19話〜魔物襲来の前日、そして討伐開始〜

 ティルテたち3人のBランク冒険者に魔物の大群の撃退することが決まった、またゼファーがAランク冒険者に昇格した日の翌日。

 街の中心部にて、他の冒険者及び『クローツェペリンの街』の住民に、魔物の大群が現れたとの情報が伝えられた。


「ふざけるな! 俺は王都に逃げさせてもらうぜ!」


「俺もだ。この街と心中するつもりはない!」


 この街出身ではない、『ニンギュルの森』の魔物を狩る為に訪れていた冒険者の一部が、大声でそう叫ぶ。


「ふむ、去りたければ去れば良い。その代わり、冒険者としての資格は私の権限で永久剥奪しよう」


「なっ!?」


 ギルド長のハイゼから告げられた一言に、ギルドの判断を非難していた冒険者が驚きの声を上げる。


「この街で過ごし、『ニンギュルの森』で稼がせてもらった恩を忘れるような臆病者のクソ野郎はいらん。失せろ!」


 ハイゼは覚悟を決めた表情で、臆病風の吹く冒険者たちに言い放つ。


(この街で生まれ育った人間で、この街を捨てるような人間はいないだろう。だが、彼らは稼ぐためだけにこの街に来ている。こうなるのも当然と言えば当然だ)


 しかし、彼らの冒険者としての権限はギルド長が握っている。また、彼らが今まで『ニンギュルの森』でクエストを受ける際の宿屋や装備などを用意していたのはこの街の住民だ。

 先ほどの冒険者たちは、この街とギルド長を敵に回した。もう先ほどの発言を取り消したとしても、今後この町で活動することは難しいだろう。


「言っとくが、俺とアリサ、ティルテとギルド長のハイゼさんも戦うぜ? お前たちが本当にこの街に思い入れも何もないってんなら、ギルド長の言う通りに今すぐこの場から消えろ。他の奴らもだ。足手まといはいらん。……だが、この街の人たちと関わってきて、その人たちのために戦いたいって思ってるなら残れ」


 ゼファーがハイゼの援護射撃をするように、自然に話の輪に入り自分の意見を述べる。


「もちろん報酬は相当額を支払わせてもらおう。……私に、君たちの命を預からせてほしい。……頼む」


 ハイゼが最後に報酬の話をして、頭を下げる。その行動に、周りの人間がざわめく。


「……はぁ、ギルド長に頭まで下げられちゃなぁ」


「まぁ、俺もこの街結構気に入ってるからさ。残るよ」


 先ほどとは違う、しかし逃げようと考えていた冒険者たちの一部がそう言いながら、戦いの場へ身を置く事を了承する。

 そしてギルド長たちの説得により結果、Cランク冒険者1人。Dランク冒険者2人。それ以下10数名が抜けた。

 そしてそれ以外のBランク冒険者3名、Cランク冒険者13名、Dランク冒険者36名、それ以下が200名あまりがこの街の防衛線となった。


 おそらく抜けた冒険者たちは、二度とこの街の敷居を跨ぐことはないだろう。冒険者としての資格は、他の街で再登録が出来る。

 しかし、ハイゼの息が掛かった街で再登録をするのは容易ではないだろう。特に、低ランク冒険者にとっては。


***


 冒険者たちは一部が抜けたが、住民たちは幸い、もしもの時は故郷と心中する者が殆どだった。それでも、一部の人は王都へと向けて避難をした。

 彼らは途中で魔物に襲われない事を祈るだけだろう。まぁ、利害が一致した住民と冒険者たちでどうにかしてほしい、とティルテは考える。


 昨夜、ヴァレットとその父親であるケルガーには一足先に魔物の襲撃が起こる可能性を伝えておいた。

 ケルガーはこの街に残る事を選択した。そしてシーナはヴァレットに預かってもらうようにお願いした。

 彼女は快く引き受けてくれた。そしてその時、ヴァレットはティルテは向けてこう言ったのだ。


「私は、ティルテさんを信じています。無事に帰ってきたら、お腹いっぱい私の手料理を食べさせてあげます。……無事に帰ってきてくださいね? 約束ですよ?」


 と。彼女はティルテの両手を取り、強く握りしめる。ヴァレットからティルテへと手の温もり、柔らかさがとても伝わる。

 同時に彼女が内心は恐怖し、微かな震えが出ていることも、ティルテには伝わっている。


「あぁ、約束しよう。俺が今まで約束を破ったことなど……一度しかない。料理、楽しみにしている」


「ふふ、料理は任せてください。……って、一度あるんですか……じゃあ、今度はきちんと守ってくださいね。約束も、この街も……」


 ヴァレットはティルテの手を名残惜しそうにながらも離し、笑いながら年相応に膨らんだ胸を叩く。

 そして呆れたような声を出しつつも、上半身だけを前に出して笑顔を浮かべながら、ティルテを信じきった目で話す。


「ティル、頑張ってね! シーナ、応援してるからね」


 シーナはティルテの剣を振る真似をしたり、右手を上に突き出してやる気を見せていた。


「あぁ、任せろ。俺はこの街が好きだ。冒険者仲間のゼファーやアリサも好きだし、ギルド長のハイゼも好きだ。門の警備をしているミハイルも、洋服店のハンナさんも、この宿を経営しているケルガーさんも好きだ。ヴァレット、そしてシーナ、俺はお前たちも好きだ。……必ず守って見せる」


 ティルテも一人一人名前を上げ、指で数えながら語る。そして最後に2人に告げた。


「うん、シーナもティルの事好きだよ?」


 シーナがティルテの腰に抱きつきながら、無邪気な笑顔で当たり前のように話す。


「知ってるさ。シーナ、ヴァレットの言う事をしっかり聞くようにな」


「うん!」


 ティルテはそんなシーナの頭を撫でながら、もしもシーナが宿から出てしまわないように、ヴァレットの言う事を聞くように告げる。


「あ、ティルテさん、私もティルテさんのこと、好きですよ! ……でも、今度は違う意味で、1人だけで呼ばれるように頑張りますね」


 ヴァレットは出遅れたと考えながらも、シーナと同じような感覚を保ちながらティルテに伝える。しかし、それだけではインパクトが弱いと感じ、半分告白のように伝える。


(あ、最後かもしれないと思ったら、急に変なこと言い出しちゃった……!?)


「……? あぁ」


 ヴァレットの内心は羞恥心でまみれていたが、ティルテの要領を得ない返事の仕方をなんとも言えない瞳で見る。

 彼のこの返事の仕方は、分かっていないが分かったと言う時の返事の仕方と言う事を、彼女は知っていた。

 まぁ、初めて会った時には何も言わずに無表情で黙りこくっていたので、進歩といえば進歩といえよう。


「……はぁ、先は長そうだなぁ〜」


「……?」


 その受け答えにヴァレットは安心した、しかし残念そうな複雑な気持ちを吐き出すかのように呟いた。

 ティルテはまたも意味が分からないと言った顔をしていた。


「と、とにかく頑張ってくださいねティルテさん!」


「あぁ」


 ヴァレットは勢いでごまかした。


***


 翌日、関所の門前に、全ての冒険者が集結していた。また、『クローツェペリンの街』を守るミハイルのような兵士たちも集結している。


「ここにいる人たちは、我らの故郷を守るために立ち上がった、誇り高き戦士たちだ! 魔物などの襲撃など恐るるに足らん! この地を脅かす魔物どもを、一匹残らず殲滅せよ!」


「「「うおぉぉぉぉぉっっっ!!!」」」


 ハイゼの遠くまで響く激励と共に、冒険者たちだったが一斉に武器を片手に持ち、上へと掲げ発生をする。


「よう、ティルテ」


「ミハイル。なんのようだ?」


 その行動を1人眺めていたティルテに近づく1人の影。ティルテは一瞥すると興味を失ったかのように見える態度を取る。

 しかしミハイルが片手を上げながら、友人に会った時の挨拶をするように話しかけてくると、ティルテは会話を始める。


「あの嬢ちゃん、シーナちゃんは大丈夫か?」


「宿の看板娘に預けてある。俺たちが全滅しない限りは無事だろう」


「あぁ、ヴァレットちゃんか」


 彼は自分がティルテに預けたシーナの心配をしていた。しかし自分が紹介した宿の娘であるヴァレットに預けられた事を知り、安心する。


「俺たち冒険者が魔物討伐をするが、お前は何をする? 何処に配備される?」


 ティルテがミハイルに尋ねる。彼は優しい。ゼファーとアリサ、ハイゼの居場所はきちんと確認済みで、戦場でも彼らに危険が迫れば助ける。むろん、他の者も助けるだろうが優先順位の問題だ。


 他にも、ヴァレットには魔物の存在をバラし、今なら逃げられる事を伝えた。もちろんそれをバラすことはギルド長から止められていたが、彼は知り合いである彼らの命を優先した。


 今回尋ねた理由も、自分の恩人であるミハイルを助ける時に居場所をわかっていた方が、より確実に守れると踏んでの行動だ。


「俺たち兵士は基本的にこの街の防衛線だからな。冒険者たちがここまで追いやってこられた時までは、裏方の補給部隊みたいなもんさ」


 ミハイルがティルテに説明する。今回は冒険者たちが平原、森に入って異常発生した魔物の討伐を行う。

 その際、兵士たちは冒険者たちの手助けをする。また、もし冒険者がやられた際の町の防衛戦力と数えられている。


「了解した。……これを腕につけておけ」


 ティルテが腰にかかる、質量保存の法則を無視した何でも入り幾らでも入る魔道具の《無限袋》から、ティルテ特性の魔道具を取り出す。

 見た目はFランク程度から取れる無色の魔石をブレスレット状にしてあり、アクセサリーとも認識できるだろう。


「これは?」


「お前の体内に宿る魔力を使って、避けられない攻撃に対しては自動的に《魔力障壁》を張ってくれる。ただし、二度だけだ」


 その説明を聞き、ミハイルが顔を青くする。この魔道具もまた、国宝級と呼ばれるにふさわしい道具だろう。しかし、ティルテは一つ嘘をついた。


(ミハイルの魔力なら……致死性の攻撃を3回までは防げるな)


 ミハイルの場合、この魔道具は本来3回まで使える。しかしティルテは敢えて一回分少なく教えた。これはミハイルが油断をしないようにするためだ。

 二回までは安心できるが、最後の一回分を認識していないので一回分の保険を残しながらも、ミハイルは死に物狂いで戦うように誘導したのだ。


 魔術を使うためには魔力が必要だ。魔力があれば魔術は覚え、コントロールできれば簡単に使える。

 ティルテが最初にシーナに感じた魔力持ちとは、魔術師ではないが魔術師になれる才能の持ち主を指す。

 シーナのように、得体の知れない存在と認識していた時や、魔術師ではない子供に対して使う言葉だ。


 しかし、魔術師はあまり存在しない。魔力自体は大なり小なり誰しもが持っているが、それを魔術に昇華するほどの魔力量を持つ者がいないからだ。ミハイルもその例に漏れず、魔術は使えない。


「……おいおい、こんな貴重な物待たされる方にもなってくれよ」


「これは初めて会い、俺の事情を一番知っているお前だから渡すんだ。他の知り合いには渡していない」


 ミハイルはこの魔道具を持つことを恐ろしく感じ、ティルテに返そうとする。この魔道具は彼の一生の稼ぎよりも多いだろうと、ミハイル自身も認識しているのだ。


 しかし、それをティルテは突き返す。彼にとってミハイルは、絶望の中初めて出会った人間であり、自分を助けてくれた恩人なのだから。

 その分、ティルテの素性までは言わずとも、ティルテが特異な人物であるとは認識している。

 ティルテはミハイルになら、この魔道具を渡しても問題がないと考えているのだ。


「……分かった、受け取るよ。まぁ、これを使う事が無いように【唯一神】に祈っとくわ」


 ミハイルはティルテの真剣な眼差しを向けられながらそう言われる。すると彼はため息をつき、諦めてブレスレット型の魔道具を受け取った。

 そして腕につけながら、ポロリとその一言を漏らす。


「神頼みなどやめろ。神が本当にいるのなら、この状況は起きていない。いつだって信じられるのは己だけだ」


 しかしティルテの様子はその一言で急変する。その変化にミハイルは驚きつつも、ティルテは自分で自分を抑え込んだ。

 そして【唯一神】の存在を否定する。彼は『聖神教』の人間が耳にすれば怒り狂い、異端認定されるほどのことを口走る。


「……お前それ、絶対他の奴らには言うなよ?」


「分かっている」


 ミハイルはその言動に驚きを見せつつも、ティルテに注意を促す。もしティルテと親しくない者がいれば、ティルテは避けられるようになっていただろう。

ティルテも不機嫌ながら、了承した。

 しかしその表情と雰囲気は、他の人間に撤回しろと言われたとしても、絶対に先ほどの言葉を撤回するつもりは無いように見えた。


 そうして数分後。ティルテや他の冒険者たちは、『ニンギュル平原』へと足を踏み入れる。


「お、おいおい。こんな光景見たことないぞ」


 1人の冒険者が口からそんな言葉を漏らす。その時ティルテは、即座に魔物の体内に宿る魔力を感じとる。『ニンギュル平原』。そこには既に、五百体以上の魔物が存在していた。


(……なるほど。魔力と目視確認的に……獣二割、三等域の魔物が六割、二等域の魔物が二割。一等域の魔物無しか。……やはりか……)


 そして感じた魔力と、目視できる数からその数を引き、憶測で魔力の感じない獣たちの分までの数を把握した。

 そしてティルテは確信する。街に向けて侵攻する魔物の大群は、教会の神父によって仕向けられていることを。

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