14話〜ヴァレットとの出会い〜

「ヴァレット、これを3番テーブルに届けてくれ」


「はいは〜い!」


 ヴァレットはその日もいつも通りに、父親と2人で宿屋を経営していた。父親であるケルガーの作った料理を運んだり、店に入ってきたお客さんを席案内していた。

 そしてそこに、1人の少年が現れる。その少年こそ、今日この街に来たばかりのティルテだった。


「宿を取りたいのだが」


 周りをある程度見渡し、少し手の空いたタイミングでティルテがヴァレットに話しかける。


「あ、すみません、少々お待ちください!」


(くそ〜、私のバカァ〜! やっぱもう1人従業員欲しい〜! そう言えばこの人私と同じくらいの年齢に見えるけど、ここよりも田舎から出てきたのかな?)


 ヴァレットとしてはここで新規客を取り込みたいのだが、あまりの忙しさにそう言ってしまった。

 宿の説明は結構細かく料金説明や決まりごとなどがあり、この忙しさの中説明している余裕がなかったのだ。

 元々母親と2人で回していたのだが、彼女の母親はヴァレットが幼い頃に他界している。


「……では料理をお願いしたい。そこで客足が引くまで待たせてもらおう」


「あ、ありがとうございます。こちらにどうぞ」


(良かった〜。お客さん優しくて)


 ヴァレットがティルテを席に案内をする。当店おすすめの食事を運び、ティルテはその料理を食べながら、ヴァレットが自分に集中できる状況を待っていた。


「大変お待たせして申し訳ございません!」


「いや、見たところ二人で店を回している。そんな子に無茶なことは言えない」


 ヴァレットが頭を下げて謝るが、ティルテはむしろその姿に罪悪感を覚えそう告げる。


「そ、そんな子って……私14歳ですよ。あなたとそう変わらない年齢のはずです」


「……そう言えばそうだな」


 ヴァレットの疑問に、ティルテ何かをは思い出したかのような顔をし、そして静かに肯定した。


「? ……まぁとりあえず、名前と年齢、職業を教えてください」


「名前はティルテ。年齢は……15歳で。明日にでも冒険者になるつもりだ」


 ティルテは少し年齢を言う時に詰まりながらも、答える。


「あぁ、冒険者に。私の事はヴァレットって呼んでください。私もティルテさんってお呼びしますので」


「構わない」


「あ、ところでお金はあります? と言うかやっぱり年齢近いじゃないですか」


「これで足りるだろ?」


 ティルテがヴァレットの問い詰めを無視して、懐から銀貨を一枚取り出す。


「……はい、銀貨一枚。一泊2食付きの料金丁度ですね。では、先ほどの食事を1食分と数えます。今後もこの宿を利用するつもりですか?」


「そのつもりだ」


「では軽く説明を。この宿は基本一泊朝夕の2食付きで料金は銀貨一枚です。追加で食事を頼まれる際は一階で私をお呼びください。その他の要望や質問も同じようにお願いします」


「了解だ」


 これで宿の説明は終わりだった。あとは部屋に案内する。それだけだったのだが、ヴァレットは個人的にもっとティルテと喋りたかった。

 『クローツェペリンの街』は『ニンギュルの森』があるせいで、近くには歳の離れた冒険者が多い。

 そのうえこの店は主に冒険者たちが利用するので、少ない子供たちは怖がって近づかない。

 つまり、ヴァレットは同年代の友達が少なかったのだ。


「……ねぇ、なんでこの街に来て冒険者になろうと思ったの?」


「……今の俺に出来ることがこれだけだった。それだけだ」


 ティルテが俯き目を逸らしながらも答える。


「う〜ん、よく分かんないけど、とりあえず頑張って! そして有名になったら、もっとうちの宿を贔屓にして欲しいかな?」


「あぁ、とりあえずここには連泊する。何日、何週間、何ヶ月かかるかは分からないがな」


 ティルテは目的のためにこの街にいる。その目的を果たしたら当然この街を去るつもりだ。


「へぇ、もしかしてここで実力をつけたら王都にでも行くの?」


「……まぁ、必要なら」


「そっか〜、私と同い年ぐらいの子供、この辺りじゃ少ないから残念だよ」


「……そうか」


「……あ、すぐに部屋に案内するね。ついてきて」


 あまり会話の続かないティルテとの会話をひとまず打ち切り、ヴァレットは彼を部屋に案内した。


(う〜ん、あんまり会話続かないな〜。あの歳でこの街に一人で来るなんてなんか事情があるだろうし……。まぁ、人には言えない事情があるんでしょうけど)


***


 次の日。


「ふぅ、買い出しで頼まれてたのってこれだけで合ってるっけ?」


 ケルガーに買い出しを頼まれたヴァレットは露店で買い物をしていた。

 買い物鞄に買った食材を入れ、店に帰ろうとする。


「ようそこの金髪の嬢ちゃん。俺とお茶しないかい?」


 そこに緑色の髪を生やし、だらしない腹を出した一人の男がヴァレットの前に現れナンパをしてきた。


「え? あ、結構です。店が忙しくて急いでますので」


「そう言うなって」


 ヴァレットは即座にその場を離れようとする。彼のような輩はこの街には多い。ヴァレットはそのことを理解し、幼い頃から父に逃げるようにと教育されてきた。

 しかし逃げるヴァレットの腕を、その男が強引に掴む。


「……離してください」


「俺はCランク冒険者だ。君の店もいろいろ口利きしてやるよ。まぁ、その代わり君にちょっとやってもらいたいことがあるんだけどね」


 ヴァレットが怒りながらそう言うが、男は自分のランクを自慢しながらいやらしい目線をヴァレットに向ける。


「結構です! うちの店はあなたなんかに口利きしてもらわなくてもじゅーぶん営業はできて、むしろ忙しくて従業員が足りないレベルなんで!」


 ヴァレットが怒りながらそう言い、腕を無理やり振り解く。


「おい、この俺が誰だか分かってないようだな。『クローツェペリンの街』はBランク冒険者が二人いる。つまり、Cランク冒険者の俺が3番目に強いと言うことだ」


 男が理不尽に怒りながら、再びヴァレットが振り解いた腕を掴み、そしてそう告げる。

 周りの人間も良い加減その行動にはうんざりしていたが、仮にもCランク冒険者だ。

 自分が危険を犯すような真似は誰もしなかった。


「いたっ! 確かそうだとしても、いくら強かったとしても、人の嫌がることを無理強いするような人は論外です! 離してください!」


「……あんまり舐めた態度取ってんじゃねぇぞっ!」


 ヴァレットが叫びながら告げると、男の怒りが頂点に達したのか、そのまま拳を握り締めてヴァレットの顔に向けられる。


(助けて、誰かっ!)


「おい、俺が連泊する予定の看板娘に何をしている?」


 ヴァレットに向けて放たれたその拳は、一人の少年の言葉によって止められる。

 そこに現れたのはゼファーを一撃で倒し、ちょうど今から『ニンギュルの森』に初クエストに行く途中のティルテだった。


「あぁ!? 誰がお前! この俺が誰か分かってねぇみてぇだな! 良いか! 俺はCランク冒険ーー」


「なんだ、ゼファー以下じゃないか」


 男の台詞を遮り、ティルテが驚き落胆したように呟く。彼としてはゼファーよりも遥かに格下の男が、自分が泊まる宿の看板娘に怪我をさせようとしていたのだ。黙って見ているわけにはいかない。


「あぁ!? 何でお前の口からゼファーの名前が出てきやがる!?」


「別に何でも良いだろ。さっさとその汚い手をヴァレットから離せ。嫌がっているだろ」


 男の質問を無視して、ティルテがそう告げる。


「うるせぇよ! 俺をここまでコケにしやがって! ぶっ殺しーー」


「良い加減うるさい」


 ドサッ!


 男のセリフはまたもそこで途絶えた。話の途中で地面に倒れるように崩れ落ちたからだ。


「無事か?」


「え、あ……うん」


 ティルテの何事もないかのような問いかけに、ヴァレットは目を丸くしながらもそう答えた。


「そうか、なら宿まで同行しよう」


「う、うん」


 ティルテの申し出をヴァレットが受ける。『ニンギュルの森』に行く途中に寄れるので、ただのついでだった。


「……その、さっきのは?」


 ヴァレットが遠慮がちに尋ねてみる。彼女からすれば先ほどの出来事はよく分からないが、尋ねなければ彼女の好奇心がすまないだろう。


「小石を股間に飛ばしただけだ」


「え?」


 ティルテからの予想外の回答に、さすがのヴァレットも驚きを隠せない。彼女は「教えられない」と言われることだろうと思っていたからだ。

 冒険者にとって、自分ができる技能などを無闇にバラすことはしない。つまり、彼はその程度はバラそうとどうでも良い技能だった。


 しかしヴァレットはその事実を受け入れられず、技能を知られたくないティルテが嘘をついていると考えた。

 まぁ、信じられない出来事だったのでそう考えるのも無理はないが。ちなみにティルテの言葉は事実だ。


「それであの人あんな風に?」


「人間の男にとっては急所だ。最悪使い物になるかどうか」


 ヴァレットが疑うように尋ねる。しかしティルテは性別的に理解できないと思い違いをしてそう回答する。


「あ、あはは……。その、助けてくれてありがとうね」


 ヴァレットがその回答に不服を覚えつつも、助けられたことを思い出し、すぐにお礼をする。彼女も先ほどと出来事で動揺していたのだ。


「助けた? 違う、俺はただ目の前のゴミを掃除しただけだ。あの性格ならいずれ冒険者ギルドで俺と何かしらが起こる。なら、実力を知らしめて先に潰しておいた方が効率が良い。ちょうど良くヴァレットが絡まれていたからな。利用させてもらった」


 ティルテはそう答える。ヴァレットにはそれがただ恥ずかしくて照れているようにしか見えなかった。

 無論、ティルテの言ってることは事実だった。しかしヴァレットの考えていることも、あながち間違いではなかった。


「……ふふ、それでも助けてくれたじゃん。ありがとうね、ティルテさん」


 ヴァレットが今までに見たことのない笑顔を浮かべながら、ティルテに改めてお礼を告げる。

 彼女自身がのちに気付くのだが、この時から既にティルテに対して好意を抱き始めていた。


「……はぁ、そう思うのなら勝手にそう思っていてくれ」


 ティルテは若干照れるように、顔をヴァレットとは反対に向けながら呟いた。

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