死が待っている
「……て、敵!? まだ居たのか、ク、クソ……!」
既に火が回り始めているリカール宮殿の内部、出口を求め瀕死になりながらも地を這っていた兵士は突如現れた青年に震える腕で銃を構える。
だが、青年は首を左右に振り、軽い蹴りで兵士の銃を蹴り落す。
「命を粗末にするな」
面食らい黙り込んでしまう兵を置いて、十字架の描かれた戦闘服を身にまとった一人の美青年はリカール宮殿へと足を踏み入れる。
その美しい金髪は母親由来のもの、その強い意志を感じさせる瞳は父親由来のもの。
彼の名はルクレール、リカール王家の末裔だ。
「……燃えている、何もかも、あの日のように。
またお前が火をつけたのか、ジーク・アルト……!」
彼は今でも、あの日を鮮明に思い出せる。
まだ、幼かったころだった。
村の為に何人かの大人と泊まりがけの狩りに出かけ、大物を仕留め、それを家族に自慢しようとしていた。
だが、帰るべき村はもうもうと燃え果て、家族は狼の餌となっていた。
そして、誰かが書き残した生々しいダイイングメッセージ。
"ジーク・アルトは死んでいない。 誰か、あいつを殺してくれ"
その言葉を胸に、彼は今日まで生きて来た。
様々な達人の元で、戦闘技術や心構えを学び、この戦争に突如介入した十字軍の設立にも大きく携わった。
(僕は1人の人間として、世界中の皆の為に――お前を殺す。
そして、今度こそ理想国家を、平和な世界を)
廊下には延々と続く血の跡、量は多い。だが、それは途切れていない。
あの獣は手負いになりながらも、人を殺め続けているのだ。
恐ろしい。あんなに強かった両親をいとも簡単に殺してしまった男だ。
だが、彼は覚悟と共に
◇
「これで良し、っと!」
「ちっ、痛いなぁ……。
あの裏切り者の……フォッグマンの最期の道楽に付き合わなきゃよかった。
楽しかったんだけどさ」
「自分でやった事でしょ?
とりあえず弾は貫通してたし、止血もしたけど……無理をしちゃだめだよ」
「嫌だね、それは無理な話だ」
ジークが小さく笑い、エリーが止血を終わらせ、彼から離れようとした時、二人の視線が至近距離で重なった。
そして、どちらからともなく唇を重ねた。
十数秒後、顔を赤らめたエリーは口を開いた。
「……じゃあ、頑張ってね」
「そこは……死なないでとかじゃないのか?」
「言っても、止まるようなジーク君じゃないでしょ?」
「確かに、言われてもそれは無理な話だ。
それはそうと……」
ジークがドアを開けながら、 後ろから掛けられる声に振り返り、応えようとした時だった。
迂闊だった。
「っ、ジーク君!」
「――ジーク・アルトッ!」
エリーの悲鳴が聞こえたか、聞こえなかったか、振り返ったジークに対し、ルクレールは弾丸のように突っ込んだ。
ジークは正面から吹き飛ばされ、仰向けに倒れこむ。
だが、ルクレールは逃がさない、彼は復讐をする為に幾度とない試練を越えて来たのだ。
「僕は、お前を……殺す!
人を殺めるということが悪であっても! 」
高らかに叫びを上げ、馬乗りになる、そして、ナイフを天高くつきあげる。
「それでも、僕は護りたい世界が!
守っていきたい未来があるんだ!
お前には罪がある、審判が必要なんだ!
因果応報だ! ――お前には死が待っている! 」
ルクレールはナイフを、ジークの腹へと突きつけた。
ぐしゃっりと音がした。
ルクレールは下では無く、上を見上げた。
「父さん、母さん……僕、勝ったよ」
そして、下を見る。
ルクレールがここまで積み上げて来た成果、ジークの屍を望むためだ。
が、そこにあったのは銃口だった。
「――それはそうと、昔この国に、変な奴が居たな。
何故か正義を語れば、勝てると思っている奴が。
戦場に正義も悪もないのに。
死があるだけだ。 俺もいずれ死ぬかもしれないし、死なないかもしれない。
ただ……戦場のど真ん中の敵将が何も着込んでいないと思い込んでいて、防刃服の感覚も分からない、人も殺したことも無い戦争童貞野郎には――」
「……お前――!」
「死が待っているだけだ」
コメディアンの小粋なジョークを楽しむようなジークの表情、ルクレールの見た最期の光景はこれだった。
ジークの拳銃がルクレールの両眼続けざまに撃ち抜いたからだ。
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