第55話 タジカの目的

 ロトルが、ふらりとどこかへ行くと、しばらくして、猪子いのこを引きずって帰ってきたため、夕餉ゆうげ猪肉ししにくの山菜鍋にすることにした。


 猪子の毛を炎で焼き落とし、テキパキと解体していくアトイの手を眺め、タジカはうなった。


「うまいもんだな」

「……慣れてるからな」


 すでにタジカの前で、<ユグレ>と<アーイ>を見せているため、解体は小刀のみで行っていた。

 タジカは無精ひげの生えた顎をさすりながら、小さくため息をついた。


「俺も狩りができればなぁ……」


 アトイは猪子の肋骨を、バツッバツッと、一本一本丁寧に小刀で外しながら、言った。


「狩りもできずに、よく森に入るな」

「俺は釣りの腕は一流だからな」


 誇らしげに笑う、彫りの深い顔立ちを見て、そういえば、とアトイは目線を上にした。


「あんた、ジスファ出身だったな」


 タジカはうなずいた。


「海に囲まれて育ったからな。小っせぇ頃から、釣りは生活の一部よ。

 ま、川と海の違いはあるけどな」


「……どうしてあんた、ジスファを出て、遥々こんな地まで来たんだ?」


 アトイが尋ねると、よくぞ聞いてくれた!というように、タジカは白い歯を見せ、パンッと己の太ももを叩いた。


「俺は薬を広めに来たのよ!」

「薬?」


 タジカは頷いた。


「俺は、『常備薬』と『薬屋』を作りに、この地まで来たんだ」


 ロトルは、骨を取り除いた猪肉を駒切にしながら、尋ねた。


「ジョウビヤクとクスヤ?」


 タジカは大きく頷いた。


「薬はよ、今、外を歩き回る奴しか手にしてねぇだろ?しかも、腹下しや擦り傷に効くもんばっかで、種類が少ねぇ。

 そうじゃねぇ。俺は、薬を家に置いて欲しいんだ。

 そんで、病を患ったときは、『薬屋』に来て、適切な薬を手にしてほしい。

 ……俺はな、薬を、新たな医術の要にしたいんだ」


 アトイは眉をしかめて尋ねた。


「医術師がいるのにか?」


 タジカは微笑み、頷いた。


「まず、その前提だよな。

 アトイ、お前は<ユグレ>が使えるから大して気にはしなかったのかもしれんがな、<言ノ葉ノ国レウ・レリア>には医術師のいない村もあるんだ。俺の住んでるアロルもそうだ。

 そんな村は病に罹ったとき、どうしていると思う?」


 アトイは押し黙った。

 そんなアトイを見つめ、タジカは口を開いた。


「放置さ。ただ、回復するのを祈るだけ。そういう村はな、結構あるんだ。医術師の数は限られてるからな。

 それにな、医術師だって人だ。疲れるし、病にだってかかる。

 俺たち一般人は<ホロケウ>と違って<ソレイ>を持たねぇから、大きな病や怪我のときは、医術師にかかるしかねぇ。<ユグレ>が読めなければ、応急処置もできねぇ。

 一日に、何人の患者が医術師を訪れると思う?その街の医術師が一人しか居なかった場合は?街に流行り病が起こったときは?……ほら、案外、万能じゃねぇだろ?」


 アトイは唇を結んだままだった。


「俺たちは、医術師に頼りすぎてんだ。何でも直してくれると思ってな。

 時にはその依存が、医術師を殺すこともある。

 でもな、薬があれば、医術師のいねぇ村にも救いができるし、医術師の負担を減らすこともできるかもしんねぇ。

 ……それにな、医術師と違って、薬師は平等で、量産可能だ」


「平等?」


 タジカは笑って頷いた。


「俺が生まれた村にはな、<知恵者ダーボ>て呼ばれてる婆さんがいて、何でも知ってんだ。神話から伝承、<言ノ葉ノ国レウ・レリア>の歴史、——そんで、薬の作り方までな」


「……タジカはその人から薬の作り方を教わったの?」


 タジカはロトルに頷いた。


「基礎はそうだな。


 ……うちの親父がよ、俺が小せぇ頃に、海で猛毒のウミヘビに噛まれてな、そんで、生きるか死ぬかの大騒ぎになったことがあったのよ。

 そん時に<知恵者ダーボ>が薬を作ってくれて、親父は何とか助かった。

 

 ま、そんな経緯があったりするから、俺たちの村では、何の疑問も持たずに、薬を普通に医療として利用してたんだ。

 

 ……でもな、俺たちの村を訪れた余所者が、同じように<知恵者>の薬で命が救われたことがあったのよ。そん時に、えらく感動しててな……「いったい、何をしたんだ!?」ってな。


 俺たちは首を傾げたよ。

 確かに<知恵者ダーボ>の薬はすげぇけど、何で、そこまで驚くんだ?ってな。


 けど、蓋を開けてみりゃぁ、世間知らずだったのは俺たちの方だったんだ。

 余所者の話を詳しく聞くと、<言ノ葉ノ国>では全然薬が活用されてねぇときた。


 そこで、俺はガキだったけど、変な使命感にとりつかれてよ……「親父の命を救った薬を、世に広めなきゃなんねぇ!」ってな」


 タジカは懐かしそうに目を細め、眉を下げた。


「……本当は、俺は、医術師になりたかったんだ。

 でもな、それは無理だった。——俺は<ユグレ>が読めねぇ。

 それで、終わりだ。

 ……医術師になるには、生まれ持った才能が必要だ。

 第一に<ユグレ>が読めること。

 第二に、試験を突破するだけの、広範囲な<木>が読めること。

 この二つを満たして、ようやく医術師になれる」


 アトイは小さくつぶやいた。


「……『医術師の数は限られてる』」


 タジカはニッと笑った。


「そうゆうこった」


 ロトルとアトイの手が、いつの間にか止まっていることに気が付くと、タジカは微笑み、言った。


「続きは飯を食いながら話すか」

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灰の旅人 棘 慧 @b-dash

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