17話〜『聖神教』〜

 ヴァレットとのデートの次の日、ティルテはシーナの共に『聖神教』の教会を訪れていた。理由はただ一つ、昨日見た演劇が影響している。


 『聖神教』。この世界を創造し、現在この世界を生きる人間をも創り出したとされる一柱の神を信仰する宗教団体。

 神話では神々は何柱も存在しているが、『聖神教』が崇めているのはこの世界を創造した神のみ。

 神に名前はないので(神に名前を与えること自体が不敬と考えられているため)、人々からはこうよばれている。【唯一神】と。


 しかし中には【邪神】を信仰する人もいる。【邪神】は信仰するだけでも、『聖神教会』や信者からの迫害の対象となり、またそれ以外の人間からも忌み嫌われる存在となる。

 ティルテのことを襲撃した『暁の廃城』もまた、【邪神】を信仰する最大規模の組織である。

 また同様に、【邪神】に使われた【神剣】も忌み嫌われている。


「ねぇ、ティル。なんかここ、やな感じする」


 隣にいるシーナが、微かに怯えた様子を見せながら、ティルテの腰あたりに手を回す。


「む? そうか。すまない、我慢してくれ。おそらくシーナの種族が人ではないからだろう」


 ちょうど良い位置にあったシーナの頭を撫でることで、不安な気持ちをできる限り持たせないようにする。


「シーナが、サキュバスだから?」


 しかし、これまでシーナは自分が種族的な原因で酷い目にあってきたのだろう。泣きそうな顔をしながら尋ねてくる。


「あぁ、『聖神教』は人族至上主義も掲げているからな。【唯一神】が創り出したのは人族のみで、異種族は【邪神】によって創られたと言われている。だからだろう」


異種族が迫害されている原因はこれだ。だが、もちろんそれは全くのデタラメだ。現に異種族は【邪神】を信仰しておらず、〈精霊〉を信仰している。

 〈精霊〉は人族は基本的に契約ができず、異種族しか契約ができない。また、この世界の種族的序列の認識は【神々】>〈精霊〉>人族>異種族となっている。


「……安心しろ。俺もそう考えているからここにいるのではない。むしろその逆の考えを持っている。俺はシーナの味方だ」


 シーナがサキュバスなのは変えようも無い事実。しかしだからと言って、ティルテ自身は異種族が憎いわけでも、忌み嫌っているわけでも無い。

 どちらかと言えば、こんなあやふやな神話を全面的に信じ、不当な扱いをする人族に不信感を抱きそうになったこともあった。


「……本当? 約束だよ?」


「あぁ、絶対にだ」


 シーナが不安そうに尋ねてくる。ティルテは前にも似たようなことを言われた気もしたが、彼女にとってはそれほどの出来事が起こったのだろう。

 シーナの両手を両手で握り、僅かに潤んだ瞳をはっきりと見ながらティルテは宣言した。


***


「ふわぁ、綺麗……」


「そうだな」


 ティルテとシーナが『聖神教』の敷居内へと入っていく。『クローツェペリンの街』支部の教会は高さ15メートルほど。

 教会の周りには花が咲き誇り、ほのかに良い香りもしていた。また井戸も豪華に2つもあり、花に水を与える用だとシーナは認識していた。


 ティルテとその後ろを片時も離れず付いていくシーナは、迷わず教会の礼拝堂へと入っていった。


「ようこそ、『聖神教会』の礼拝堂へ。本日は以下のご用件でございましょうか?」


 2人が礼拝堂へ足を踏み入れると、丁度この教会の神父が現れ、優しい笑みを浮かべながら用件を尋ねてくる。

 白いローブを着込み、首にはロザリオが掛けられていた。


「俺はティルテ。こっちはシーナだ」


「ティルテ……いや、失礼」


 ティルテが紹介をしていると、神父はピクリと眉を動かす反応を示した。しかし神父はすぐに謝罪をした。


「俺の名前がどうかしたのか?」


「少し聞き覚えのある名前でしたので……そうそう、最近Bランク冒険者になられたあのティルテさんですね?」


 神父は少し考えるそぶりを見せたあと、思い出したかのようにポンと手を叩き尋ねてくる。


「あぁ、今日演劇で『聖神教』の存在を知ってな。なにぶん田舎者だったもんで。今日はいろいろ聞きたいことがある」


 ティルテは肯定したのち、この教会に来た理由を述べる。


「ふむ、それで聞きたいこととは一体?」


「演劇で知ることの以外全てを教えてほしい」


「左様ですか。ではまずーー」


 神父は嫌な顔一つせず時折、聖書と呼ばれる神話、神の教えなどが書かれた書物を手に、丁寧に教え始めた。


「なるほど、理解できた」


「それは良かったです。何か質問などはありますか?」


 ティルテがそう言うと、神父は驚きながらもそう尋ねてきた。


「……質問だ。教会の運営はどうしているんだ?」


「信者たちのお布施、街の貴族たちからの寄付金で成り立っております。無理に徴収することはありませんのでご安心ください」


「じゃあ、あの演劇で儲けたお金はなんなんだ?」


「あれは演劇団が布教の代わりを務めてくださるので、その手間賃です。私たち教会の人間が受け取ることは一切ありません」


「ティルテさん、こんなことを聞く理由はなんでしょうか?」


 ティルテが早口で神父に質問攻めをしていると、逆にこんな質問をする理由を尋ねる。


「いや、経営方針を知りたくてな。……貴族からの寄付金なら花を手入れするほどの資金もあるだろう。俺はただ知識を増やしたいだけだ。田舎者では舐められる。最低限の知識ぐらいは得ておきたい」


「なるほど、ティルテさんはいろいろ考えてるんでしょう」


 神父からの質問に、ティルテは一切の動揺を見せずに淡々と答える。その答えに神父は納得した態度を見せた。


「他に何か聞きたいことは?」


「いや、もう無いな。いろいろ教えてくれて助かった」


「そうですか。では、あなたに神の御加護があらんことを」


 神父が尋ねると、ティルテは頭を下げてお礼をする。神父はそんなティルテを優しく見つめながら、片手で神の御加護を授ける儀式を行った。

 ただ、実際にそんな御加護を得られることはなく、ただの気休めだが。


「帰ろうシーナ」


「あ、うん!」


 そう言って、二人は隣に並んで歩き出そうとする。しかし……。


「……しまった、ひとつ聞き忘れていた事がある。シーナ、少しここで待っていてくれないか?」


「や! ティル、1人にしないって言った!」


 ティルテがそう告げると、シーナは少しだけ傷ついた表情を見せる。


「……シーナ、たしかに俺は出来る限り一緒にいよう。だが、年齢的にも俺の方が先にいなくなる。……ちょっと行ってくるだけだ。すぐに戻ってくる……シーナ、待てるか?」


 ティルテは諭すようにシーナに言い聞かせる。


「……ん、待つ」


 シーナは不服そうな表情をしながらも、理屈では納得できたようでそう言った。


「よく言った、シーナ。すぐに戻る」


 ティルテはシーナにそう告げ、再び教会の礼拝堂へと戻る。シーナは教会の門前でティルテの帰りを待つことにした。


(……シーナは少し俺に引っ付きすぎている。このまま依存されていては、シーナは大人になれない。……少し、距離を置くべきか? いや、今はまだ……)


 ティルテは先ほどのシーナの態度を見て、そんな事を検討していた。


***


「っ! おや、どうかされましたか?」


「すまない、もうひとつ聞きたいことがある」


 ティルテが教会に戻ると、神父は聖書を読んでいたが、突然頭を掻き毟る行動をした。

 しかしティルテに気づくと少しだけ驚いた反応を見せながらも、笑顔を浮かべて問いかけてくる。


「なんでしょうか?」


「……今の大丈夫か?」


「えぇ、ご安心を」


「そうか」


 ティルテは先ほどの奇行を本気で心配そうに尋ねるが、神父は何事もなかったかのようにそう言うので、ティルテはその出来事を忘れたように振る舞う。


「それで一体なんでしょうか?」


「まだ聞きたいことがある。……【唯一神】の神名についてだ」


 ティルテが鋭い眼光で神父を見つめながら質問を口にする。ティルテはこの質問を、シーナに知られたくなかった。

 万が一にも他人に知られたくなかったからだ。だからわざと忘れたように振る舞い、1人で神父へ尋ねたのだ。


「はて? ……神に名前などはありません。神の名前を付けること自体が不敬なのです」


 しかし、そのティルテの質問は頭に「?」を浮かべる神父の言葉で一蹴される。


「……そうか」


「……以上でございますか?」


 ティルテは明らかに落ち込み残念がっていた。神父は不思議そうな顔をしながらも、そう尋ねる。


「……あぁ、すまない。【唯一神】に対して非礼だった」


「いえいえ、神は慈悲深いのです。あなたが心から悔やむのなら、神はティルテさんをお許しになるでしょう」


 ティルテが謝ると、神父はにこやかな笑顔を浮かべてそう言う。


「そうだな。……世話になった」


 ティルテが教会を去る際、神父は再び「神の御加護を」と言いながら、簡単な儀式をしていた。

 そして礼拝堂から出ると、周りに 花畑の広がるその場で立ち止まる。


「《探知》。……やはりか」


 そしてティルテは今、《探知》と呼ばれる魔術を使った。これは主に地形などを知るための魔術だ。

 そして魔術を使い終わると、門前にいるシーナの元へと戻っていった。


「待たせたなシーナ、偉いぞ」


「うんっ」


 1人で待っていたシーナの頭を撫でて褒めながら、2人は宿へと戻っていった。


***


 その日の夜、とある地下室に昨日と同様に2人の男がいた。


「どうした?」


 坊主頭の男が、ふらつきながら現れた白ロープの男に尋ねる。


「やはりティルテは危険人物です」


「そりゃそうだろ。……いや、何があった?」


 坊主頭は眉を潜めながら白ローブの男に尋ねる。


「今日、教会に現れ、神の名前を尋ねたのです」


「なに!?」


 坊主頭の男が驚愕する。その質問は普通ならあり得ない。神に名前はない。これは世界共通の認識だ。


「……待て、もしかしたら、奴は俺たちと同類の可能性もーー」


 そう認識していないのは、彼らが所属する【邪神】を信仰する『暁の廃城』のような組織だけだろう。


「だからこそです。ですが、それならこの教会に訪れる意味などありません」


「っ! ……確かにそうだ。俺たちと同類なら、神話についてわざわざ敵である教会に足を運ぶ必要がない。……俺たちに勘付いてる可能性は?」


 坊主頭の男が白ローブの男に尋ねる。この計画は『暁の廃城』、『クローツェペリンの街』支部の独断による行動だ。

 坊主頭の男はティルテが他の支部、もしくは本部の差し金の可能性を考える。


「どうやって勘づくというのですか? 彼は自分を田舎者だと言っておりました。おそらくそれが真実でしょう。わざわざこんな危険を犯す必要はありますか? それに第一、彼は『ニンギュルの森』支部を潰しているではないですか。そんな事をするメリットはありません」


 しかし、その可能性を白ロープの男はすぐに否定する。その説明は、白ロープの男の考えが正しく思える、いやそうとしか思えないほどの説得力だった。


「なるほど」


 坊主頭の男も納得した。


「……まぁ、警戒レベルは上げておくか」


「そうしましょう」


 2人の計画、【堕天使】を召喚するための前準備が全面的に始まるのはもうすぐだ。その計画が完璧に成功した時、この街の人間は全員死んでいるだろう。

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