第24話 言ノ葉ノ王
あくびが出るような、穏やかな春光とは対照的に、ネロの心は浮足立っていた。
今日は、ワッカへ
先週、突然、行幸のおふれが街に出され、その知らせにワッカ中が大騒ぎになった。
街の花屋は沿道で
<
ネロもまた、行幸に向け、いつもより畏まった衣に身を包んでいた。
真っ白な礼服だ。
礼服などそうそう着る機会などないため、
ウロウロと歩き回りながら、
噛むことなど絶対に許されない。
おそらく
神聖な
下界である<
<
それも、ネロたち一般人は遠くから眺めることしか許されていない。
この中途半端な時期に行幸が行われるのも、
街の中で二匹のウェンが暴れまわり、多くの死人を出したことが御耳に届いたのだろう。今回の行幸は
ネロがワッカの領主を差し置いて、
ネロは当事者として、そしてワッカの<
非常に
領主がネロに放った、
大変な大役を
あの出来事から、もうすぐ<
皆、床に転がる死体を目にし、いつ来るかもしれないウェンに怯え、必要最低限以外は家に引きこもるようになっていた。
また、噂が広まるのも早いもので、ワッカへの人の出入りも減り、物流も途絶えがちになっている。
このままではウェンによってではなく、経済的にワッカの街が死んでしまう。
そう、
おかげで再びワッカに活気が戻りつつあった。
そうこうしているうちに、沿道に人だかりができ始めた。
皆、白い礼服で身を固め、手には白い花を持っている。
間近で
約束の時間はすぐにやってきた。
遠くに神々しく天を舞う白龍の姿が見えた。
皆それを見ると、一斉に口を閉じ、片膝を地についた。
そして、花を持った手を組み、頭頂につけると、静かに
——<
ぶわりと体が吹き飛ばされそうな暴風が吹き荒び、ネロの髪や衣がはためいた。
猛烈な風と共に、ばさっばさっと、翼が風をこする質量のある音が聞こえ、やがて、とっと優しい音がすると吹き込んでいた風がやんだ。
ちらりと上目で盗み見ると、銀色の
( これが、
輝く金色の鎧に身を包んだ
ぴゅーい……と指笛が聞こえると、二匹の
やがて、荒々しい呼吸は穏やかなものとなり、グルルルルと喉を震わせると、目を細め、猫のように腹を地に伏せた。
しばらくすると、
しかし、頭には顔を覆う白い頭巾をかぶっており、彼らの
(<
<
特殊な術で、
たしかに、これほど美しく荒々しい獣でありながら、行幸の際、
実際に間近で
地に降りた二人の<
そのまま左胸にその右手を添えると、
二人の<
ネロは頭を垂れることも忘れ、
( なんと美しい……とてもこの世のものとは思えない )
全身にぶわりと、鳥肌が立った。
陽の光を受け止め、キラキラと反射させた体の
余計なもので着飾る必要など一切ないというように、大きな鱗一枚一枚が
顔は狐のようにシュッとした、端正な
ゆらゆらと息をのむほど神々しい、真っ白な体を揺らめかせ、後光のように陽の光が差す中、徐々に高度を下げていく龍。
均整の取れた美しい肉体は、長寿の大木よりも太く、尾の先は目では見えないほど先にあった。
しかしその巨大な体とは対照的に、宙を滑るように泳ぎ、風が背に生えた細く鋭い白い
その姿はまさに風の神の化身。
太い弦のような龍のひげがネロの頭のあたりを
三本の屈強な指からは、陽の光に透けた長く鋭い爪が生えている。
ネロはハッとすると、再び頭を垂れた。
大きな社から地に階段が下ろされると、中から次々に白い衣を身にまとった神職たちが下りてきた。
皆、顔を白い布で隠し、手には鈴、扇、
中には雅楽器を手にしている者もいた。
大きな社の中が空になると、神職たちは綺麗に整列し、一斉に最敬礼をした。
小さな、けれど、最も
—— このお方こそが
金糸のたれた豪華な
「ネロ……お出迎えありがとう。さぁ、面を上げて私にその顔を見せてください」
名を呼ばれ、ネロは興奮のあまり胸が張り裂けそうになるのを必死にこらえながら、口を開いた。
「はい……」
返事をした自分の声が細かく震えているのがわかる。
ネロはゆっくりと面を上げた。
翡翠の瞳がネロを見つめていた。
その瞳の奥には、水の底のような静寂が潜んでいた。
輝かんばかりに白い肌に、美しい金色の髪が細く線を描く。
まだ若く、即位して間もない
真に権威のある者は、これほど穏やかな表情を浮かべるのかと、ネロは息をのんだ。
しかし、我に返ると、再び頭を下げ、合掌しながら繰り返し頭の中で唱えた、感謝の言葉を
「謹んで申し上げます。このたび、
ネロははきはきと声を発しながらも、自分が何を言っているのかまるで分らなかった。
他人の声を遠くから聞いているかのようだ。
「ありがとう……さぁ、堅苦しい挨拶はここまでにして、私に近う寄りなさい」
「……はい」
ネロは膝の震えを必死におさえながら、ゆっくりと立ち上がり
澄んだ
こうして近くで見ると、その精悍な眉の形から、男性であることがわかる。
衣に香を
しかし、笑顔を見せていた
「ネロ……私にあなたの言葉で教えてください。何があったのかを」
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