私は誰
「そいつはマグナム弾を使うリボルバー拳銃、当たれば基本致命傷だ。
えっと、確かその銃は誰かから奪って……まぁ、どうでもいいか。
とにかく、安全装置は無い、リロードも簡単。子供でも手軽に使える代物だ」
ジークは楽し気に指先で拳銃をくるくると回した後、それと弾倉をシルヴィアに投げ与えた。
シルヴィアは重厚なそれを震えた手で、恐々と握りしめる。
「で、女王様はその銃を何に使うのかな?
威嚇か、それとも自害か、自国民虐殺か?」
「静かにしてください! 誰も信じられない……!
……私は、死にたくないだけです」
「そうだよ、ジーク君。
人の殺しに口をはさむのはナンセンスだよ。
やっちゃえ、やっちゃえ」
「それもそうだ。
……って、お前もその手拍子止めろよ。
さてと、俺はもう少しこの国の勉強でもしようかな」
シルヴィアの耳には後ろの二人の雑音は入ってこなかった。
入ってくるのは下から自分の命を奪う為に駆けあがってくる、自国民の足音だけ。
復讐なんてよくない人間としての道理を守るべき、
いや、友人も殺されたのにそれを許すだなんてそれこそ人間なのか、
頭が沸騰し、急に冷める、そんなことを繰り返しているシルヴィアの脳裏はパニック寸前だった。
(あ、殺めなくても…… 一度、引いてくれるようにお願いすれば……)
「居たぞ、あの女だ!」 「ガソリンは持ったか!?」
「止まってください! う、撃ちますよ!」
だが、興奮した群衆は、シルヴィアの持つ銃を見ても歩みを止めない。
それもそうだ。
銃を持ってるとはいえ、恐怖に身体を震わせている彼女の姿を見ても、恐怖は湧かないし、むしろ嘲笑すら湧いて来る。
尚、影からその様子をワクワクとした様子で見ているジーク達には気づいていない
「おいおい、玩具で威嚇かよ!?」
「こんなやつに国を滅茶苦茶にされてきたのか……」
「玩具なんかじゃありません……!
これは本物……!」
「うるせぇ! アンタには罪を償ってもらうぞ。
ガソリンで両足を燃やした後、国中を引きずり回して、闇行商人に性奴隷として売りさばいてやる!
楽に死ねると思うなよ!」
「そんなっ……! 私が何をしたって言うんですか!?」
少女の悲痛な叫びを無視して、先頭のリーダー格の男がガソリン缶の蓋を抜いた。
「何もしなかったんだろうが、無能! 死ねや!」
その言葉はシルヴィアの理性を崩壊させた。
手の震えは止まり、さながら歴戦のガンマンのような動作で男が持つガソリン缶を撃ち抜いた。
当然、男は火達磨になる。
「な――!? うぁぁぁぁぁぁ! がぁぁっ、熱い! 熱い! 水を、水をっ!」
「あぁぁぁ!? こっちに来るな!」
「何もしなかった……?
どうして、どうしてわからないんですか!?
私はこんなに頑張ってるのに、こんな頑張ったのに……なんで、なんで!?
だったら、だったら……!」
「ひぁぁ、あぁぁぁあああ!」
「市民に手を上げるだなんて……く、狂ってる、人間じゃない!」
「に、逃げろ、皆殺しにされる!」
迫り来る炎から群衆たちは逃げ惑い、我先にと脱出しようとしたせいで、階段でドミノ倒しになり、それでも逃げようと、仲間の死体を踏みつぶしてがむしゃらに這いずり回っている。
狂っているのは彼らだけではない。
シルヴィアも既に弾切れを起こしているリボルバーの引き金を何度も引いている。
そして、それからしばらくして、シルヴィアは糸の切れた操り人形のように膝をついた。
「……私は、人を殺したのでしょうか?」
「32人。32人も! 驚いたよ!
相手が無能だったってことを差し引いても凄いスコアだよ。
頑張ったね!」
放心しながらも、シルヴィアは最後に誰かに褒められたのは何時ぶりだろうと思った。
自らが作り出した死体の山を見下げ、こう呟く。
「女王として、私は苦心して国民を護る為に一生懸命努力しました。
……人々を護るのはとても難しいのに、殺めるのはこんなに容易いんですね」
「ああ、そうだ。
俺は元気いっぱいな老若男女は何人も殺してきたが、死にかけのたった一人を救えた試しはない。
それはそうと……シルヴィア、お前はどうも、女王じゃないらしいぞ」
「……えっ?」
あまりに唐突なジークの発言にシルヴィアの思考は停止する。
「いや、さっき城の金庫からとってきた機密文章に目を通しているんだが……。
何処を見ても、お前が王位を継承したなんて書いてない、全部あやふやになってる。
そういうことに詳しくはないが、継承の儀とかしたのか?」
「……っ!? そんな、何かの間違いです。
確かにお父様やお母様も急だったから……成り行きで……。
き、きっと正式な手続きを省略したんです」
「そうかもな、でも、こうかもな。
面倒ごとや責任は全て小娘に押し付けてしまおう……てな。
お前が国の為に四苦八苦している時に、悪だくみしている連中が居たのかもな。
そしてそいつらはお前が死んで、国が滅茶苦茶になるのを待っているんだ。
国を奪い取るつもりか、金儲けの為か、何なのか。
だって、おかしいだろう?
なんで大人にもなってないお前が当然のように国中の全ての責任を背負ってるんだ?
誰がしたのかは分からんし、違うかもしれない。
まぁ、結論から言うと、正式にお前が女王であるということは認められていない。
なんなら、国民だってお前を認めてないからな」
「……じゃあ、私は何の為に……。
国民の為にと休む間もなく他国を回り続け、時に刺客に狙われ、騙されて、奴隷に堕とされかけたことだって……。
それが国を率いる女王の責務だったから……。
私が女王じゃないのなら、今までの全部は何だったんですか……?
だとすれば、私は一体誰なんですか?」
「それはお前が決めることだ」
「私は……。私は……!」
未だに状況が理解できていない外の人々の罵声は鳴りやまない。
シルヴィアは何度も命を奪われかけ、恐怖とストレスで一睡もできない夜が何度もあった。
女王を捨てるということはその全ての過去を否定するということだった。
そして、彼女は決断した。
「私は……私、シルヴィア・ウィン・トリスタンはこの国の女王です。
悪には染まりません」
「……そうか、それはそれは御立派で」
その時、焼焦げた死体の中から一人が這いずり出て来た。
まだ息があるようだ。
シルヴィアは静かに立ち上がり、先ほど受け取ったリボルバーをリロードし、その男の頭を撃ち抜いた。
「女王でなくても構いません。
私がこの国の全ての上に立つことだけが何よりも重要なんです。
これからは全部私が決めます、誰が国民で、誰が敵かも……だって、この国は私が造り上げたんだから。
ジークさん言いましたよね、 何処にでもあって、何処にもない……それが正義だって。
否定しなくなる人が居なくなれば、それは絶対的な正義でしょう?
私を否定する人が居なくなれば、何処の誰にもならない。私は私でしょう?」
「驚いた……なんて傲慢なんだ。
だが、ようやく王女様らしくなってきたな。
じゃあ、皆にそれを伝えなきゃな。
喜んで手伝わせてもらおうか」
「……ええ、私はこの国の君主ですから。
聞き分けの悪い国民を罰するのも、私の役目です」
「なんだって良いさ、大虐殺だ。あの時みたく派手にやるだけだ、なぁ、エリー」
「本当、野蛮なんだからー」
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