平和へと飛ばされた獣たちが帰ってきた


 ◇


「……たくっ……何故、この俺が傭兵部隊の指揮など……。

 聞け、貴様ら金食い虫のごみどもめ!」


 ここはとある国の軍の基地。

 そこに集められているのは、屈強な兵士達。

 だが、その目は虚ろだった。


 大戦中、彼らは英雄として、もてはやされた。

 国を護る守護神として、侵略者を根絶やしにする新兵として。

 だが、戦争が終わると一転した。

 人々は戦争さえ終わってしまえば、普段の生活に戻れると考え切ってしまっている。

 しかし、勝利にしろ敗北にしろ、戦争からの復興は難しいものだ。


 変わらない貧困、もっと確かな形で勝っていれば、あの国を消滅させていれば。

 その怒りが向く先は、平時には必要がないようにに見える軍人だ。

 特に傭兵なんて格好の的だ、金で人を殺す連中……貶しても問題ない、いや、正義だ。

 当然、給料は減らされる。そして、国なき傭兵に帰る場所などない。


「いいか、貴様らの屑の次の任務は……!」


<―……――――……―――――――……―>


「ええい!? なんだこのノイズは!?」


 基地のスピーカーから突如なりだした、大音量のノイズに激怒する司令官。

 困惑が広がる中、一人の兵士はこれの正体に気が付いた。


「……こりゃモールス信号か?

 夜が…来た…大隊戦友諸君……トリスタン王国……? 

 なんだこりゃ、何処かと混線しているのか?」


 誰かがこう口走った瞬間だった。

 彼らが立ち上がった。



「「「少佐! 少佐! 少佐! 少佐! 少佐殿! 指揮官殿! 最高指揮官代行殿!」」」



「な、なんだ!?

 貴様ら、私語は慎め!」


「「「大隊長殿! 命令承認! 大隊集合! 大隊集合!」」」


 周囲は唖然とし、指揮官は激高しているが、彼らは一切興味を示さない。


 彼らの指揮官はたった今代わった…いや、今も昔も彼らの指揮官はたった一人だけだ。

 彼ら、リカール大隊の指揮官はジーク・アルトだけなのだ。


「「「リカール大隊、第一対舟艇対戦車隊、総勢12名、集結、集結!

 リカールの旗の元へ!」」」


「な、何を言って――何処へ行く気だ!?

 おい、憲兵、逃亡兵だ! 奴らを止めろ!」


 いきなり声を一つに大声を出し始めたと思えば、次は何処かへ猪突猛進。

 そんな、意味不明な連中を止めようと、憲兵達が立ちはだかるものの……。


「目標前方、進攻を妨げる敵兵を排除せよ!」


「と、止まれ! 撃ってき――!?……ッ、ぐぁ!」

「「「少佐! 少佐! 少佐! 少佐! 」」」


「な、なにが起きている!?

 誰か助けてくれぇ!」


 怒号、悲鳴……そんなものでは彼らを止められない。

 彼らは自らの飼い主の呼ぶ声にこたえる健気な子犬の様に、自らの司令官の元へと走り出した。

 その他、全てを撃ち倒して。


 そして、これは世界中に伝播した。


 ◇



 とある大国で。


「第三無線局、その通信を止めよ。

 繰り返す、第三通信局、無線を停止せよ。

 "大隊、集合"……? 一体、何を言っているんだ?」


 とある軍事基地で。


「おいおい、こりゃ、まずいぜ……。

 何度数えなおしても、戦車が足りねぇ。

 先週、配備されたばかりの最新鋭戦車だぞ」


「盗まれたって言うのかよ!?

 クソ、各部隊へ再確認しろ!

 上への報告は待てよ!」


 とある刑務所で。


「受刑者が脱走! 繰り返す、受刑者が脱走!

 脱獄犯は元軍人、注意されたし!」



 とあるスラム街で。


「なんだありゃ!?

 軍人崩れ共が走り回ってやがる!

 戦争でもおっぱじめるつもりか!?」


「しっ、静かに!

 奴らの視界に入ったら殺されるぞ!」


 海上で。


「巡洋艦、アレキサンドラ、応答されたし!

 クソ、応答無し! 領海外に出る気だ! どうなっているんだ!?」


 空中で。


「飛行船、トリニティの信号途絶!

 無線通信にも応答ありません!」


「クソ、墜落したのか!?

 ええい、これだから、役立たずの傭兵に任せるなど!」


 リカール大隊、彼らは大戦中に姿を消した。

 戦争が誰かの手に渡ったと察し、世界中へと散ったのだ。

 だが……そんな時間があっても、結局、彼らは平和の中に自分の居場所を見出すことが出来なかった。


 獣は獣、人間と相容れることなどできない。

 彼らは未だに、どうしようもない一千匹の一匹狼だったのだ。


 そして彼らは、彼らの唯一の飼い主にして、確かな戦友の元へと走り出した。


 ◇


 ジーク、シルヴィア、エリーはバルコニーに居た。

 眼下には、シルヴィアに忠誠を誓う騎士達が直立不動で佇んでいる。

 そんな、物々しい雰囲気の中、ジークが口を開いた。


「そろそろかな……来るかどうかは知らんが。

 エリー、我々の旗を」


「あいあいさー!」


 彼女は背嚢から、色あせた国旗を取り出す。


「それは……リカール王国の旗……ですか?」


「ああ、消えてしまった我らが祖国の旗。

 未だにこれに群がるどうしようもない連中が居るんだ。

 ……来たか」


 城の外、いや、トリスタンを通り囲むように轟音が響く。


 地面が振動する音、飛行船のエンジンの音、キャタピラの音、そして……数百もの軍靴の音。

 それらの音はどんどん大きくなり、城壁の中へと無遠慮に入って来た。


「まさか、敵襲……!? 

 女王陛下、お隠れに!」


「落ち着け。

 驚かせて悪いな、騎士団長。

 紹介しよう、これが我々だ」


 そして、彼らは城の周りをぐるり取り囲むように整列をした。

 ジークは、彼らの視線に応えるように、ゆっくりと立ち上がる。


「少佐殿、リカール大隊、総勢3500名、参陣!」


「リカール大隊、一千人の戦闘集団……!

 それが……3500名……!?

 ジークさん、貴方は……?」


 そう、リカール大隊は、かつての一千人大隊の様相を為していない。

 いるのだ、何処の戦争にも戦闘狂という屑でろくでなしのどうしようもない奴らは。

 老若男女、多種多様、多国籍、多言語……共通することは、人々が愛する日常に居場所を見いだせず、戦場に生き場を見出した獣。


 そして、この男は薄ら笑みを浮かべる。


「大隊戦友諸君。

 おかえり、我々の魂の故郷へ」


 このどうしようもない世界から見放された獣達を、唯一率いることが出来る化け物なのだ。










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