50話〜邂逅〜

 漆黒の闇が世界を包み込む。明かりがなければ何も見えないその中で、パチパチと火花が散っていた。



「はい、シーナ」


「ありがとうティル。……ふぅ、ふぅ……」



 ティルテが焚き火を熱源として鍋で作った雑炊を小皿にとりわけ、出来立てのそれをシーナに手渡す。


 シーナがお礼を言い、スプーンで熱々の雑炊に息を吹きかけることで冷まそうとする。



「シーナ、貸してください。ふぅ、ふぅ……はい、あーん」



 シーナからスプーンと皿を受け取ったミリアンが、妖艶な雰囲気を漂わせながらシーナの口元に冷ました雑炊を持っていく。



「あむっ……おいし〜。ティルおいしいよっ。すっごく!」


「そうか、それは良かった」



 シーナの喜ぶ反応を見たティルテが僅かに頬を緩める。その間にも雑炊を残り二つの小皿を用意し、自分とミリアンの分を取り分けていく。



「ミリアン、お前も食べろ」


「では、お言葉に甘えて……。シーナ、きちんと冷まして食べるのですよ」


「うんっ!」



 ティルテから差し出された雑炊を受け取るため、ミリアンはシーナに食べさせていた皿とスプーンを丁寧に手渡し、改めて自分の分を受け取る。



「王都まで後3日ほどかかる。シーナ、体調は大丈夫か?」



 ティルテ自身も己の食事にありつきながら尋ねる。



「シーナ元気だよ? ティルこそ大丈夫?」


「っ……あぁ、何も心配することはない」



 シーナの純粋な瞳から発せられる優しさ100%の心遣いに、ティルテは内心で感極まりながらも答える。


 ティルテたちはその後、順番に体を清め、明日すぐに出立できるように準備を済ませ、就寝についた。見張りはティルテとミリアンが順番にしている。


 ティルテは自分の番が回ってくる時は、基本的に己を鍛えている。主に剣や槍などだ。弓矢や魔術は音が発生するので、シーナの睡眠の妨げになる可能性があるからだ。



(ふぅ……静かだな。まぁ時間帯的にも普通か。夜行性の獣も居ないようだし、あまり警戒する必要性はないな)



 ティルテはシーナが起きている間に辺りを《探知》の魔術で索敵し、危険な場所がないことは確認済みだった。


 故に魔物が存在しないことも理解しており、警戒すべきは獣のみだった。その獣もこの様子では居なさそうだと、ティルテは半分確信しながらそう考えた。



ッ……ィン……キィンッ!



 そう結論付けた直後、昼間では気づかない微かな音を、夜の森はティルテの耳にまで響かせた。


(金属音? ……行くか)



 ティルテはそう考えると即座に行動を開始する。ミリアンをシーナが起きないように無理矢理叩き起こし、シーナを警護するように告げる。



「了解しました。お気をつけて、いってらっしゃいませ」



 そんなミリアンからの言葉を受け取りながら、ティルテは漆黒にも等しい森の中を走り抜ける。《探知》の魔術で地形を常に把握しているからこそできる芸当だ。


 明かりをつけないのは、もしもの時のためだ。これが危険な出来事だった場合、相手に見つかる危険性もある。故にティルテは自分のリスクを最小限に抑えるべくそのような判断を下したのだ。



「いやぁっ!」



 女性の叫び声が森に響く。その時には既に金属音は消えており、何かしら事が片付いた事が安易に予想できる。



(……! 人間にしては魔力が強大だな。手強い。人数は微弱な魔力が1人。それに一際強大な魔力を持つ人間が3人……。辺りに魔力の残留がある。鼻からも風に乗って血の匂いがする。死人が出たな)



 そうこう考えているうちに、ティルテは現場へと辿り着く。そして草木に隠れ、周りの様子を伺う。



「ーーだな」


「な、なんですか貴方たちは!? わ、わた、私の大切な従者たちを殺して……はっ、もしや……!」


「察しの通りです。では、お命頂戴!」



 男たちのリーダーと思わしき人物が倒れ込む女性を見下しながら、名前を尋ねた。女性は混乱しているようだったが、相手の素性には大方見当がついたらしい。


 その反応を見た男が、そう言いながら手に持った刃物で女性の命を奪おうとする。



(ふむ、何かしら事情があるのかもしれんが、これ以上血が流れるとシーナの元にまで流れてしまうかもしれん。それに俺たちに何かしら不利益を生じさせる事件の可能性もある。異なる立場の人間を全滅させてしまっては困るな。仕方がない、助けるか……)



 などと、ティルテは心の中で自分を納得させる理由を探し出して女性を助ける結論を導き出す。


 もしここにルナがいてその考えを聞いていれば、「やっぱティルテはツンデレです……」などと思ったことは間違いない。


 ティルテは女性に迫るナイフに向けて自前の剣を打ち込む。ナイフの軌道は変化し、その持ち主は体勢を崩して倒れた。



「な、誰だ貴様は!?」


「この女を殺されるのは困る。こんな森の中でお前たちは何をしている? 話を聞かせてもらおう」



 男からの質問には一切答えず、ティルテが己の知りたいことだけを尋ねる。



「ふざけるなっ! 貴様もついでに殺してやる!」


「悪いがそれは無理だ。話を聞かせて……無理そうだな」



 再びナイフを構え、3人の男たちが一斉に飛びかかる。先ほどの攻防で、彼らもティルテが油断ならない相手だと理解しているのだ。



「……ふむ、お前だな」



 そう呟くと同時に、ティルテは集中するように目を閉じる。3人の男たちの刃が届く直前、目を開き一筆書きのように剣を振るった。


 ブワっと風が起こり、次の瞬間には2人の男は体を大きく斬り裂かれ、ティルテと会話をしていた男は両腕を斬り落とされ、足の筋を切断されていた。



「ぐ、がぁぁぁぁっ!?!?!?」



 斬り裂かれた男のうち、2人は血を地面に流して死亡。腕を落とされた男は絶叫をあげてその場に座り込み、己の斬り裂かれた手の断面を眺めていた。


 ティルテはこの男だけわざと生かしておいた。一番情報を持っているだろうリーダーだと認識したからだ。


 理由としては、他の奴らに指示を出していた事からそう推測していた。無論ダミーである可能性も考えて辺りを伺ったりもしていたが、そんな様子はカケラも見せなかったのでティルテは判断した。



「さぁ、話をーー」


「死んでも話さんっ!」



 生かされた男がそう叫び、口の中に含んでいたと思われるナニかを噛み砕いた。するとガクガクと震え出し、瞬く間にその命は燃え尽きた。



「……毒か。愚かだな。理由によっては生きることも出来たのに……」



 ティルテが少し寂しそうな表情を見せ、後ろに剣を構える。剣先にいたのは先程襲われていた女性だ。



「なんだ、一応命を助けたつもりだったんだが?」


「その、助けてくださりありがとうございます。貴方の名前は?」



 女性は剣に怯えた様子を見せて後退り、頭を下げてお礼を告げたのちにティルテ自身について尋ねる。それを見てティルテは剣を納める。



「ティルテだ。ここらで野営をしていたら剣戟の音が聞こえてな。今度はこっちの質問だ。こいつらとあんたについーー」



 ティルテが軽い自己紹介をし、改めて尋ねようとするした瞬間、女性はティルテに襲いかかった。


 ティルテは足を軸にしてぐるりと回転。飛びかかる女性を避け、倒れた女性に覆い被さる。そのまま腕は拘束。抜け出せないようにした。



「離せ人族!」


「……お前ら、もしかして亜人族か?」


「っ!? 何故それを」


(やはりか……)

 


 ティルテは先ほどの発言、『人族』と言う呼び方で、彼女が亜人族だと確信した。



「ふむ、では彼らはお前たちを捕まえようとしていた人族。そしてお前とそこに倒れていた者たちが亜人族と言うところか?」


「だったらどうしたと良いのですか? どうせ貴方たちもあいつらと同じです! 私たちを金儲けの道具、迫害の対象としか見ないくせに!」



 女性からティルテに発せられる言葉には重みがあった。似たようなことがあったのかもしれないな、とティルテは推測する。



「《氷結》」



 ティルテは面倒くさそうだったので、《氷結》の魔術を使う。氷の紐のような物がが女性の体を締め上げていく。



「なっ、何をするんです!? まさか私にいかがわしいことを!?」


「うるさいから黙れ」



 そして動けなくなり騒ぐ女性を担ぎ、ティルテはシーナたちの元へと戻る。



「おかえりなさいませティルテ様、そちらの方は?」


「色々あって拾ったからとりあえず連れてきた。情報を後で聞き出すつもりだ。ミリアン、お前に任せるが……次は失敗するなよ?」


「は、はい!」



 ミリアンが出迎える。それに対してティルテはそう告げると、ミリアンが怯えた様子で返事をした。


 理由は簡単。ギルベルトから情報を聞き出さずに殺した事で怒り、それを恐れているからだ。



「勝手に話を進めないでください!」


「うるさいぞ、シーナが起きたらどうする」



 ティルテがうるさい女性を冷たく非難の目で見つめながらそう言う。



「はい!? ちょっとお待ちください! 今なんとーー」


「むにゅ? ……ティル?」


「……シーナが起きた。お前は死刑だ」



 女性の様子が急変するが、それを言い終わるよりも先に、シーナが目を覚ましてしまう。ティルテはそれを見て女性に殺意を向けるが、女性は途端にピタリと大人しくなった。



「……降ろさせてください」


「はぁ?」


「頼みますから降ろさせてください。そこにいるお方に挨拶をしたいのです」


「シーナに?」



 女性がシーナを指差しながらそう言った。シーナの過去を知る者である可能性が高いと判断したティルテは、女性を拘束する手と《氷結》を即座に離して解除する。


 女性はそれを確認するとシーナに平伏すように手を付き頭を下げた。土下座のポーズだ。



「ずっと、お探ししておりました……我らがシーナ姫様」



 女性が衝撃の事実を告げた。

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