15話〜ティルテ、デート中なのに空気読まない暗殺者を即撃退する〜
「ティルテさんとの出会いはこんなんだったよ。どうシーナちゃん、満足した?」
「うん!」
ヴァレットが笑顔を浮かべながら、早口でヴァレット視点から見る自分との出会いを話された。
シーナも目をキラキラとさせながら、ティルテを尊敬の眼差しで見ている。
(……なんかヴァレット目線だと結構脚色が入っていたぞ。まぁ、二人が満足してるならそれで良いか)
「……それで、次はどこに行く予定なんだ?」
ティルテはその視線を照れ臭そうな態度で、話題を逸らす目的でヴァレットに尋ねる。
「えっとですね〜……あ、ありましたありました、これです!」
『神々と眷属〜邪神と神剣〜』
「なんだこれ?」
ヴァレットから手渡されたチケットにはそう書かれていた。ティルテも演劇作品のタイトル名だろうことは理解できた。つまり次は演劇を見に行く予定だそうだ。
「演劇です。ティルテさんとの予定を立ててからすぐチケットを取りに行ったら、奇跡的に抽選が当たったんです!」
(そこまで人気なのか? ……しかしタイトルは気になる)
「なるほど……それで、合計金額はいくら掛かったんだ?」
「えっと〜、確か銀貨三枚です」
「分かった。……ほら」
ティルテはチケット代を聞き、財布から銀貨三枚を差し出そうとする。
「ちょ、私が勝手に予定を立てたんですから、これぐらい出しますよ。ただでさえこんな高価なネックレスもらってるんですよ?」
ヴァレットが両手を前に出して横に振りながら受け取るのを拒否する。
「初めてのデート代ぐらい俺が出す」
と、ティルテはこのデートについて昨日アリサにこっそり相談したところ、そう言うように言われたので一語一句違わず伝える。
「ででで、デートですか!?」
ヴァレットが動揺しながらもこちらに疑問形で尋ねてくる。
「……いや、ヴァレットがデートって言い始めたんだぞ?」
「だ、だって、その……そうはっきり言われると恥ずかしいじゃないですか!」
ティルテがそう言い返すと、ヴァレットが目を逸らし、顔を赤くしながら軽く逆ギレしたように言い返す。
「普通の顔して誘ってきておいて何を言ってる?」
だが勢いで誤魔化そうとしてもティルテには通じない。
「そんなことないです! あの時も今も、内心は心臓バクバクで……あぁ〜、今のなしでお願いします恥ずかしすぎて死にます〜〜!」
ヴァレットが自爆した。ティルテの反論に感情的になってしまい、己の一番知られたくなかった心情を暴露してしまった。
ティルテが微かな疑問を頭に浮かべると、ヴァレットが今日一番の赤い顔をしながら両手でその紅に染まった顔を隠す。
しかし当然耳まで真っ赤なので、隠してもあまり意味はない。
「……まぁ、分かった」
「ん〜?」
ティルテは真顔でそう言い、シーナはよく分からないと言った表情と仕草をしながらそんな声を出していた。
「ふむ、とりあえず演劇の時間は大丈夫か?」
「う、うん。ここから歩いて着いたとしても、20分前に着きますよ」
そこから少し時間を置き、ティルテが話を変える。ヴァレットも多少つっかえながらもそう返す程度には落ち着きを取り戻していた。
「そうか……。すまない、ちょっとトイレに行ってくる。シーナを預かっておいてくれ」
ティルテが立ち上がり、二人にそう告げる。
「良いですよ。シーナちゃんおいで〜〜」
「ん……ティル」
ヴァレットが両手を広げてシーナを誘う。シーナは大人しくヴァレットの腕に収まり、ティルテの名前を呼んだ。
「どうした?」
「時間内には間に合わせてね」
シーナの何気ない一言。この意味にヴァレットだけは気付いていなかった。そしてシーナは気づいていた。ティルテがここを去る本当の意味に。
「っ! ……あぁ、すぐ終わらせる」
ティルテは瞼をピクリとだけ動君反応を見せ、シーナの頭をポンポンと優しく叩き、二人の元を離れた。
***
ティルテは少し小走りで裏路地まで移動し、そこで立ち止まる。あたりを確認し、目に見える範囲では誰もいないことを確かめる。
「……さっさと出てきてくれないか? こっちは人を待たせてるんだ」
(っ!? 気づかれただと?)
ティルテの声に、気配を隠していた『暁の廃城』に雇われた暗殺者が動揺を見せる。
「……出てこないならこっちから行くぞ」
「くっ!」
ティルテはそう言って地面を蹴る。暗殺者は真っ直ぐ自分に向かって飛んでくるティルテに向けて、刃渡り10センチほどのナイフを飛ばす。
しかし、ティルテは途中で地を蹴り、体の軌道を一度変えることでそのナイフを避ける。
だが、暗殺者にはまだ余裕がある。暗殺者は先ほどのナイフでの攻撃で殺せれば良し。
もし避けられたとしても、普通体勢は崩れているだろう。そこを2撃目で仕留めるつもりだった。
(これは……煙幕か?)
だが、暗殺者の手口はそれだけではなかった。ティルテを白い煙が包む。
先ほど投擲されたナイフに括り付けられた、衝撃によって自動で発動するタイプの煙幕が溢れたのだ。
結果、これで暗殺対象は体勢の崩れた中、視覚を奪われる。
さらに目眩し用の煙幕には、目に入ると強烈な痺れを発生させ、視界を一時的に奪う気化状の毒も共に仕込んである。
煙幕に構わず突っ込んできた場合でも、確実に視界を奪えるのだ。これを防ぐ方法は目を瞑ることのみ。それは毒の煙幕とほぼ同じ効力を発揮する。
つまり暗殺対象がどちらの行動を取ろうとも確実に殺せる。これが暗殺者の常套手段だった。しかし……。
「無駄だ」
ティルテは目を瞑りながらも、追撃を加えようと移動する暗殺者に一直線に向かう。
(煙幕が効かない!? いや、奴は目を瞑っていた! それなら何故俺の位置がばれている!?)
「遅い」
「がっ!?」
暗殺者が動揺を見せているうちに、ティルテは壁を蹴って暗殺者の背後に回り込み、足での一撃を加えて拘束まで持ち込んだ。
「『暁の廃城』の監視係か? それとも暗殺者か? 先ほどの動きは暗殺者だと認識しているが、一応答えろ」
何も抵抗できない暗殺者にティルテは尋問する。人殺しなどを厭わない暗殺者と同じ……いや、それ以上の冷たい瞳を向けていた。
一方、捕まった暗殺者の動きは簡単だ。舌を噛み切って自害する。しかし……。
「舌を噛み切ろうとしても無駄だ。俺の魔術でいくらでも治せる。《再生》……ほらな、言ったろ?」
(化け物め……!?)
間違いなく暗殺者は舌を噛み切った。だが次の瞬間に暗殺者の舌は再生していた。ティルテが《再生》の魔術で舌を完全に再生させたからだ。
舌を噛み切る痛みを暗殺者は感じていた。しかしその次の瞬間には完璧に再生される。
それは暗殺者がいくら舌を噛み切ろうと、その痛みだけを感じながら舌はいくらでも再生することを示していた。暗殺者はもう己の手では死ねないことを認識する。
「……まぁ良い。組織に伝えろ。俺と俺の知り合いに手を出したら必ずぶっ潰すと。……失せろ」
だが、ティルテから放たれた一言は予想外のものだった。その言葉に暗殺者はしばらく放心状態が続く。
ティルテは言葉を告げると暗殺者から離れ、ヴァレットの元へと向かっていった。
その場には暗殺者だけが取り残され、約5分後に人の気配を感じ、その場を後にした。
(先ほどの暗殺者……昨日の監視係と強さ的にも大した違いはなかった。持っている情報も昨日の監視係より少ないだろう)
昨日ティルテが拷問した監視係から吐かせた情報に大したものはなかった。
簡潔にまとめると、『暁の廃城』『ニンギュルの森』支部を壊滅させたティルテを監視。これ以上『暁の廃城』に関わるのなら暗殺者を送り込み殺す。
ティルテが監視係から聞き出せたのはそれだけだった。先ほどの出来事がその聞き出せた情報ということは明白だろう。
(だが、今回は俺の実力も多少見せつけることが出来た。その上で暗殺者をあえて生かし、雇い主である組織の上にこちらの意思を伝えた)
この情報が暗殺者から伝えられた場合、『暁の廃城』がどのような動きをするのかティルテはまだ予想がつかない。
(だがもし、それでもなお俺、もしくは俺の知り合いたちに手を出すのなら……潰す)
ティルテは鋭い目つきのままそう考えた。
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