正義の居場所
「ウィンダム公国の外務大臣ロンギレス公との会談では……」
「早く結論を言え!」「無能!」「馬鹿女!」
「や、やめ……! ものを投げないで下さい……!
どうか、落ち着いてください。お、お願いします」
城の内部に国民達を引き入れ、ついにベランダから国民達に向かって自分の外交成果を説明しようとするシルヴィアだが、罵声やものが飛んできたりと穏やかではない雰囲気だ。
「陛下、俺達は本当に座っているだけでいいのか?」
「だ、大丈夫です! 国民の皆様を驚かしてはなりませんから……!
私が悪いのですから、ちゃんと説明しないと……!」
「おい、さっさと続けろ!」「私達に慰謝料を払え!」「貴族様に庶民の暮らしが分かるわけがない!」「殺すぞ!」
「え、ええ。以前から申し上げているとおり、7月には、あと3か月後には国民の代表選挙の準備や国会の建築も終わる筈です。それまでどうか……!」
「王女、貴方は逃げようとしているのでは?」「そうだ、これだけ時間があったのに、まだ準備が終わらないなんておかしいぞ!」「何処の国に逃げるつもりだ!?」「枕外交の成果か!?」
シルヴィアは申し訳ありませんと震えた声を出し、恐怖で青ざめた表情で国民に説明をする。
ジークはその様子を見て、肩をすくめる。
「なんというか、健気だな……。
というか、国民すら王女か女王かわかってないじゃないか。
でも、あれじゃ駄目だ。指導者の器じゃない。
指導者があんなにびくついてどうするんだ?
これじゃあ実際がどうであっても無能にしか見えない」
「一千人の戦争集団を指揮してたジーク君が言うと、言葉に重みがあるね。
でも、だからって皆で寄ってたかるのは駄目でしょ?」
「向こうは相手は国を担う王女様だからどんな文句を言ってもそれは正当な権利だと猛進しているのさ。民と王が平等……素晴らしいものじゃないか。
なんだエリー、あの王女様に肩入れしているのか?」
「可哀そうだよ……。
でも、戦争なら可哀そうな人もそうじゃない人も死んじゃうから皆可哀そうだね。
可哀そうだけど、それは大事なことじゃないね」
「死こそ平等、か」
ジークとエリーがそんな雑談に興じていると、いよいよ事態が動き出した。
「ち、違います……。
国の体制を一気に変えてしまえば、それだけ混乱も大きくなります。
国営体制が確かに引き継がれるように、しっかり準備しなければ……」
「あんたが仕切るよりましだよ、死ね!」「ほんと、史上最低の最悪の国、中世国家だ」「もういい! 時代遅れの王政は終わりだ!」
「皆、行くぞ!」
「……えっ?」
その言葉を合図に一部のバールなどで武装した暴徒化した国民が城の中に押し入ってきた。
なんということか、殆どの兵士達は逃げ出してしまったようだ。
それでも、シルヴィアに忠誠を誓っている一部の兵士、それにメイドたちは必死に食い止めようとするも多勢に無勢だ。
「女王様を護るんだ!」「武器の使用は!?」
「……駄目だ、あくまで相手は国民、あれは撃つべき相手では……!」
「殺せ、権力の犬どもを殺せ!」「叩き殺してやれ!」
「メリッサ、女王のところに行って! あの方を逃がすのよ!」
「わかったわ!……あっ、嫌あああああああああ!」
「へへっ、どうせ国の金で贅沢してた連中だ!」「苦しめたところで何も問題ないさ!」
呆然と立ち尽くしていたシルヴィアは、倒れていく兵士、それに友人メイド達の絶叫を聞き、やっと我にかえる。
「これ、なんですか……?
……っ!? ジークさん、エリーさん! 私のことは良いので、私の為に戦っている皆さんを助けてくだ――」
「もう遅い、皆、死んだよ」
「それか、死んだほうが楽なくらいの酷い目にあってるよ」
シルヴィアはそんな筈は無いと反論しようとしたが、言葉が出ることはなかった。
下の階から暴徒たちの迫る足音がこれが夢ではないということを再認識させ、彼女は糸が切れた操り人形のように地面に崩れ落ちた。
「皆、死んだ…? 酷いこと…? メリッサも、キャシーさんも…?
そ、そんなこと……こんなことってありますか……。
こんな、どうして……」
「凄い、これは歴史的な出来事だ……! カメラを持ってこい、歴史が動くぞ!」
「これの本を書いたら売れるかもしれん、ビジネスチャンスだ!」
「でも、これからどうなるのかしら?」
「いいよ、どうせこんな最低国家、出て行ってやろうと思ってたから。とりあえず王女が死ねばいいよ」
見世物の様に、あるいは他人事のように、そんな下でたむろしている国民の声が風で運ばれてくる。
シルヴィアはすすり泣き始め、ついに、彼女は泣き声を上げ何処にでもいるただの少女のように泣きだした。
「こんなことって……私は一生懸命頑張ったのに……。
両親はこの地域で流行り病に倒れ、それでも数少ない薬を国民に譲ったんです……。
その病のせいで裕福だった国はここまで小さくなってしまった。
でも、他の国が亡ぶ中、この国は何とか堪えられた。
私はお父様やお母さまが護った国を護る為に、ここまで頑張って来たのに……!」
「いや、わからん。
俺に言われても部外者だからわからん。
でも、当事者の皆様もそんなこと覚えてないみたいだな」
「国民の皆様を護る為に私は……それなのに……!
どうして、なんで? なんで!?
こんなこと正しくない! 彼らのどこに正義があるんですか!? 」
その時、ジークが突如笑みを浮かべた。
その青年の屈託のない魅力的とも言える笑顔に、シルヴィアは悪寒が走った。
あれだけ恐ろしかった迫り来る足音が、聞こえなくなるぐらいに。
「正しい? 正義?
正義なんてどこにでもある。
彼らは国民を見下している王女を倒すという正義に浸っている。
それが事実かどうかなんて、そんなことは重要ではない。
人が何を正しいと信じるか、それは自由だ。
だから、それには異議を唱える貴方の考えも正しい。
正義を否定する正義。それも正しい。
だから、正義は何処にもない。
何処にでもあって、何処にもない……それが正義だ。
それに潰されるだけだ」
「……そんなことってっ……!」
反論しようとしたシルヴィアは、ジークの本性に気が付いた。
目の前の男は自分に目を向けているが、自分ではない何かを見ている。
助けてなんて言えなかった。
シルヴィアは誰も信じられなくなっていた。
迫りくる無慈悲な足音にどうしようもない恐怖と、強い怒りを感じた。
何故、こんな目に合わないといけない?
何故、こんな理不尽に……!
なんで、あんな愚かな愚民なんかに――!
だったら、だったら――!
「ジークさん、お願いがあります。
貴方の銃を貸してください」
「……ほぉ」
ジークの目が確かにシルヴィアを捉えた。
そして、その目はどこか懐かしいものを見るかのようだった。
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