25話〜戦後処理

「やった〜! ……ゼファー?」


 アリサがぴょんぴょんと跳ね、珍しく嬉しさを体で表現する。しかしうずくまるゼファーに気づき、不思議に思いながら近づいた。


「ぐっ……あぁ、いてぇな〜」


 ゼファーは片腕がへんな方向に曲がり折れていた。樹林竜の最後の足掻きの攻撃を捌ききれていなかったのだ。


「ゼファー!? ギルド長、すぐにゼファーを運ぶのを手伝って。すぐに《治癒》の魔術を掛けないと」


 アリサはいつもの余裕の口調が変わり、明らかに焦りと動揺を見せながらハイゼにお願いをした。

 しかし《治癒》の魔術ではゼファーのように複雑に折れて粉砕されたような傷までは治せず、応急処置が関の山だろう。


「分かっーー……いや、その心配はないよ」


「え?」


 ハイゼは途中まで決死の表情をしていたが、その後表情を穏やかなものに変えてアリサに告げる。

 最初は意味が分かっていないアリサだったが、いつの間にか隣に現れた人物に驚く。


「無事だな、ゼファー」


 座り込むアリサとゼファーの目の前には、無傷のティルテが立っていた。彼はここに来るまでに《治癒》で己の傷を全て治していた。

 ティルテはゼファーにそう言いながら安心したように表情を緩ませる。


「ティルテお前、これが無事に見えるのかよ? 無事ではないだろ?」


「生きてるだろ? なら無事だ」


「まじか」


 ゼファーは目を細めて非難するように睨みつけるが、ティルテはむしろ不思議そうに尋ね、自分で断言する。


「でもティルテ、ゼファーの腕、《治癒》じゃ治らないよ? どうするの?」


「……アリサ、お前の口調から焦っているのは分かる。しかし安心しろ、落ち着け。……《再生》」


 ティルテがそう唱えると、緑色の魔法陣が現れ、ゼファーの腕を包み込む。すると、ゆっくりとだが次第に綺麗に、ゼファーの腕は元どおりに再生した。


「ほらな?」


「うおっ!? 痛くないしちゃんと動く」


 ゼファーが元通りに戻った腕を曲げ伸ばしし、驚きながら勢いよくそう言う。


「ありがとうティルテっ! このお礼は……今度またするねっ」


 アリサが泣きそうな顔をしながらティルテの両手を取ってお礼を述べる。


「いや、気にするな。ここじゃ一番の功績者なんだ。傷の手当てぐらい安いもんさ」


 ティルテはアリサに両手を掴まれたままそう返す。


「そうか、助かるぜ。……そういやお前が帰ってきたってことは、魔物の統率者を倒したんだろ? さっきから魔物の出現も止んでるしよ」


 ゼファーが思い出したかのように周りを見渡し、そう確信したような態度をしながらティルテに尋ねる。


「あぁ。詳しい話は街に戻ってからにしよう。そうだろ、ハイゼ」


「あぁ、まずは住民に戦いで勝ったことを伝える。怪我人の手当てもしなくてはいけないし、今回の勝利の宴の準備もしなくては」


 先ほどまで空気を読み、会話に混ざらなかったハイゼが3人に告げた。


***


 その後、ハイゼの勝利宣言によって『クローツェペリンの街』が魔物の侵略から守られたことが伝えられた。人々は死者たちの弔いを済ませる。

 その後、冒険者たちはギルドで宴会を楽しんでいた。その一方で……。


「なるほど……。にわかには信じられないね。まさか『聖神教』の神父が魔物を操っていたとは」


 ハイゼとティルテは本日の出来事の話し合いをしていた。と言っても、現在までほとんどはティルテの語りをハイゼが耳を傾けていただけだったが。


「あいつは最後に自害を選んだ。情報を吐くくらいなら、自分は【邪神】の元に堕とされたいと言ってな。悪いが情報はあまり手に入らなかった」


 ティルテはキメラとマンティコアを倒した所まで本当のことを話した。無論、自分の力は話してはいないが。

 《【堕天使】召喚》は成功していたが、その事を話すとなればいろいろと面倒くさい。ティルテは《【堕天使】召喚》は失敗し、神父は自害したと嘘を教えていた。


「そうか……。教会についてだが、君の教えてくれた地下室も含めて捜索し尽くした。しかし、めぼしい情報は何もなかったよ」


「だろうな……」


(流石に最後まで情報を残しておくほど馬鹿ではなかったか)


 ハイゼの報告にティルテは納得しながらも、多少の苛立ちは隠せなかった。彼にとって、《【堕天使】召喚》に関する情報はとても貴重だったからだ。

 だからティルテは神父を殺そうとしなかった。結果的には神父の自害で何も得るものはなかったが。


「そう言えば俺の倒した魔物の換金はどうなっている?」


「さすがにキメラとマンティコアを一気に出されてもね……。おそらくは王都のオークションにでも賭けられるだろう。だが一度に払える額ではない。分割として支払うことになるだろうが、異論はないかな?」


「あぁ」


 ティルテはこの森で一番強い魔物を倒したのだ。それは何十年もこの森に居ついていた存在。それを倒したとと伝えた時のハイゼの顔は、おそらく彼史上最大級に歪んでいただろう。


 そしてその素材の価値は計り知れない。王都でオークションに賭けられ、その七割をティルテが、三割を運営側が収入とする。


「……死人は何人出た?」


「冒険者ギルドからは12名。兵士からは3名。民間人の犠牲者は……なんと0人」


「……そうか、結構出たんだな」


 ハイゼは死人が出ながらも死傷者の少なさに嬉しさを感じていた。しかし、ティルテはそうとは捉えなかった。


「それは違うぞティルテ君。君がいなければ、この街は無くなっていてもおかしくはなかった。君に比は無い」


「違うぞハイゼ。俺がいたならもっと最小限にできたはずだ。だからこの死人は、俺のせいだ」


 ハイゼはティルテの罪悪感を少しでも取り払おうとフォローをする。しかしティルテからの発言に、ハイゼは言葉を詰まらせた。


「……君がそう考えるのならそうしたら良い。その事を胸に刻み、二度と同じ過ちを繰り返さないように気をつけるように」


 話し合いは終わり、ティルテがギルド長室から去ろうとする際、ハイゼは去り際に言い放った。これが彼ができる精一杯のフォローだった。


***


「ティルテ〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!」


 ギルド長室から出ると、その直後にティルテの名前を恨めしそうに、大きく叫びながら走る1人の男がいた。


「ミハイル、無事だったか」


「おまっ、これの説明思いっきり嘘じゃないか!」


 その男の名はミハイル。街の兵士の1人だ。ティルテは数少ない死者の中にミハイルが居ないことを認識し、心の中で安心しながら確認するかのように尋ねる。


 しかしミハイルは聞く耳を持たず、一方的に自分の出来事を話し始めた。彼はティルテが魔道具の性能について嘘をついた事に怒っていた。


「あぁ、そう言った方が緊張感が出ただろ?」


 しかしティルテにはティルテなりの考えがあったのだ。事実、ティルテが嘘をつかなければミハイルは何かしらの怪我をしていただろう。

 ティルテがついた嘘は防御魔術が発動する回数に関することでだ。彼はミハイルに少ない数を教えていた。

 しかしそれがバレたのだ。ティルテは内心では良かったと思い、無駄を撫で下ろしていた。



「いや、確かにそうだが……無性にイライラするんだが!?」


「知らん」


 ミハイルは嘘をつかれていた事に納得できなかったのか、そう言ってティルテに怒りをぶつける。しかしティルテも謝る理由はない。

 むしろ怪我を負わさなかったことで感謝をして欲しいぐらいだと考えていた。だからそのようにそっけない態度を取る。


「それはそうとありがとうな! ふんっ!」


 ミハイルは戦いの前にティルテから受け取った、ブレスレット状の己の身を守る魔道具を、拳で握り締めながらティルテの胸に多少きつく返した。


(ふむ、命が助かったのにあんなに怒るとは、不思議なやつだな)


 そして去っていくミハイルに、ティルテはそんなことを考えていた。ミハイルは己に嘘をつかれていた事を怒っているのだが、ティルテはその事に気付かない。


「ティルテ、腕の件は助かった。サンキューな」


 しばらくすると、今度はゼファーが現れた。彼はティルテに治された腕をもう片方の腕でさすりながら、お礼を言う。


「分かっている。ゼファー、お前は優しいのか借りを作りたくないのかは知らないが、少ししつこいところがあるぞ。お前の黒歴史の件もそうだ。気を付けろ」


「お、おう……」


 しかしティルテはゼファーに軽くきつめに言う。ゼファーもその態度に少しだけタジタジになる。

 一応言っておくが、彼がこんな態度をとっているのは無意識だ。彼は先ほどハイゼから聞かされた、救えなかった命があるという事実に対して、静かな怒りを宿していた。

 それが知らず知らずのうちにティルテの外へと漏れ出て、態度にも現れていた。ティルテはその辺りは子供なのだ。


「ティルテ〜、ゼファーをあんまり〜、いじめないであげてね〜」


「いじめてなどいない。ただの事実だ」


 見かねたアリサが現れ、間を取り持つかのように言う。だが、ティルテは顔色一つ変えずに告げる。


「それでも〜」


「……はぁ、善処しよう」


 アリサの押しが強かったせいか、ティルテも多少間をを開けながらも納得の意を示した。


「それよりお前こそ無事か? ギルド長に聞いたぞ。キメラとマンティコアと戦ったって」


「あぁ、無傷だ」


「ぐっ、そう言われると腹が立つが、そこまでくるとなんとも思えねぇよ」


「もっと向上心を持て」


「誰かのせいで潰れそうだけどな!?」


 ゼファーが話を変えようとキメラたちについて話し始める。するとゼファーが小物にしか見えない会話を繰り広げ出した。


「ゼファー、ティルテのせいにしない〜」


「分かってる、分かってま〜す! こんなのただの嫉妬だってことぐらいな」


 アリサが軽く注意をすると、ゼファーははっきりとそう認めた。


「その嫉妬を〜、ゼファーは次に繋がることができるでしょ〜?」


「あったりまえだろがっ。ティルテ、お前には負けねぇからなっ!」


 そのままアリサはゼファーの意識をティルテに対するライバル心へと変化するように誘導する。ゼファーはティルテに指を向けてそう言い放つ。


「頑張れよ」


「うるせぇよ! お前には一番言われたくないわ!」


 ゼファーも大声を上げながら去っていった。アリサがペコリと頭を下げていたが、別にティルテは気にしてなどいなかった。

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