23話〜Aランク冒険者としての初陣、そして元Sランクの意地、VS樹林竜〜

 ゼファーたちはティルテが森に消えてからも、魔物を狩り続けていた。魔物の死体は辺りに放置されており、これらは安全が確保されるまで退かされることはない。


 冒険者や兵士たちの負傷者は、魔術師たちによって治されるはずだった。しかし、傷を治す魔術に適性のある者は魔術師の中でも大変少ない。

 故に医者なども総動員されている。だが、それでも怪我の手当が追いつかない。

 一番の原因は、傷を癒せる魔術を使うことのできるこの街の神父の行方が不明だからだ。


「はぁあっ!」


 ゼファーはその中でも鬼神の如き強さで魔物を屠り続ける。三等域の魔物ではもはや相手にはならず、二等域最強の魔物、バルドスネイクスでもなければゼファーが破れる未来は見えない。


「はい、お水〜」


「おお、サンキュー、アリサ」


 ゼファーの元に魔術で魔物を殺し終えたアリサが、コップを出しながら魔術で水を出してゼファーに渡す。


「これぐらいは別にいいわよ〜。それより〜、強い魔物が全然見当たらない〜」


 アリサが周りを見渡す。魔物の死体はあっても、冒険者の死体は一切ない。今のところ死者は0人だからだ。

 無論無傷というわけにはいかず、関所の門裏に設置された仮テントには、怪我を負った冒険者たちが運び込まれている。


 しかしそれでもこの状況は限りなく良い結果と言えるだろう。これで二等域の魔物が普段通りの多さで現れれば、瞬く間に戦線は崩壊している。

 それだけではなく、補給部隊でも医療崩壊が起こることは明確だろう。


「あぁ、ティルテの証言通りだったってことだな。他の冒険者たちも少し拍子抜けって顔してやがる。だがその油断が、森に入った途端に命取りになる」


 ゼファーはティルテに忠告されたディノウルス、油断してそいつにやられる低ランク冒険者たちを想像し、険しい表情を浮かべる。


「つまり〜、ここらで大物でも出てこないもだめ〜?」


 アリサが少し物騒なことを言い出す。一度緊張感を出す為に、危険な魔物が出現することを願うと言っているのだ。

 まぁ、ゼファーが難なく倒せながら、士気を上げる程度の強さの魔物が都合よく現れるわけはない。


「いやそうだけど、わざわざ危険に晒す必要は無い訳だし、そもそもそんな危険な魔物がこっちにくる可能性がーー」


「樹林竜だぁぁぁっっっ!!!」


 ゼファーの話は一人の冒険者の叫び声で遮られる。そう、そんな都合の良い魔物ではなく、余裕で戦線が崩壊する可能性のある魔物が現れた。

 樹林竜は何かに怯えるようにして、森の中から飛び出してくる。理性があるようには見えず、暴走していた。


「樹林竜!?」


「もしかして〜、ティルテが負けた〜!?」


 樹林竜、ゼファーと同じAランクに位置する魔物だ。しかしそれはAランク冒険者3人で同レベルと考えられている。

 アリサは樹林竜が出てきたことで、不吉な予感を口走る。


「そんなわけない。あいつなら逃げることぐらいはできるはず……! おそらく統率から離れたやつだろう。それよりも、俺とアリサだけで倒せると思うか?」


 ゼファーはティルテの実力を信じているし知っている。樹林竜をはぐれと想定し、アリサにそう尋ねる。


「絶対に無理〜」


 アリサは即答する。しかし、それは妥当な判断だろう。Aランク冒険者一人、Bランク冒険者一人では、普通に考えて奇跡、もしくはティルテのようにランク詐称レベルの強さを持ちえなければ勝てない。

 これは客観的に見た、不変の事実である。


「さて、ではゼファー君。私も出よう」


 そこに戦線に飛んできたハイゼがゼファーにそう申した。


「ぎ、ギルド長!? ……俺たち3人でですか?」


 その登場にゼファーは驚き笑顔を見せる。彼が子供の頃に見てひそかに憧れを抱いていた冒険者との共闘が出来るからだ。

 しかし、それに浮かれるばかりのゼファーではない。彼は今のハイゼの戦闘能力を知らない。樹林竜と彼は闘えるのか? そしてAランクに成り立ての自分は? と疑問を抱いているのだ。


「はは、君は成り立てだが、もう立派なAランク冒険者ということの自覚を持ちなさい」


 ハイゼはそのゼファーの気持ちを汲み取り褒める。彼にとって一番……は言い過ぎだが、彼のやる気スイッチに火が入る。


「ゼファーは〜、びびり〜?」


「ビビってないわ!? ……うし、行くか!」


 ゼファーはアリサの馬鹿にするような発破の掛け方に内心感謝しつつも、樹林竜へと立ち向かっていった。


「《身体強化》〜」


 アリサがゼファーとハイゼに魔術を掛ける。これで力も速さも打たれ強さも、大抵の事が強くなる。ちなみにティルテは戦闘時にほぼ常時掛けている。


「からの〜、《氷弾》〜!」


 青色の魔石が埋め込まれた魔術用の杖を上に向け、氷の弾が生成される。杖を樹林竜に向けて振り下ろすと、かなりの速度を出しながら放たれる。

 《氷弾》は樹林竜の前足の付け根にぶつかり、そして突き刺さった。


ギュルァァァァァァッッッ!!!


 暴れる樹林竜が魔術を放ったアリサに向けて突進をしようと動き出す。


「ふっ! ギルド長!」


 その間にゼファーが入り込み、樹林竜から繰り出される足での攻撃を、背中に下げていた大剣で受け止める。


「任せたまえ!」


 ハイゼがゼファーの背中を踏み台にして、樹林竜に向けて飛ぶ。ハイゼの武器はハルバードだ。

 棒の先に斧が付いており、先端には鋭い槍状の突起が付いている。


ギュギュ!


「はっ!」


 樹林竜の体に巻かれた蔓が槍のように放たれる。ハイゼはハルバードで蔓を一本残らず斬り裂く。そして樹林竜が防御用に自身を覆っていた蔓すらも、ハイゼは一撃で斬り裂いた。


ギャルルルッ!


「っ!?」


 ハイゼが自身の防御を破ることを察していたのだろう。樹林竜は蔓の防御が破られた瞬間を狙い、口から植物の種を吹き出した。

 この種は体に当たった場合、即座に体に巻きつき、体力や魔力をなどを奪う性質を持つ。


「《炎弾》〜!」


 アリサの周りに燃える実体を持たない炎の弾が現れ、それが一斉に放たれる。

 ハイゼに向けて放たれる種を燃やし、それでもうまく当たらなかった残りの種は、ハイゼのハルバードで全て弾かれる。


「ぬんっ!」


 そのまま大きくハルバードを振りかぶり、肩に乗せるようにして斜め斬りを樹林竜の首へと放つ。


「うぅらっ!」


 ゼファーも負けじと攻撃してきた前足にカウンターを決める。体験の一振りは樹林竜の片足から鮮血が散らせる。


「はっ、はっ……きっつー」


 樹林竜は怪我をした際に一歩引く。ゼファーとハイゼの与えた痛みによって、ティルテによって引き起こされた暴走状態から解けたからだ。

 一方、ゼファーも樹林竜の一撃を体で受け止めた衝撃で軽い痛みに耐えていた。その事を声に出すことで痛みをごまかす。


「ふぅ……おや? 私は現役を離れて長いのに、ゼファー君は私よりも強くないのかな?」


 ハイゼは小さくため息をつき、臨戦態勢を解かずにゼファーを見下すように尋ねる。


「ぜんっぜん余裕ですけど!? もう一撃いれてきますよ!」


 ゼファーは顔を赤くしながら勢いよく突っ込んでいく。今の彼に先ほどまでの痛みはなかった。


「ゼファーは〜、単純〜」


 アリサが呆れたように手で頭を抑える表現をしながらハイゼに向けて言う。


「しかし、リーダーとしての素質はある。副ギルド長として君が補佐についてあげれば、いずれ彼は立派なギルド長になれるだろう」


 ハイゼはニヤニヤと口を緩ませながら、アリサの方を見返す。


「……ギルド長〜、喋る暇あるなら〜、もっと攻撃して〜。《風弾》〜」


 アリサは頬を膨らまして照れるような仕草を見せ、すぐにごまかすようにして《風弾》の魔術を放つ。


「おっと、これは失礼した」


 ハイゼはそう言い、アリサの補助を受けながら一人で戦うゼファーの元へと向かう。


「よっ、はっ」


ゼ ファーは樹林竜の体に巻きついている蔓が地面を通り、不可視の状態から突き上げてくる蔓を避けていた。

 だが、足音ばかり見ているわけではない。時折前から放たれる槍のごとき蔓も大剣で叩き斬っていた。


「ちっ、体力奪いたいだけかよっ」


 ゼファーはそんな愚痴を零す。そして再び蔓が前から襲いかかってくる。


「だから、それは通じねぇって! っ!?」


 ゼファーが大剣で切り裂くと同時に、タイミングを外しておいた蔓が迫る。ゼファーは大剣を振り終わったばかりで、その質量を誇る大剣で防ぐ時間は無かった。


「ゼファー君、相手は魔物だ。だからって、そんな簡単な小細工に引っかかるようじゃまだまだだね」


 ゼファーに蔓が迫る寸前の所で、先ほどまでアリサと話していたハイゼが凄まじい速度で現れ、ハルバードで蔓を一閃した。


「《炎弾》〜!」


ギュルルァァァァァッ!?!?


 ゼファーを倒せたかもしれない瞬間、一番気が緩む攻撃側の隙をつき、アリサの《炎弾》が炸裂する。樹林竜はまともにその一撃を喰らった。


「食らえっ!」


 その隙を見逃す二人では無い。一言も交わす事なく、互いに燃える樹林竜に攻撃を開始した。

 ゼファーから繰り出される、大振りの横薙ぎ払い。樹林竜の硬い木でできた皮膚を破壊し、その中にまだ攻撃が届く。

 すぐに大剣を抜き取り、遠心力を使って大剣を体を軸にして一回転させる。そして先ほどよりも勢いの増した一撃が同じ場所にクリーンヒットした。


「ふんっ、はっ!」


 ハイゼは樹林竜の尻尾によるなぎ払いをジャンプして避け、ハルバードを瞬時に同じ箇所に3撃入れる。

 《炎弾》に始まり、ハイゼとゼファー2人の連撃を絶え間なく受け続ける樹林竜。

 僅かに蔓で反撃をしているが、それもアリサの《身体強化》で上がった瞬発力で、油断する事なく避けていく。


「っ! 二人とも離れて〜!」


 樹林竜はあと少しで討伐できる所だった。しかし、自身の死期を悟った樹林竜はただ見境なく暴れはじめる。

 尻尾や前脚によるなぎ払いを2人は避けつつ、己が武器を盾にして後ろへと下がる。


「《炎弾》〜!」


 最後は2人が魔術による巻き添えの心配のなくなったと判断したアリサが、《炎弾》を樹林竜へと向けて放った一撃が勝負を終わらせた。

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