20話〜ティルテ、仲間を信じて黒幕の元へと向かう〜

「ハイーー……ギルド長、三等域の魔物でディノウルスだけが居ない。おそらく雑魚を優先的に前に出して、こちらを消耗させるつもりだ」


 ティルテはその事を一瞬で判断すると、あえて神父の存在を隠しながら、魔物が統率されている事を伝える。

 人間に裏切り者がいるなど、いくらハイゼでも信じきれないし、下手をしたら余計な混乱を招いてしまうだけだ。

 ならば、今ある事実だけを分かるように誘導してティルテは伝える。


「なに? ……言われてみれば……。待ちまたえティルテ君。君は魔物が戦略を立てていると言いたいのか!?」


 ハイゼはティルテの言葉に目を細め、改めて戦場を見渡す。そして一定の納得の言葉を漏らす。

 しかしその言葉が普通ではありえない事を示している事だということに気づき、声を荒げてティルテに尋ねる。


「そうだ。まずは雑魚でこちらの体力を削り、消耗して森に入ったところを隠密性の高いディノウルスたちで仕留める。そしてそれすらを突破した高ランクの冒険者たちを、一等域、二等域の強い魔物たちで止めを指すつもりだ」


 ギルドの偵察部隊が確認したところ、一等域の魔物も数体森で確認されているはずだ。

 しかし、一等域の魔物どころか二等域最強のバルドスネイクスなどの強敵。

 三等域最強で隠密性に長けており、別名で初心者殺しの異名を持つディノウルスも姿を見せていない。


「考えて見ろ、魔物がこれだけ争わずに居ること自体が異常だ。つまり、魔物を統率する王がいるはず。そしてそいつは森の奥で隠れてこちらの出方を伺っているはずだ」


 ティルテはハイゼに異常を伝えて説得を試みる。


「……無いとは言い切れない。それに君の証言だ。だが、確証はあるのか?」


 ハイゼの心の中ではティルテの言葉を信じたかった。しかし信じられない自分もいた。ここで統率者をみた、などの証言も取れれば確実だった。


「言えないがある。確実にこの魔物たちは操られていると言うことだけは。それ以上はいくらあんたでも今は言えない」


「……そうか。それで、君は一体どうするつもりなんだ?」


 しかし、ティルテ自身は確証があるが、それをハイゼには話さなかった。もちろんちゃんとした理由もあるのだが、その言葉でハイゼはティルテをあまり信じられなくなってしまった。

 少し間を開けて返事をした後、ハイゼはティルテがどうするつもりなのかを尋ねる。


「『ニンギュルの森』一気に突っ込んで、一等域の高ランクの魔物たちを殺してくる。ついでに魔物たちを統率する奴も」


「……やばくなったら逃げたまえよ?」


 ティルテの予想が合っていれば良い、合わなくとも、森に潜む魔物を倒してくれるのだ。ティルテの行動に明らかな損することはなかった。

 強いて言えば、ティルテなら助けられる冒険者の命が助からない可能性もということだけだ。

 しかし、それ自体も仮定の話。そんな理由で冒険者であるティルテを止めることはできなかった。

 ハイゼが言える言葉は、ティルテの命を優先する言葉だけだった。


「当たり前だ。俺は死ぬわけにはいかん」


 ティルテはハイゼに呟くように告げると、ティルテは『ニンギュルの森』に向けて入っていこうとする。


「おいティルテ! なぜ『ニンギュルの森』に行くんだ? まずは街に行く可能性のあるこいつらから片付けるべきじゃねぇのか?」


 そこをゼファーが呼び止める。ちょうど魔物を火属性の魔術で倒したアリサも近づいてきた。

 魔術師にも、得意属性苦手属性は存在する。彼女は主に火属性の魔術を得意としていた。


「魔物どもは先に雑魚と俺たちを戦わせ、俺たちが弱ったところを主戦力で片付けるために動いている」


「っ!? ……たしかに魔物たち〜、強いのあんまり居ない〜」


 ティルテは何故そんな事が起こっているかなどの理由を伝えず、簡略化して自分が動く理由だけを伝えた。

 その言葉に驚きつつも、アリサがティルテの考えを肯定する意見を出す。

 彼女は後衛から戦況を見る魔術師だ。そちらの方が視野が広いのだろう。


「そう魔物たちを動かしている統率している王と、その主戦力を俺は殺してくる」


「……なら、俺たちも行くぜ?」


 アリサが理解したのなら早いと考えたティルテが自分の動きを伝える。

 すると、ゼファーは神妙な面持ちで自分も同行することを尋ねてくる。


「いや、2人はここに居て欲しい。もし俺の読み違いで主戦力が侵攻してきた時の保険としてな。……お前たちは戦果を挙げてやるなんて考えている奴らじゃ無いだろ?」


 戦場で活躍し戦果を挙げれば、ギルドからの待遇も良くなる可能性もある。また普通に強い魔物を倒せば、その素材や魔石も高く売れるだろう。

 しかし、普通にしていては誰がどれを倒したかの問題が起こる。


 だが、こんな大規模な戦闘は過去にも何回か起こっているが、そのような出来事になったことはほとんどない。

 その理由は量産可能であり、微小な魔力を触れた相手から強制的に吸い出し、それを魔物に貼り付ける事のできる、薄い紙状の魔道具が存在するからだ。

 その量産できる魔道具の紙を、自分が倒した魔物に貼り付ける事で己の戦果を示せるのだ。


「当たり前だ。お前に任せる」


 当然、ゼファーとアリサたちは強い魔物を独り占めするような奴でも、それを非難するような奴でもなかった。


「ただし、1時間以上戻らなかったら俺たちも侵入するぜ? こっちには元Sランク冒険者のハイゼさんもいるんだしな」


 そこでゼファーはティルテを心配し、そのような条件を出す。いざとなれば元Sランク冒険者のハイゼもいると保険を出して。


「あの爺さんも、年齢的に全盛期はもうとっくの昔に過ぎている。今はお前より結構強い程度だ。あまり過信はするなよ?」


 ティルテもそれには同意だった。しかし、彼は既に初老と呼ばれても良い時期に入っており、二十代のような全盛期の肉体ではない。

 強さ的にも全盛期の力は無いはずだ。まぁ、彼の場合は特別でほぼ衰えていない。

 しかしティルテはそれを理解しながら、ゼファーには伝えない。

 本当に自分以上の保険があると分かり、彼の意識が少しでも緩んでしまう事を防ぐためだ。


「当たり前だ。……任せたぞ」


 当たり前だがゼファーはそんな事で緩んだりするよな奴では無い。そして今、ティルテを信じ1番の大物を任せた。


「任せろ。それと、もし森に入る際にはディノウルスの奇襲に注意しろよ」


 ティルテはその気持ちに応えるように言い、最後に忠告して『ニンギュルの森』へと入っていった。

 そして最初の木が生えている場所を通り過ぎる。次の瞬間走るティルテに向けて、隠れていたディノウルスの刃のように鋭い牙による噛みつき攻撃が放たれる。


「遅い」


 ティルテは当然魔力でその存在を感知しており、視覚的には突如現れたディノウルスにも難なく対応する。

 片足で急ブレーキをかけ、一回転でディノウルスの噛みつき攻撃を避ける。

 そしてディノウルスの伸びた首に手に持っていた剣で一撃を入れ、頭と胴体を真っ二つにした。


(……やはりディノウルスがいた。この森で高い魔力が密集している場所がある。おそらくそこにいるはずだ)


 その場所に向け一直線でティルテは地面を蹴る。魔物の襲撃は何度か合ったが、それは偶然だろう。

 4匹目を境に、ティルテに対する魔物の襲撃数が異様に増え始める。


(補足されている。操る魔物を連続で倒し、自分の居場所に一直線だ。それも当然か。……っ!?)


 そんな事を走りながら考えていると、大きな魔力が急接近してくる事を感じとる。

 次に踏み出す足で地面を踏み抜き、後ろに向かって飛ぶ。くるくると数回転して着地し、先ほど立っていた場所を確認する。

 そこにはトゲの生えた蔓(つる)が地面から3メートルほど真上に伸びており、もし避けなければティルテはそのツルに体を貫かれていただろう。


「ふむ、一等域に存在する亜竜の一種に分類される、樹林竜か」


 そのツルがスルスルと地面へと戻り、そして木々の間から樹林竜が姿を現す。体長5メートル。

 体ほぼ全てが植物で構成されており、体の表面は硬い樹皮で出来ている。

 また、全身を巻きつくように蔓が覆われており、火属性の魔術が有効とされている。


 逆に水属性の魔術は絶対に使ってはいけないと言われている。

 もし雨の日に出会ったのなら、Bランク冒険者が5人パーティを組んででも死を覚悟しなければならないほどだ。


 討伐難度は当然Aランク。バルドスネイクスはBランク。ディノウルスはDランク(未発見の状態)である事を考えると、その強さは歴然だ。


ギュアァァァアアアッッッ!!!


 樹林竜が大きな咆哮をあげる。二等域に存在する魔物なら、バルドスネイクスほどの強さでなければ一目散に逃げ出すほどの威力だろう。


「黙れ。……失せろ」


ギュ……ギュア……!


 しかし、ティルテには一切通じない。彼の一言で樹林竜の咆哮は止まり、樹林竜は怯えた様子で精一杯鳴く。

 しかし、どう見てもその姿は虚勢である。仮にも竜と呼ばれるだけの存在感は、樹林竜からは一切感じなくなっていた。


「失せろ。俺とお前では格が違う」


ギュ……ギューーーッッッ!!!


 ティルテの威圧と言葉を受け、樹林竜は何処かへと逃げていった。それを確認すると、ティルテはすぐに樹林竜がきた方向、つまりは他の一等域の魔物たちが集結する場所へと再び向かう。


***


 組織『暁の廃城』の『ニンギュルの森』支部のアジト跡に、白ローブの男こと神父と、坊主頭の男がいた。

 そしてその周りを守るように囲んでいる一等域、二等域の魔物たちも存在する。


「ふはははは、見てくださいよこの魔物の数を。組織から盗んだ魔物を操る魔道具、《永久奴隷本》の力を」


 神父が坊主頭の男に、聖書に偽造した魔道具を自慢するように言う。

 その魔道具は本の形をしており、それを使うことで魔物を操ることができる。操れる対象は強さ的にAランクと、ほとんどの魔物を操れる。

 その効果の強さから、『暁の廃城』でも使用することを制限されているトップクラスの魔道具だった。


「そらぁ分かってるよ。それより、平原の魔物たちの減り具合はどうなんだ?」


 坊主頭の男は興味を一切示さずに操る魔物の減り具合を心配する。実験の段階で、彼は何度も同じような光景を見ているのだ。むしろ、神父の方が以上と呼べるだろう。


「想定内です。平原には元Sランクのギルド長も出てきているそうですが、引退した老いぼれなどここにいる一等域の魔物を2体ほど押し付ければすぐに死ぬでしょう。……ん?」


「どうした?」


 神父が掛けた眼鏡を指で上げてそう言った直後、少し違和感が起こり始める。


「いえ、ディノウルスが1匹……2匹目も……あれ?」


「お、おい……?」


 神父が森に入ってすぐに配備しておいたディノウルスの反応が2匹、消滅したのだ。つまりは死んだ事を意味する。


(平原にはまだ魔物は沢山います。街に近い魔物から倒すと踏んでいましたが……。おそらく高ランクの冒険者が一足先に進路を確保するつもりでしょうか? まぁ、森は平原よりも強力な魔物が配備されています。平原で消耗した冒険者ごとき、すぐにやられるでしょう)


 神父はそう考える。普通ならそうだろう。しかし、今回は相手が悪かった。


「3匹……4匹……!? まずいですね、真っ直ぐ私たちの方に近づいてます。なぜこの場所が? ……それよりも、近づいている速度からしてもしやギルド長? すぐに魔物をその辺りに送ります。……ついでに樹林竜も送りましょう。Aランクの魔物なら、元Sランク冒険者でも疲労の溜まった状態では、たとえ樹林竜に勝てたとしても、我々の敵ではない」


 魔道具で魔物を操り、神父はティルテをギルド長と勘違いしながら魔物を差し向ける。


「だろうな。俺ならたとえ万全だとしても相手したくねぇ」


 坊主頭の男も樹林竜を差し向ける事を聞き、差し向けられるギルド長(と思っている)を哀れに思った。しかし、その思惑は外れる。


「……馬鹿な!? なぜ逃げる!?」


「逃げる? どう言う事だ?」


「……樹林竜が、死ぬこともなく全然違う所へと逃走を開始しました」


「は?」


 樹林竜が逃げる。その想定外の事態に流石の神父と坊主頭の男も取り乱す。二人の男は呆然とした。


「死んだのなら魔物の魔力が消えます。生きているなら戻ってきて、私の魔術で治せるはずなのですが……。一体、何が起こっているんだ!? ……ぐっ!? 頭がぁぁぁっ!!!」


「おいおい、やっぱ魔道具の代償やばくねぇか?」


 神父が落ち着きを取り戻し、冷静に今の状況を判断していると、その頭を強烈な頭痛が襲う。

 効力の強い魔道具には代償が存在する。意識を保つのも難しいレベルの頭痛。これがこの魔道具の代償だった。


「はぁ、はぁ……。いや、これぐらいで私の目的が達せられるなら……それよりも、ここに向かってくる者をーー」


 しかし、神父は歪んだ強い意志と回復魔術で意識を保つ。彼の意志の強さの持ち主はそうはいないだろう。

 意識を保った神父がこちらに向かってくるギルド長(と思っている)に意識を集中する。

 当然もう一人の坊主頭の男も戦闘態勢に入る。しかし、二人にとってそこから現れた男は予想外の人物だった。


「やはりお前か。……と、お前は誰だ?」


 ティルテが現れ、神父に向けて確信を持っていたかのように言う。そして少しの間を開け、坊主頭の男にそう尋ねた。

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