26話〜【唯一神】への反逆者〜
「あ、ティル〜〜〜!」
冒険者たちによる祝杯が終わり、ティルテはその場から早々に立ち去った。
宿に帰ると彼の帰りを待っていたと思われるシーナが、ティルテの名前を呼びながら、笑顔でそばにまで近づき、片膝をついたティルテに抱きついた。
「ふむ、無事かシーナ? 怪我はしてないか?」
ティルテはギュッと小さな細腕で出来る限り力を込めるシーナを軽く抱きしめ返す。そして彼女の頭を撫でて、一応そう尋ねた。
「うんっ! ヴァレットお姉ちゃんとずっと一緒にいたんだよ。シーナは大丈夫だって言ったんだけど、ヴァレットお姉ちゃん、シーナよりもずっとティルの事心配してたの!」
「そうか。シーナは俺のことを信頼してくれていたんだな」
「うんっ、ティルはさいきょーだもん!」
「そうなれると良いが……」
シーナの思いにティルテは複雑な気持ちを抱えながら、出来る限りそうあろうと思った。
「……ティルテさん?」
「ヴァレット、今戻った」
するとその騒ぎを聞きつけたと思われるヴァレットもティルテの前に現れる。
「ティルテさ〜〜〜ん!!!」
「がふっ……」
ヴァレットは持っていた金属製の鍋を手から滑り落とす。だがそんなことなど一切気にする事なく、彼女はティルテに向かって飛びついた。
その勢いでティルテも微かに変な声を出していた。
「本当に良かったですよ〜〜! もしかしたら帰ってこないんじゃないかなってじっと考えてたんですよ!? 私に心配させないでください!」
「それは……難しい問題だな。まぁ、出来る限り最大限気をつけることにはしよう」
ヴァレットの瞳から一雫が流れる。声の高さも普段と違い、泣くのを頑張って我慢しているのが誰の耳にも明らかだった。
ティルテは彼女の背中を優しく叩きながらそう誓った。
「……もう少し戸惑ってくれても……」
「なんだ?」
「い〜え、なんでもありませんよ!」
ティルテから離れたヴァレットがボソリと呟いた一言は、ティルテには届かなかった。
「む……。それはそうと手料理を食べさせてくれると約束していたな」
「あ、はい! それはもう腕に寄りをかけて作りしたよ! ティルテさんのために! ……ティルテさんのためだけに、です!」
次のチャンスと捉えたヴァレットは、先ほどのミスを取り消すかのようにグイグイと攻める。
「そうか、ありがとうなヴァレット」
「い、いえいえ〜!」
だが、ティルテには通じなかった。しかしヴァレットもヴァレットだ。彼女はお礼を言われただけで舞い上がっていた。
「私にはこれぐらいしかできませんから。ささ、シーナちゃんも一緒に食べよ」
「うんっ。シーナ、ヴァレットお姉ちゃんの作るお料理とってもおいしくて大好き!」
「ありがとうシーナちゃん」
ヴァレットはシーナの手を繋ぎ、店の端の方の席に誘導する。シーナがヴァレットの料理を褒めると、ヴァレットは「えへへへっ」と笑いながらシーナの頭を撫でた。
「……うまいな」
「……おいし〜」
「あはは、その言葉だけで満足できますね。次はもっとすごいのを作りたいんです」
普段通り2人はヴァレットの手料理を口に運び、毎回のようにそう口ずさむ。だがヴァレットの料理は、ついそう言ってしまうのも無理はないほどの美味しさなのだ。
またそれだけではなく、彼女は向上心も見せている。きっと将来は料理の腕前だけで、この宿は安泰となれるレベルだ。
「ヴァレットなら出来るだろう。頑張れ」
「……はいっ! その時はまた、ティルテさんに一番最初に食べさせてあげますね!」
「そうか、ありがとな」
ヴァレットはティルテにそうアピールをするが、彼は全然気付いていなかった。
「ねぇねぇ、ヴァレットお姉ちゃん、シーナは?」
「え、あ、シーナちゃんもだよ。3人で一緒に食べよ」
「うんっ!」
ヴァレットのフォローで、シーナは笑顔でそう返事をした。そして食べ続ける2人の姿を見ていた。
その光景はまるで、妻となったヴァレットが夫と娘を見るような感じだった。
「ねぇ、ティル」
夕食を食べ終わり部屋に戻ると、シーナがティルテに話しかける。
「なんだシーナ?」
「ティルはすごいんだね。ヴァレットお姉ちゃんが言ってたんだよ。ティルは最速でBランク冒険者になった、とっても強い人なんだよ、って。でもね、シーナはそんな事知らなくても知ってるよ。だって、ティルはシーナを助けてくれたんだもん。だからティルはさいきょーだもんね」
シーナがティルテをキラキラとした眼差しで見る。おそらくヴァレットは心配するシーナを安心させようと、またその事実を確認して自分の心を安心させようとして、ティルテは強いと喋っていたのだ。
「……あぁ、確かにすごいだろうな。しかしシーナに言うのが非常に残念だが、俺は最強ではない。俺は平凡の領域では最高レベルに到達しているだろう。しかし、この世に存在する真の天才には勝てない」
「そんなことないっ! ティルはさいきょーだもん! ……さいきょーだもん……」
だが、シーナの認識は危険だ。自分を守る人が強いと認識すれば、彼女の心にゆがみが生じる可能性がある。
ティルテはそれを防ぐため、事実を己の口から突き付けた。
「まぁ、今は最強ではない。だがいずれ、シーナの言う最強になれるように努力はしよう。今は、それで勘弁してくれるか?」
「……ん。ティル、約束! シーナがおっきくなるまでに、ティルは世界で一番さいきょーになるって」
ティルテの言葉を聞くとシーナは笑顔になり、約束と言いながら薬指を出してきた。
「……あぁ、約束しよう」
ティルテは目を細め優しい視線を向ける。そして自分の薬指を前に出し、シーナの小さな薬指と絡める。
「えへへへ……ティル、おやすみ……すぅ……すぅ……」
ベッドに入って布団を被っていたシーナはおやすみの挨拶を告げ、そのまますぐに寝息を立て始めた。
彼女も内心は不安で押しつぶされそうになり、疲れていたからだった。
「……寝たか。……ミリアン、いるんだろ?」
ティルテがシーナが寝たことを確認すると、そう尋ねた。
「はい、ティルテ様。私はここに」
突如、どこからともなくミリアンが部屋の中に現れる。
「早速で悪いが、俺の方から事情を説明させてもらおう。最後の決戦、あのとき俺はーー」
ティルテは真剣な表情で、自分の身に何があったのかを話し始めた。
「そう、だったのですね……」
ミリアンはティルテから紡がれる言葉を一言一言頭で再生させ、その事実に明らかな落ち込みを見せた。
「あぁ、俺は一刻も早くに戻らなくては。だが、そのための手段もわからない。さらに戻れたとしても、今の俺には奴を倒す力がない」
「生憎ながら、私も知りません。ですので力になれず、申し訳ございません」
だが、この状況を理解していたティルテは思考を素早く切り替える。ミリアンもティルテと同様で、何も知らないようだったが、そのティルテの態度を見て平静を装った。
「気にするな。今のお前なら俺を殺すことも容易なはず。そして奴の元に俺の首でも持ち帰れば、お前は許されるだろう」
「そんな事するはずがございません! 私の身も心も、全てはあなたに捧げております!」
ティルテは自虐の意味を込めてそのあまりに重い一言を呟く。だが、先ほどまでは冷戦沈着だったミリアンが、今日再会したときと同じレベルの動揺を見せてそう叫ぶ。
「それは理解している。今はお前だけが本当に信頼できる仲間だ」
「は、ありがたき幸せです」
彼女は頭を下げてそう言う。
「それよりもお前の知る情報が知りたい」
「了解です。ですが、私はあまり多くの情報を持ち合わせておりません」
「かまわん。それでも0が1になる。知ると知らないでは大違いだ。話せ」
「はい。私はーー」
ティルテは次にミリアンの知る情報を聞き出そうとした。彼女は期待しないように前置きをしたが、ティルテの言葉を聞き安心して話し始めた。
「……そうか。急いで強くなって戻らないとな。幸いなことに、時間はたっぷりある」
「はい。まさかここにこんな利点があるとは思いつきもしませんでした」
ティルテは彼女の話を聞き、安心したようににこりと口元を緩めた。2人にとって確定していない不確かな、だが確実に合っているだろう仮説の存在が、ティルテたちを安心させていた。
「それはそうだろう。俺たちの認識はその程度のものだ……いや、俺の場合はだった、の方が正しいな」
「ティルテ様は、ここの認識を改めたのですか?」
「あぁ。ここに来るまでは知らなかった……知ろうともしていなかったがな」
「なるほど……。ですから人々と同じように暮らし、そちらの娘と過ごしているのですね?」
ミリアンがティルテの横で眠るシーナを見つめる。そのシーナは現在、サキュバス形態になっていた。
だが、それはティルテの魔道具によって、強大な魔力と夜行性(シーナに関しては夜に強く、昼に弱いことを指す)は抑えられていた。
「あぁ……昔の俺が聞いたら笑うだろうな」
「……私たち以外でも笑うでしょう。むしろ笑わない者を探す方が難しいかと」
ティルテが「ははっ」と掠れたように笑うと、ミリアンがすかさずフォローを入れる。
「だろうな……。ミリアンも過ごしてみると良い。認識が根底から覆されるぞ?」
「了解しました……。ですが、私はどうしたら良いのでしょうか? ティルテ様とは知り合いの方が都合は良いでしょう。しかし、ここでのティルテ様の素性では、私のような者との接点をどう取り繕えばよろしいのか……」
ティルテここで過ごす以上、彼女の認識も改めるべきだと思った。だからそんな提案をしたのだ。
しかし彼女の素性は問題だ。ティルテはこの街の人には明らかにしていない。
「ふむ……ならばお前は俺の従者と言う設定にしておこう。出来る限り元と同じ関係に近づけておけば、口調を変える必要もない。なら、ボロも出にくいだろう」
「……では、ティルテ様の素性はどうするおつもりですか?」
ティルテは少し思案したのち、そんな提案をする。だが、ミリアンは自分のために己の素性に変なレッテルが貼られるのを恐れた。
「箱入り息子……とかで良いだろう? 聞かれたらそれで答える。それで俺の不自然さもある程度消してくれるはずだ。現状、お前の方がここの知識は少ない。故に最初のうちは発言をあまりしないようにしてもらうがな。明日この宿で再会したことにしよう。その後、お前はここの知識を得てもらうつもりだ」
「……はい、分かりました」
だがティルテは己の嫌がる類いの疑いをかけられることを承知の上で、ミリアンの素性を優先した。
ミリアンは主人であるティルテに心から感謝を、そして不甲斐ない自分を責めるように了解した。
「ティルテ様は、引き続きですか?」
「そうだ。まだ今の目的が終わったわけではない。だが、今回の騒動は非常に有益だった。目的のために邪魔な魔物を減らすこともできたし、何よりお前と言う存在と出会えた……」
ミリアンがティルテに尋ねると、ティルテは口角を少し上げて微笑する。ミリアンはあまり笑顔を見せないティルテが、今まで見せたことの無い笑顔に少したじろぐ。
彼女にとって、彼が笑った姿など久しく見ていなかったからだ。それぐらい、ここにくるまでのティルテの生活は酷かった。
「こちらこそ、ここでティルテ様に一番に出会えて光栄です」
だからこそ、ミリアンは全てを捧げる勢いでそう告げた。
「そう言ってもらえると助かる」
「……ん〜、ティル〜〜……」
ティルテが喋ってすぐに、シーナが身をよじり、彼の名前を呼んだ。
「……寝言か。シーナが起きてはまずい。今日のところは一度帰れ。明日の朝、この宿でまた会おう」
「はい。それでは、失礼します」
シーナに今の状況を見られるのはまずいと判断したティルテは、ミリアンにそう命令する。それを聞いた彼女は即座にその場から消えた。
残ったのはスヤスヤと眠りながらティルテの片腕に抱きつくシーナと、そのシーナの頭を撫でて笑顔を浮かべ、真剣な眼差しで考え事をするティルテ。
そして部屋に存在する唯一の窓が開いていることだけだった。
(ふぅ……。俺にはまだ時間がある。だからと言って、油断するつもりも気を抜くつもりもない。……俺は必ず戻ってみせる……【唯一神】を、この手で殺すために……!)
ティルテは内なる炎を心に燃やし、改めてそう決意をした。
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