三天秤

第50話 カザンとラカン

 カツカツカツと城内に足音が木霊する。


 神々しく、清らかな白い城内は、思わず息をひそめてしまうほど、静寂で無機質だった。


 石の壁から発せられる、ひんやりとした冷気が頬をさすり、その感触にカザンは思わずボソリとつぶやいた。


言ノ葉ノ王レウ・シュマリ様の城は、いつまで経っても慣れんな……」


 隣を歩く美丈夫が、くすくすと笑った。


「そんなこと言って、どうするのカザン。俺たち<英人キ・エネ>になったんだよ?これから、ほぼ毎日、ここに来なきゃいけないのに」


 男のカザンでも思わず見とれてしまうほど、ラカンの笑みは整っていた。

 美人に男も女も関係ないのだろう。


「いや、わかっているが……」


 カザンはもごもごと口の中で呟きながら、目線のみで辺りを見渡した。


 薄く光を透かし、つやつやと光り輝く白滑石はくかっせきの城。


 この城には継ぎ目がないというのだから、驚きだ。


 はるか昔、恐ろしく巨大な一つの白滑石を、<言ノ葉ノ国レウ・レリア>中の職人たちが、削り、磨き、そして出来上がったのがこの城だ。


 どれほどの労力だったのかと思えば、この城には、言ノ葉ノ王レウ・シュマリの権威がまざまざと現れている。


 壁や床、円柱を見れば、どれもピカピカに磨かれ、埃一つない。


 高い窓から差し込む陽の光を、目一杯吸収し、薄く発光する神聖な城は、今もなお、その輝きを放ち続けていた。


 これほど巨大な城であるにも関わらず、ここに住むことを許されるのは、言ノ葉ノ王レウ・シュマリとその親族、<刀と盾シ・カイン>と、そして、言ノ葉ノ王の身の回りの世話をする、わずかな女中のみである。


 神官や、城の手入れをする者、ラカンやカザンなどの側近ですら、城の近くに家を与えられ、そこから通う必要があった。


 隣を歩くラカンは、その美声で軽やかに鼻歌を歌っていた。


 ここ最近、ラカンはずっと上機嫌だ。


 それはカザンもまた、同じであった。


 二人は幼いころから、共に切磋琢磨しあい、そしてその努力の果てに、37という若さで、ついに側近という地位まで上り詰めることができたのだ。


 ラカンとカザンは、この<言ノ葉ノ国レウ・レリア>が統一される以前から、言ノ葉ノ王レウ・シュマリに仕える、由緒正しき武家の出身である。


 その血には、素晴らしい<エピカ>の能力が受け継がれ、その血を持って、代々、言ノ葉ノ王レウ・シュマリに仕え続けてきた。


 当然、ラカンもカザンも、将来は言ノ葉ノ王レウ・シュマリに仕えることを当たり前として育てられ、自身もまた、己に課せられた役割に疑いなどなかった。


 作法、武、知、まつりごとなど、必要なものは幼いころから常に叩き込まれ、ラカンとカザンは家同士が親しかったことから、兄弟のように育てられた。


 二人にはそれぞれ、突出した才があった。

 カザンには武、ラカンには知の才が。


 そして、互いに無い才を補い合いながら、二人はついに、武将、知将として、言ノ葉ノ王レウ・シュマリの側近である<英人キ・エネ>まで上り詰め、しっかりと家の期待に応えたのだった。


( そうだ、俺たちはついにここまで来た )


 カザンは思わず拳を握りしめた。


 <英人キ・エネ>の称号を承った今、二人は正式にその役割を与えられたのだ。


 ならば、己が負うべきものを、これまで以上に、しっかりと自覚しなければならない。


( 若き言ノ葉ノ王レウ・シュマリ様を、俺たちが支えていかなければ )


 カザンが改めて、そう決意すると、ふと、目の前に人影が見えた。


「や、お二人さん」


 歌うようにそう言って、ぬっと現れた人物は、見覚えのある者だった。


 カザンは冷や汗をかき、ぱっぱっと辺りを見渡すと、円柱の影にその人物を押し込み、声を出さずに怒鳴った。


「イリス!お前……どうやってここに!?」


 イリスはふふんと鼻を鳴らし、腕を広げ、ゆっくりと頭を下げた。


「しがない吟遊詩人ぎんゆうしじんわたくしは、この度、お二方に祝いの歌を届けようと、ここまで参上した次第でございます」


「祝いの歌って……」


 カザンは呆れて、それ以上何も言えなかった。

 イリスはカザンを無視したまま、言葉を続けた。


「この度、お二方が言ノ葉ノ王レウ・シュマリ様のお側仕えとなられたこと、私も大変喜ばしく思っております」


 かつかつかつと音がすると、ラカンが隣までやってきた。


「ああ、イリス、ありがとう。嬉しいよ」


「嬉しいって、そんな呑気のんきな……。

 見つかったら、首が飛ぶかもしれないんだぞ」


「いいじゃないか、見つかっていないみたいなんだし。

 せっかくこうして祝ってもらっているんだから、素直に受け取ろうよ」


 笑顔でラカンがそう言うと、カザンはもう何も言えなかった。

 昔から、ラカンの笑みに弱いのだ。


 しかし、ラカンはすっと真顔に戻ると、イリスを見つめ、やがて、口を開いた。


「それで、イリス。本題はそれじゃないんだろう?」


 イリスは頭を下げたままクスリと笑うと、ゆっくりと頭をもたげた。


「おお、さすがはラカン殿。お察しがいい」

「要件は何だい?」


 ラカンが尋ねると、イリスは背負っていた琵琶をおもむろに抱え、べん、と弦をはじいた。


「まずはお二方に祝いの歌を歌ってから……。

 それから、じっくり、私が見てきたものを、歌にのせてお聞かせしましょう」


 ラカンはふぅとため息をつき、口の端をあげた。


「相変わらず、食えないやつだね」


 イリスはラカンの言葉に、にっこりと笑った。


「それはどうも」

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