと思いますよ〜?」


「……それもそうだな。所でミリアンはどこだ?」



 休憩の時間(ケルガーを脅して無理やり取り付けた)を作ったヴァレットがティルテの前に座りながら会話に混ざる。

 ティルテは一通りの会話を交わし、先ほどから姿の見えないミリアンの所在を尋ねる。



「こちらですティルテ様、遅れて申し訳ございません」


「いや、別に問題はない。それよりも一緒に食べよう」



 すると傍(はた)から見るといつの間にかティルテの後ろに控えていたミリアンが謝る。一方ティルテは驚きもせずにそう言ってルナとは反対方向の隣を進める。



「ではお言葉に甘えて。……あ、失礼を」



 ミリアンはティルテに勧められた席に座ろうとして、自分だけ挨拶をしていない事を思い出したのか再び立ち上がる。そしてメイド服のスカートの裾をちょこんと摘み、頭を下げてこう言った。



「申し遅れました、ティルテ様の1のメイド、ミリアン・フィールベルンと申します。ティルテ様には手取り足取り何からナニまで教えました」



ポカンッ!



「ティルテ様痛いです」


「アホなことを抜かすな。ミリアン・フィールベルン、俺のメイド、色々合って10日前に再会したばかりなんだ、よろしく頼む」



 ティルテがミリアンの頭を殴った。まるでギャグ漫画のようなタンコブを作ったミリアンは頭を押さえ、涙を浮かべていた。

 それをティルテは思いっきり無視して簡潔、そして面倒臭そうに説明した。



「ふむ……了解したよティルテさん」


「……分かったのです」



 ゲラーデルは苦笑いしながら、ルナは目を丸くしながら空返事をした。それから料理が運ばれてくるまでの間は、主にティルテの修行に対する愚痴を、特にルナが話していた。



「ささぁ、どうぞ! 我が宿自慢の料理です!」



 ヴァレットがそう言いながら運んめくる料理の数々。この宿の常連組はいつも通りのを。ゲラーデルは2品、ルナは3品料理を頼んでいた。



「お、美味しいのですっ!」


「……本当だ、美味しい。さすがはティルテさんが拠点にするだけのことはある」


「当たり前だ、この宿を決めた理由は料理だぞ?」


「えぇ!? そうだったんですか!?」


「言わなかったか?」


「聞いてませんよ!?」


「うまうま〜っ」


「シーナ、お口にソースが」



 こんな時が宿で小一時間ほど続いた。騒がしいのはどっちかと言えば嫌いなティルテだが、今の時間がずっと続いて欲しい、彼にはそう思える時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る