34話〜昇級試験ルナ、ゲラーデルVSゼファー、アリサ《前編》〜

 そしてハイゼとの約束の10日目。冒険者ギルドの裏の修練場にはギルド長であるハイゼ。試験官であるゼファー、アリサの2人。

 そして挑戦者であるゲラーデルとルナの2人。それに特別な見物人としてティルテの合計6人がその場に居合わせる。



「まずはティルテ君、今日までご苦労だったね。心から感謝するよ」


「そう言うのはあいつらの実力を見てからにしてくれ」


(お、おいティルテさん、相手は元Sランク冒険者のハイゼさんだよ? ……はっ、そんな心構えじゃダメだ。僕もいずれあぁなるのだから!)



  ティルテの元にハイゼが近寄り喋りかけてきたが、ティルテ自身は興味なさげに軽く受け答えをする。

 ゲラーデルは2人の会話を内心怯えつつ、表面上は何事も問題ないかのように眺めていた。



「君ほどの人間が今日で大丈夫だと言うんだ。疑う方が失礼さ」


「お褒めに預かり光栄だ。さっさと始めないか?」


(ティルテのやつ、幾ら何でも無礼すぎじゃないか、です? ……って、自分のこと言えねぇです)



 ルナもそんなことを思いつつも、自分のティルテに対する態度を思い出して考え直す。



「ようティルテ、お前があいつらを育てたんだろ? 昨日は楽しみすぎて寝れなかったぜ!」


「昼間からお酒飲んで〜、寝てたからでしょ〜?」


「ばっか、そう言うのは黙っとけよ」



 ゼファーがティルテに話しかける。しかしそれにアリサが反応し、相変わらずそんな会話を始めだした。



「一つ忠告だゼファー、俺の時みたいに油断してると……負けるぞ?」


「へぇ、そいつは楽しみだ。安心しろよティルテ。お前が育てたんだ、油断なんてする訳ねぇ」



 ティルテから真剣な顔で告げられる言葉に、ゼファーもニヤリと口元を緩めるとそう返す。



「ゼファーも〜、一応前回から学んだ〜」


「うるっせぇよアリサ! まるで何も学ばないのが普通みたいな言い方しやがって!」


「違うのか?」


「お前まで乗ってくんじゃねぇよティルテ!?」



 ティルテとアリサのゼファーいじりを見ていたゲラーデルとルナも、それには微笑してしまった。

 それを横目で確認したティルテは、ゼファーたちに一言断りその場を離れ2人の元へと向かう。



「よう、昨日は休めて……ゲラーデル、お前……」


「な、何のことかなティルテさん……?」



 普段とは違い明らかに疲れが見えるゲラーデルに、ティルテは静かに怒りを覚える。



「《治癒》……次は無いぞ?」


「あ、あはは、ありがとう」



 しかし彼らが己の実力を疑うのも無理はないだろうと思い直し、《治癒》の魔術を掛けてそう告げる。ゲラーデルはビビりながらもお礼を言った。



「ゲラーデルはこれだからだめなのです。ちゃんとティルテの言う通りにせずに疲労を残すなんて馬鹿のすることです」


「ほう、ルナの口から俺の言うことを聞くように、なんて言葉が出てくるとはな」


「っ!? べ、別にそんな昔のことを引っ張り出してくんなです! 私はあの時とは違うのです!」



 ルナがゲラーデルに勝った、みたいなドヤ顔を浮かべるので、ティルテは彼女の痛いところをつく。

 案の定、ルナは動揺してあの黒歴史のような態度とは違うとアピールをする。



「ふむ、ティルテ君も打ち解けて仲良くなったようだね。最初とは大違いだ」


「……否定はしない。だがそれは俺だけでなく、2人もだ」



 ハイゼが再び話しかけてくる。その眼は俺たち3人を見て笑っていた。ティルテも彼の思惑通りに進み、それが案外悪く無いと思っている。



「そのようだね。……それじゃあ長くなったけど、試験を始めようか」


「へっ、やっとかよ」


「そっちのルナちゃん〜? は楽しみ〜。精一杯〜、がんばろ〜ね〜」



 ハイゼの宣言にゼファーとアリサの体から圧が発せられる。ティルテの時には出してなかったものだ。きちんとティルテの言葉を信じ、本気を出すと言う合図みたいなものだろう。

 その圧にゲラーデルとルナが反射的にビクリと肩を震わせる。



「安心しろゲラーデル、お前ならゼファーの攻撃にも耐えられる。ルナも、立ち回りや俊敏性なら9日頑張ったお前も負けてない。自信を持て。……勝ってこい」


「……任せたまえ!」


「……了解です!」



 ティルテが2人の肩を持ち、最後の最後まで安心させるように笑顔を浮かべてそう言う。2人はニッと笑い、いつもの元気な声で返す。



「……さて、お互い準備できたようだね。それでは……始めっ!」



 ゼファーが大剣を、ゲラーデルが片手剣と盾を、アリサとルナが色違いの魔石を埋め込んだ杖をそれぞれ構える。それを見たハイゼの合図で実戦、つまり昇級試験が始まった。



「はっ、自分が突っ込んでくるとはな!」



 ゼファーが楽しそうにそう声を出す。何故なら開始の合図とともにゲラーデル、その背後に続くようにルナがゼファーたちに向かって走り出したからだ。

 逆にアリサはゼファーを盾のようにして背後に下がっていた。



「まずは先制かな〜、《氷弾》〜!」



 アリサがそう言い、《氷弾》の魔術を使う。空中で鋭く尖った氷の弾が現れ、それがゲラーデルに向けて放たれた。



「《炎弾》です!」



 アリサの攻撃をルナが打ち消すように《炎弾》の魔術を発射。お互いの魔術が打ち消し合い、結果はゲラーデルとゼファーとの距離が縮まるだけだった。



「食らえっ!」



 その後ゼファーはゲラーデルの真っ直ぐ迫りくる動きを見極め、大剣を右肩に乗せるように構える。

そしてゲラーデルがゼファーの大剣の射程圏内に入った瞬間、右上からの斜め斬りを放とうと力を加える。



「甘いよ」


「そっちがなっ!」



 ゲラーデルはそれを見た瞬間に盾を自身の左に構え、ゼファーの大剣を防ごうとする。

 だがそれを見たゼファーは力を抜き逆の方向、つまりは左側に体をぐるりと回して大剣を振りかぶる。

 ゲラーデルの盾は反対方向。つまりゼファーから放たれる左斜め斬りを防ぐ方法はない。だが……。



「僕は言ったよ、甘いと」



 ゲラーデルはそう言って盾を自身の右側に構え直し、ゼファーの一撃を防げるようにしたのだ。

 盾は重い。しかもゼファーの一撃は並の魔物の一撃を上回る強さだろう。それをきちんと受けるためには一度決めた行動を変えることは難しい。


 つまりゲラーデルが最初に左に構えた盾はブラフだったのだ。ゼファーはティルテの忠告通りに侮らず、ゲラーデルなら己が自身の一撃を見極め正確に盾を構えると信じた。

 それを越えようと逆側からの攻撃を放ったが、ゲラーデルはそれすらも読み……いや、誘導したのだ。


 これはティルテとの修行の経験が生きている証拠だろう。以前の彼ならこんなことは絶対にできなかったのだから。

 結果、ゼファーのフェイントからの左斜め斬りはゲラーデルに見事受け止められる。



「ちっ!」


「ふっ、僕にばかり気を取られて良いのかな?」



 自分の予想を超えた動きを見せるゲラーデルにゼファーが悔しそうに声を漏らす。しかしゲラーデルも盾で受け止めたとはいえゼファーの一撃を受けたのだ。それなりのダメージは通っているだろう。

 しかし、彼は余裕そうな顔を見せて同じく余裕そうに忠告する。



「貰ったのです!」



 硬直するゲラーデルとゼファー。そのゲラーデルの後ろから飛び出し、横に移動したルナが魔術でゼファーに攻撃を仕掛けようとする。



「それは〜、こっちのセリフ〜、《風弾》〜!」



 だが、それを許すほどアリサは無能ではない。即座に視界で捉えにくい《風弾》の魔術を放ち、ルナがそれに気づき後ろに下がって回避する。

つまりルナの魔術を中断せざる終えないように誘導したのだ。だが、アリサの攻撃はそれだけに止まらない。



「詠唱が一回だからって〜、魔術も一回って認識は甘いよ〜」


「ぐぅっ!?」



 アリサがルナにそう言う。その直後、後ろに下がって《風弾》を避けたはずのルナを、先ほどとは別の《風弾》が襲った。

 アリサは彼女が避けた場合を考え、その位置にも時間差で《風弾》を放っておいたのだ。



「ルナっ!」


「油断大敵だぜ?」


「ぐっ!」



 《風弾》の直撃したルナにゲラーデルが名前を叫ぶ。しかしその一瞬の隙をゼファーは見逃さず、硬直状態からゲラーデルの腹に蹴りを入れる。

しかしゲラーデルもとっさに後ろに地面を蹴り、その反動でゼファーの蹴りの威力を軽減させていた。

 そしてすかさずルナの方へと駆け寄り、守るように盾を構える。



「無事かい?」


「《治癒》……。だ、大丈夫なのです。すまないです」


「いや、盾を持つものとして当然のことだよ。それに向こうを相手に善戦できているだけマシだと僕は考えてもいる。前までなら各個撃破されるのがオチだったが……ティルテさんの教えのおかげかな?」



 ルナが怪我を《治癒》の魔術で治して、なんとゲラーデルに謝ったのだ。それに対してゲラーデルも今の攻防を振り返りつつ、自身の成長を改めて感じていた。

 一方ゼファーたちに追撃の意思はなく、アリサとの合流を優先したようだった。



(盾の扱いは合格だな。あとは剣の腕前だ)


(へぇ、《治癒》の魔術使えるんだ〜。私使えないから良いな〜。でも今のところ、ルナちゃんは魔術を食らっただけ〜。ここからどう盛り返すのかな〜?)



 ゼファーたちはそんなことを考えながら試験をしていたのだ。そして現在、ルナは残念ながらCランク相当の実力を見せられていない。



「ルナ、行けるかな?」


「当たり前です! 今度はこっちの番です!」



 こうして第二ラウンドが始まった。

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