22話〜VSキメラ、マンティコア。ティルテ、少しだけ本気を出す〜
《焔纏》を付与された矢が、ティルテに襲い掛かる魔物たちへと放たれた。その矢をティルテは1秒に一回のペースで放つ。しかもその本数は一度で5本。
その矢は二等域の魔物たちの体を貫き、なおも勢いは衰えない。そして数体の魔物を貫きながら、矢は消滅した。
『ニンギュルの森』と呼ばれるだけあり、魔物は大抵火に弱い。その炎を纏った矢が何本も飛んでくるのだ。操られた魔物たちも、本能ではパニックだろう。
しかし、その矢を恐れる魔物たちは1匹もいない。神父の魔道具によって、操られているからだ。
「ちっ、痛みで洗脳が解けるとは無さそうだな。……仕方がない、殺すか」
ティルテは弓を手放して空中で消滅させ、手元に剣を出現させる。
「なっ!? 止まりなさい! あなたその魔術は一体!?」
神父はティルテのその行動に驚く。先ほどまで持っていた弓を消滅させ、剣を新たに出現させる魔術など存在しないからだ。
急いで魔物たちの侵攻を止め、神父は興味津々にティルテに今の技術を尋ねる。
「魔術? これはそんな低次元の物じゃない。まぁ、お前らでは絶対に出来ない技術だとだけ言っておこう」
ティルテは神父に向けて冷めた目で見つめながらそう言い放つ。そして地面を蹴った。地盤にビビが入り、凄まじい速度でティルテが魔物に向かって斬りかかる。
ガルァァァァァァッッッ!!!
ザシュッ!
大きな咆哮を上げている捻熊(ひねぐま)がティルテへと飛びかかる。その鋭い爪を使った横からのなぎ払いの攻撃。
それに対しティルテは頭を地面に、足を空に向ける形に軽くジャンプする。
そして捻熊の爪による攻撃を避け、それと同時に剣の刃が捻熊の首を斬る。
着地してすぐに次の獲物へと向かう。避けては斬って、避けては斬って。魔物の数は膨大だ。その行為が終わることが無いと錯覚するほどに。
しかし、ティルテにとって体力の消耗は大した事はなかった。
幾ら数が居たとしても、一度にティルテに襲い掛かれる数は数体が限度。一等域の魔物や二等域の魔物は体がでかい。
それを大量に狭い森の中で、一人に向けて攻撃を仕掛けるように仕向けているのだ。時間は掛かるが、ティルテが手間取るほどではなかった。
さらに、万が一負った傷も《治癒》で治せる。ティルテにとっては時間を掛ければ出来る。なかなか落ちない汚れた箇所の掃除みたいな感覚だった。
一人対多人数での戦い方は、如何に自分が倒す人数を減らすかだ。
それを神父は数に任せて全軍突撃させているだけ。1匹1匹が大きく、的は小さい。周りの殆どの魔物はただそこに立ち尽くすだけだった。
「《疾風迅雷》」
ティルテがそう唱えると、彼の体を微小な電気が帯電し始める。バチバチと鳴り響く雷。さらに体に纏った早く激しい風。
ティルテの身体能力が先ほどとは比べ物にならないほどに強化された。
1匹のバルドスネイクスがティルテに飛びかかる。気をつけなければいけないのは鋭い牙から注入される毒。
それと熱源感知の能力だけで、それ以外は太いだけの蛇だ。
大きな口を開けて自分を噛みつき、飲み込もうとしてくるバルドスネイクスに向かってティルテは自ら迎え撃つ。
上がったその速度でバルドスネイクスの体を棒に巻きつく導線のような軌道で鋭く斬りつけた。
だが、それが終わった直後に別のバルドスネイクスが現れる。即座にジャンプして尻尾でのなぎ払いを避け、生えていた木に足をつけ、すぐに木を蹴りバルドスネイクスの顎から頭にかけての部分に剣を突き刺す。
ティルテの剣は脳を貫き、そのバルドスネイクスは絶命する。
また、先ほど全身を斬り付けることで致命傷を負わせたバルドスネイクスの首も一閃して2匹目を討ち取る。
そこで《疾風迅雷》の効果は消えた。そこを好機と見た魔物たちが、一斉に襲いかかる。
「《雷纏》」
ティルテの持つ剣が雷を帯びる。《疾風迅雷》同様に静電気がバチバチと音を立てていた。
その剣で魔物たちを斬り伏せる。すると魔物の動きが止まった。《雷纏》の効果で、体が痺れて動かなくなったからだ。
動かなくなった魔物たちに、ティルテがいつの間にか持ち替えた弓で確実に頭を狙って潰していく。
魔物の強さなど関係ない。等しく痺れさせ、等しく殺す。ティルテの表情は無だった。魔物の命を奪う事に抵抗はない。
爬虫類だろうと哺乳類だろうと、彼にとっての障害は等しく排除する。
「何故!? 何故なのですか!? 何故あなたはそれほどの数の魔物に囲まれて、生きているのですか!?」
神父が訳が分からないと言った顔で、ティルテに向けて問いかける。しかしその口調と態度は、命令にも等しかった。
ティルテが答えるわけもなく、魔物を次々と殺していく。
「おいおいぃ、こりゃあまずいだろぉ」
「まだです! まだ私には一等域の魔物たちがいます! 最初は二等域の魔物で体力を削り、最後に主戦力で倒す! それが私の完璧な作戦なのです!」
「……おい、あんたの操る魔物じゃ一生あいつは倒せねぇぜ?」
「黙りなさい! 私には【堕天使】を召喚し、『聖神教』を取り潰し、『邪神教』を作ると言う使命があるのです! 行きなさい、私の魔物たちよ! 味方の被害などどうでも良いのです! あの男、ティルテを殺すのです!」
味方を捨ててもろとも攻撃する愚策。しかし、ティルテ一人においては有効だ。
「くっ、《水壁》」
ティルテは自身の背中に水で出来た壁を配置する。その壁を自分で動かす事で、自分の背後を守る万能の盾だ。ただしその分、耐久性においては問題がある。
本来は壁として配置するだけのものだが、それを自分の意思で動かす作業が必要なのだ。
一等域の魔物たちは味方ごと巻き込み、攻撃を開始する。樹林竜はいないが、他にも強力な魔物はいる。
キメラ、マンティコアと呼ばれる一等域で最強の名を欲しいままにする双璧と呼ばれるAランク、その最上級に位置する2匹。
互いに縄張り意識が強く、過去から見ても争いになることは殆どなく、また共闘したことなど一度もなかったはずの魔物だった。
キメラ。ライオンの頭とヤギの胴体、尻尾が蛇の魔物。口からは火を吐くこともあり、また尻尾は体とは別に独立した意識があり、たとえ背後を取ったとしても、尻尾の蛇の毒でやられる。
そして素早い動きもでき、身体能力も高い。当然Aランクだ。
マンティコア。ライオンの頭と胴体、蝙蝠(こうもり)の翼とサソリの尻尾を持つ魔物。キメラと違い火を吐かないが、キメラを上回る身体能力。
蝙蝠の翼で短時間低空ながら空中を飛べる、キメラには無い能力。
そして槍のように突き刺そうとしてくる、キメラを超える猛毒を持つサソリの尻尾。
共に体長3メートルと樹林竜とほぼ同じ大きさのこの二体が手を組み、ティルテへと襲いかかる。
魔物の討伐難度は、Bランク冒険者3人パーティでBランクの魔物を倒せるレベルを基準にしている。
Aランクの中でも最上級クラス、もはやSランクにすら届きうる可能性の魔物が二体、手を組んだ。
仮にハイゼ、ゼファー、アリサの3人が連携して挑
んだ場合でも倒せる可能性はほぼ0に近い。
マンティコアの尻尾が三度、ティルテに向けて弾丸のように放たれる。ティルテはバックステップで尻尾の攻撃を避ける。
空振りの尻尾は地面にぶつかり地盤にヒビを入れる。それだけではなくシューッ、と地面が溶ける音、また煙が発生していた。
「っ!」
避けたティルテの先には先回りしていたキメラがいた。口には溜めに溜めた火炎が火花のように漏れ出ており、ティルテがマンティコアの攻撃を避けて着地した瞬間を狙っていた。
それを察したティルテは咄嗟に空中へと身を逃す。辛くも熱気を感じただけで済んだティルテだった。
しかし、逃れた先はまともに動くことのできない空中だ。そしてティルテへと襲いかかるキメラの蛇の形をした尻尾。
長い間双璧を成していた2匹のAランクの魔物。お互いを理解しあっているからこそできる連携の連続攻撃。
マンティコアの尻尾でバランスを崩させ、キメラの火炎で空中へと誘導。そして蛇の噛みつき攻撃。
「舐めるなっ」
ティルテが身動きの取れない空中で、こちらを不規則な動きで狙う尻尾蛇の噛みつき攻撃を剣で弾く。
怯んだ尻尾蛇だったが、その表情には微かに笑っていたことが理解できた。
そしてティルテの上にでかい影が現れる。ティルテよりも高く飛んでいたマンティコアだ。
「はぁっ!」
高い身体能力と翼を使って一時的に飛び、その巨体から繰り出される鋭いための一撃。その一撃を剣で受け流す。
「っ!?」
しかしその巨体に隠れて現れる、先ほどティルテが回避していた、わずかに触れるだけでも神経を麻痺させる毒を注入できるサソリの尻尾。
その尻尾が先ほど同様、弾丸のように放たれる。
「しまっーー!?」
尻尾を《水壁》で防ごうと体を捻るティルテだったが、それよりも尻尾の迫りくる速度は速かった。
結果、脇腹にマンティコアの尻尾を掠らせてしまった。
ティルテは咄嗟はサソリの尻尾を蹴り、地へと逃げる。キメラとマンティコアがティルテに近づくためにある程度の魔物は巻き添えを喰らっていたが、それでもまだ一定数魔物は残っていた。
その魔物たちにティルテは剣に《風纏》の魔術を纏わせ、その剣を横に時計回りで何度も振りまわす。
その回転する勢いで着地する際のダメージを殺した。その際、一部の魔物たちはその着地に巻き込まれた。
「……はぁ、はぁ……くそ」
(目が霞む。体が言うことを聞かない……)
ティルテは片膝をつき、深く息を吐く。口の中は切れ、地面にぺっ、と血の混じった唾を吐く。
視界はぼやけ、脳が揺れている。痛みも感じる。それていて、体は言うことを聞かない。麻酔を打たれたような感覚だ。
「どうですか、私の力は!!! 今なら土下座をすれば命は助けてあげましょう!!!」
神父は魔物たちを止め、キメラとマンティコアを自分の隣に置く。そしてティルテに最後通告を告げた。ニヤニヤと口を歪ませ、目は自虐心が透けて見える。
「結構……だ。《解毒》」
「ふむ、ではキメラ、マンティコア……やりなさい」
ティルテはふらふらと頭を前後左右に揺らしながらも、ゆっくりと立ち上がり、《解毒》を掛けてから断った。ゆっくりとだが思考がまともに働き始める。
神父は顎に当てていた手の人差し指を立て、ティルテに向けると同時に二匹の魔物に命令した。キメラとマンティコアが同時に飛びかかる。
(……解除するしかないか)
「……【神格設定、第一段階……限定解除】」
ブワッ!
ティルテが機械のような声質とトーンで呟く。次の瞬間、不自然にティルテから周りに向けて、一度強風が発生した。そして神聖な雰囲気とオーラを放ち、神父を睨みつける。
キメラとマンティコアもそれに驚き、一度立ち止まる。そしてティルテを警戒するように、ジリジリと少しずつ近づいていく。
「何をしているのですか!? さっさと殺しなさい!」
しかし神父の命令で、キメラとマンティコアは仕方ないようにティルテへと再び襲いかかる。
「【これを解除した以上、加減はできないぞ】」
ティルテはゆっくりと剣を手に取り、地面をしっかりと蹴った。その衝撃で地盤はへこみ、地割れが走る。空中には割れた地盤の破片が飛び散り、砂の粉塵が舞っていた。
地面を蹴ったティルテはキメラとマンティコアの首を一閃。そしてキメラの尻尾蛇も斬り落とした。
その三撃を、神父は正確に目で捉えることは出来ず、ただ凄まじい暴風が起こり次の瞬間、ティルテは神父の目の前に立っていた。
「【お前の負けだ。質問に答えてもらおう】」
ティルテが剣を神父に構えてそう言った。
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