16話〜【唯一神】の演劇、そして『暁の廃城』の暗躍〜

「……人、いっぱい」


「これでも抽選で選ばれた人数しかいないんですけどね〜」


 シーナが人の多さに不機嫌そうに呟く。ヴァレットも人の多さに呆れているようだった。まぁ、そのうちの一人は自分自身なのだから人間は勝手だ。


「人気なのだろう? それなら仕方がない」


「もしかして、ティルテさんはこう言うのは初めてですか?」


 ティルテが座席に座りじっと待っていると、ヴァレットが小首を傾げながら尋ねる。


「あぁ、だから少し楽しみにしている」


「じゃあ結構面白いので楽しみにしててくださいね!」


「そうしよう」


 ヴァレットのテンションの高さに若干違和感を覚えつつも、ティルテは相槌を打つ。

 ヴァレット、ティルテ、シーナの順番に席に座っていた。そして3人で軽い談笑をしたのち、演劇が始まった。


 神々とその眷属たちが生きる【神界】と呼ばれる世界があった。その一柱である神とその眷属である【天使】たちがいた。


(この物語……)


 だが、その神と眷属たちに反逆した一柱の神がいた。のちに【邪神】と呼ばれたその神は、主人公である神たちと戦った。【邪神】は【神剣】を使い、神の眷属である【天使】たちを次々に葬り去る。


(……ん?)


 物語が佳境に入る時、ティルテの片手を柔らかく温かい温もりが包み込む。ヴァレットがティルテの手を握っていたのだ。

 よくよく見ると、ヴァレットの顔はほのかに赤い。無意識ではなく、自分から勇気を出して手を握りに行ったことは明らかだった。


 また、反対側からも少しヴァレットの手よりも温かい温もりが当たる。見ると、シーナの頭がティルテの手を枕にして昼寝をしていたのだ。


(……まだ幼いシーナにはあまり面白くなかったか)


 ティルテはそう考え、演劇に再び神経を研ぎ澄ませる。


 【邪神】は終盤まで優勢だった。しかし、本気を出した神によって【邪神】は殺され、殺しの道具として使われた【神剣】は何処かへと行方をくらましてしまったと言う話だった。

 そしてのちに神はこの世界を創造し、人を創つくり出すところで幕引きとなった。

 のちに、その神は人々にこう呼ばれることとなる。【唯一神】と。


「ティルテさん、面白かったですね! ……ティルテさん?」


 ヴァレットが物語が終わるとティルテに話しかける。ヴァレットの予定では、物語の感想を話し合いながら宿に帰る予定だった。

 しかし、ティルテはヴァレットの言葉には反応を示さずに、何かを考えているそぶりを見せる。


「……あぁ、面白かった。正直予想外すぎる展開だったが……」


 だが、二度目の呼びかけでティルテも気づいたようにそんな言葉を溢した。


「そうですか? でも【邪神】は倒しましたけど、それに加担した【神剣】の行方がわからないですもんね」


「そう、だな。この物語はオリジナルなのか?」


 ティルテが真剣な表情で尋ねる。


「あはは、ティルテさん何言ってるんですか? この世界を創造したとされる神様を崇める『聖神教』に語り継がれている神話じゃないですか。この街の子供でも知ってますよ? ……もしかしてティルテさん、どこかの田舎の村出身とかですか?」


 ヴァレットは不思議に思いながらも説明をする。この神話はこの街の子供なら大抵誰でも知っている。

 それを知らないティルテの素性について、ヴァレットはそんな仮説を立てて尋ねた。


「あぁ、そうだ」


「なるほど、それで時々普通の人が知ってることも知らなかったりするんですね」


 ヴァレットは今までのティルテのたまに見せる常識外れや違う考え、今尋ねた神話を知らないことを田舎者だからと納得した。


「それじゃあ最後に、この街にある『聖神教』の教会に礼拝にでも行きます?」


「いや、シーナも寝てしまっている。ひとまず今日はここまでだろう」


「え? シーナちゃんいつの間に……かわいい〜!」


 ティルテが神話に興味を持った事を知り、どうせなら『聖神教』に行くことを提案するが、ティルテの言葉を聞き、ヴァレットはそこですやすやと眠ってしまっているシーナを発見する。

 その寝顔の可愛さに思わずヴァレットはそんな声を上げてしまった。


「ティルテさん、今日は楽しかったですか? 私は楽しかったですよ!」


「俺もだ。今日は良い1日だった。ありがとうヴァレット」


「い、いえいえ〜!」


「う……ん……ティル?」


 ティルテがヴァレットとそんな会話をしていると、おんぶされていたシーナが揺れなどで目を覚ます。


「目が覚めたかシーナ」


「おはようシーナちゃん」


「ありぇ……シーナ寝てた?」


 シーナは目を擦りながらそう尋ねる。そして呂律も回っていなかったことから、あまり意識もはっきりしていない。


「あぁ、済まないシーナ。神話は少し難しかったな」


「えっとね、何だか急に眠たくなってきちゃったの」


 シーナは不思議そうに小首を傾げながらそう呟く。


「今日が楽しみで昨日の夜も眠れなかったのかな?」


「いや、きちんと寝るところは確認した。まぁ、疲れが出たんだろ」


「そっか、最後まで見れなくて残念だったね〜、シーナちゃん」


「うんう、シーナ大丈夫。ティル、また行こ?」


 シーナは寝てしまった事を残念がったが、再度挑戦するようだった。


「もう少しシーナが大きくなったらな」


「うん!」


 ティルテはシーナの頭を撫でながらそう返す。その後、宿への帰り道を先ほどの演劇を話題にしながら歩いていると、ティルテの見知った顔が目に入る。同じBランク冒険者のゼファーとアリサだ。


「ようティルテー! ……なんだなんだ? もしかしてデートか? なんだよお前も隅におけねぇな〜!」


 ゼファーはこちらに手を振りながら近づいてくると、隣にいるヴァレットを見て目を細める。

 その後片手を口に当てて、もう片手でティルテの肩を持ちながら軽口を叩いてきた。


「そうだ」


 ならばせめてもの仕返しと思い、彼が嫌がる反応をする。


「……マジかよ」


 ティルテのはっきりと言い切る態度に、今度はゼファーは目を丸くしながら小さく呟いた。


「こら〜」


「いでっ!?」


 突如、そんな声と共にゼファーの背中を叩くアリサがゼファーに遅れて現れる。


「ちょっとゼファー、ティルテの邪魔しちゃ悪いよ〜。ささ、邪魔者は退散退散〜」


「ちょ、待ておい! ティルテー! ずるいぞー!!!」


 遅れたくせに颯爽と現れたアリサがゼファーを引っ張っていく。体格的にはどう考えてもゼファーの方が優位なのだが、それでもアリサが引っ張れる理由はゼファーもその事を了承しているからに他ならない。


「……今のは冒険者のゼファーとアリサだ」


「あ、はい。……すごい個性的な人でしたね」


「否定できないな」


 何事もなかったかのように2人を紹介するティルテに、ヴァレットは苦笑いを浮かべながらそういうしかなかった。

 だが、ティルテも最後にそう言ったのでヴァレットも一安心だった。


「本日は私に付き合っていただいてありがとうございました! それにこんな綺麗なネックレスも買っていただいて……私、一生の宝にしますねっ!」


 宿に着くと、店の裏でヴァレットがネックレスを首に掛けながら笑顔でそう言う。


「そう言われると嬉しい。俺もシーナも楽しかった。サンドイッチも美味しかったし、また食べたいと思えた。シーナがもう少し大きくなったら、またあの演劇を見に行こうと思う」


「うんっ、美味しかった。あと、今度はティルと観る」


 ティルテも今日のお礼を言い、シーナは本当に演劇に興味があったらしい。先ほどから何度もそう言っている。


「それじゃあ、私はお店があるからさようならですね。ばいばいシーナちゃん」


「うんっ、ばいばいヴァレットお姉ちゃん」


 ヴァレットが名残惜しそうに別れの挨拶を済ませる。シーナもヴァレットにはもう完全に慣れ、ティルテとほとんど変わらない反応でお別れを済ませる。

 と言っても、同じ宿に住んでいるのでそんなに悲観するような事態ではない。


「ふふ、あの、ティルテさん」


 ヴァレットがシーナが部屋に戻るために遠ざかっていく途中にティルテに近づき、小声で名前を呼ぶ。


「なんだ?」


ティルテも合わせるように小声で問いかける。


「あの……今度は2人でどこかに出かけてくれませんか?」


「……構わない」


「本当ですかっ!? やた! 嬉しいですっ、約束ですよ?」


「あぁ、約束だ」


 そんな言葉を言い残し、ヴァレットは宿の厨房へと入っていった。


「約束か……」


(……彼女は人、しかも人間だ。本来は俺と関わって良い存在じゃない……。でも、あの子に何故か惹き寄せられる……。なんなんだ、この気持ちは……)


 ティルテはヴァレットが見えなくなったところで小さく呟き、そんな事を考えていた。


「ティル、はやくっ!」


「おっと、すまないシーナ」


 いつまでも戻ってこないティルテに痺れを切らしたシーナの呼びかけで、ティルテは部屋へと戻っていった。


***


 とある地下室に、一つの人影があった。その人物をランタンの明かりだけが暗闇を照らす。そしてそこに現れる二つ目の人影。


「計画はどうですか?」


 地下室に入ってきた初老の男が口を開く。白いローブを羽織り、杖をコツコツとついて歩いてきていた。

 その顔は慈愛に満ち溢れているように見える。優しい笑みと瞳は、人間全員に好印象を与えるだろう。


「順調だ。あと少しで完成する」


 先ほどから地下室にいた1人目の男がニィッと凶悪な面で不適に笑う。

 そこらにいる普通の人間よりも黒い肌に、綺麗に丸まった頭。ハゲているのではなく、剃っているのだ。

この頭を馬鹿にして、今まで生きている人間はほぼいない。


「それよりも、邪魔になる可能性のある冒険者……あ〜、なんだっけ?」


「ティルテと名乗るBランク冒険者です」


 坊主頭の男が悩んでいると、白ローブの男がティルテの名前を口にする。


「たかがBランク冒険者に何故そこまで警戒する?」


「ふふ、侮ってはいけませんよ。彼が冒険者を始めたのは約半月ほど前です」


「おいおいまじかよ」


 最初、坊主頭の男はティルテをそこまで警戒する必要があるのかを疑問に感じていたが、その功績を聞かされると途端に驚きの表情を見せる。


「……でも、あれには勝てないだろ?」


 しかし、その驚きの表情も一瞬。坊主頭の男はティルテなどいてもいなくても構わないと言った様子で白ローブの男に問いかける。


「ふふ、最近魔物たちの異常にも気づけていない冒険者ギルドなど、たいした障害にもなりませんよ」


 白ローブの男が冒険者ギルドを馬鹿にする。しかしギルドがその事に気づかないのも無理はない。

 原因はティルテだ。彼は昨日のディノウルス(変異種)やバルドスネイクスなど、『クローツェペリンの街』では大物と呼ばれる魔物を次々と狩っていった。


 しかし、ティルテは自重をしていたのだ。あまり多くの魔物の素材を一気に下ろしては、物価の変動につながる。

 ティルテはそれが面倒だったので、一定の量を狩ってはギルドに卸していた。


 しかし、襲ってくる魔物に慈悲を与えるティルテではなく、余剰に狩った魔物はティルテの魔道具のなんでも入る袋に入れられている。

 ティルテは『ニンギュルの森』ではこれほどの魔物たちが普通に出現すると勘違いしていたのだ。


 袋の存在を公に知られるわけにはいかないので、ギルドに報告することも出来ないし、ティルテは出来てもしない。

 その結果、ティルテの過剰な狩りと隠蔽によって、ギルドは魔物が活性化している事実を認識できていなかった。


「それよりも『ニンギュルの森』支部は残念だったな」


「まぁ、別に構いませんよあれぐらい。あそこは以前から素行も一段と酷かったですしね。むしろ本部から潰すかどうかの議案書ももらっていましたし」


 この地下室は組織『暁の廃城』の『クローツェペリンの街』支部のアジトであり、この男2人だけが構成員だ。


「それよりも、どの程度集まったんだ?」


「ざっと千は下りません」


 白ローブの男の制御化にある魔物の総数に、坊主頭の男も引き立った笑みを浮かべる。己がそれを目の前にした時の恐ろしさを想像したからだ。


「これだけあれば足りるでしょう。『暁の廃城』の目的の一つ。【堕天使】を召喚するための儀式のための生贄である、この街の人間全員を殺すことなど」


「そりゃ、ちげぇねぇ!」


 今、『クローツェペリンの街』を舞台に『暁の廃城』の暗躍が本格的に始動し始めた。

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