4話〜ティルテ、シーナの服を買う〜

「……ん」


 シーナが両手を上に上げてそのまま待機する。その様子はバンザイに見えた。


「……なんだ? さっさと洗え」


 ティルテはシーナの行動を無視してそう言う。


「……ん!」


 だが、ティルテの言葉を聞いてもシーナは依然そうしていた。


「……脱が、して……」


「……は? 服くらい自分で脱げるだろ?」


 しかし痺れを切らしたシーナの小さな呟きに、ティルテは驚きながらもそう尋ねた。しかし、シーナは首を横に振る。


「……はぁ、しょうがないな」


 ティルテはそう言ってシーナの服を脱がす。と言っても、薄い布一枚の服と呼べるかどうかも怪しい代物だったので、簡単に脱がすことはできた。

 次にティルテは裸になったシーナに、お湯につけた布を渡す。だが、シーナは受け取らなかった。


「……ん」


 またもシーナはバンザイをした。


「……ダメだ。体ぐらい自分で洗え。少なくともそれぐらいはできるだろう? 自分のことは自分でやれ。…………くっ、今日だけだからな」


 ティルテは何もかも自分に任せるシーナに若干の苛立ちを覚える。しかしティルテはシーナの生まれ育った背景を知らない。もしかしたら、何もかも他人に任せる高貴な人間の娘の可能性もある。

 そう考え、今日だけだからなとティルテは言いながらシーナの体を洗い始めた。


「良いか、この布でゴシゴシとやって汚れを落とす。力強さは自分でやったほうが良い。一度やってみろ」


 シーナの腕などをゴシゴシと汚れを落としながら、実演をした。そしてシーナに布を渡し、もう片方の腕を自分で洗うように言う。

 シーナは無言で布を手に取り、ゴシゴシと自身の体を洗い始めた。


「そうだ、偉いぞ」


 ティルテがそう言ってシーナの頭を撫でる。するとシーナは笑顔を浮かべて、自分で体を洗い始めた。だが……。


「……つか、れた……手伝って……」


 自分の体を洗うだけで疲れたと言うシーナに驚きつつも、確かに鎖で縛られ続けたのだから体力も落ちているだろうと考える自分に、ティルテは情けなくなりつつも布を受け取った。


 ティルテは無心でシーナの体を洗う。当然胸もだ。この年で不自然な肌に大きく膨らんだ胸を無心で、無表情に洗い続けた。

 ちゃんと下乳の方も洗わないと汗疹ができるらしいからな。そしてシーナの頭を洗って、最後にお湯で流した。


 ティルテが乾いた布を手渡すと、シーナはキョトンとした顔をした。ティルテはため息をつき、「今日だけだぞ」と言いながらシーナの体を拭いていく。


「……ん。あり……がと……」


 シーナが自分の体を拭き、その布で体を包ませたティルテに言った。


「……あ、あぁ」


 ティルテは今までお礼を言ってこなかったシーナの対応に驚きつつも、そう返した。


(……今日からこの子と一緒に過ごすことになるのか……不安だ)


 ティルテはそう思った。


(……でも、良い子だ。……きっちりと教育してやれば、賢い子になるだろう。それぐらいなら……まぁ、一緒にいてやるか……。だが、俺の目的は忘れない。忘れてはいけない……。この子を育てきったなら、俺はまた目的を果たすために動く)


 ティルテはそうとも思った。


「少し待ってろ。服ができたかどうか見てくる」


「や……。一緒……」


 ティルテがシーナに服があるかを尋ねに行こうとした。しかし、シーナは一人で待つことを嫌がり、両手を上げて抱っこのポーズをとる。


「シーナ、布一枚のお前が店に出るとこの店に迷惑がかかる。悪いがこの事は受け入れてくれ」


「! ……お、おいて……いかない?」


 ティルテがシーナに諭すように言う。シーナはティルテの言葉にショックを受けたように驚き、そんなことを尋ねてきた。


「おいていかない。お前と一緒に暮らすと約束したんだ。お前の服を見てくる、それだけだ。大人しく待っていてくれよ」


 ポンポンとシーナの頭を軽く叩くように撫でながらティルテは店内へと戻っていった。


 ティルテが店内に戻ると、ハンナが女児用と思われる服を仕立てているところだった。


「出来たわ! 完璧ね! ……あら、ちょうどのタイミングだったかしら?」


 服の仕立てがちょうど終わったようだったハンナがティルテに尋ねる。


「あぁ。それより何をしてたんだ? 既製品を探すだけのはずだろ? オーダーメイドを頼んだ覚えはないが」


 ティルテはハンナが服を仕立てていた理由を尋ねる。


「あのねぇ、シーナちゃんの胸、あれはどう考えても普通の女児用じゃきつくて仕方がないじゃないの。今、胸はの部分だけ仕立て直しておいてあげたの」


(……はぁ。シーナのことを考えられていない自分に嫌な気分になるな)


 ハンナの気遣いに気づかなかった自分に、ティルテはこの先の不安を覚える。


「あ、別に追加料金は要らないわ。その代わり、この服の宣伝でもしてもらえないかしら」


「助かる。了解だ。聞かれたときにはこの店に作ってもらったと答えよう」


 ティルテはハンナにおまけをしてもらった。礼を言い、すぐに服をシーナに持って行こうするが、ハンナは自分もついて行くと言って聞かなかった。

 服の仕上がりを直に見たいと言っていたが、絶対にシーナの着替えを見たいだけだろ、ティルテはそう思ったが口には出さない。

 仕方なくティルテはハンナの同行を許可した。


(心配なのはシーナの人見知りだが……。ハンナはシーナに悪感情を抱いていない。慣れにはうってつけの人物だ。有効活用しない手はない)


 2人が裏部屋に戻ると、シーナはティルテの姿を視界に捉えて笑顔になり、ハンナの姿を捉えて物陰に隠れる。そしてそこから顔だけを出してハンナを見つめる。

 ハンナはそこも可愛いと悶絶していた。ティルテはそんなハンナを見て引いていた。シーナに服を着せる。


 髪がボサボサだったので、ちょっとだけだが樫を貸してもらい、ティルテはシーナの髪をといた。

 全体的にモワッとしており、無作法にバラバラに広がっていた髪が、ストレートにまとまっていた。

 ティルテは女の子の髪型は分からないので、とりあえずと思いストレートにしていた。


 シーナが着た服は焦げ茶色をベースにしている。胸の部分と腕の部分、スカートの一番下の部分は白色になっていた。

 胸の部分はチェック柄のようなアミアミがなされており、最後に可愛いリボンが結んであった。

 そのリボンを解くと服が脱げるようになっているとハンナが説明した。


「シーナ、ハンナさんがお前のために服を作ってくれたそうだ。何か言うことがあるだろう?」


 ティルテはシーナにそう言う。まぁ、ここでシーナが「お金払ってるんだからそんなこと言う必要ない」と言えるほど捻くれている訳ではないことは知っている。

 あとは自分でお礼が言えるかどうか……。


「あ、良いのよシーナちゃん。むしろそ〜んな可愛い姿を見れるんだもの。私の方がお礼を言いたいぐらい……ぐふふっ」


(……シーナがお礼を言いにくくなったじゃないか)


 ハンナの言葉にシーナとティルテは軽く引く。だが、シーナは意を決したように、ゆっくりとだが物陰から出てくる。


「……ぇ……。……あ、ありがとう……」


 シーナの目はハンナの目をじっと見ているわけではなく、左右を行ったり来たりしていた。

 だが、何度も勇気を振り絞り、小さな声を出してシーナはお礼を言った。


「……よく言った」


 ティルテはシーナの頭を撫でながら褒める。シーナはパァっと笑顔を浮かべティルテの腰あたりに抱きついて来た。

 ムニムニとシーナの大きな胸が当たるが、依然としてティルテは無表情だった。


(……まぁ、別にいいか。……それよりハンナは……?)


 ティルテが後ろを振り向くと、ハンナは鼻血を出して倒れていた。

 ハンナはのちにこう語った。これが尊死とおとしと。


***


「いや〜、すまないすまない。あまりにもシーナちゃんが可愛くてさぁ、ついでに譲ってくれない?」


「断る。シーナは誰の物でもない。シーナがどこにいるかはシーナが決める」


 一度尊死したハンナが復活した。そしてティルテにシーナの引き取りを提案した。

 しかしティルテはその申し出を速攻で断り、シーナへと選択権を与えた。


「ティル……が良い……」


 シーナはティルテの腰にしがみつきながらそう言った。


「だそうだ。悪いが諦めて……待て、今言ったティルとは……俺のことか?」


「……ん!」


 シーナがキラキラとした目でティルテを見ていた。その顔には「シーナがつけたの。良いでしょう?」と言いたそうな顔をしていた。


『ねぇティル。私……あなたのことが……この、世界中の、誰よりも……好き』


 ティルテの頭の中を、ある1人の少女の声が通り抜けた。それは遠い記憶の欠片の一つにすぎない。だが、『ティル』と言う愛称でティルテを呼んだことある者は1人しかいない。

 その少女の事をティルテは思い出していた。


「……まぁ、おまえになら良いか」


 ティルテは小さく呟きながらシーナの頭を撫でた。


「く〜〜! 良いわ〜〜〜! ねぇねぇシーナちゃん! 私の事、ハンナお姉さんって呼んでくれなーー」


ボカン!


「すみませんうちの店長が。毎度ありがとうございました〜」


「あぁ、また来る」


 女性店員に気絶させられて黙った店長。それを抱えた女性店員が話を強引に終わらせる。

 ティルテもそれに内心感謝しつつ驚きつつも、そう言って店を出た。


 ティルテとシーナは先ほどとほぼ同じ道を歩くが、ティルテは人々のシーナを見る目線の意味が変わっていることに早々に気づく。


(やはり服を新調して良かった)


 今のシーナはちゃんと街に溶け込んでいる。いや、むしろ可愛すぎて少々目立ってしまっている。だがそれでも十分街の人間と認識されているだろう。

 ティルテとシーナの2人は街の中を歩き続け、途中で買い物をし、そしてティルテが普段から泊まっている宿へとたどり着いた。

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