第52話 初夏の遭逢


 ようやく追いつくと、ロトルは崖の下を覗いていた。


「おい」


 アトイが声をかけると、ロトルがぱっと振り向いた。


「あ、アトイ」

「『あ、アトイ』じゃない……」


 眉をしかめたアトイを見ると、ロトルは首を傾げた。


「……なんか怒ってる?」


 アトイは頭を抱え、深くため息をついた。


「はぁ……まぁ、いい。それで、見つかったのか?」


「うん」


 ロトルは頷くと、崖の下を指さした。


 ロトルに近づいて、アトイも崖の下をのぞき込むと、崖の途中にある岩棚に、男性が一人、座り込んでいた。

 男性のすぐそばには、巨大な箱が置いてある。


 男性はロトルに向かって大きく叫んだ。


「お嬢ちゃん!その人が『もう一人』かい!?」


 ロトルも叫び返した。


「うん、そう……です!」


( もう一人? )


 アトイは眉をひそめた。

 どうやら、アトイが来ること前提で話が進んでいたようだ。

 

 まぁ、いい、とアトイはロトルに尋ねた。


「それで、あの人はどうしてあんな場所に?」


「なんか、盗賊に襲われて逃げてたら、足元が崩れて落ちちゃったんだって。

 運よくあの場所で止まったけど、落ちた拍子に足をくじいちゃって、動けないんだって」


 アトイは目を細くして、男性の足元を観察すると、確かに右足首が腫れあがり、痛ましく青紫色になっていた。


「あのおじさん、助けてあげられる?」

「そうだな……」


 アトイはしばし考えると、さっと<ユグレ>を紡いだ。

 そして、伸びた木の根をくねらせて編んでいき、崖の下まで続く梯子はしごを作り上げた。


 アトイは背負っていた袋の中から、紐を取り出すと、

「持ってろ」

 と言って、ロトルに荷物を預けた。


 さっと崖のへりをつかむと、根の梯子に足をかけ、アトイは慎重に梯子を降りていった。


 途中、顔を上げると、ロトルが心配そうにアトイのことを見下ろしていた。


 順調に降りていき、おじさんのいる岩棚に足をつけると、おじさんはアトイに頭を下げた。


「ああ、ありがとうな、兄ちゃん。実を言うと、俺ぁもうダメかと思ってたんだ。本当にありがとうなぁ」


「いや、別にいい……少しは動けるか?」


 おじさんが頷くと、アトイはおじさんの背に、抱えていた紐を回し、器用に編むと、その両端をおじさんに持たせた。


「俺の背に乗ったら、俺の手にその紐を預けてくれ」

「わかった」


 おじさんが頷くと、アトイはおじさんに背を向けてしゃがみこんだ。


 おじさんは足をかばいながらヨロヨロと立ち上がり、歯を食いしばって痛みに耐えながら、何とかアトイの背に乗った。


 手に、紐が預けられる。


 アトイは紐を引っ張り、おじさんを自分の体に括り付け、しっかりと固定すると、ぐっと脚に力を籠め、立ち上がった。


 そして、梯子に手をかけると、足元を確認しながら、慎重に梯子を上っていった。


 おじさんはアトイの首に腕を回し、落ちないように必死にしがみついていた。


 男性二人分の重さに、徐々に手が悲鳴を上げ、握力が弱くなっていく。


 アトイは汗を流し、歯を食いしばりながら、何とか崖を上りきった。


 荒く息を吐きだし、しゃがんで背に乗ったおじさんを地面におろす。


「ああ、ありがとう。ありがとうなぁ、兄ちゃん」


 おじさんが深く頭を下げてお礼を言うと、アトイはドッと地面に腰を落とし、別にいい、というように片手をあげた。


 ロトルは崖の下をのぞき込むと、おじさんに尋ねた。


「おじさん、あの荷物、おじさんの?」

「ん?ああ、そう、そうだよ。俺の商売道具だ……」


 そう言うと、おじさんはがっくりと肩を落とした。


 その様子を見て、ロトルは立ち上がると、崖のへりをつかみ、ぴょんと地面を蹴った。


「おい!嬢ちゃん!あぶねぇぞ!」


 叫び、おじさんが崖の下をのぞき込むと、ロトルは梯子をひょいひょいと降りていた。


 そして、岩棚に足をつけると、置きっぱなしにされていた、おじさんの商売道具だという箱の前に、ロトルはしゃがみこんだ。


 大きなその箱には、背負い紐が付いていた。


 その紐を手に持ち、箱をぐるんと回して背に背負うと、ロトルは再び、ひょいひょいと梯子を上っていった。


 とっ、と静かに崖の上に足をつけると、ロトルはおじさんの目の前に箱をおろした。


「おじさんの大事な商売道具、置いてったら大変だもんね」


 ロトルが笑みを浮かべてそう言うと、呆けていたおじさんは、ハッと我に返り、再び頭を下げた。


「ああ……嬢ちゃんありがとう。二人ともありがとうなぁ。

 二人がいなかったら、俺ぁどうなっていたか、わかんねぇ……」


 額を地面にこすりつけるほど、深く頭を下げると、おじさんはぱっと頭をあげ、笑みを浮かべた。


「俺ぁ、タジカっていうんだ。本当に助かった。ありがとう」

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