32話〜ティルテのスパルタ修行〜

 明日から新人育成のクエストを開始することとなったティルテは、太陽も沈み辺りが暗くなったことから宿へと戻ってきていた。



「おぉ! ティルテさん、1ヶ月も経っていないのにもう新人育成のクエストを任されたんですか!?」



 いつも通り真正面と定位置に座ったヴァレットが目を輝かせながら驚く。



「……凄いのか?」



 宿の日替わりで出される食事を腹の中に飲み込んだティルテが尋ねる。



「そりゃあそうですよ。基本的にBランク以上の冒険者しか任されないですからね。それにギルド長から信頼に足ると思われないといけませんし。この街ならゼファーさんとアリサさんぐらいですよ」


「なるほど……。ところでシーナはこっちを向かないんだ?」



 ヴァレットが気前が良さそうに早口で説明する。それだけティルテが凄いと言いたいのだが、当のティルテはその勢いに圧倒されてあまり返しがうまく出来ていなかった。

 そして先ほどから距離はいつも通りながらも、ティルテから顔を背けて合わせようとしないシーナの事情の説明を求めた。



「ティルテ様、シーナは恥ずかしいのですよ」


「ん?」



 いつの間にかシーナに対して様付けを辞めていたミリアンが見かねて理由を言う。ティルテは疑問符を浮かべた。



「今朝の出来事をヴァレット様が嫌と言うほど説明なさったのです。『良いシーナちゃん、キスって言うのは特別な人にしかしちゃいけないんだよ。それこそ家族か結婚する人だけでーー』と」


「ちょおぉぉぉっ!? ミリアンさんそんな事バラさないでくださいよ〜!」


「ふふふふっ」



 ミリアンがその時のヴァレットの声、表情、仕草までをほぼ完璧に再現して話すと、ヴァレット本人が恥ずかしがりながらミリアンを止めようとする。ミリアンはそんなヴァレットの反応を見て面白がっていた。



「……ティル、嫌だった? シーナ、そんなこと知らなくて……」



 するとシーナが申し訳なさそうにティルテに尋ねる。声は震え、表情は固い。



「……全然嫌じゃない。まぁ驚きはしたが……シーナなら別に構わないし、むしろそう思ってもらえて嬉しいぞ」



 ティルテはそっと手を伸ばしてシーナの頭を撫でながらそう答えた。その顔はシーナを安心させるために笑顔を浮かべており、シーナの心は急速に満たされていく。



「ほらねシーナちゃん、ティルテさん嫌がってなかったでしょ?」



 ヴァレットもシーナのことを案じていたのだろう。



「……じゃあ、これからもして良い?」


「え?」


「……まぁ、シーナがしたいのなら別に構わない」


「えぇ!?」


「うんっ」


「えぇぇっ!?」



 シーナとティルテとの会話に、何故かヴァレットがおかしな反応を見せていたが全員が等しく無視をした。


***


「おやすみシーナ」


「うん、ティル、おやすみなさい……ちゅ」



 その日の夜、ベッドに入ったシーナはティルテにキスをして眠りについた。



「さてミリアン、今日一日この街を見てみてどうだった?」



 そして完全に寝静まった深夜、隣の部屋に泊まりながらも現在同じ部屋にいるミリアンに尋ねる。



「そうですね……。ティルテ様の仰った通り、認識が覆されました。まるで私たちと同じ……」


「それは当然だろう」



 ミリアンはシーナやヴァレットと会話をするだけでなく、今日1日この街を見回った。その時に彼女の認識は最初のティルテ同様に覆された。

 それに対して、ティルテは当たり前だと言わんばかりの顔つきをする。



「理屈では理解していても、心では納得できないものですよ?」


「そう言う感情は特に今日、よ〜く思い知らされた」



 ミリアンから頬を膨らませて告げられる言葉に、ティルテはゲラーデルとルナの2人を思い出してそう言った。



「……お前はこの世界で過ごすのに問題はないか?」


「はい。知識は見て回れば問題はありません。それと常識は……失礼ながら、今からティルテ様がお許しをくださるのなら……」



 ミリアンはモジモジと遠慮気味に、目を泳がせながら頬を赤らめ、時折りティルテの方をチラリと見ていた。



「それぐらいは当然だ」



 ティルテはそう言ってベッドに寝転がる。



「いえ、貴方様が私のような下々の者に寛大な処置を下さり感激でございます。謹んで受け取りましょう」



 ミリアンは寝転がるティルテに近づき、そのままお腹辺りに乗りかかる。そして嬉しそうにそんな事を呟いた。



「そうか……では、始めよう」


「はい……」



 ミリアンの顔がティルテの顔へとどんどん近づいていき、そして……。



「どうだ?」


「そ、その……ティルテ様が一兵士である彼を大切に思っていることが伝わりました」


「だろうな」



 ティルテはミリアンに己の記憶を全て流し込むことで、無理やり常識を頭の中にすり込ませた。

肝心の方法だが……あまり、聞かない方がいいだろう。



「ティルテ様、おやすみなさいませ」


「あぁ、また明日」



 ミリアンは恥ずかしさからかすぐに部屋を後にした。ティルテはそんなミリアンを冷めた目で見ていたが、すぐに再びベッドに潜り込んで眠りについた。


***


次の日、ティルテの新人育成が始まって2日目、『ニンギュルの森』にて。



「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


ドドドドドドッッッ!!!



 ゲラーデルの叫び声と魔物の足音が辺りに響いていた。ゲラーデルは普段通りと変わらずに鎧や盾、剣は装備したままだった。



 これはティルテが「スタミナをつける」と言ったからた。そしてその方法だが、魔物を寄せ付ける臭いを放つ、使い捨ての道具をゲラーデルに持たせて魔物たちから走って逃げさせるという物だった。


ゲラーデルが「はぁっ!?」と言ったが反論は許されず、ただ逃げるだけ。魔物への反撃はティルテが塞ぎ許すことはなかった。魔物の攻撃も許すことはなかったが。



「僕なら出来るー! 僕なら出来るーっ! 僕は、最強に、なるんだぁぁぁぁっ!!!」



 ゲラーデルは強がりで己を誇示する。



「ほら、走らないと死ぬぞ?」



 隣を普段通りの軽装で息ひとつ切らさず走るティルテが煽る。

 ゲラーデルは普段通りの装備で魔物から逃げて、そしてティルテも普段通りの装備でゲラーデルから魔物、魔物からゲラーデルへの攻撃を防ぎながら逃げていた。

 ゲラーデルは自分以上に頑張っているティルテが横にいることでやめられない。



「くっそがぁぁぁぁっっっ!!!」



 『ニンギュルの森』にゲラーデルの悲痛な叫びが響いた。



「嫌なのですーーーっ!!!」



 3日目、『ニンギュル平原』にルナの悲鳴が響きわたる。ルナはティルテから投げられるスライムジェルを避けていた。

 これは後衛であるルナ自身も多少動けるようにとティルテが考えた物だ。スライムジェルを投げる案はミリアン考案だったが。



 それにスライムジェルと言っても本物のスライムではなく、それをマネして魔物に投げることが本来の使用方法の物だ。

 ベタベタしており、ルナのような乙女の天敵と言っても良いスライムジェルを投げるティルテはまさに鬼だろう。

 


「嫌なら避けろ。ほら、当たりたいのか?」



 ティルテからルナに向けてスライムジェルが3つ投げられる。ルナはそれをなんとか回避してティルテに落ちているスライムジェルで反撃する。



 しかし、ただ動き回りながらスライムジェルを投げるゲラーデルと、ティルテのスライムジェルを避けながら投げるルナの攻撃を、ティルテはその場をほとんど動かずかわしていた。



「食らえっ!」


「ひゃぁぁぁっっっ!?!?!?」



 ゲラーデルの投げたスライムジェルがティルテの避けた先にルナに直撃した。



「お前たちは一蓮托生。何かミスったら全て連帯責任だ。ただし、決して相手を責めてはいけない。お互いを思いやり、2人で改善するように」



 その事で喧嘩になった2人を物理的に諫めたティルテはそう言ってその日は解散となった。


 5日目の夜。今日もボコボコにされた2人は出来る限り修行の時間が取れるよう、本日から『ニンギュル平原』にて野宿をしていた。その場にはティルテもいたので正確には2人ではなく3人だが。


 食事は全員がソロの冒険者をしていた都合からか一通りは出来るので、当番制でやることとなっていた。



「こんなナメられっぱなしなんてごめんです! あいつをギャフンと言わせてやるのです!」


「あぁ、僕が強くなったときには絶対に仕返しをすると約束しよう」


「乗ったです!」



 2人はティルテがその場にいないのを良いことに、日頃の鬱憤を口に出して晴らしていた。同じ境遇の人間がもう1人いると気が楽なのだろう。

 今もルナとゲラーデルは結束して握手をしていた。その少し離れた所でティルテは木の上に登り考え事をしていた。



(ふむ、今のところ順調だ。ゲラーデルは近接での攻守万能だったから、人一倍1人で全部やろうとする。それをいち早く直した後衛のルナが援護して形になっている。ゲラーデル自身も意識し始め、その効果も出ている)



 ソロプレイだった2人に戦うスタイルに、協力すると言う概念が生まれて育っていた。



(2人の性格もある程度掴めた。ゲラーデルは己を最強と鼓舞することで、ある種の暗示をかけて自信を付けている。明るい性格もあって、パーティを組めばムードメイカーとして活躍できる)


(ルナはまっすぐで純粋だ。俺のコネを疑ったことと言い、顕著に表れている。思い込みが少し激しいな、でも何事にも一生懸命だ。自分のことをしっかりと理解し、できる限りのことをやろうとする意思がある)



 ティルテは2人のことをそう分析していた。



(独りよがりな心はパーティを組めば自然と解消されるだろう。前提として組むために最低限、相手を思いやる心さえ持てれば大丈夫。心が変われば行動も変わる。……2人とも才能がある。十日よりも若干早く終わるかもしれないな。まぁ、その時はより強くしてやれば良いだけの話か……)



 ティルテはズズッと手に持った器に入ったスープを一口飲み、そんな風に考えていた。彼自身も2人と関わり、ハイゼの思惑通りに変わってきている証拠だ。



(そして、俺自身も彼らを教えたりして関わることで、変わっていっている……。あいつの思惑通りに……)



 ティルテもそのことは自覚している。しかしハイゼの言いなりになっている事実だけは気に食わなかったが。



(……もし当てが外れて俺がこの場所を去ったとしても、ハイゼ、ゼファー、アリサ、ゲラーデル、ルナの5人が居れば大抵の事は大丈夫だろう)



 ティルテは目的が達成されない可能性を考慮しつつも、彼らの身の安全を考えてより一層2人を強くしようと心に決めた。

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