35話〜昇級試験ルナ、ゲラーデルVSゼファー、アリサ《後編》〜
「ゲラーデル、今度は私が先に出るのです」
「危険じゃないかな?」
「ティルテから投げられるスライムジェルに比べたら、あの2人の攻撃ぐらい楽勝……のはずです。……行くです!」
ルナが先ほどの失敗を取り返そうと、自身の動きの俊敏性を生かした特攻を仕掛けようと進言する。
ゲラーデルはそれを危険と判断するが、ルナは自信ありげに突っ込んでいった。その後ろにゲラーデルが続く形となる。
「《炎弾》〜!」
「遅いのですっ!」
アリサが《炎弾》を飛ばすが、ルナが俊敏な動きでそれらを回避して間合いを詰める。
「いくらなんでも魔術師が自分から間合いを詰めるなんてなっ!」
ゼファーがそう言いながら大剣を振りかぶりルナに向けて放つ。それはルナの回避すらも予測し、どのみち絶対に攻撃が当たる一撃だった。
「《身体強化》です!」
「なっ!?」
「そして《魔力纏》です!」
「嘘〜?」
その直前にルナが自身に《身体強化》の魔術を掛けることで動きが加速し、ゼファーの大剣をギリギリで避ける。
そのまま自身の杖に《魔力纏》の魔術を使い、後ろにいるアリサに向けて杖で殴りかかった。
《魔力纏》の魔術は比較的簡単だ。ただ己の魔力を物体などに纏わせて、物理的に強化させる、ただそれだけの物。
「はぁっ!」
そして大剣を振りかぶり体勢を崩したゼファーに、いつの間にか盾を手放し動きが良くなったゲラーデルが片手剣で襲い掛かる。
ここにゲラーデルVSゼファー、ルナVSアリサの構図が完成した。
***
「魔術師が〜、杖術なんてね〜」
「ティルテに教えてもらったのです! 魔術師だからって近接戦ができないわけじゃないです!」
ルナがそう言いながら魔力を纏わせた杖でアリサに向けて殴り掛かる。だが、アリサがその程度を予測、そして対処できないはずないだろう。
「《身体強化》〜、《魔力纏》〜」
軽やかにその一撃を避け、自身に同じく《身体強化》と《魔力纏》の魔術を纏わせる。
そしてルナの杖術に対処しようと振り上げた瞬間、|2つ(・・)の魔法陣が現れ、アリサに向けて《岩弾》が一つ発射された。
「近接戦を挑んだからと言って、魔術を使わないとは言ってないです!」
「くっ!」
「貰ったのです!」
ルナが放った《岩弾》をアリサはなんとか強化した杖で打ち砕く。その破片が砕け散る最中、ルナがアリサに向けて特攻を再び仕掛ける。
こんな近距離では魔術は自身を巻き込む可能性がある。だが《岩弾》を破壊するために体勢を崩したアリサにはルナの一撃を防ぐ事はできない……はずだった。
「うん、もう分かった〜。《氷柱》〜」
「ふぇ?」
アリサが笑いながらそう言った瞬間、《氷柱》の魔術が発動する。《氷柱》はルナ……ではなくアリサに向けて放たれ、アリサはその先端に足を掛けて無理やりルナの攻撃を回避した。
「《雷槍》〜」
そして上に飛び上がったアリサが、渾身の一撃をかわされ体勢の崩れたルナに《雷槍》の魔術を放つ。
「なめるな……です!」
しかし、ここでティルテとの修行の経験が活きる。杖をぐるりと回して重心を変え、なんとか《雷槍》の魔術を避けることに成功したのだ。だが……。
「さっきも言ったけど〜、魔術は一発とは限らない〜」
「がっ!?」
アリサの声が聞こえた瞬間、ルナに《氷柱》が放たれた。どこからか? 答えは遠く離れた修練場の壁からだった。
アリサはルナの今までの動きから《雷槍》を避けると信じ、動きと時間を逆算して《氷柱》を壁から放ったのだ。
「《風纏》〜」
ルナはその一撃で軽く空中を舞い、地面を数回転がるようにして倒れた。
そして高く飛び上がったアリサは自身に《風纏》の魔術を使い、ゆっくりと地面に着地した。
ルナVSアリサの勝負は、アリサに軍配が上がった。そして、もう一方も決着がつく。
***
「はあっ!」
ゲラーデルは先ほどまでとは違い身軽になった事で、片手剣を使っての連撃を開始した。
まず右上斜め斬りを放ち、それを防がれた直後に左下斜め斬りを繰り出す。さらにまっすぐ直線の軌道を描(えが)く一撃を放つ。
これにはゼファーも堪らず後ろに下がり間合いを取り直す。
「お前のその剣……なんかティルテが混じってねぇか?」
「正解だよ。僕はティルテさんの剣撃を一番受けている。彼の剣術を僕なりにアレンジして盗んだのさ」
ゲラーデルは自身を最強など言っているが、彼は自分が天才でもなんでもない凡人だと知っている。
だから彼は誰よりも努力をした。そして相手をよく見た。結果、付け焼き刃だが己の剣にティルテの剣を組み込むことができたのだ。
「なるほどなるほど、でも一つ聞きてぇことがある。なんで俺を無視してアリサを2人がかりで狙わなかったんだ?」
「アリサさんを倒そうとするのをゼファーさんは黙って見ているほどお人好しじゃないと思うんだけど? むしろあなたから目を離す方が危険だと判断した……これが一つ目の理由さ」
「へぇ、もう一つは?」
「……ティルテさんには悪いけど、僕たちはやっぱり一対一の方が性に合ってるんだ!」
ゲラーデルはそう言ってゼファーに向かっていった。
(ゲラーデル、別に無理にパーティを作る必要はない。俺はただお前の認識を改め、戦術の幅を増やしただけだ。使うかどうかはお前が判断すれば良い)
それを遠くから聞いていたティルテはそんな風に考えていた。無論教えがあまり使われなかったのは残念だが。それにティルテは知っている。
「一対一が性に合っているからと言って、一対一だけをやるつもりはないよ」
「ちっ!」
「終わりだっ!」
そう言った直後、ルナがいる方向から《岩弾》がゼファーに向けて放たれた。それに気づいたゼファーはとっさに大剣で《岩弾》を受けるが、ゲラーデルに致命的な隙を見せてしまう。
ゲラーデルは片手剣を持った腕を手元に引き寄せ、そのまま槍のように突く。
「……よし、だいたい分かった」
ゼファーはそう呟くと同時に大剣を手放し、手元から小さな短剣を取り出す。そしてゲラーデルの一撃をその短剣で受け流した。
そのままゲラーデルの腕をなぞるような軌道を通り、首元へと刃を持っていく。
実践ならそのまま首を斬られて終わり……つまり、ゲラーデルVSゼファーの勝負はゼファーの勝ちで幕を下ろした。
「っ……!?」
「一つぐらい奥の手は隠し持っておく物だぜ? あと意外性もあった方が良いな」
呆然とするゲラーデルにゼファーはそんなアドバイスを告げた。
「そこまで。これにて試験を終了する」
ハイゼの宣言によって試験は終了した。ティルテはその宣言を聞くと同時にルナのもとに駆け出し、脈を取る。
「安心して〜、気絶してるだけ〜」
「いや、アリサならそれぐらいできるのは知っている。だが、それとこれとは別だ。《回復》」
アリサがティルテの心配する表情を安心させようとそう告げるが、ティルテはアリサに罪悪感を覚えさせないようにそう言い、《回復》の魔術を掛ける。
「う、ん? ……ティルテ……?」
「無事か?」
「……私、たしか……あ、負けたのです?」
ゆっくりと目を覚ましたルナが目の前にいるティルテの名前を呼び、それから何があったのかを思い出す。
「そうだな」
「そう、なのですか……。……うぅ、ぐやしい……ですっ。……がでなかっだですっ……」
ルナはティルテに勝てと言われ、返事をしたにも関わらず勝てなかった自分を責める。
「……今回はそうだな。なら今回の敗北を糧に次勝てば良い。お前にはそのチャンスも、そうできる才能もある」
「はい……です」
「……ん」
しかしティルテはそんなルナを抱き寄せて背中を撫でてそう言った。ルナも自然とティルテを求めて服を引っ張る。
しばらくしてティルテはルナから離れると、ヴァレットにしつこく言われて持っていたハンカチをポケットから出してルナに渡す。
「ずずぅ……。あ、ありがとなのです……。なんでティルテ、ハンカチなんて持ち歩いてるです?」
鼻をかんだルナはお礼を言い、ティルテがハンカチを持ち歩いていることが意外だったのだろう、そんなことを尋ねた。
ちなみにハンカチはルナの魔術で綺麗になっていた。
「ふむ……こういう時のためだろうな」
ティルテはヴァレットに内心でお礼を言いながらそう答えた。
「っ!? ……そ、そうです? ならありがとうなのです」
ルナは頬を染めながら、恥ずかしそうにお礼を告げる。
「お〜い、ティルテさん、僕にも《治癒》をーー」
「馬鹿野郎! 今めちゃくちゃ良い雰囲気なんだから空気読めよ!」
「ゲラーデル君〜、後でお仕置き〜」
「え? え?」
そこに空気を読まずにゲラーデルが現れるが、ゼファーとアリサに引っ張られて説教をされていた。特にアリサが怒っていた。
「立てるか?」
「ば、馬鹿にすんなです!」
ルナは顔を赤くしながらスッと立ち上がる。そしてティルテとは反対方向の方を向き、両手で頬をムニムニと触りながら緩むのを抑えていた。
「ゲラーデルも、《治癒》」
「すまないね、ティルテさん」
仮にもゼファーの大剣を受けたのだ。見た目にはないダメージをティルテは《回復》よりも劣る《治癒》で治す。別に手抜きではない。相応な傷の程度だ。
「いや〜、素晴らしい戦いだったよ」
ハイゼがパチパチと拍手をしながら近づいてくる。
「それでハイゼさん、試験の結果は?」
ゲラーデルが真剣な表情で尋ねる。ゲラーデルもルナも負けたのだ。勝ったなら確実に合格だと分かる。しかしそうではないので心配なのだろう。
「ふむ、私の目から見て、君たちはCランクの実力はあると考えているよ。2人はどうかな?」
ハイゼ、それとティルテの言っている冒険者としての実力は戦闘能力だけではない。
他にもコミュニケーション力、状況判断力、実績、素行など様々な要素を総合的に判断したのが、冒険者としての実力を指している。
ちなみにティルテのコミニュケーション力は低いと判断されているが、最低限話せることと常識がある、それ以外が恐ろしく高いことからハイゼの一声でBランク冒険者としてやっている。
まぁ、ギルド長の一声さえあればCランク冒険者にまではなること自体は可能だが。
「俺の大剣を受け止めれる時点でほぼ確定だろ」
「魔術師ながらちゃんと杖術も使えるし〜、応用もちゃんと効いてた〜。ゼファーの大剣も避けるし〜、問題はない〜、合格〜」
ハイゼは2人共に、ゼファーはゲラーデルを、アリサはルナを高く評価する。つまり……。
「だそうだ。君たち2人に、Cランク冒険者へ昇格させよう」
ハイゼが正式にゲラーデルとルナをCランク冒険者と認定した。
「……〜〜〜っ!!!」
ゲラーデルは感極まったとばかりに両手を握りしめ、片方の手を上げてガッツポーズをする。
「……〜〜っ! ティルテ! やったのです!」
ルナも目を輝かせて両手をブンブンと上下に振り、ティルテの元へと駆け寄り笑顔を浮かべてそう言う。
「お前たちが頑張ったお陰だ」
「いや、ティルテさんがいなければ、きっと僕たちは受からなかっただろう。……ありがとう」
「ありがとうなのですっ!」
ティルテはルナの言葉に謙遜するが、ゲラーデル自身が否定してお礼を言う。それに続くようにルナもお礼を言う。
「……あぁ、こちらこそ。そしてお疲れさん」
ティルテは珍しく微笑みながら、2人に労いの言葉をかけた。
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