33話〜再戦、そして昇級試験前日〜
ティルテが2人と顔を合わせたのを1日目として、今日は9日目。ハイゼが言っていた最低10日間の話は明日で終わりだ。
そして『ニンギュル平原』に3人は集まっていた。ゲラーデルとルナの表情は最初に出会った時とは比べ物にならない。
「さて、お前たちには8日間優しく丁寧にいろいろ教えたが……」
(丁寧に? いったいどこがだ?)
(どこがです? こいつ頭沸いてるんじゃないですか?)
ティルテが喋っている途中で2人はそんなことを考え
ていた。ティルテからすれば己が守るので命の危険はあって無いようなものだが、2人からすれば自殺行為もいい所だろう。
「明日、ギルドの決闘場にて実技の能力確認を行う。そこでCランク冒険者程度の実力があれば、この訓練も終わりだ」
その言葉に2人は顔を綻ばせる。実力を見せればこの地獄も終わりだと言われた嬉しさからだろう。
「そして対戦する相手だが……ゼファーとアリサだ」
「っ!?」
「マジです?」
だが、2人の対戦相手は最悪だろう。何しろこの街最強のパーティなのだから。ゼファーとアリサ本人たちは「いや、ティルテ1人の方が強いだろ(よね〜)……」と言いそうだが。
「パーティ構成も何もかもがそっくりだからな。違うのはゼファーとゲラーデルが攻撃寄りが防御寄り程度の誤差。試すには格好の的だ」
「か、勝てるわけないです!」
ルナが大声でそう言う。それも仕方がない。相手はAランクとBランクの冒険者。それに対して自分たちは共にEランク冒険者なのだから。
「はぁ? 俺は勝てるように訓練をしたつもりはない。Cランク冒険者として一切の問題がないレベルにまで、実力を引き上げただけだ。勝てなくてもそれは仕方がない。……だが、負けるつまりもないぞ?」
ティルテはゲラーデルたちが絶対にゼファーたちに勝てるとは思っていない。しかし可能性はあると思っている。
彼ら2人は戦闘能力だけならば既にCランク相当だったのだ。ティルテによる実力の底上げによって、2人の実力は桁違いに上がっていた。2人はそれに気付いていないが。
「……分かった、この僕に任せたまえ!」
「や、やってやるのです下克上!」
2人はそんなティルテからの期待を感じ取ったのだろう。共にやる気を出し始める。
「……さて、それじゃあその前哨戦として今から俺と戦ってもらおう」
「え?」
「ふぇ?」
「お前たちの力を全て俺にぶつけてみろ。俺に勝てたなら、お前たちは確実にゼファーたちにも勝てる」
2人のティルテとの再戦が始まった。
***
「……ぐっ」
「……ぎゃふん」
結果を言えば2人はティルテに負けた。だがティルテは最初に前回と同様に動いて見せたが、ゲラーデルとルナはその動きに見事対応して見せた。
それどころか様々な反撃を繰り出すほどまでに成長した。
「……ふむ、勝てるかどうかはわからんが、いい線までは行くだろう。今までよく頑張ったな」
ティルテは本気のゼファーとアリサと戦ったことはない。しかし目の前の2人があの2人に劣っているとはあまり考えつかなかった。
故に2人にはさらに自信をつけさせるために褒める。その際、ゲラーデルには肩に、ルナには頭に手を置いた。
「ひゃうっ!?」
ルナの頭をシーナの時と同様に撫でているとそんな変な声を漏らす。しかし彼女も満更ではない顔をし、目を細めて堪能していた。
「ふ、ふふ。これだけ圧勝しておいて、本当なのかい?」
ゲラーデルもティルテからの優しい対応に嬉しさと同様を隠せず、しかし口だけはいつも通り冷静を装っている(つもり)だ。
「俺は嘘はつかん」
ティルテは片方の手を動かしながらそう答える。ゲラーデルもその回答を嬉しそうにニマニマと口を綻ばせて受け止めていた。
「……って、いつまで撫でやがるです!?」
ルナがハッと我を取り戻したようなティルテの腕から逃れて頭を抑える。
「む……すまない、癖だ」
「……分かったのです」
ティルテの言い分にルナは納得していないような顔をしながらも、頬を赤らめて呟いた。
「それはそうと、明日はやってやるのです。あ……も、もし勝てたら……ご、ご褒美が欲しいのです!」
そしてルナは露骨に話題を逸らすようにティルテに遠慮気味に申し立てをしてきた。その顔は先ほどから紅に染まっている。
「お? それなら僕も欲しいかな」
ゲラーデルもルナの案に乗っかかる。
「褒美……? いくら出せばいい?」
「お、お金じゃねぇのです!!!」
ティルテが袋から金貨を数枚取り出そうとするジェスチャーをすると、ルナが大声で否定する。
「そうだね……飯でも奢ってくれると嬉しいよ」
「分かった。俺の泊まっている宿の飯を好きなだけ奢ってやろう」
ゲラーデルの案で、ヴァレットの宿の料理を好きなだけティルテが奢ることとなった。これを機に2人ともお得意様になれば良いなと、ティルテは考えていた。
「ふっふっふっ、後悔しないでくれよ」
「一番高いのいっぱい頼んでやるです!」
「……ちゃんと食えよ?」
2人の異様なやる気の出し具合にティルテが少しだけ呆れつつも微かな笑みを浮かべた。そして明日に疲れを残さないよう、この日はすぐに解散となった。
***
僕の名前はゲラーデル。この9日間は思い出したくもない。ティルテさんはなぜあんな残虐なことができるのだろうか?
まぁそれは良い。僕は確かにティルテさんの元で頑張った。それでも本当に強くなったのだろうか?
ティルテさんはあまり実践での戦いを重視していなかった。逆に自分で考える頭や立ち回りを色々教えられた。
ティルテさんはこう言っていた。「お前たちの戦闘能力は既に高い。だが、それではCランク相当の実力がついたとは言えない」と。
よく分からないが、強さだけが全てじゃないと言いたかったのだろう。彼は僕たちにとって足りないのは心構えだとも言っていたのだから。
それでも……僕は今の自分の実力がどれほど上がっているのか、まず本当に上がっているのか信じられない。
無論、9日間の頑張りや努力が無駄だとは言わない。しかし、気になることは気になるのだ。
ティルテさんの目を盗み、僕は再び『ニンギュル平原』に来ていた。何か手っ取り早い相手は居ないのだろうか?
そうやって探していると、3匹のニンギュル狼を見つける。彼らは僕を見つけると遠吠えを上げて向かってきた。
ランクは群れだとEランク。つまり今の僕と同じと言うことだ。
しかしランクは同じでも侮ってはいけない。魔物の討伐ランクは冒険者の同ランク3人分と考えられている。つまりは僕が3人いて同等とされているのだ。
今までも見つけたことあるが、僕は一度も戦ったことはない。絶対に勝てないとは言えないが、おそらくなんらかの怪我は絶対に負うと感じていた。
でも今は違う。ティルテさんの修行で見た魔物はニンギュル狼みたいな獣よりも全然怖いし、なんならティルテさんの方が怖い。……何も恐れることはない!
「さぁ来たまえ! そして僕の贄となるが良い!」
いつも通り己を鼓舞して心構えを作る。そして盾を前で構えて、片手剣をその後ろで構える。ニンギュル狼はこちらに向かってくる。
……何かがおかしい。仮にも群れなのだ。こちらが盾を前に構えて以上、左右に分かれての攻撃をしてくるもんだと思っていた。
それなのにただ本当に数の暴力で真っ直ぐ向かってくるだけだと……?
「っ!? 仲間がいる!」
そう思った瞬間、左右かもニンギュル狼が現れた。なるほど、先ほどの遠吠えは仲間を呼ぶためのものか。
「これは……怪我を想定しなくてはな」
そう言ってゲラーデルは目の前のニンギュル狼へと駆け出していった。飛びかかる1匹のニンギュル狼に向けて盾によるシールドバッシュを放つ。
続けて左に回り込んだニンギュル狼に片手剣での一撃。即座に振り返り、右に回り込んでいた1匹に、先ほどの一撃から繋げての斜め斬り。
最後にシールドバッシュをして倒れているニンギュル狼の首に向けて片手剣を刺し込み、最初の3匹を倒し終わる。
「……ふふ、すごい、すごい成長している! 戦闘能力はあまり鍛えていなかったから疑ってはいたが……」
なるほど、味方を意識すると言うことは周りを意識すると言うこと。つまりは敵がどこにいるのかをよりきちんと把握しやすい。
さらに修行で高めた、相手のことを考える能力。つまりはニンギュル狼の立場になって考えてみる能力たが、これによって僕がどう狙われるのかを把握しやすい。
「ティルテさんにはお礼を言わなければ。いや、明日勝利することが一番のお礼かな?」
ゲラーデルはニンギュル狼を狩りながらそんな事を呟いていた。
***
あ、危なかったのです。もう少しでティルテに気づかれる所だったのです。つい、嬉しさと気持ち良さで……。
も、もうあんな間違いは二度と犯さないのです! そうじゃないと……離れ離れになってしまうかもしれないです。
私はティルテとゲラーデルと別れ、すぐそばの路地裏に来ていた。
そして顔を赤く染めて……いや、そんな訳ねぇです。……でも、もしかしたらそうかもしれないです。
ゆっくりと両手を薄い胸に当てると、そこから激しく心臓が鼓動を打っているのです。
……おかしいです。一体なんです、この感情は? 普段通りに喋っているだけなのに、ティルテとだけは違うのです。こう、声のトーンが上がって心臓も激しくなるのです。
……って、今はそんな事どうでも良いです。落ち着くのです。ティルテは……多分気付いてないです。
だって普通の人間なら絶対に嫌がるのからです。でも、ティルテはそんな表情してなかったです。だからきっと大丈夫なのです。
私は胸に当てていた手を頭とお尻の上あたりに伸ばす。そして見えない空中で何かを実体のある物を優しく触る仕草をする。
……うん、触られたら絶対に気付くのです。だから反応の無かったティルテは気付いてない。絶対にそうなのです。
「私が銀狐人だってことは、絶対に知られちゃいけないのです」
私は小さく、自分の心に戒めるように呟いた。
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