13話〜ティルテ、ヴァレットにプレゼントを贈る〜

「そう言えばティルテさんはこの街に来て半月ほどできたよね?」


「あぁ」


 ティルテは半月ほど前に『クローツェペリンの街』に現れ、その時に取った宿がヴァレットが看板娘として働き、父親のケルガーが店を営む宿だ。

 同時期にギルドにも現れ、冒険者ギルドに冒険者登録も済ましていた。


「それじゃあ、ついでにこの街の案内も兼ねましょう。シーナちゃんも増えましたし、今後普段使いする店も増えますよね?」


「おそらく倍以上には」


 ティルテが普段使いしてる店は冒険者ギルド、武器武具店、宿の3つ。それ以外は小道具店、服屋などを一通り使った程度だ。

 しかしシーナと過ごす以上、定期的に服屋など、色々有り様になってくるだろう。

 同性のヴァレットならよりシーナにとって良い詳しい案内をしてくれるだろう。


「なら決定です! ちゃんと予定に組み込んでいて正解でした!」


「……そこまで読んでいるとはな。それはそうとして助かる」


「えへへ〜、これぐらい当然ですよ」


 ヴァレットの未来予知にも近いと感じる受け答えの良さ。彼女はティルテのことを考え、彼ならどう受け答えするだろうかなどを、一昨日からずっと考えていたのだ。

 そして2人は様々な店を案内される。現在いるのはアクセサリーショップだった。


「……待て。何故こんなところにいる?」


「デートなんだから当然じゃないですか?」


「……そう言えばそうだったな」


 ティルテはハッと我に帰り尋ねるが、ヴァレットの正論にそう言うしかなかった。


「彼氏さん、彼女にどうだい?」


 するとこの店の店員がティルテにサファイアの首飾りを進めてきた。


「かか、彼女じゃないです! ……まだ……」


「そうだ。俺は彼氏じゃない」


「……そうです違いますよ〜。……まだ、ですけど」


 それを聞きヴァレットが慌てて否定する。最後の方は小さすぎて、本人以外は聞こえていない。

 それに便乗するようにティルテも否定する。ヴァレットが若干落ち込みながら棒読みで肯定する。

 そしてまたも小さくそう呟いた。もちろん、本人以外には聞こえていなかった。


「きれー……」


「あ、シーナちゃんも分かる? やっぱりこの髪飾り綺麗だよね〜。私はこっちが好きかな〜」


「……ふむ、たしかに綺麗だ」


 シーナは自分の好きなものを好きなように見せていると、一つの髪飾りを見つけてそれをずっと見ていた。

 ピンク色の花柄に、綺麗な小さく砕かれた宝石がまぶされている。


「あの宝石は取れたりしないのか?」


「はい。特別な加工をしておりますので。もし取れた際には、無料で三度まで再度つけることも出来ます」


「そうか」


 ティルテが気になったことを店員に尋ねると、そう返ってきた。


「ティル……あ、えっと……ね」


 その間にシーナがティルの足元に立ち、両手の指を触りながら、歯切れ悪く何かを言おうとしていた。


「……これ……と、あれもくれないか?」


「え?」


「かしこまりました〜」


 ティルテがシーナが見ていた髪飾りともう一つ、別のものを店員に指を差して伝えて購入する。その行動に、ヴァレットが困惑の声を漏らした。


「ティル、似合ってる?」


「あぁ、シーナにピッタリだ」


「ふふ〜」


 シーナがさっそく自分の髪に付けようとして、うまく付けれないのでヴァレットにつけてもらい、ティルテに感想を求める。

 ティルテがシーナの髪を撫でながらそう言うと、口元を緩めて喜んだ。


「あ、あの、ティルテさん……。これって……?」


 ヴァレットが戸惑いながら、手元の蒼色の宝石のネックレスを見せてくる。ティルテが先ほど買ったものだ。


「ヴァレットが最初に目をつけて、時折チラ見をしていたからな。てっきりこれが欲しいのかと思っていたが違ったのか?」


「そ、そうじゃなくて……これ、すっごく高いじゃないですか」


 ティルテはこの店に入ってからヴァレットを見ていた。彼女には今回のお礼として、何かプレゼントを渡したかったからだ。

 どうせなら彼女が心から欲しがるものをプレゼントしたかった。結果、そのネックレスになったのだ。

 お金の心配はない。ティルテは冒険者としてこの半月間の間に、ありえないほどの金額を稼いでいる。


「それぐらい必要経費だ。案内をしてもらっているし、何よりこれはデートなのだろう? なら、男が一つぐらいプレゼントをしたところで別におかしくはないはずだ」


「えっと……本当に良いんですか?」


「当たり前だ」


「……じゃあ、ティルテさんが私に付けてください」


「あぁ、それぐらいなら」


 ヴァレットがちょっと遠慮がちに尋ねるが、ティルテとしては受け取ってもらわならば困る。

 それでヴァレットが貰ってくれるなら、そう考えてネックレスを受け取り、首の後ろに手を回す。

 必然的に2人の距離が近くなり、ヴァレットの顔は紅色に染まっていた。


(自分から言い出して恥ずかしいのか?)


「ど、どう……ですか?」


 ヴァレットがなおも顔を赤くしながらも、ぎこちない笑顔を浮かべてそれを誤魔化しつつ聞いてくる。


「うん、思った通り似合っている。プレゼントして良かったと心から思える」


「本当ですか!? ふあぁぁ〜〜、これ、一生大事にしますね!」


「そう言ってくれるとうれしい」


 ティルテの本心を聞き、ヴァレットが歯を見せて笑いながら、ネックレスをうっとりとした表情で見つめていた。


「少し休憩しましょうか」


 その後もしばらく案内が続いた。その時、ヴァレットが絶妙なタイミングでそう切り出してきた。

 シーナの足の疲れなどを考え、ある程度の案内を終えた頃、太陽は真上に差し掛かっていた。ちょうどお昼休憩する時間にはもってこいだ。

 場所は少しばかり住宅地から外れた景色の良い丘。日当たりもよい。


「はい、シーナちゃん」


「ん! ……おいひ〜」


 俺がずっと持っていたカゴの中身はサンドイッチだった。彼女がいつもより早くに起きて、一生懸命作っていたのだ。

 ヴァレットから差し出されたサンドイッチをシーナが受け取り、すぐに口へと持っていく。

 シャキシャキと歯応えの良い音を出す野菜。シーナも美味しそうに食べていた。


(そういえば、シーナに好き嫌いはないのだろうか? 今まで残したものはなかったが、普通の子供は野菜を嫌がる。好き嫌いがない。もしくは……好き嫌いなんて言っている状況じゃなかった可能性も……)


「ティルテさんもどうぞ」


「あぁ……うん、うまい」


 ヴァレットから手渡されたサンドイッチを口に運ぶ。ハムや卵、色々な種類を作ってきているようだ。

 先ほどの思考を一旦止める。今はそんなことを考えるべき時間ではないからだ。


「そう言っていただけると作った甲斐がありますよ。あ、シーナちゃんほっぺにお弁当付けてるよ」


 ヴァレットがシーナの顔に付いたソースを指で拭い、そして口に持っていく。


「あ、良いですかティルテさん。この前もこうすれば良かったんですよ?」


 ティルテがそれを食べながら眺めていると、ヴァレットがドヤ顔でそう言う。


「俺もしたぞ?」


 ティルテが一昨日の夕食時、シーナの頬についたソースを口に運んだことを思い出す。


「シーナちゃんじゃなくて私にですよ! そこが重要なんですから〜」


「ふむ、ではまた機会があれば……おい、何故今わざと付けた?」


 ヴァレットの口元にソースが付く。だがそれはシーナのように食べていて偶然、ではなく明らかにわざとと分かるものだった。


「そんなことありません。わざとじゃなくて偶然です」


 だが、あくまでヴァレットは偶然を装いたいらしい。


「必然の間違いだ。わざわざ綺麗な肌を汚してまですることか?」


「えぇ、全女子の憧れなんですかーー……今の、もう一回言ってください」


 ティルテが反論すると、ヴァレットが肯定しようとしたが途中で言い止め、問い返してきた。


「必然の間違い」


「違いますよ! その後です」


「綺麗な肌を汚してまで?」


「……ほ、本当にそう思ってます?」


 ヴァレットがすごい剣幕で問い詰めるように尋ねる。だが、最後の問いだけは照れている仕草も見せる。


「当たり前だ。俺は基本的に嘘などつかない。そして今ここで嘘をつく必要などない。全て真実だ」


「まぁ、そういう事なら特別に我慢して……ひゃっ!?」


 ティルテが告げると、ヴァレットか笑顔になりながらそう言いかけて途中で言い止まる。

 ティルテが手を伸ばし、ヴァレットの口元に付いたソースを指で取ったからだ。


「何を驚いている? ヴァレットがしろと言ったんじゃないか?」


「さっきの発言で心の準備が全てパーになってたんですよ! 変な声出しちゃったじゃないですか!」


 ティルテが首を傾げると、ヴァレットが声を大きくしながら両腕を上下にブンブンと振り回す。その表情は恥ずかしさで真っ赤だった。

 今までの出来事を見れば分かるが、彼女は攻撃特化で防御力が弱い。


「す、すまない。今度からはやめておこーー」


「いえ、心の準備できてたらお願いします」


「……分かるように善処しよう」


 ティルテがやめることを進言しようとするが、当然ヴァレットはそれを止めた。


「うまかった。ヴァレットの手作りだと思うといつにも増してな」


「え、あ……ありがとうごじゃいましゅ……」


 そしてヴァレットか作ったサンドイッチを全て食べ終わり、その感想を伝えると彼女はまたも顔も真っ赤にする。それだけではなく、耳も真っ赤に染まっていた。

 口元はニヤけるのを見られないように、下を向きながら顔を手で隠す。

 それでも頑張ってそう返した。思いっきりかみかみだったが。


「今日は案内をしてくれて助かる。それよりもヴァレットは他に行きたい場所はないのか? これじゃあほとんど俺たちに付き合わせているだけで申し訳が立たない」


 料理を食べ終えたティルテがヴァレットにそんな提案をする。彼女ならこの後も何かしらを考えているかもしれないが、これではティルテの気が済まなかった。

 彼女が本当に自分から行きたい場所に、ティルテは連れて行きたかったのだ。


「え? 私はティルテさんと一緒に入れたらそれで良いんです。こうやってネックレスも買ってもらっちゃったし、むしろこんなことで良いのかって思ってます。それに、これは私が好きで案内をしたり、一緒にご飯を食べたりしてるんですから。……あと、あの時の恩に比べたら、こんなの全然ですよ」


 だが、ヴァレットは目を細めながら笑顔を浮かべて、先ほど買ったばかりのネックレスを優しく触りながらそう言う。


「バレットお姉ちゃん、ティルが何かしたの?」


 すると、先ほどまでひたすら黙ってサンドイッチを口にほうばっていたシーナが疑問を浮かべる。

 彼女にとっては2人の会話よりも、サンドイッチの方が重要だったのだろう。


「あ、お姉ちゃんって初めて呼ばれた〜。えっと、ちょっと長くなるよ。シーナちゃんがいる前の時なんだけどね。ーー」


 ヴァレットはシーナにティルテとの出会いを話し始めた。

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