最終話〜【唯一神】への反逆者たち〜
ティルテたちを照らす明かりが燃える焚き火のみだが、目の前の女性の土下座のような頭の下げっぷりははっきりと2人の目に映り込んでいた。
「待て待て、シーナが姫だと!? どう言うことだ!」
「ティルテ様、落ち着きを」
「これが落ち着いていられるか! 今の発言が本当だとするならシーナはサキュバス族の王族だ! ……なのに、なのになんで! あんな扱いを受けなければならないっ!」
「ティルテ様! 今一度落ち着きを!」
「っ! ……すまん、焦りすぎた」
「いえ、無理もないかと」
ミリアンに宥められ、ティルテは冷静さを取り戻した。しかしティルテの中には未だにその怒りは残り続けている。
いないシーナの両親。その後の盗賊団となった『暁の廃城』ニンギュル支部に捕まえられ、洞窟の奥深くで幽閉されていたのた。
サキュバス族の姫なんて地位を持つのなら、何故シーナがそのような扱いを受けなければならないのか? ティルテはそれが納得できなかったのだ。
「……分かった、落ち着こう」
その後シーナを寝かしつけるのには苦労をしていたが、それは割愛する。
「……それで、シーナが姫とはどう言うことだ?」
「ではまず、私の自己紹介から。私の名前はクラリスと言います。サキュバス族の皇族であるベゼット皇家に仕える使用人の1人と認識してください」
「それで?」
「そちらにおらせられるのはベゼット皇家の私生児でありながら、その圧倒的な才能から皇位継承権第3位を獲得した長女、シーナ・ベゼット姫です」
クラリスの言葉でシーナの素性が判明する。無論、それが本当であればの話だが。
「分かった。ではこちらも名乗った方が良いだろう。ティルテ、Bランク冒険者だ。シーナは『ニンギュルの森』で囚われの身のところを助け、それ以降行動を共にしていた」
「私はミリアンと申します。ティルテ様のメイドです」
お互いに簡素な自己紹介を済ませる。
「それで、シーナがなぜあんなところにいたのか説明してもらえるだろうな?」
「それは……はい。長くなりますが……」
クラリスがそう前置きをしてから話し始めた。
人族に見つからないよう秘境で暮らすインキュバス、サキュバス族。その皇族の私生児がシーナだ。シーナは幼い頃から暗殺者を仕向けられることが多く、少数精鋭の護衛と共に暮らしていた。
しかし、シーナを殺そうとしていたのは皇位継承権第一位の第一皇子だった。身の危険を感じたシーナの従者たちは、若い男女2人にシーナの親代わりを名乗らせてシーナと共に逃亡することとなった。
まだ幼かったシーナに皇族として過ごした記憶はないに等しい。故にその逃亡生活が異常であることもまた認識できていなかったのだ。
だが、その逃亡生活も長くは続かない。第一皇子のインキュバスたちの雇った盗賊たちの数の力で段々と追い詰められ、結果としてこうなってしまったようだった。
「はっ、くだらない……と、切り捨てることは出来んな」
「ですね。我々も結局は似たような争いごとをしてるようなものですし」
シーナの過去を聞き、二人が神妙な顔つきでそう述べる。
「……? ……まぁ、そういう訳だ。それで二人に話がある」
「良いだろう、シーナのためなら力を貸してやる」
「っ!? まだ何も言ってなかったはずだが? いや、頼む内容は同じなのでその決断はありがたい。……しかし、本当に構わないのか?」
クラリスが目を見開き、すぐにジト目で胡散臭そうにティルテを見つめて尋ねる。
「愚問だな。俺とミリアンに任せろ。権力については知らんから、後でお前とその仲間がまとめておくようにな」
「っ(パクパク)!?」
ティルテの既に勝ちを確信した物言いに、クラリスも驚きを隠さず口を開けたり閉じたりを繰り返していた。
「とりあえず殺して良いかつ重要な相手、それと国の場所を教えろ。そうすればシーナを守れるのだろう?」
「それは、そうだが……」
「信じられないか? ならば……〈森精霊(ドライアド)〉に誓おう」
「は?」
クラリスがティルテの言葉に首を傾げている間に、彼は少し開けた場所に歩く。
「〈森精霊〉、起きてるか?」
〈ん。おき、てる……。事情は、大体、把握してる。私の、力を貸せば良い、の?」
突如現れた〈森精霊〉にクラリスは一瞬見惚れ、慌てて頭を下げる。
「これは〈森精霊〉様! 私クラリスと申します!」
〈む? 新しい、女の人。しかも、サキュバスの……。どう言う事? ティルテ?〉
「お前、事情は把握してたはずだろ?」
〈……バレた? さっきのは、軽い冗談。私を召喚した理由は、その子の説得、であってる?〉
「あぁ」
〈森精霊〉の問いに、ティルテもクラリスに顔を向け、その目でなんとか言ってやってくれと訴える。
〈そこの、サキュバス〉
「は、はい!」
〈ティルテは、私と〈契約〉してる。だから、安心して。ティルテに任せれば、きっとうまくいく〉
「了解です!」
〈森精霊〉が頭を下げるクラリスを指差し、ティルテに向けて親指を立ててドヤ顔をする。
「助かった。ありがとうな」
「んっ。良きにはからえ〜〉
頭を撫でると、〈森精霊〉はそう言い残して堪能した顔と共に消えた。
「あなたも、亜人族だったのか?」
「人間ではないと言っておこう」
「つまり、結局亜人族じゃないか?」
「違うな。人族が人間なんじゃない。人族も亜人族も同じ人間、それが俺の認識だ」
「ど、どう言う事だ? あなたは一体……?」
「それよりも……先程の質問に答えてもらおう」
ティルテは強引に話を戻す。クラリスも不機嫌になったが、それについては大した問題にはならない。
***
人族に秘匿されているベゼット皇国。その一室に男が2人いた。
「それで、まだシーナ・ベゼットの奴は捕らえられんのか?」
高圧的な態度で問いかけるこの男こそ、皇位継承権第一位を持つ第一皇子、アルフレッド・ベゼットその人だ。
「申し訳ございません。ですが先程、刺客の者の使いが届けられた情報によりますと、無事発見したとのこと。今頃は捕らえてこちらに向かっている事でしょう」
アルフレッドお抱えの筆頭執事がニヤリと口元を歪めながら報告をする。
「ふむ、それは良い報告だ。それで、愚弟は今日も彫刻に夢中か?」
「左様でございます」
「ふむ……」
アルフレッドは皇位継承権第二位の第二皇子を蔑むように呼んでいる。何故なら彼は皇子としての自覚を持たず、ひたすらに彫刻をすることにしか脳のない、愚弟なのだから。
皇位継承権すらもいらないと述べており、皇様が亡くなれば自動的に破棄するとも署名している。
ただ、第一皇子にはそうする代わりに自分のアトリエ、また資金を出して欲しいとの約束もしているが、アルフレッドにとっては些細な出来事だ。
「ふふっ、もうすぐだ。もうすぐ私の天下となれる」
アルフレッドが呟きながら赤ワインを口に運ぼうとした次の瞬間、部屋の窓が割れ、それと同時に1人の男が侵入する。
「なっ! ここは上空30メートルを越えるんだぞ!? 何者だ!」
黒ローブを被り顔を隠した男に、アルフレッドは腰から抜いた剣を向けて尋ねる。
「ティルテ。名乗るほどの者じゃないさ」
「しっかり名乗ってんじゃねぇーー」
アルフレッドが的確なツッコミをしている間に動き出したティルテの、心臓を貫く正確な一撃でアルフレッドは死亡する。
「さて、執事さん。あんたは……殺すリストに入っているな。《絶対零度》」
腰を抜かした筆頭執事に顔を向けたティルテが《絶対零度》の魔術を唱える。瞬く間に執事どころか、部屋一面が氷に覆われる。
「さて、あと二、三人か」
ティルテはそう呟きながら、闇へと消えていった。
***
その後、皇位継承権騒動については簡単に収まることとなった。第一皇子は死亡。また王族であるシーナを国の貴族たちが襲った証拠がティルテによって暴かれ、クラリスたちの派閥が大躍進。
シーナが皇様……いや、皇女として君臨することとなった。そして……。
「シーナ、残念だがお別れだ」
「いやぁっ! ティルとずっと一緒って約束したもんっ! なんで? ティルもシーナを置いていくのっ?」
皇女となったシーナと旅をすることはできない。しかしシーナにはそんな事はどうでも良い。ティルテが居てくれさえすればそれで良いのだ。
「では、私も同行しよう」
「あんたが? 国は大丈夫なのか?」
申し出たクラリスにティルテは怪訝な眼差しを向ける。
「第二皇子にやらせよう。シーナ様はまだ幼いからな。それを理由に補佐代わりと言う名の傀儡としてしまおう」
との意見を聞き、ティルテは第二皇子に心の中で哀れと思いつつも感謝した。なお、第二皇子はそのことをシーナが旅立ってから聞くことになるのだが、それはまた別の話……。
「それじゃあ王都に向かって出発だな」
ティルテの一声で彼らは進む。この旅はいずれ終わる。ティルテ自身のその身に背負った業が、彼自身を焼き尽くすだろう。
それでも、彼には仲間がいる。人間の心を持たなかった半神の【神樹(ミスティルテイン)】が、1人の女性によって心を宿した。これはその男の物語だ。
***
『庭園(ガーデン)』にて、【唯一神】は勇者の動向を眺めていた。
【頑張ってね勇者〜。そしてそっちの世界に逃げた【神樹(ミスティルテイン)】の討伐もやってくれたら良いんだけどな〜】
【唯一神】がティルテの真名を呟きながら、ニヤリと口元を歪めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
思った以上に人気が出なかったので残念ですがここで打ち切り完結とさせてもらいます。
現在は『9人の王(仮タイ)』と言う作品の書き溜めを書いている最中です。投稿した際にはそちらもよろしくお願いします!
【唯一神】への反逆者たち〜幼女サキュバスを拾った最強の凡人と呼ばれた男、実は……〜 どこにでもいる小市民 @123456123456789789
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